夏の晴れた美しい夕暮れ。地平線近くのオレンジ色と、まだ染まっていない青空とのコントラストが鮮やかだ。はるか上空を飛行機雲が流れて行く。その更に上の青い空には白い月が見えている・・・

美しい夕日を見ながら私は高級本革ソファに身を預ける。そして最高級のイタリアワインを片手に芸術の粋を極めたクラシック音楽を堪能するのだ。

嗚呼…やはり高貴な私には最高級のワイン、崇高なるクラシック音楽こそふさわしい…

その時、私の静かなひと時を邪魔する様に外から騒がしい音が聞こえてくる。この音は…

「♨月が~出た出~た~」

炭坑節!?盆踊りか!全く!せっかく崇高な音楽に浸っている時に・・・しかしその荒々しい太鼓のビート感は私の心をも揺るがす!夏祭り・・そうだ、私も踊りに行こう!

私は早速浴衣に着替えて楽しげな音の鳴る方へと向かって行ったのだった。

最近では盆踊り自体が少子化や騒音問題等で減りつつあるようです・・・

嵐の様なオーケストレーション

客席が2階席以上ある大きめのコンサートホール。舞台に向かって左手側の2階客席。ここの席に座ってみると思ったより高い位置にあることに気づきます。

客席自体がブドウ畑のように段々になっており、すこしせり出しているうえに足元が若干坂になっているので、ちょっとでも転んだら下に落ちていくのではないかと不安になります。手すりはあるものの席を移動する時でも落ちそうで怖いです。しかし今回私はここで立って演奏することとなるのです。

こちらはベルリン・フィルハーモニーの大ホール


今回ご紹介するオットリーノ・レスピーギ(1879~1936)が作曲した交響詩「ローマの祭り」ではバンダと呼ばれるオーケストラとは別の位置で演奏する金管部隊が必要です。指定では、前作の交響詩「ローマの松」と同じ「ブッキーナ」と呼ばれる古代ローマで使用されたとされる古い金管楽器です。(ブッキーナについて詳しく知りたい方はコチラ→https://shirokuroneko.com/archives/9366.html

「ローマの松」ではバンダは最低でも6本の金管楽器が配置されますが、今作の「ローマの祭り」はトランペット3本のみとなります。しかしオーケストラ編成は「松」よりもさらに大きく、情景が目に浮かんでくるような色彩的なオーケストレーションとなっています。それは「祭り」を通り越して「嵐」のような激しさがあります。

それだけにバンダ部隊にとっては3人で大編成オーケストラと対等に音を出さなければならないので大変な曲ともいえます。

バンダトランペットだけではありません。フルオーケストラ編成に加え打楽器も10人近くの人数を要します。4手連弾のピアノもあります。さらにマンドリンソロもあり、マーラーの後期の交響曲に匹敵する大編成です。

この曲は時と場所を越えて様々な時代の「ローマ祭り」を、色彩的かつ豪快なオーケストレーションで展開していきます。実際にあった残酷な祭り、ロマンチックな一時、そして大狂乱。今回は「もう3人位欲しいぞ」と思ってしまうトランペットバンダ部隊席から交響詩「ローマの祭り」をご紹介しましょう。ワッショイ!!

交響詩「ローマの祭り」

レスピーギはバロック様式から近代編成の管弦楽曲まで数多く残しています。その中でも代表的な作品として「ローマ」を主題にした交響詩三作が挙げられます。このローマ三部作の最後を飾る大曲が交響詩「ローマの祭り」です。レスピーギの全作品の中では「シバの女王ベルキス」についで二番目に大きい編成の管弦楽曲です。

曲の場面は前作「ローマの松」に引き続くように古代ローマから始まります。

シカゴユースシンフォニーオーケストラによる演奏。若々しい演奏です!!

チルチェンセス「西暦64年頃」

いきなり血生臭い場面から曲は始まります。ときは約2000年前の古代ローマ。暴君として知られる皇帝ネロが治める時代。場所はイタリアの観光地でも有名なコロッセオ。キリスト教徒達が闘技場に集められています。大勢の群衆が見守る中、なんと残酷な公開処刑が行われようとしています。

皇帝ネロは64年に起こったローマの大火をキリスト教徒による放火であるとして迫害を行った。ローマ帝国でキリスト教が弾圧されたのは初めて。


群衆の歓声を表すかのような短い前奏から(0:13~)、すぐにバンダトランペットのファンファーレ(0:18~)。数あるオーケストラ曲の中でもトランペットがこれほど長い旋律を吹くのはあまりありません。




曲は荒々しいオーケストレーションで凄まじい盛り上がりを見せます。そしてバンダの音を合図に急に波を打ったように静かになります(1:29~)

重々しい足取りで登場するライオン。トロンボーンによってリアルに表現されています(1:34~)。キリスト教徒達が神に祈りを捧げます(1:56~)

キリスト教徒達の聖歌

しかし死への恐怖心は容赦なく心を襲います(2:05~)。ついに猛獣に狙われた教徒が一人、また一人と襲われます(2:45~)。祈りの聖歌も悲痛な叫びとなります。金管楽器によるライオンの咆哮と逃げ惑う教徒達。混乱は最高潮に達します(3:24~)。そして再び最初のファンファーレが鳴り響きます(3:36~)

しかし勇ましいファンファーレも長くは続かず観客も恐怖にかられたかのように全てが混乱の渦へと化します(3:56~)。最後の残りの教徒達が襲われる様を表した激しいオーケストラヒット(4:06~)。そして誰もいなくなった重々しい沈黙が全ての低音楽器で表現されます(4:16~)


五十年祭「西暦1300年代」

時は突如1200年ほど下ります。巡礼者達が神の許しを乞うために世界各地から聖地ローマへ命がけの旅をします。

この「五十年祭」とは一般に「聖年祭」と呼ばれ、カトリック教会で行われる数十年に一度の祭典のことです。西暦1300年から始まり現在でも引き継がれて行われており当初はおよそ五十年おきでしたが現在では二十五年おきです。ちなみに次の聖年祭は2025年です。

当時のカトリック教会ではローマへ巡礼した者はどの様な罪も許されるとされていました。日本でいう「お伊勢参り」に似ていますが、カトリック巡礼者はより深い信仰心だったのでしょう。R・ワーグナーの歌劇「タンホイザー」に主人公がローマへ巡礼する場面がありますが、当時の人にとって巡礼は非常に深い意味があったことがわかります。

前曲で犠牲になったキリスト教徒たちを偲ぶかのように始まります(4:30~)。深い祈りの聖歌(5:07~)


長い命がけの道のりを経て、聖地ローマはもう目の前。突如巡礼者が走り出します(8:47~)

そして長旅を経て遂にたどり着いたのです。贖罪の地ローマへ!モンテマリオの丘から眼下に広がるローマ(8:57~)。ここでは雄大とも盛大とも違う、神の許しを得るためようやくたどり着いた「喜び」が高らかに歌われます。「ローマの祭り」全曲中で最も盛り上がる場面の1つです。

なんとなく童謡の「七夕さま」に似ている・・・?


そして私達バンダトランペット隊もローマに向かう如くこの大音量の時にオーケストラ席に移動します。難易度の高い最終章では金管楽器補強部隊となるのです。

チルチェンセスから始まる残酷で重苦しかった「祭り」は、ここを境に明るく楽しくなっていきます。その巡礼者に応えるように鐘とピアノが鳴り響きます(9:49~)。その後神秘的な雰囲気が漂いますが突如鐘と共にホルンのファンファーレが鳴り響きます(10:51~)。明るい希望に満ちた朝日のように。そして次の曲へと続きます。


モンテマリオの丘からみえるローマ市。当時の巡礼者がここにたどり着いた時の感動は計り知れない。

十月祭「西暦1500年頃」

時代は200年ほどタイムスリップ!

ルネッサンス時代のローマから少し離れたカステッリロマーニ(ローマの城)。古代から中世にかけて別荘やお城が多く作られたことからこう呼ばれているそうです。
ここの一帯は葡萄の産地として有名で、現在でも10月の第一日曜日は「ぶどう祭り」が開催されます。なんでもこの日は街の噴水から本物のワインが流れるイベントがあるそうです。

最高級イタリアワインができそうだ


ホルンの(11:04~)楽しい旋律から始まります。続いて3本のトランペットファンファーレ(11:22~)!しかし早くも夕焼けが迫ってきます。突如一人の若者が馬に乗ってどこかに行くようです。段々になっている葡萄畑を馬に乗って颯爽と駆けるような情景(11:50~)。そしてイタリアらしいのびのびとした歌(12:43~)。広大な葡萄畑が目の前に広がるようです。

遠くからホルンの旋律(14:02~)。ずいぶん遠くまで来たようです。恋人とここで待ち合わせをしていたのでしょうか・・・

そしてロマンチックな夕暮れ。マンドリンによるセレナーデが奏されます(15:03~)。ヴァイオリンソロの甘い旋律(16:25~)。恋人との語らいを思わせます。夕日が差すイタリアの広い葡萄畑。地平線近くのオレンジ色と、まだ染まっていない青空との鮮やかなコントラスト。そして空高くには白い月が見えている・・・

そんな情景を思わせます。


主顕祭「西暦1900年代」

突如クラリネットの騒ぎ声(18:22~)。再びタイムスリップして現代のイタリア。ここも観光地としても有名なナヴォーナ広場。

ナヴォーナ広場にある観光スポットの1つ、四大河の噴水

目の覚めるようなトランペットのフラッター(舌を震わせる奏法)が展開されます(18:26)。続いて時報を知らせるようなホルン。そして圧倒的な全合奏によるシンコペーション(18:41)!金管の超絶技巧的な三連符の輪唱(18:57~)

さらにトランペットのソロ(19:08~)!素速い5連符タンギングが要求されます。


クラリネットによる楽しい歌(19:56~)。その後トランペットアンサンブルによる優雅な旋律(20:20~)、しかし、すっとん狂な酔っぱらいトランペットソロが邪魔をします(20:34~)

酔っぱらいファンファーレでもここで高音域を外したらカッコ悪い


さらにオラにも歌わせろ!と言わんばかりに酔っぱらいトロンボーンの登場(20:43~)!グリッサンドがうねります。トロンボーン奏者の腕の見せ所です。

突然雰囲気がシリアスに。お次はナポリの舞曲「タランテラ」(20:58~)。そしてすぐにのびのびとした曲調へ(21:19~)。オーケストラは気持ちよく優雅に歌っているところへまた酔っぱらいトランペットのファンファーレ(21:58~)。このトランペットソロは結構高い音なので緊張します・・・

さあ、ここからはイタリアを代表する舞曲サンタレロ(22:13~)。オーケストラのパワーは最高潮に達しています。ここですでにクライマックスですが、レスピーギは更に追加で盛り上げていきます(22:49~)!!曲の速度もプレストからプレスティッシモへ(23:11)!どんちゃん騒ぎは最高潮最高速度に!そしてオーケストラヒット3発で「祭り」は堂々と締めくくられます。


主顕祭とは、イエス・キリストが生まれた後「東方の三賢人」と呼ばれる三人の賢人がイエスを訪ね贈り物を送ったことを記念としたお祭りのことです。毎年およそ1月6日前後に行われます。ちなみにイタリアではこの日に良い魔女ベファーナが子どもたちにプレゼントを配ります。

イタリアでは「クリスマスにサンタ」ではなく「主顕祭に魔女ベファーナ」が子どもたちにプレゼントをくれる。

名盤

まさにオーケストレーションの粋を極めたスペクタクルかつ熱狂的な大曲です。聴いてスカッとする名盤をご紹介!

シャルル・デュトワ/モントリオール交響楽団



純粋にシンフォニックな演奏を聴きたければこのデュトワの盤が一番オススメです。全てが完璧かつ綺麗なアンサンブルです。「主顕祭」のトランペットが完璧すぎます!全曲最後の締めはゆっくりと非常に堂々と演奏しています。

アルトゥーロ・トスカニーニ/NBC交響楽団



ズバリこの曲の初演者による演奏です。演奏はとにかく「熱い」です!バンダトランペットもグイグイ迫ってきます。この曲の持つ荒々しさとスピード感を最もよく表現している演奏です。モノラル録音?全然気にならないほどの録音の良さです。しかもこれでライブ録音というから驚きです。

リッカルド・ムーティ/フィラデルフィア管弦楽団



トスカニーニの熱さとデュトワの綺麗さを併せ持った演奏です。最後のサンタレロ(動画の22:13~)からの激しさは素晴らしい!

マイケル・ティルソン・トーマス/ロスアンジェルス・フィルハーモニック



豪快なアメリカオーケストラの金管アンサンブルを聴きたければこの盤です。金管楽器と打楽器が最も鮮明に聞こえてくる演奏です。

アントニオ・パッパーノ/ローマ・サンタ・チェチーリア国立アカデミー管弦楽団



新しい録音ということもあり他の盤には無い音のバランスです。この楽器はこんな動きをしていたのか、と新しい発見があります。特にホルンアンサンブルが見事です。

楽譜



とことん練り込まれたオーケストレーションをより詳しく知りたい方はぜひスコアと共に聴くことをオススメします。打楽器の楽譜が複雑で、どんちゃん騒ぎをオーケストレーションするとこうなります。

レスピーギの真価

ローマ三部作の中でもマーラーの交響曲のような大規模な曲ですが、他の2曲と比べこの「ローマの祭り」だけ演奏される機会が少ないようです。「松」、「噴水」では素晴らしい録音を残しているヘルベルト・フォン・カラヤンもこの「祭り」だけは録音を残していません。

演奏機会が少ない理由として、曲自体が「ローマの松」に比べ通俗的だとか当時のファシズムを支持しているなど様々な理由が挙げられますが、やはり1番の理由はあまりにも大きな編成ゆえに奏者を揃える事自体が大変であるということだと思います。

さて、日本ではこの近代イタリアの作曲家レスピーギの作品というと、この「ローマ三部作」がまず挙げられると思います。後は・・・どうやらそれ以外の作品はあまり知られていないようです。

レスピーギは近代オーケストレーションの機能をフル活用した大規模な管弦楽曲ばかりでなく、実はピアノ曲から室内楽曲、歌曲、オペラ、オラトリオ、バレエ音楽までほぼ全てのジャンルに作品を残しています。

またジャンルの広さだけでなく様々な時代の形式の音楽を残しています。中世時代の音階やルネッサンス時代、バロック時代のイタリアの様式で作られた作品も多く残しています。この古き良きイタリアの伝統音楽はこの「ローマの祭り」でも活かされいて、古い音階での賛美歌やマンドリンのソロなど随所に垣間見ることができます。

近年では人数を揃えるのが難しい大規模なオーケストラ曲でも演奏される機会が増えてきています。まだあまり知られていないレスピーギの他の作品もこれから演奏される機会も増え、真価が認められていくでしょう。とても楽しみなことです。

祭りは時間も国境も越える

世界中どこでも、そしていつの時代でも祭りは人々の心を盛り上げてくれます。それは楽しいものばかりではなく、宗教的な儀式であったり悲しみや苦しみを思い偲ぶものであったりもします。そこには踊りがあり祈りがあり、いずれも心を高めたり沈めたりするものです。

この「ローマの祭り」では古代から現代まで、時空を越えて約2000年のイタリアの祭りを音楽で聴くことができます。残酷な時、敬虔な時、ロマンチックな時もドンチャン騒ぎも・・・時を超えて人類の「祭り」は伝えられていくのです。

そして私達日本を見れば、今の時期は盆踊りのシーズンも終わり、所々で花火大会や夏祭りがまだ催されるのではないでしょうか。夏もあと残りわずか。家で最高級ワインもいいですが外に出て思いっきり「日本の祭り」を楽しみましょう!


The picture of Berlin-phil concert hall By MrEnglish [CC BY-SA 3.0 ], from Wikimedia Commons.
The picture of the view from Monte Mario By Bjørn Christian Tørrissen [CC BY-SA 3.0 ], via Wikimedia Commons.
The picture of Piazza Navona By Bengt Nyman [CC-BY-2.0], via Wikimedia Commons.

「ローマの祭り」の無料楽譜
  • IMSLP(楽譜リンク
    本記事はこの楽譜を用いて作成しました。1929年にリコルディ社から出版されたパブリックドメインの楽譜です。

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