「リハーサルがはじまりますよ」
私はその時コンサート本番会場に向かって急いでいました。携帯電話に入ったその一言メールでさらに焦ります。そう、私はその本番の当日、とある事情により(寝坊ではありません)リハーサルに遅れてしまったのです。
オーケストラの本番前のリハーサルは最終の音の確認であり非常に大切な合奏なのです。なんとか自分の乗り番(出番のある曲)にはギリギリ間に合いましたが、何にしても遅刻は良くないですね…
その時のプログラム曲が今回ご紹介するメンデルスゾーンの交響曲第五番です。この曲は「宗教改革」という副題がついていますが、作曲者にとって色々と複雑な思いがあったのかもしれません。
さて今回はメンデルスゾーンの数ある魅力的な曲の1つ、交響曲第5番宗教改革を今回もオーケストラのトランペット席から、緊張と遅刻ギリギリで息が上がっている状態でご紹介しましょう!ヒー!
■ 目次
交響曲第5番宗教改革Op.107
フランクフルト放送交響楽団による演奏。いつも素晴らしい演奏をアリガトウ!メンデルスゾーンは生涯にフルオーケストラの交響曲を5曲残しています。この交響曲第5番、番号は5番ですが実際には2番目に作られた曲で、メンデルスゾーンはまだ24歳という若さでした。しかしながらメンデルスゾーンらしい華麗な旋律やオーケストレーションは初期の作品とは思えないほど卓越しています。
ただ、メンデルスゾーン本人は最後までこの曲の出来栄えに満足しておらず、何度も改訂をしていたようです。だからこそ初期の作品にもかかわらず出版が遅れ5番目の交響曲となったようです。
題材はキリスト教が2つに別れることとなったあの有名な歴史の出来事、宗教改革を題材にしています。その宗教改革300周年を記念して作られたもので若きメンデルスゾーンは気合充分で取り組んだようです。
マルティン・ルター(1483~1546)「宗教改革」や「免罪符、ダメ。ゼッタイ」でお馴染みのルター。実は大のビール好きだった。
特に特徴的なのは4楽章で宗教改革の中心人物であるマルティン・ルター自身が作詞・作曲した賛美歌「神は我がやぐら」が使われていることです。賛美歌を歌ったことがある人には馴染みのある曲ではないでしょうか。
第1楽章(0:37~)
非常に厳かに第1楽章が始まります。ここで演奏されるコラールは「ドレスデンアーメン」という賛美歌です。17世紀ごろよりドレスデン一帯の礼拝堂でさかんに歌われていた賛美歌ですが、この旋律はワーグナーの「パルジファル」でも用いられています。そして情熱的な第1主題(4:16~)。嵐のような盛り上がりを見せます。1楽章の最後はベートーヴェンを思わせる手法で最後のクライマックスへ(11:23~)。
第2楽章(12:50~)
重厚で厳かな1楽章とは打って変わって楽しい優雅なスケルツォです。ホルンのファンファーレ風の音形がワクワクしてきます(13:17~)。この楽章だけ「宗教改革」とは違う、メンデルスゾーンらしい明るい曲になっています。非常に美しい中間部も聴きどころです(14:48~)。
この一曲を単独で演奏しても十分に聴きごたえのある名曲だと思います。
第3楽章(18:30~)
再び厳かな雰囲気に。短い曲で華やかな4楽章へ続く間奏曲のような楽章となっています。第4楽章(23:00~)
突如雲の切れ目から光が差し込んでくるような賛美歌がフルートによって歌われます。これがルターの作曲した賛美歌「神は我がやぐら」です。勇壮な行進曲のようなリズム(24:30~)。ここから華やかで祝典的な音楽が展開されます。メンデルスゾーンらしい聴いていて元気が出てくるような旋律です。クラリネットが最初に動機を吹き、それに応えるようにトランペットが同じ動機を吹きます。ここがとても神秘的です。
再び「神は我がやぐら」が金管楽器で奏されます(28:45~)。曲はさらに盛り上がっていきますが様々な音階、音形が絡み合って昇華してゆく点は他の作曲家にはみられないメンデルスゾーンの魅力のひとつです。
最後は全合奏、ユニゾンで賛美歌「神は我がやぐら」を高らかに、感動的に歌い上げられるのです(30:21~)。
トランペット移調読みにチャレンジ!inDの楽譜を吹こう!
オーケストラでトランペットを吹く場合、もちろんのことですが楽譜は当時使われていた楽器の音程で書かれています。それはFの調性の楽器やD調の楽器だったりと様々な調性で書かれています。現代のトランペットはほとんどがB♭の調性になっています。つまりドの音を出すとシ♭の音が出るのです。なので楽譜通り吹いても正しい音ではありません。すべて音を実音に変換して吹かなければならないのです。これがオーケストラでトランペットを吹く場合必要となる移調読みと呼ばれるものです。
難しそうに思うかもしれませんが、コツを掴むと意外と簡単です。この移調読みのテクニックは初見演奏にも大いに役に立ちます。
今回はこのメンデルスゾーンの交響曲第5番、inDの調性の移調読みのコツを説明しましょう。
このinDの調性は特にバロックで多く使われます。あなたが使う楽器がC管かB♭管かで読む方法が違ってきます。
C管の場合
C管はピアノやヴァイオリンなどと同じスタンダードなCの調性、つまりドの音はド。大抵は楽譜通りに吹けばOKです。ヨッシャ!楽だ!Cの調性からだと他の調性の移調読みがB♭管に比べてやりやすく、音色も華やかなのでオーケストラトランペット奏者はC管を使うことが多いです。さて、inDという楽譜が出てきたら楽譜に書かれている音すべてを1音上げて、ファとドの音を半音上げる、つまり♯をつけます。これでOK。レミファソラシドレの音階になります。
B♭管の場合
もしあなたがピアノを弾いたことがある、あるいはヘ音記号の楽譜、つまり左手の楽譜を読めるならもう出来たも同然!ヘ音記号と同じように読んで音を出せばいいのです。ただしファとドとソとレに♯をつけるのをお忘れなく。もうおわかりと思いますがこれはミファソラシドレミの音階です。移調読みをする場合、音階がキチンとできないとこんがらがるかもしれません。こういった場合に日頃の音階練習が活かされるのです。とにかく音階はたくさん練習しましょう!どんなに複雑なパッセージの曲も音階ほど複雑ではありませんから!
実際に4楽章の旋律を例にしてみましょう。(23:00~)
inD
これをC管のトランペットで吹くなら、1音上げてファとドに♯なので
「レーレレラド#レシラー」
と音を変えて歌います。
B♭管なら
「ミーミミシレ#ミド#シー」
と歌います。
音符の下にドレミのふりがなを書いている人もいますが、できれば他の曲や急な変更に対応できるように移調読みに慣れておくことをオススメします。
名盤
ロリン・マゼール/ベルリンフィル
テンポが速い演奏ながらも非常に情熱的で音の角がはっきりした、聴いていてスッキリする演奏です。
ヘルベルト・フォン・カラヤン/ベルリンフィル
驚くほどゆっくりしたテンポでの演奏です。しかしカラヤンらしいのびのびとした雄大なメンデルスゾーンが聴けます。スケルツォの中間部の弦楽器(動画の14:48~)もカラヤンらしいレガートをたっぷりかけた演奏となっています。
フランス・ブリュッヘン/18世紀オーケストラ
初演された当時の楽器を使った演奏です。当時はまだなかったチューバのかわりにセルパンという楽器が使われています。
モーツアルトに匹敵する?天才作曲家メンデルスゾーンと宝玉のような旋律たち
12歳のメンデルスゾーン
メンデルスゾーンは数多くの魅力的な作品を残していますが38歳という若さで亡くなっています。モーツアルトやシューベルト、ビゼーなども若くして亡くなっていますが、なんとなくクラシック音楽の作曲家で早世するのは天才というイメージがありますね。
モーツァルトは幼少の頃からずば抜けた音楽の才能を示しましたがメンデルスゾーンもまた音楽に関してはモーツァルトのような神童だったようです。12歳の頃からすでに弦楽器の交響曲を12曲作り出し、15歳には正式なフルオーケストラの交響曲第1番を作り出しています。
またユダヤ人でありながらもドイツ音楽にも非常に大きな貢献をしました。有名なエピソード、というより大きな偉業としてあのJ・S・バッハの大作「マタイ受難曲」を世に広めた点が挙げられます。メンデルスゾーンこの時わずか20歳の時のことでした。
メンデルスゾーンはその短い生涯に素晴らしい曲をたくさん残しています。例えば、お馴染み「ヴァイオリン協奏曲」や結婚式には欠かせない「結婚行進曲」など誰もが一度は耳にしたことのある印象的な音楽を世に生み出しています。ピアノ曲では「無言歌集」など、どれもメンデルスゾーン特有の魅力的な作品ばかりですね。
しかしメンデルスゾーンはユダヤ人ということもありいわれなき迫害、批評を受けることも多く、死後は作品そのものまでが批判され淘汰されそうになったこともありました。またこの交響曲第5番の題材の主要人物であるルターもまた反ユダヤ主義者でした。
それでもそのような批判や迫害をものともせずメンデルスゾーンは「宗教改革」を題材にした素晴らしい作品を作り上げたのです。思想や主義や思惑は時代とともに変化しますが、それらを越えた作品はどんなに迫害しようともその宝玉のような魅力は何一つ色褪せることはないのです。
Last picture By Morn the Gorn [CC BY-SA 3.0 or GFDL], from Wikimedia Commons.