オッフェンバック「天国と地獄」序曲
アーノルド・シュワルツェネッガーといえば、誰もが知っている筋肉ムキムキの映画俳優、シュワちゃんですね。「ターミネーター」シリーズの最新作も近日上映されますよ!

そんなシュワルツェネッガー氏のデビュー作(コナン・ザ・グレートがデビュー作ではない)であるこの映画を何気なくツタヤさんから借りてきて観たところ、これが凄く面白い!いわゆるコテコテのB級映画なのですが、古き良き時代のアメリカの風情があります。



映像技術が進んだ現代では色々ツッコミどころもあるけれど、筋肉の前では最新CG技術など児戯に等しい。


70年代のアメリカを垣間見るのも面白いのですが、スペイン風のゆる~いBGMをバックに、シュワちゃんを始め筋肉野郎供が織りなす「筋肉祭り」と「友情物語」がもう最高!筋肉万歳!!やはり真のスターとはデビュー作からすでに輝いているものです。

内容は冒険心旺盛な英雄ヘラクレスが好奇心…いや、筋肉のおもむくままに、1970年代のアメリカに旅に出るという、ギリシャ神話をパロディ化したものとなっています。そんなギリシャ神話をモチーフにしたドタバタ劇を見ていると、まさにドイツ生まれのフランスの作曲家、ジャック・オッフェンバック(Jacques Offenbach)が残したオペレッタ「地獄のオルフェ(Orphée aux Enfers)」を彷彿とさせます。


今回ご紹介するこのオペレッタ、正式には「地獄のオルフェ」と呼ばれていますが、どちらかというと「天国と地獄」という名前で呼ばれることが多いですね。そしてなんといってもこの曲には皆さん誰もが聞いたことがある有名な旋律があります。そう、運動会の徒競走で流れるあの定番の曲です!



今正にスポーツの秋!そして秋の運動会の季節、今こそ日々鍛えられし鋼の肉体を見せよ!というわけで、今回は聴くとなぜか急かされるような気になってしまうオッフェンバックの「天国と地獄」序曲をオーケストラのトランペット席からご紹介しましょう。

オッフェンバック(1819~1880)
ドイツ生まれのパリっ子オッフェンバック(1819~1880)ちなみにシューマンの奥様でピアニストのクララ・シューマンと同い年。

■ 目次

「天国と地獄」序曲のあらすじと聴き所を解説!

ノルウェーのアークティック・フィルハーモニー管弦楽団による演奏。家事などをしながらこの曲を聴くと自然と動きがスピーディに。はかどります。


1858年初演の「地獄のオルフェ」は、シュワルツネッガー氏のこの映画と同じく、ギリシャ神話をパロディ化したものとなっています。

オルフェと妻のユリディスは大の仲良し夫婦…ではなく非常に険悪な仲となっていました。オルフェは妻の浮気相手である羊飼い(実は地獄の王)を毒ヘビで殺害しようとしますが、咬まれて死んでしまったのは愛憎タップリの妻ユリディス。予想外の結果にオルフェは大喜び!

しかし、一般世間の道徳を擬人化した「世論」が妻を取り返しに神々の世界へ行くべきだと説得します。

「メンドくせー!」と言わんばかりのオルフェ。渋々神々の王ジュピターの元へ妻を返してもらう様に赴きます。地獄ではユリディスがのんびりと過ごしていて、暇を持て余しています。

このユリディスを巡って天国と地獄それぞれの神々がドタバタ劇を展開していくという内容です。音楽も含めとても面白いオペレッタですので、機会があれば是非全曲に触れてみてはいかがでしょうか。特にラストのカンカンは聴いていてスッキリします。

神々の王ジュピター
ハエの姿に変装してオルフェの妻ユリディスに言い寄ろうとする神々の王ジュピター。な、情けねぇ・・・


さて、ここまで来て身も蓋もない話なのですが、この非常に有名な「天国と地獄」序曲、実はオッフェンバック本人が作り上げたものではないのです!もともとのオリジナルのオペレッタには短い序曲があるだけなのです。

この序曲は1860年にウイーンで上演する際に、他の作曲家がオペレッタ全曲の中から聴き所を再編して作られたものなのです。このようなことは当時のオペラ界隈ではよくあることだったようです。

しかし魅力的な旋律そのものはオッフェンバックが作曲したことには変わりがありません。10分ほどのちょうどいい長さの序曲ながら、オペレッタの内容を踏まえつつ楽しさ、緊張感、美しさ、そして熱さが綺麗にまとまっている素晴らしい名曲です。




陽気に元気よく!まさに秋の運動会のように始まります(0:14~)。難しいことは考えず、楽しく音楽に浸れます!

カデンツァのようなクラリネットソロ(1:05~)から、オーボエ(1:47~)そして美しいチェロ(2:19~)のソロ。オペレッタの中で歌われるソロですが、非常に素晴らしい旋律です。この魅力的な旋律は優れたメロディメーカーのオッフェンバックの特徴でもあります。

(4:14~)から曲が一転します。オーケストラのクライマックスから即座にヴァイオリンソロ(4:35~)(5:08~)から感動的なワルツ。この美しいワルツを中心にクライマックスを築き上げます。ああ、このまま音楽に浸っていたい。しかし・・・


さあ!位置について!真のクライマックスはここからだッ!(7:52~)


弦楽器と木管楽器が交互に短い動機を演奏します。もうこの時点であの時の緊張が蘇って来ますね。そう、地獄の運動会の中で最も苦しむであろう恐怖の「徒競走」が!

「あ~どうせ今年もビリだ~」

「必死で走らないとアイツにぬかれるぅ~」

運動会
シートを敷いて見ている母ちゃんの視線が熱いぜ・・・



「位置について!ヨーイ!」

少年少女たちに迫りくる恐怖と緊張感(8:02~)・・・

そして!耳を塞ぎたくなるピストルの音とともに闘いの火蓋は切って落とされるッ!(8:13)

ここからが本気だ!足が!体が限界に達するまで走れ走れィ!!(8:30~)もう熱演すぎてなんか画面も揺れてるゼ!(8:47~)

さて、この超有名な「カンカン」、クラシック音楽の中で最も有名であろう人を急かせるこの旋律、意外とトランペット奏者をはじめ金管楽器奏者は大変なのです!比較的息の量を消耗する中音域をマックスパワーで吹くので息がもたない!

オッフェンバック「天国と地獄」序曲、楽譜
この旋律を聴くだけで老若男女誰もが走り出す!


簡単なフレーズとはいえタップリと息を吸って溜め込んでおかないと本当の徒競走の様に息切れをしてしまいます。これは徒競走よりも確実に心拍数と肺活量が必要だッッー!!

しかし、特に高い音はなく誰でも吹きやすい音域なので、高音が苦手な人でもダイジョウV!これを知ってる古い人もまだダイジョウV!野球応援の時に吹く様に、勢いと筋肉パワーで限界を突き抜けて吹いて吹いて吹きまくれ!!

最後は圧倒的な盛り上がりで、奏者もお客さんも皆が一つとなって感動的に、この猛進型の曲を締めくくります。ありがとう音楽!ありがとうシュワちゃん!そしてありがとう筋肉…


筋肉がNOと言ったら私はYES!と答える。

アーノルド・アロイス・シュワルツェネッガー(1947〜)


こちらは吹奏楽版。素晴らしい演奏!

名盤紹介

ポピュラーコンサートの小曲的な位置にある、そんな感じの「天国と地獄」序曲ですが、演奏者によって奥深い神演奏となります。だからオーケストラは面白い!

ヘルベルト・フォン・カラヤン/ベルリンフィル



これは凄い演奏です。何が凄いって、有名なカンカンの部分はとにかく息継ぎが大変な曲で、大抵は徒競走の様にアップアップな演奏になってしまうものです。しかしこの盤はそれを全く感じさせません。カラヤン&ベルリンフィルはやっぱり凄い!

マルク・ミンコフスキー/リヨン国立歌劇場管弦楽団



こちらはオリジナルの全曲盤なので序曲はありませんが、オペレッタ全曲を聴くとこの名曲の良さがよくわかります。何といってもこの盤の魅力はソプラノのナタリー・デセイです。第2幕、最終場面での力強いコロラトゥーラ・ソプラノから、「カンカン」での大団円が熱いです!どんどん加速していきます。

さあ!スポーツの秋!

運動会に流れる音楽と定番といえばカバレフスキーの「道化師」や「トランペット吹きの休日」「クシコスポスト」などなど。運動が苦手な人にとってはもうトラウマになりそうな(?)疾走感溢れる曲ばかりですが、その中でも「天国と地獄」は特に「走る」という衝動にかられる音楽ではないでしょうか。この「天国と地獄」序曲とは、ある意味スポーツ的な音楽なのかもしれません。

こんな疾走感溢れる曲、例えばデパートなどの閉店の音楽を「蛍の光」の代わりに流したら面白いかもしれませんね。お客さんは一斉に帰り、きっと店員さんも残務処理が楽になることでしょう。

暑い夏も終わり涼しい季節がやってまいりました。まさにスポーツの秋!この「天国と地獄」序曲を聴いて、スピーディに元気に爽やかな秋の日々を、そして筋トレに励みましょう!


The picture of the schoolyard By Ishikawa Ken from Kamakura, Japan [CC BY-SA 2.0], via Wikimedia Commons.
The score of Orphée aux enfers By Bert Breig [CC-BY-3.0], via IMSLP.

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