お酒が好きな人で色々なバーに飲みに行くのが好きな方はおわかりと思いますが、そのバーのマスターが音楽好きで店内で好きに歌を歌ったり踊ったり楽器を演奏したりしてもOKな飲み屋さんが稀にあります。音楽好きな人が集まりほろ酔い気分で歌を歌ったりするのはとても楽しいもので、その場に居合わせたギターを弾ける人が即興で伴奏をつけてくれたりするとより楽しくなります。
演目は歌謡曲だったりビートルズだったり、それぞれの世代の人たちが青春を謳歌した曲が演奏されます。上手い下手は無しにして、好き好きに自由に歌って弾いて、それはとても楽しいものですね。聴いているのも楽しいです。
さて、こんな楽しそうな宴に参加しないのはもったいない。私もトランペットで一緒に参加してみました。とても楽しいのですが、ギターとトランペットではトランペットの方がずっと音が大きいのでなかなか上手い具合にいきません。
そういえば、ギターとトランペットはどちらも旋律を担当する花形楽器としてとてもポピュラーなものですが、この2つの楽器がコラボレーションする演奏はあまり聴くことがありません。ましてクラシック音楽の中で、となるとギター自体も数多くはありません。
そんな数少ないギターとトランペット、あるいはオーケストラや協奏曲の中でもそれぞれの楽器の良さがいかんなく発揮された少し珍しい編成の名曲があります。
■ 目次
ロドリーゴ
幼少期に目が不自由となる。ちなみに本人は作曲家、ピアニストでありギターは弾けなかった。
様々な楽器をソロとして、その演奏技術をいかんなく発揮することのできる協奏曲。その数ある協奏曲のなかでもギターをソロとした協奏曲はとても珍しいと言えるでしょう。そのギターとオーケストラの為の曲を作曲し、クラシックギターの可能性を広げた作曲家がスペインのロドリーゴです。
クラシックギターの名曲中の名曲といえばなんといってもロドリーゴが作曲した「アランフェス協奏曲」が挙げられると思います。ほの悲しく美しい第2楽章の旋律は誰もが一度は耳にした事があるのではないでしょうか。
(第2楽章8:03から再生されます)
今回ご紹介するギター協奏曲はその「アランフェス協奏曲」から15年の月日を経て作曲されたギター協奏曲第2弾ともいえる「ある貴紳のための幻想曲」です。「アランフェス協奏曲」よりもさらに奥深い美しさと、ギターとオーケストラの掛け合いが素晴らしい名曲です。
オーケストラの編成は「アランフェス協奏曲」よりも小さく、弦楽器に管楽器はフルート、ピッコロ、オーボエ、ファゴット各1本ずつ。それにトランペット1本が加わります。室内楽の編成にギターのソロとピッコロを加えた、弦楽器群を除けばまさに気の合う人同士が酒場でちょっと演奏するのにちょうどいい編成かもしれません。
小編成オーケストラとギター、それぞれの楽器の魅力が大いに発揮される名曲「ある貴紳のための幻想曲」を今回もオーケストラのトランペット席からご案内しましょう。
セゴビアとイェペス
クラシックギターの開拓者とも言える巨匠。オーケストラに負けない音量や音響が出せる現在のギターの形状はセゴビアが研究、考案し開発したもの。
クラシックギターを世に広めることに大きな貢献をしたギタリストにアンドレス・セゴビアという巨匠がいます。この「ある貴紳のための幻想曲」はセゴビアがロドリーゴに依頼して作曲された曲です。
もともとセゴビアはロドリーゴが作曲したかの「アランフェス協奏曲」を自身のレパートリーに加えようとしていました。しかしセゴビアはギターとオーケストラの音量のバランスが悪いとロドリーゴに修正を依頼していました。確かに、トランペットとギター1本ずつでさえ音量に差があるのに2管編成のオーケストラとではギターの音は消されてしまうでしょう。
そうこうしているうちにもう一人のクラシックギターの巨匠ナルシソ・イェペスがこの「アランフェス協奏曲」を演奏してセゴビアより先に大成功をおさめました。きっとセゴビアにとってはイェペスに成功を先取りされた形となってしまい面白くなかったのかもしれません。セゴビアは生涯この「アランフェス協奏曲」を演奏することはありませんでした。
そのかわりと言えるのかもしれません、セゴビアは改めてロドリーゴにギター協奏曲の作曲を依頼します。それで作り出されたのがこの「ある貴紳のための幻想曲」だったのです。
ある貴紳のための幻想曲
協奏曲の古典的な形式からは外れた、4楽章からなる幻想曲となっています。時に爽やかに、時に神秘的な20分ほどの名曲です。やや画像が乱れていますがセゴビア、イェペスと並ぶギタリストでありフラメンコギターでもおなじみのクラシックギターの巨匠、ぺぺ・ロメロによる素晴らしい演奏です。
ビリヤーノとリチェルカーレ(0:26~)
スペインの広いオリーブ畑を思わせるような伸びやかな旋律で始まります。とても爽やかな歌です。ギターとオーケストラが旋律と伴奏を巧みに交互に演奏していくところが非常に素晴らしく、冒頭からこの曲の虜になるでしょう。突如曲調が深くもの悲しい旋律に(2:53~)。そして終結部では遠くへ去っていく雲のように、だんだんと静かに消えていきます(4:34~)。
エスパニョレータとナポリの騎兵隊のファンファーレ(5:10~)
前楽章の雰囲気のまま古い時代の舞曲エスパニョレータの美しい旋律から始まります。深く瞑想するようなその旋律はギターによって様々に変奏され古い時代を偲ぶように静かに終わります。中間部は神秘的な霧の中を思わせるような曲調になります(9:56~)。リズミカルなギターの伴奏にトランペットとフルートの低い音が神秘的な雰囲気を醸し出すリズムを奏します。特にこの部分は聴いていても演奏していても、本当にゾクゾクしてくるほど神秘的です。
突如ミュートトランペットのファンファーレ(10:20~)。動画でもしっかり映っていますがトランペットはミュートを外したり付けたり、忙しいのです・・・
そして再びエスパニョレータの旋律が現れます。(11:51~)。最後は静かにこの楽章を閉じます。
たいまつの踊り(14:53~)
この楽章から明るい躍動感ある曲調になります。ギターに引き続きトランペットが音階風のわかりやすい旋律を吹きます(15:02~トランペットは上がりきった音の音程に注意しましょう)。とても短い曲ですが、この楽章もオーケストラとギターの掛け合いが見事な楽章です。カナリオ(17:03~)
最後の楽章は爽やかなスペインの青空を思わせる清々しい旋律から始まります。この楽章もトランペットが目立ちます。やや難しい、しかし聴かせどころが現れます(18:10~、20:01~など)。ギターと交互に掛け合いますが、まさにギターとトランペット、花型楽器の共演です。ギターの見事なカデンツア(20:17~)。そして最後は明るいスペイン音楽らしくスパッと簡潔に終わります。そのいさぎよさがカッコイイ!!
名盤紹介
ナルシソ・イェペス/フィルハーモニア管弦楽団
名曲「アランフェス協奏曲」や「禁じられた遊び」を世に普及させたクラシックギターの巨匠イェペスの演奏です。ギターの奥深い表現が聴きどころです。このCDにはクラシックギターの名曲と巨匠イェペスの名演が網羅されていて大変オススメです。
カルロス・ボネル /シャルル・デュトワ&モントリオール交響楽団
ギターの素晴らしさもさることながら、オーケストラの音色が魅力的な演奏です。ギターとオーケストラのバランスがとても良く、この曲の魅力を充分味わえる名盤です。
クラシックギタリストはタコの指?
クラシックギターはポップスやロックなどのギターとはまた違った技巧的なパッセージが魅力的です。ギターを弾く方はよくご存知と思いますが、弦を指で押さえるのははじめのうちはなかなか難しいものです。今回この曲を演奏した時にソリストを務めたギタリストはまだ若いながらも素晴らしい技術と表現、そしてトランペットに負けないほどの力強い音量を持ち合わせたソリストでした。
クラシックギタリストは、日本人では村治佳織さんなど著名な演奏家がいますが、人数が少なくお会いしてお話しできる機会はそうそうないもの。この機に私はギターの奏法や楽器のこと、ギタリストの活躍のことなど色々なことを教えていただきました。
しかし私が一番興味深かったのは、この技術と音量が出せる彼の指は一体どれだけゴツいのだろう?どんな指をしているのだろう?ということでした。
人の手の形はその人の生き様を現すという…らしいですが…
しかし!思い描いていたイメージとは全く逆で男の人の指とは思えない、非常に細くて綺麗な長い指!まるで手のモデルさんのようです。さらに左右の指の形が若干違います。これは長年の練習の賜物でしょう、弦を押さえる左手の指の指紋の所はまるで吸盤のように若干平べったくなっています。
右手は弦を爪弾くので、さぞ硬そうなのかと思ったらごく普通の柔らかい指。非常に綺麗な手でした。この繊細な指からあの力強い音と深い演奏が奏でられたかと思うと非常に意外です。
ギターだからこそできる表現
ギターという楽器がクラシック音楽に浸透したのは先ほどご紹介したアンドレアス・セゴビアの貢献が大きかったのですが、もともとはヨーロッパ音楽の代表的な楽器でした。起源もスペインといわれています。ヨーロッパ発祥でありながら、意外にもクラシックギターとして認識されたのは極々最近のことだったのです。今回ご紹介した「ある貴紳のための幻想曲」はギターの魅力をいかんなく発揮し、スペイン音楽の魅力も兼ね備え、なおかつ小編成オーケストラ各楽器との見事な掛け合いもあります。
有名な「アランフェス協奏曲」も魅力的な曲ですがそれと同様に奥深い名曲です。「アランフェス協奏曲」はよく知っているけれどこの「ある貴紳のための幻想曲」はまだ聴いたことがないという方は是非是非聴いてみて下さい!きっとクラシックギターの広く深い音楽の虜となるでしょう。
The picture of Rodrigo by Mrexcel [GFDL or CC BY-SA 4.0], from Wikimedia Commons.