私がまだ中学生の頃、全日本吹奏楽コンクール支部大会でのこと。とても幻想的で圧倒的なパワーの音楽に出会ったのでした。

この世の音とは思えない宝石のようなきらびやかな音で曲は始まります。突如荘厳な曲調になったかと思うと美しいクラリネットのソロ。これは?鳥の鳴き声が聞こえてきます。そして重厚な行進曲。会場全体の床を叩きつけるような音でクライマックスを迎えます。

なんという力強い音楽!一瞬でこの作曲家の虜となったのでした。そしてさすがに全国大会候補の学校!演奏も大変素晴らしいものでした。

今回ご紹介するこの交響詩「ローマの松」はイタリアのレスピーギが作曲したローマを主題とする3つの交響詩の中の一つです。吹奏楽版にも編曲された非常に人気の高い曲です。

映画音楽を思わせる壮大な響きとオーケストラの技量がいかんなく発揮される名曲です。金管バンダあり、鳥の鳴き声あり、古代ローマ軍の行進ありの雄大なオーケストラ絵巻、交響詩「ローマの松」を今回もオーケストラトランペット席から、そして舞台裏からもご紹介しましょう。

■ 目次

もう一人のオーケストラの魔術師

19世紀後半のオーケストラ作品は時代が進むにつれて色彩的で華やかなものとなっていきました。その中には作曲家の個性が現れた名曲も数々です。

オーケストラの楽器を様々に混ぜ合わせ色彩豊かなオーケストレーション、その技術が特に秀でていたラヴェルやリムスキーコルサコフはその技術をいかんなく発揮した素晴らしい作品を残しています。そしてイタリアにも優れたオーケストレーションを発揮した作曲家がいました。オットリーノ・レスピーギです。

オットリーノ・レスピーギ(1879~1936)ちなみに夫人のエルザ・レスピーギは1996年101歳まで生きた。


レスピーギはピアノ曲からオペラまで数多くの作品を残していますが、とくにイタリア伝統のバロック音楽を復興させたことで有名です。

そしてなんといってもそれ以外の大規模な管弦楽によるド派手な作品が人気です。特に吹奏楽マニア、オーケストラマニアの人にはたまらない作品ばかり。

リムスキーコルサコフよりオーケストレーションの技術を享受したレスピーギは、これまでオペラが多くを占めていたイタリアの音楽界に「器楽曲」の風を取り入れたとも言えるのではないでしょうか。

色彩的で複雑なオーケストレーションをさらに突っ込んで知りたい方はこちらのスコアがオススメです。



古代ローマの音、ブッキーナ


オーケストラとは別の位置に置かれた金管アンサンブル隊。ファンファーレなどで盛大にもり上げるこの別働隊を「バンダ」といいます。これはチャイコフスキーの大序曲「1812年」やヴェルディのアイーダ凱旋行進曲などでも使われています。

この曲ではバンダが第4部で非常に効果的に使われています。しかし普通の近代オーケストラのバンダとはちょっと違った楽器が指定されています。それは「ブッキーナ」とよばれる古代ローマ帝国軍が使用したとされる金管楽器です。

現代楽器でいうと、テノールチューバ(ワーグナーチューバ)やユーフォニアムの音域、音色になります。現在ではトランペット、トロンボーンなどの金管楽器で演奏します。

このバンダは次作の「教会のステンドグラス」や三部作の一つ「ローマの祭」でも使用されますが、この「ローマの松」が最も規模が大きく演奏効果も大きなものとなっています。

交響詩「ローマの松」

シンフォニアガリシア。バンダ部隊はホルンのみのようです。

第1部「ボルゲーゼ荘の松」

ローマにあるボルゲーゼ公園。そこにある松並木。その間を子供達が元気に遊び回る光景を素晴らしいオーケストレーションが描きます。


のっけから超難曲です!宝石箱をひっくり返した様なきらめくアンサンブルで始まります(0:17~)。特にミュート付トランペットの細かなタンギングが華やかに彩ります。ホルンの楽しい旋律(0:23~)、非常に難しいトランペットファンファーレ(0:41~)。そして走り回るような軽やかなタンギング(0:59~舌を震わせるフラッターで演奏する場合もある)。

オーボエの可愛らしい旋律(1:58~)、それを機にトランペットの技巧的なアンサンブル(2:03~)

可愛らしい旋律ですが超難曲!オーケストラトランペット奏者のオーディションの課題曲に指定されることもあります。


第1部はとにかく明るい曲。この楽章では高音楽器が主で、低音楽器はほとんどお休みです。最後は慌ただしく盛り上がり、ピアノの派手な下降グリッサンドで突如次の楽章へ。

第2部「カタコンベ付近の松」

ローマ市内にあるカタコンベ・ディ・サン・カッリスト。古代ローマ時代のキリスト教徒が埋葬された墓地、カタコンベ。その入り口に生えている松。


前楽章とは対照的に低音楽器の深い祈りの旋律から始まります(2:54~)。ハープの伴奏でのフルート(4:28~)、するとそれに応えるように舞台裏からトランペットの美しい賛美歌が聞こえてきます(4:56~)。まるで空から光が射してきて、天国から聞こえてくるようで非常に感動的な場面です。

舞台裏からのトランペットソロ。綺麗な高音域が求められます。舞台袖の扉は開放し指揮者が見える位置で演奏します。音を外すと非常に目立つので舞台裏での演奏であっても物凄く緊張します。


そして同じ賛美歌がトロンボーンを中心に全合奏で歌い上げられます(7:24~)

カタコンベとは古代ローマ時代の初期のキリスト教徒達が死後埋葬された墓地です。リアルに言ってしまうと死体をまとめて収容していた洞窟のことです。現在でもヨーロッパの至る所に当時のカタコンベが残っています。この曲のモデルともなっている「カタコンベ・ディ・サン・カッリスト」は現在では観光スポットとなっています(ドクロ注意)。

第3部「ジャニコロの松」

ジャニコロの丘からローマ市が一望できます。


満月の夜。その光を背に佇む松の木・・・美しいピアノのカデンツァ風の旋律が奏でられると(10:15~)、一切の静けさの中クラリネットがソロを吹き始めます(10:33~)

深い深い静寂を思わせる幻想的な雰囲気。そして遠くから聞こえてくる夜鳴き鳥、ナイチンゲールの鳴き声が聞こえてきます(16:36~)。これは作曲家の指示で鳥の鳴き声が録音されたテープを流すようになっています。テープ以外でも水笛などで代用することもあります。(冒頭で私が聴いた吹奏楽コンクールでは水笛を使っていました)

最後は夜のしじまに消え入るようにハープが旋律を弾きます(17:05~)。非常に幻想的な月夜を思わせます。

ちなみにこのジャニコロの松がある「ジャニコロの丘」はローマ市を一望できる観光スポットとしても人気があります。夕焼けがとてもロマンチックなのだそうです。

第4部「アッピア街道の松」

まさに「すべての道はローマに通じる」を具現化した古代ローマ帝国の軍用道路。何万キロにも及ぶ石畳の街道はおよそ2300年たった今でも健在。


曲の雰囲気は一転、夜明け前の何かおどろおどろしい曲想に(17:35~)。ティンパニ、ピアノ、コントラバスが心臓の鼓動のようなリズムを刻みます。ラヴェルの「ボレロ」のように曲の終わりまでそのままクレッシェンドしていきます。

イングリッシュホルンのソロがさらに不気味さを醸し出します(18:40~)。闇夜から響いてくるホルンのファンファーレ(19:36~)。バンダのブッキーナが別のファンファーレで応えます(19:52~)。ここからバンダが加わっていきます。

ファンファーレが次第に数を増していき突如朝日の閃光が降り注ぎます(20:35~)。眼の前に広がるのは膨大な数のローマ軍重装歩兵達!

アッピア街道のはるか先まで行列が続いているようです。


ここでのバンダのブッキーナは単純なロングトーンの音ですが、様々な方向から聞こえてくる音は非常に圧巻です(20:55辺り~)。動画ではブッキーナはホルンが吹いています。壁にベルをかなり近づけて音を反射させています。

そしてバンダとオーケストラのトランペットが5連符のファンファーレで呼応し合います(21:47~)

5連符の息をいかに合わせるかがこの曲最大の見せ所。


最後は絡み合ったファンファーレが一つになり圧倒的なクライマックスを迎えます。


こちらは吹奏楽編曲版です。吹奏楽コンクール全国大会出場の常連校です。

名盤

リッカルド・ムーティ/フィラデルフィア管弦楽団



フィラデルフィア管弦楽団はレスピーギ自身も指揮を振ったオーケストラです。このムーティの演奏は打楽器がよく聞こえます。第4部は非常に圧巻です。

ヘルベルト・フォン・カラヤン/ベルリンフィル



この曲のような大編成オーケストラ曲ではカラヤン/ベルリンフィルは非常に素晴らしい演奏を聴かせてくれます。第2部の舞台裏からのトランペットが絶品!涙が出るほどの美しさです。第4部のバンダが熱い!!

シャルル・デュトワ/モントリオール交響楽団



非の打ち所がない完璧なアンサンブル!シンプルでオーソドックスな演奏だからこそこの曲の魅力が堪能できます。

ネヴィル・マリナー/アカデミー・オブ・セント・マーティン・イン・ザ・フィールズ



室内楽曲などでおなじみのネヴィル・マリナーによる意外な盤です。「リュートの為の古風な舞曲とアリア」でも素晴らしい録音を残しています。それと同様に室内楽的な細かい音もよく再現されている素晴らしい演奏です。とくに第1部の打楽器やハープの明瞭さ、第3部の精密なアンサンブル、第4部でのバンダとの掛け合いが非常に素晴らしいです。

そういえばイタリア!

大抵の小中学校の音楽室にはバロック時代のバッハから近代のショスタコーヴィチまで多くの作曲家の肖像画が貼られていたと思います。その中でイタリアの作曲家は何人いたでしょう?

思い出してみるとヴィヴァルディ、ロッシーニ、ヴェルディ・・・非常に少なかったと思います。もうひとりいたとしてもプッチーニ。どちらかというとドイツやロシアの作曲家が多かったように思います。そういえばイタリアはヨーロッパクラシック音楽発祥といってもいいくらいの位置にあるはずです。

もともと日本に西洋の音楽教育が入ってきたのがドイツから、ということもありますが伝統的なオペラをそのまま発展させてきたイタリアに対し、ドイツなどでは交響曲のような純粋な管弦楽曲が発展しました。もちろんイタリアのヴェルディも優れたオーケストレーションで素晴らしいオペラを残していますが、当時それをこなせるだけの作曲家は少なかったのかもしれません。

その中で初期のバロックに立ち返り、管弦楽曲の分野で圧倒的に優れた作品を残したレスピーギはヨーロッパ音楽でのイタリアの存在感を復興させたといえるでしょう。その作品はオーケストラの枠を越えて吹奏楽でも非常に人気があります。

交響詩「ローマの松」はドイツやロシアの作曲家も圧倒するほどのオーケストレーションと物語。子供達の遊び、遠い時代からの祈り、幻想的な月と鳥の鳴き声、古代ローマ帝国の軍勢・・・それらをはるか昔から松の木は見ていたのでしょう。


The picture of villa Borghese By Lalupa [GFDL or CC-BY-SA-3.0], from Wikimedia Commons.
The picture of Calixtus-Katakombe By Dnalor_01 [CC-BY-SA-3.0], via Wikimedia Commons.
The picture of Roman view from Gianicolo By Par William Domenichini [GFDL, CC-BY-SA-3.0 ou CC BY-SA 2.5], de Wikimedia Commons.

「ローマの松」の無料楽譜
  • IMSLP(楽譜リンク
    本記事はこの楽譜を用いて作成しました。1925年にリコルディ社から出版されたパブリックドメインの楽譜です。

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