オーケストラのトランペット奏者にとって比較的近代のオーケストラ曲を演奏する際に考えなくてはならない問題に、音量のバランスというものがあります。
もともとトランペットは大きい音量の出る楽器ではありますが、フル編成のオーケストラともなるとトゥッティ(全合奏で音を出すこと)の場面でトランペットの音が他の楽器の音量に負けて聞こえなくなってしまうことがあります。いくら音量が出るといってもトランペット二人と百人近いその他の近代の楽器ではやはり敵わないこともあります。
そこで倍管という方法がとられます。例えば本来なら楽譜上二人のトランペットで演奏するところを音量補強のためのアシスタントとしてもう一人、あるいは二人増やして同じパートを演奏するというものです。いわゆるアシスタントを略した「アシ」と呼ばれるものです。
以前にご紹介したベートーヴェンの交響曲第7番をかつて演奏する機会があった時、私はそのアシとして呼んで頂き参加しました。今回演奏するチャコフスキー(1840〜1893)の第5番交響曲では反対に私が音量等を補強するためにアシスタントを呼ぶ必要があるか否かを判断しなくてはなりませんでした。
なぜなら、本来1番トランペットを吹くはずの奏者が
「今回はシンガポールに遊びに行くんだー!しばらく帰ってこないんだー!というわけで今回のチャイ5のトップ吹き夜露死苦」
と言い残し消息を断ったため突如私がトランペットセクションを仕切ることとなったからなのでした。
当時私は大学生で、初めてのチャイ5の演奏。完璧に吹きこなせる実力と自信は到底ありません。なんと言ってもこの大曲は最後までロシア的なゴツゴツした音量を求められます。トランペット奏者にとってパワーのいる、スタミナと音量が必要な曲でもあるのです。
でもでも!楽譜にはトランペットは二本と指定がある。できれば吹奏楽とは違った、ユニゾンではないオーケストラらしい各パート一本づつの透き通った音色を聞かせたい!楽譜通りに!プロのオーケストラみたいに!トランペットは一本づつで吹きたいッ!
こんな明快で勇壮な曲だけに尚更そうしたい!と若き日のトランペット吹きは強く思ったのです。
さて、今回はそんなトランペット奏者にとって葛藤あふれるチャコフスキーの代表作のひとつ、交響曲第5番をオーケストラのトランペット席からご紹介しましょう。
■ 目次
交響曲第5番ホ短調作品64の聴き所をオーケストラ奏者が解説!
非常に素晴らしい演奏をYouTubeにアップし続けているフランクフルト放送交響楽団。バストロンボーンとチューバが絶好調!トランペットはロータリー管を使用。1888年に作曲されたこの第5番交響曲はチャイコフスキーの作品の中でもシンプルな楽器編成の曲です。なんといっても打楽器はティンパニのみ。曲想はベートーヴェンの、同じく第5交響曲のようにある一つの主題を各楽章で登場させ、最終楽章では壮大に歌い上げるという、とにかく熱いッッ!盛り上がるゥッッ!という手法をとっています。これは「運命の主題」と呼ばれています。
チャイコフスキーは、深く重々しい曲が好みで、この曲や、序曲「1812年」のような、明るく明快で親しみやすい曲はあまり好きではなかったようです。
しかし演奏を重ねているうちに「やっぱこの曲、盛り上がるからイイんじゃね?」と最終的には作曲者も自身の傑作として認めたようです。
この曲が作曲された当時、チャイコフスキーはマーラーと交流があり、マーラーの作品から影響を受けた曲想も所々見受けられます。
第一楽章(0:33~)
クラリネットによる暗く重い「運命の主題」から始まります。ここからチャイコフスキー特有のリズムで行進曲風の第一主題が奏されます(3:10~)。非常に緊張感のある旋律。
最初の盛り上がりでトランペットのファンファーレ一発!(4:15)
その後のこのファンファーレは熱く目一杯聴かせましょう!(4:41~)
ここの2本のトランペットソロも柔らかい音色ながらも芯のある音で(11:13~)。聴かせどころです!
ここで一楽章最大のクライマックス(13:33~)。非常にチャイコフスキーらしい、そしてロシアっぽいところですね!その後のファンファーレ(13:44~)はリズムに注意です。
第二楽章(15:15~)
ホルンのロマンティックなソロ(16:10~)。チャイコフスキーらしい魅力的なメロディ、ホルン奏者最大の聴かせ所です。ここからトランペットはひたすら刻みのリズム(25:21~)。けっこうバテる箇所です。気合で乗り切りつつ、刻みといえども「歌うこと」も忘れずに。
突如「運命の主題」が爆発的に奏されます(25:57~)。
第三楽章(29:03~)
チャイコフスキーお得意の爽やかなワルツ。中間部のトリオは非常に速い曲です。交響曲にワルツを取り込んだ曲としてはマーラーの同じく第5番交響曲があります。絶妙なトランペットの引っ掛け(31:08~)。遅れたりフライングしないように、周りの音をよく聞きましょう。
そして最後の方で再び「運命の主題」がクラリネット、ファゴットで奏されます(33:59~)。
第四楽章(34:36~)
弦楽器によるのびのびとした「運命の主題」から終楽章が始まります。ここのトランペットの旋律(35:25~)は特にクレシェンドなどの音の強弱をしっかりつけて、表情豊かに。sf(スフォルツアンド)からのデクレシエンド。そしてポコ・ア・ポコクレシエンド。トランペットの表現力が試されるところです。
ティンパニの超絶クレシエンドから一気にロシア的な、運動会で流れていそうな超速曲となります(37:44~)。熱い曲調に舞い上がって急ぎすぎないように、落ち着いて着実に吹いていきましょう。
トランペットにとって難しいところ、かなり速いタンギングが必要な箇所があります(42:22~)。ダブルタンギングで吹くにしてもしっかりとした大きな音量も必要です。ゆっくりテンポから練習あるのみです。
さらにトランペットの聴かせどころ。2本のトランペットの掛け合い(42:41~)。そして音の跳躍(42:59~)と美味しいパートが続きます。難しいですが!!
そして熱いファンファーレ(43:40~)。めくるめくティンパニのロール。
そして最後のコーダへ!!(44:16~)
オーケストラでのトランペットの演奏はとにかく緊張の連続です。静かな場面からのソロはとくに緊張します。勇壮な旋律を演奏するにも「さあ!やるぞ!」という意気込みとガッツが必要なものです。
緊張感とモチベーションがMAXまで高まっていよいよ吹くぞー!という正にその時、
「♪こんなこといいな♪できたらいいな♪」
と横から2番トランペット奏者が小声でささやきます。
そう!このコーダの三連符の伴奏、ズバリ「ドラえもん」のテーマ曲にそっくりなのです。いい所で笑わせないでッッ!
この「ドラえもん風伴奏」と弦楽器の奏する雄大な「運命の主題」に乗せて、トランペットとホルンの勇壮な旋律(44:23~)。
そして最後は2本のトランペットによって「運命の主題」が高らかに感動的に歌われます(45:09~)。演奏によっては最後の方で盛り上げるため、トランペットは弦楽器と同じ音を吹くこともあります(45:41~)。ただしバテて失敗すると余計にカッコ悪いので、やるなら確実に!です。
最後の追い込みの加速!!(45:51~)ロシアンパワー全開といったところです。最後は第一楽章の第一主題を使ったファンファーレが高らかに奏され(46:21~)、これでもか!というくらいに堂々とした三連符で締められます。
アシスタントなぞいらぬ!なんて言っていると失敗します!
どうしてもこの曲では一本づつのトランペットの音色を聴かせたいッ!と強く願うものの、やはり実力がついてこない以上はアシスタントをお願いするしかありません。聴きに来て下さるお客さんに「ラッパが貧弱だ」と思われるわけにはいきません。そこで今回はもう2人のアシスタントをお願いして、合計4人のトランペットで臨みました。1人は大学の同級生。もう1人はプロの女性トランペット奏者でした。
「もっともっと高い音も低い音も大きな音で!音を安定させて!音大生ならもっとできるはず!次演奏する機会があったらアシなしで頑張ろう!」
とプロ奏者の方には叱咤激励をいただき、オーケストラでトランペットを吹くという事はどういうことか、を大いに学ぶことができたのでした。
今回の演奏はトランペット4人で吹いてようやく人に聴かせられる音量と音色となりましたが、全て楽譜通りにトランペット一本勝負で勝負したいな!トランペットのソロ特有の音色で聴かせられたらいいな!あんな夢こんな夢いっぱいあるけど、現実を見て自分自身のスタミナと音量に自信がなければ、思い切って1番2番トランペットを1人づつ増やして、倍管にする勇気も必要なのです。
トランペットの移調読みに挑戦しよう!inA
オーケストラで演奏していると必ず出くわす「移調読み」。前回メンデルスゾーンの交響曲第5番でご紹介したinD移調読みに引き続き、今回はinAの移調読みをご紹介しましょう。チャイコフスキーに限らず、この当時のロシアオーケストラ曲の多くはトランペットは現代のinB♭ではなくinAで書かれているものが多いです。もちろんこの交響曲第5番もトランペットはinAで書かれていて、B♭管あるいはC管で吹く以上は移調して読む必要があります。
これはトランペットばかりでなくB♭管の楽器、クラリネットなどでもinAで書かれた楽譜もオーケストラに携わっていると必ず出てきます。他にも様々な調性の移調読みが必要となります。オーケストラで演奏する以上どうしてもこの「移調読み」は避けて通れないものです。
しかし一見難しいようですが大丈夫!最初は一音づつ苦労しながら音を変換する必要がありますが、コツを掴んで練習しているうちに自然と慣れてきます。しかもこの「移調読み」をある程度できるようになると自然に楽譜の「初見演奏」がしやすくなるという効果もあります。
今回はこのチャイコフスキー交響曲第5番を例に、B♭管とC管で演奏する時の移調読みの方法の一例をご紹介しましょう。
B♭管で吹く場合「半音下げ読み」
これはある意味簡単です。B♭管からみるとinAは半音下の音になります。なのでinAで書かれている全ての音を全てそのまま「半音下げる」だけです!何も考えなくて大丈夫!そのまま半音下げればOK。ちょっと戸惑うのは臨時記号でシャープなんかが出てきた時。これもこのフレーズを何度か練習しているうちに自然と覚えてしまいます。例えば一例を挙げますと、動画(46:21~)のファンファーレをB♭管で吹くとこんな感じ。とにかく楽譜の音をそのまま半音下げるだけです。
↓
B♭管で演奏するとこう。
あるいは
私は「ファーファファー・ファソラ・シラソ・ファミレ・・・」と頭の中で、階名で吹きました。「ミ」にシャープが付くことに注意!
トランペットとクラリネットは特にinAで書かれた楽譜に出くわす事が度々あると思います。例えば「シェエラザード」や「シバの女王ベルキス」、アーバンの変奏曲で「アクテオンの主題による変奏曲」なんかもinAです。調性でいうと、このチャイ5の場合、B♭管にとってシャープ記号の多いEの調性になるので少々指使いが大変かもしれません。
この半音下げて楽譜を読む、という技術は様々な場面でも使えると思います。C管を使って半音下げて読む曲ならばワーグナーの「タンホイザー」の行進曲のファンファーレ部隊なんかもinHでかかれています。
ちなみに!チューニング管を目一杯伸ばして楽器自体のチューニングを半音下げ、そのまま演奏しようとしたそこのアナタ!この方法でも一応できますが、随所での音程が非常に取りにくくなります。
例えば1番ピストンでの「レ」の音など、その他色々…遊びで吹く分にはいいですが、かなり不自然な音になりますのでオススメしません!頑張ってB♭管本来の音で勝負したほうが良い結果が出ます。
C管で吹く場合「短三度!下げ読み」
これはちょっとコツが要ります。ポイントはとにかく楽譜の音を三つ下げて読むこと。まずA「ラ」はC「ド」より下に三音下がります。三音低いですね。なのでまずは楽譜の音を三つ下げます。
次に、そのまま三つ下げて読まずに、Aの調性である全ての「ファ」と「ド」、「ソ」にシャープを付け、半音上げます。ちょっとややこしいですが、「三音下げてシャープ三つ」がポイントです。
C管の楽器からみてinAは「短三度下の音」になります。楽譜をそのまま三つ下に下げて読めば「短三度下の音」になりますが、「ラ、ミ、シ」の三つ下の音だけは音階の構造上、長三度になってしまうのでこの三音だけシャープで半音上げる必要があります。ちょうど短三度下の調性Aの三つシャープが付く音階とも言えますね。あとは臨時記号に注意して読みます。
ちょっと難しいですがこれを「短三度下げて」みると
↓
inAの楽譜の「ファ」にシャープが付いているため、3度下げたときの「レ」にもシャープが付いています。
お気づきかもしれませんがこれ、このチャイ5のラストの調性であるシャープ4つの調、「ホ長調」の音階になっています。今何の調性の旋律を吹いているのか?ということを把握しながら吹けば、移調読みも楽になります。もちろん音階と和音はしっかり練習しましょう!
移調読みのコツはとにかく音階(長音階だけでなく短音階も!)と分散和音をしっかり練習することです。もう頭で考えなくとも指と体が勝手に動くくらい。反射神経がものを言いますが、これは練習していれば誰でも自然とできるようになると私は思います。
今回は半音下げて読む方法と、ちょっと難しい三つ下げて読む(短3度)をご紹介しました。基本的に同じ要領で4度、5度読みもできます。これもまたの機会にご紹介しましょう!
名盤紹介ランキング
クラシック音楽での交響曲の中でも屈指の名曲だけに、古くから数多くの名盤名演奏があります。その中でも特に印象に残った演奏、そしてこの大曲を前に子羊の如く震えているトランペット奏者の目線から素晴らしい盤を、独断と偏見タップリにランキング付けしてみました。あくまでもトランペット奏者が演奏した経験から選んだのです。巷で名盤と言われているものでもトランペット目線から言ったらダメ!という演奏もあります。「こんな名盤もあったんだ!」とか「こんなチャイ5など聴くほうが悪い、知らなかったとは言ってほしくない」といったご意見も大歓迎!
シャルル・デュトワ/モントリオール交響楽団
チャイ5の名盤としてあまり取り上げられることがありませんが間違いなく最も完璧な演奏の一つです。管、弦、打と全ての楽器のバランスと音色が最も完璧な演奏がこのデュトワ指揮のモントリオール交響楽団です。
力強くパリッとしたトロンボーンや輪郭のハッキリとした、それでいて綺麗な響きのトランペットなど、この当時のモントリオール交響楽団金管セクションはアメリカオーケストラ、ヨーロッパオーケストラに勝るとも劣らない完璧な演奏です。
小澤征爾/ベルリンフィル
今や世界で活躍する日本人指揮者の重鎮、世界のオザワの演奏、しかもオケはベンリンフィル!二本のトランペットがこれほどハッキリと完璧に聞こえて来る演奏は他にはありません。この点はモントリオール響以上です。
こんなバランスと音色と音量パワーで演奏できたらもう言うことなしです!
小林研一郎/チェコフィル
チャイ5といえばコバケンです!(個人的に)かつてコバケンのチャイ5というと、「熱い演奏だけどオケが雑すぎる」と私の周り(?)ではもっぱら評判でした。
しかし!このチェコフィルを振った演奏はトランペット奏者なら必ず聴いて欲しい超名演奏です!オーケストラ全体の音も素晴らしい!しかし!この盤で最も聴くべきはトランペットパートです。
この曲のトランペットパートは、どこまでが旋律なのか?リズムなのか伴奏なのか?が掴みにくい曲でもあります。フレーズのどこの部分を旋律として、或いはリズムとして強調して吹くべきなのか分かりにくい所があります。この演奏はその模範解答的な演奏でもあると思います。
ここでは音を抑えよう、タンギングをハッキリしよう、弦楽器の補強伴奏ですよ、などなど非常に参考になる演奏です。もちろん音色も非常に綺麗です!トランペットパートだけならばこの盤こそ最高の演奏と思います。コバケンの唸り声も冴えるゼ!
ジークフリート・クルツ/ドレスデン国立歌劇場管弦楽団
ある意味「マニアック」な盤で全く有名な盤ではないでしょう。しかし!本当の名演とはこのような演奏をいうと思います。個人的に!
弦楽器といい管楽器といい、オーケストラの音がこれほど綺麗な演奏は他にはありません。二楽章のペーター・ダムによるホルンのソロは素晴らしい!
四楽章もこのオーケストラらしい安定した音楽で、最後までウケ狙いをせず実直な演奏。聴き終えた時の満足度はこの盤が一番と思います。
エフゲニー・スヴェトラーノフ/ソビエト国立交響楽団
熱い!!とにかく熱い!!1990年、サントリーホールでのライブ録音です。
ティンパニの強打!バリバリの金管パート!そして圧倒的なスピード感!!!オケが乱れるギリギリまでマックスパワーで駆け抜ける演奏です。爆演の熱いチャイ5が聴きたいならこの盤が圧倒的にオススメです。
グスターボ・ドゥダメル/シモンボリバル交響楽団
ベネズエラの若き指揮者ドゥダメルによる演奏です。四楽章が速い!熱い!「白熱した演奏」という点では最高の演奏です。トランペットが所々落ちている箇所がありますが(吹き忘れかバテて音が出なかったか?)聴いていて熱くなれる演奏としてはベストです!
ヘルベルト・フォン・カラヤン/ベルリンフィル
チャイコフスキーの交響曲の名盤といえば帝王カラヤンの演奏が有名です。カラヤンは膨大なレパートリーの中でも特にチャイコフスキーの交響曲を得意としており、何度か全集を録音していますが、この1975年の演奏が最もスタンダードで聴きやすい演奏だと思います。
エフゲニー・ムラヴィンスキー/レニングラードフィル
決定的な名盤として昔から有名な盤です。しかしトランペット奏者の中にはこの盤の演奏を嫌う人もいます。
なぜならトランペットの音がかなり独特だからです。コルネットで吹いているかのような、あるいはナカリャコフのソロのような、ロシアントランペットソロのような柔らかい音色で決してシンフォニックな響きとは言えません。
それでもやはりチャイ5の演奏を語る上で外せない名盤となっています。私は弦楽器の表現が非常に素晴らしいと感じます。飾らない真っ直ぐで透明な音色は和音を際立たせ、作曲者が表現しようとした寒々しくも剛健なロシアを思わせるものとなっています。
なんといっても四楽章のスピード感と弦楽器のうねるような表現は技術の発展した近年のオーケストラでも表現が及びません。
セルジウ・チェリビダッケ/ミュンヘンフィル
チェリビダッケの演奏ほど個性的なものはないでしょう。コアなファンが多いというイメージがありますが、カラヤンのライバル的存在として対極的な演奏となっています。
1番大きな特徴としていえるのはその異常としか言いようのない遅いテンポです。ワザとやってるのか?!と思ったら本当にワザと遅くして演奏しています。
しかし!普通だったらテンポを遅く横に広げれば間延びした、中身もスカスカの音楽になる所が、分厚くシッカリとした音圧が保たれています。これがチェリビダッケ、ミュンヘンフィルの凄い所!
これだけテンポを落としながらも表現も間延びせず、音の力強い密度もより濃くなっている所に圧倒されます。聴いているとだんだんこのテンポが正しい、あるべき速さなのでは?と錯覚してしまう、それがチェリビダッケの説得力だと思います。是非是非一度聴いてみるべき名演奏です。
チェリの指揮は苦手というひとも是非ラストのテーマのトランペット(動画45:09~)を聴いていただきたい!!これほど圧倒される演奏は他にはありません。
その他
オーケストラ全体のバランスが非常に良い佐渡裕/ベルリン・ドイツ交響楽団ニューヨークフィル独特な暗く鋭い音色のホルンと、マーラーの交響曲を思わせるスケールの大きいレナード・バーンスタイン/ニューヨークフィルの演奏
名曲だけにその他にも多数の名盤があります。
低音楽器の魅力
このチャイコフスキーの交響曲第5番はシンフォニックな響きが特長ですが、とくにゴリゴリとした低音楽器群から、力強いロシアが伝わってくるようです。コントラバス視点から見たチャイ5も面白いものです。近くの席の楽器がより明確に聞こえてきて新たな発見もありますね。コントラバス席からもご紹介!!
ロシアっぽい演奏ってどんな演奏?
よくクラシックでの演奏を評価される際に、「ロシア的な音色や表現」と言われることがあります。さてさて、このロシアっぽい、とは具体的にどういう演奏なのかな?と常々疑問に思っていました。なんかロシアって寒い国だから、なんとなく髭を生やした大男が寒い日にスキットルに入ったウォッカをグイッと飲んでいるような感じといいますか、ロシア音楽の雰囲気もなんとなく運動会で流れてきそうな軽快で力強い音楽というイメージがあります。
これは私の感じる事なのですが、実際演奏するとなるとロシア的な、というよりもまずは楽譜に書かれている音を忠実に再現した時、否が応でもロシア的な雰囲気の音になります。逆にこれをフランス風に演奏してみよう!というのは非常に難しいといえます。
なぜなら、作曲したチャイコフスキーはロシア人だからなのです!!ウン!そりゃそうだ!!
当たり前のことかもしれませんが、作曲者が作曲する時、和音の響きや旋律などなど、音楽を構成している音符そのものは作曲者が持つイメージによって形作られます。なので書かれた楽譜通りにキチンと音を出せばロシアならロシア風のフランスならフランス風の音楽になるように作られているのです。
もちろんブラームスやベートーヴェンなどのドイツらしい音楽の場合でも、音楽の構成そのものがすでにドイツ的なものとなっています。そこでクラシック音楽の演奏者がするべきことは、その楽譜を作曲者が意図した(楽譜に書いた)通りにまずは音にすることであると言えるでしょう。そこで初めてドイツらしい音楽、ロシアらしい音楽となるのです。
書かれている楽譜の音が、奏者の都合で正確に出されないと(吹けないよー!とかバテちゃったー!とか間違えちゃったー!とか)作曲者が意図した音楽から離れていってしまうということになります。
書かれた音一つ一つがハッキリと聞こえる演奏ほど、より作曲者が意図した「○○らしい演奏」となります。なので、今回のように楽譜に書かれた音がシッカリ出せる自信がないのなら、思い切って人数を補強する勇気も必要だといえます。
まずは楽譜に書かれた音を再現すること。それが礎で、その礎をしっかりと作った上でさらなる表現を広げていく。それがクラシック音楽、特にオーケストラで求められる、必要で大切なものなのです。
- IMSLP(楽譜リンク)
本記事はこの楽譜を用いて作成しました。1888年にユルゲンソン社から出版されたパブリックドメインの楽譜です。