私が小さい頃住んでいた場所は田舎で、オーケストラというものに触れる機会というのは皆無でした。中学校の吹奏楽部で管楽器、打楽器の音は知ることができたのですが、ヴァイオリンなどの弦楽器は実物を見る機会がありませんでした。

音そのものはテレビなどで知っていても、どうしてあのような音が出るのか不思議でした。ギターならわかります。弦を指で弾けば音が出ます。輪ゴムをピンピンするみたいに!

しかしヴァイオリンは弦を何やらヒモのようなものでこすって音を出しているではありませんか。中学生の頃の私はある日、ヴァイオリンという楽器を間近で見たいと思いバスと電車を乗り継いではるばる大きな街へ行きオーケストラのコンサートを聴きに行きました。

しかし舞台から客席は遠くて「弦をこすって音を出している」という現象をリアルなものとして受け取る事が出来ませんでした。もちろん素晴らしいコンサートでしたがまだ現実感がない。もっと間近で、ヴァイオリニストの目の前で耳を思いっきり近づけ聴きたい、と思ったものです。ヴァイオリニストはドン引きすること間違いなし!

そして何よりオーケストラで演奏してみたい!という希望が芽生えたのでした。

時が経って大学生になった時、ついに念願のオーケストラで演奏する機会に巡り会えたのです。曲はシベリウスの交響曲第5番と第2番そして交響詩「フィンランディア」というパンチの効いたプログラムでした!

この3つの曲はシベリウスの作品の中でも「かなり」親しみやすく人気のある名曲。その中の交響曲第5番を今回もオーケストラのトランペット席からご紹介しましょう!

ハッピーバースディ「俺」!

シベリウスの音楽は「かなり」独特だといえます。ベートーヴェンなどのドイツ音楽ともフランス音楽とも全く異なっており、当時の作曲家の中では同じ北欧のグリーグと作風が近そうですが全く異なる正反対の音楽です。

その音楽の特徴は、ホンワカ心が温まるような「北欧テイスト」を想像すると肩透かしを食うかもしれません。もちろんそのような曲も多いのですが、シベリウスの音楽には非常に深くまるで暗い雪原に一人取り残されたような神秘性があります。また暗い夜空に漂うオーロラを思わせる時もあれば、眩しい夕陽に向かって羽ばたいて行く白鳥の群れを見るような感動もあります。

この交響曲第5番は1番人気のある交響曲第2番よりもさらにシベリウスらしい深さを備えています。それらの深い特徴を全て兼ね備えているものの、他の交響曲の中でもシンプルな曲想で明るくわかりやすい旋律が特徴です。

この曲は当時すでにフィンランドの国民的な音楽家として活躍していたシベリウスの50歳を祝う記念行事で演奏される曲として、シベリウス自ら作曲したものです。つまりハッピーバースディ「俺」!というわけではありませんが結果的に自分自身のバースディソングとなったのです。

交響曲第5番を楽章ごとに解説

1915年に作曲され何度かの改訂を経て1919年に現在演奏される形となりました。今年は2019年ですのでちょうどこの曲の決定稿としては100周年となります。ハッピーバースディ交響曲第5番

CDはあまり見かけないものの北欧を代表する素晴らしいオーケストラの一つオスロフィルの演奏です。そして指揮はフィンランドを代表する巨匠ユッカ・ペッカ・サラステ。楽章間のドヤ顔がいい感じ!

第1楽章(0:38~)


ホルンによる空に昇るかのような旋律から曲が始まります(0:38~)。そしてすぐに白鳥の鳴き声のような木管のファンファーレ(0:50~)。まるで青空を仲間同士で声を掛け合いながら翔んでいく白鳥を彷彿とさせます。

ざわめいたかと思うとここでクライマックス(2:44~)。さざ波のような弦楽器。そして遠くから響いてくるようなトランペットのファンファーレ(3:18~)。フルートがそれに応えます。このような効果的なトランペットの使い方はシベリウスの音楽では頻繁に出てきます。

再びクライマックスを築くと次第に雲がさしかかったような沈鬱な曲想へと沈んでいきます。ここからシベリウス特有の「深さ」が聴けます(5:32~)

別世界から聞こえてくるような非常に独特なファゴットの旋律(6:13~)。今回私は初めてオーケストラに参加し、ヴァイオリンという楽器を初めて見ましたが、ファゴットも初めて間近で見ることになりました。私のすぐ前の席です。ざわめく弦楽器群の中、この長い蛇のような旋律を一生懸命に吹いていたのが印象的でした。


そしてさらに雄大なクライマックス(8:18~)!この盛り上がり方もシベリウス独特のものです。

(8:37)から徐々にテンポがリズミカルに。暗い曲想から楽しげな旋律へと移行します。ここからは作曲された当初、第2楽章となっていた部分です。この曲はもともと4楽章形式で作られましたが、改訂する中で1楽章とスケルツォに当たる2楽章を融合させたのです。

そして曲は一転トランペットソロのファンファーレ(10:02~)。ここのソロは三拍子のリズムに当てはめるように注意です。すぐにホルンとファゴットがファンファーレに応えます。

勇壮な行進曲(12:50~)。しかしその旋律はシベリウスらしいクールさです。カッコよすぎです!最後もカッコよくビシッとキマります。サラステの、カメラズームからのドヤ顔もバッチリ!

第2楽章(13:45~)

まさに心温まる「北欧テイスト」の美しい旋律です。弦楽器のピチカートとフルートの美しい重奏で奏されます。この旋律が何度も変奏されて盛り上がっていきます。

ちなみにトランペットはこの楽章はほとんど出番がなくずっとお休み。2楽章のみを全体練習したとき、ずっと出番を待って、一回だけ「ソー」とロングトーンをして一日の練習が終わったこともありました。これもまたオーケストラの金管楽器奏者の宿命でもあります・・・

第3楽章(22:20~)

前楽章から切れ目なく戦いの狼煙があげられたような勇ましく慌ただしい曲想から始まります(22:20~)。疾走する弦楽器。

その後ホルンアンサンブルでこの曲のテーマとも言える白鳥の三拍子の旋律が奏されます(23:35~)。それにかぶさるように独特な子守歌のような旋律(23:54~)

この雄大な三拍子はまるで白鳥が翼を悠々と羽ばたかせて、夕陽に向かって飛んでいくようなイメージを私はいつも思い浮かべます。

再び曲は疾走しますが(26:56~)から子守歌。そして悠々と白鳥の三拍子も同時に奏されます。

深く深く盛り上がったところで3本のトランペットが三拍子を(28:35~)。音が跳躍するので少し難しいですが3本それぞれの和音を綺麗に聴かせるのがポイントです。シベリウスはこのトランペットを16羽の白鳥の鳴き声を模倣して作曲したと言われています。

ここから非常に感動的に盛り上がっていきます。まさに夕日に向かって羽ばたいてゆく白鳥のようです。

そして最後はジャン・・・ジャン・・・ジャン・・・・・・ジャン!ジャン!と非常にわかりやすく終わります。この途切れ途切れにテーマを奏して終結する手法はまるでベートーヴェンの同じく交響曲第5番に似ています。


名盤紹介

ヘルベルト・フォン・カラヤン/ベルリンフィル



これは素晴らしい演奏!ベルリンフィルの厚みのある音とカラヤンの音作りがこの曲の独特さにピッタリはまっています。最終楽章の、つんのめりそうになる終結部がしつこ過ぎず聴きやすいです。

パーヴォ・ベルグルンド/ヨーロッパ室内管弦楽団

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ワーナーミュージックジャパン


ある意味非常に「リアル」な音の演奏です。金管楽器や打楽器などが強めに聞こえる、やや小編成オケ的な響きですが実際スコア通りの編成で演奏するとこういう音になります。しかしそれがシベリウスの音楽の氷のような透明感が感じられる素晴らしい演奏です。

ユッカ・ペッカ・サラステ/フィンランド放送交響楽団

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ワーナーミュージックジャパン


動画と同じ指揮者による演奏。とてもオーソドックスな演奏です。この曲はシベリウスの交響曲の中では最も親しみやすくシンプルな曲なのでこのような演奏は何度聴いても飽きが来ません。純粋にこの曲に浸りたいならこの盤がオススメです。

クルト・サンデルリンク/ベルリン交響楽団

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コロムビアミュージックエンタテインメント


こちらも素晴らしい演奏ですがCDが廃盤となっているようです。見かけたら是非一聴することをオススメします。普段は目立たなく聞き流してしまいそうな細かい楽器の動きなどが鮮明に聞こえてきます。大勢の白鳥が各々鳴き声をあげているかのようです。

はじめてのオーケストラ

初めてのオーケストラリハーサル練習。練習場に入る前から木管楽器や打楽器が練習している音が聞こえてきます。これは吹奏楽部で何度も聞いてきた音達ですが、それに混ざって聞きなれない音が。そう弦楽器の音です。この時初めて弦楽器が練習している音を聞いたのでした。

練習場に入ってみると…おおーいるいる!ヴァイオリニスト達がたくさんいます。ヴィオラもチェロもコントラバスも!それぞれが一斉に個人練習をしている音はまるで何か神秘的な曲を聴いているかのようです。

そしてもう一つ印象に残ったことは、思った以上に音程を合わせるのが難しい楽器なのだな、ということでした。正しい音程でしっかり音が出せている人もいれば、中々音程が合わせられず四苦八苦している人もいます。

そして思った以上に一人では音量が出ない楽器である上に一本で弾いた音と合奏で奏される音は大きく違うということも印象深かったです。

一本で弾いているときのヴァイオリンはビブラートや強弱が非常にわかりやすく聞こえてきます。まさにテレビやCDなどで聞くあの音です。それが何十人の合奏になったとき、まるでオルガンやシンセサイザーのような巨大な音のうねりとなります。

それがシベリウスの、この交響曲第5番で立体的に私の耳に聞こえた時の感動は今でも忘れられません。これを機にシベリウスの音楽、そしてオーケストラの音楽に深くのめり込んでいくのでした。

指揮者に怒られちゃった!

さて、この交響曲第5番、最後の締めが独特で、ジャン…ジャン…ジャン…と沈黙があって最後にジャン!ジャン!と非常にわかりやすく終結します。

その時初めてオーケストラに乗った私は浮かれていたのもあったのでしょう、その沈黙が大げさな感じがして練習中にもかかわらず笑い出しそうになってしまいました。隣のトロンボーンの人達も「クシャミが出そうッ!」とさらに面白い事をコソコソ話しだしました。笑わせないでッ!

するとそれが指揮者の耳に聞こえてしまったようです。「本番の時もそのように笑うのですか?」と叱られてしまいました…マジメにやらないといけませんね!

進化する交響曲

この交響曲第5番はシベリウスの交響曲の中で唯一何度か大きく改訂された曲です。作曲され始めた頃に第一次世界大戦がおこりじっくり取り組めなかったためか初演は成功したもののシベリウス自身は曲の出来栄えに満足できず改定を試みます。

その後改訂を試みるもフィンランドが独立宣言をしたことによる国内の混乱を避けるため一時的に避難生活をし、改訂作業が難航。最終的に三度の改訂を経て、いまからちょうど100年前の1919年に現在の形となったのです。

元々はオーソドックスな4楽章形式の交響曲でしたが、シベリウスはより良くしようと非常に悩んだようです。全楽章をひとつにしてしまい単一楽章に仕上げようと試みたこともあったようです。

結果的には1楽章と2楽章をひとつに繋げ全3楽章の形となりました。楽章を融合させて音楽を凝縮するこの方法はのちの交響曲第7番に活かされます。新しい交響曲の形が初めて試みられ、新たな交響曲の形式がここに生まれたといえるでしょう。

またシベリウスの音楽もこの交響曲第5番以降、続く交響曲6、7番や交響詩「タピオラ」などさらに深く密度が増してゆくのです。



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