これまでショパンについてはいろいろ書いてきましたが、今回は「前奏曲」について書いてみたいと思います。

ショパンの「前奏曲」は「24曲の前奏曲」Op.28とOp.45と遺作のものがあり、それらを全部合わせると26曲あります。独立して書かれたOp.45と遺作は「24の前奏曲」と一緒にされて出版されていることが多いですが、あまり取り上げられることはありません。

今回は前奏曲とは何かなどにふれながら、「24の前奏曲」Op.28の難易度と難易度順について書いていきたいと思います。

■ 目次

前奏曲(プレリュード)とは何か


楽語以外の使われ方としてプレリュードという言葉は前ぶれ、前兆という意味で使われていますが、音楽の場合でも前に演奏するという同じような意味で使われています。

前奏曲と訳されている通り、プレリュードとは曲の初めにおかれる曲のことで導入の役割をしています。つまり何か後ろに続く曲が前提としてあって、その前の曲ということです。

プレリュード(前奏曲)というとやはりバッハの「平均律」をまず思い出しますよね。「平均律」はプレリュードとフーガがセットになっています。

プレリュードには他の曲の前に演奏するというルールがあるだけで、曲自体がこうでなくてはいけないという決まりがありません。プレリュードは自由に書かれるというのが特徴です。自由に書かれるとなると即興曲でもいいような気がしますが、プレリュードはあくまでも他の曲の前に演奏するものとして書かれています。

そういえばプレリュードという名前の車がありましたね!今はもういないのかな?私の中で車の名前には楽語が多く使われている印象があります。プレリュードの他にもフーガ、ラルゴ、マーチetc…車に詳しくないのでこれくらいしか思い浮かびませんでしたが、もっとあるのかな?

意味を調べないで名前をつけることはないと思うので、その名前に決めた意味がきっとあると思うのですが、速く走る車にラルゴとつけたのはなぜなのでしょう?速度記号としての意味ではなく、「広い」というとかそういう意味なのでしょうか?

話が脱線してしまいましたが、意外と身近なところで音楽用語が使われていたことを思い出しました。

ショパンの「24の前奏曲」Op.28の特徴

前奏曲(プレリュード)とは何かについて書いて来ましたが、先ほど書いたことはバッハが活躍した18Cくらいまでのことです。

ショパンはプレリュードを何かの前に演奏する曲としてではなく、プレリュードを性格的小品の1つとして捉え、他の曲とセットにして1曲という形にはしませんでした。

ショパン以降の多くの作曲家たちも前奏曲を書いていますが、ショパンのようなプレリュードの捉え方をしており、独立した作品として書いています。

それまでのルールを崩し、自分らしい作品に作り変えたショパンですが、彼はバッハを大変尊敬していたのでバッハが「平均律」で全調の曲を作曲したのにならい全調(24曲)のプレリュードを作曲しました。

バッハとの違いはフーガとセットにしなかったというだけではなく、調の順番も違います。バッハの「平均律」では同主調で進みながら半音ずつ上がっていく(1番C:→2番c:→3番Cis:→4番cis:~)24調になっています。

一方ショパンの「前奏曲」では平行調で進みながら5度ずつ上がっていきます。(1番C:→2番a:→3番G:→4番e:~)このルールからすると13番はFis:なので14番はFis:の平行調であるdis:になるのですが、es:に置き換えています。

鍵盤を想像してもらうとわかると思うのですがDis(レ♯)とEs(ミ♭)はどちらも同じキーを弾くことになります。つまり読み替えが可能なのです。このような関係を異名同音※と言います。
※説明を簡単にするために異名同音の例を挙げましたが、読み替え可能な調の関係は異名同調と言います。前奏曲14番の調をdisからesに読み替えることは異名同調の関係にもとづいています。

いつ頃作曲された作品なのか

ショパンの前奏曲は1836年頃から作曲され始めたようです。1839年に出版されました。1836年から1839年にショパンはどんな状況だったのでしょうか?

ショパンはワルシャワの出身だということはご存知だと思います。当時ワルシャワはロシアの支配下にあり、ロシアの抑圧から脱するために革命を起こそうとしているような状況でした。

ショパンは音楽家としてより成功するためにワルシャワを出るわけですがそれだけでなく、このような当時の状況も大きく影響していました。革命に向けて動いている状況の中、そのような戦いに巻き込まれて欲しくないという家族の願いもあり、彼はウィーンに行くことを決意します。

革命が起きたことをショパンはウィーンで知りますが、病弱な彼が帰ったところで戦いの役には立ちません。帰りたいと彼自身は思っていましたが、ポーランドの音楽家として成功することこそ使命だと友人に諭され、故郷には帰りませんでした。

ウィーンではあまり活躍できずにいたショパンは当時ポーランド人亡命者が多くいたパリ移ることにします。パリでは大きなホールで演奏会が開かれました。リストなどの演奏と比べるとショパンの演奏は音量が小さく、繊細過ぎたようで大きなホールでの演奏はあまり良い評価ではなかったようです。

しかし、演奏自体は上流階級の人達にとても気に入られました。少人数の前で演奏するサロンでのコンサートでショパンは評判となり、人気となりました。演奏家、作曲家としてだけでなく、貴族を対象としたピアノ教師としても収入を得ることができるようになっていきました。

このようにしてショパンは上流階級と深く関わりを持つようになっていきました。

ショパンは亡命したため、ポーランドには戻ることができなかったのですが、1835年父の療養先で1度だけ両親と会うことができています。手紙のやりとりはその後もありましたが、両親と直接会えたのはこれが最後だったようです。

両親と再開後、パリに戻る前にワルシャワにいた頃に家族ぐるみで付き合いのあった一家と会いました。この時に一家の娘のマリアと再会します。そしてその後1836年にはマリアに求婚します。(マリア17歳、ショパン26歳)

マリアはこころよく受け入れましたが、マリアの母は病弱だったショパンの健康面を心配し、あまり良くは思っていなかったようです。結局、結婚には至らず1837年には婚約は破棄されました。

PTNAの「ショパン物語」ではとてもわかりやすくショパンのことが書かれています。是非読んでみて下さい。私も読ませて頂き大変勉強になりました。
http://www.piano.or.jp/report/01cmp/c_chopin/archive.html

長くなりましたが、ショパンの「前奏曲」はマリアに求婚した頃に書き始めた作品ということになります。1836年はマリアに求婚した年ですが、ジョルジュ・サンドと初めて出会った年でもあります。

1837年婚約が破棄されると翌年にはサンドとの交際をスタートさせ、そしてマヨルカ島に一緒に行っています。この辺りのお話は先ほど紹介したPTNAの「ショパン物語」にとても面白くまとめてありますので読んでみて下さいね。

ショパンはパリでの仕事を断り、サンドとマヨルカ島に行くのですが、その費用を確保するために1836年頃から取り組んでいた「前奏曲」を出版する約束を取りつけ、お金を先に支払ってもらい、それを旅費にあてたようです。

ショパンはサンドとの交際期間中にとても多くの名曲を書きました。彼女と一緒にいたからこそ書けた作品もきっとたくさんあったと思います。

しかし「前奏曲」においてはあまり関係がなかったのかもしれません。その理由はサンドとの交際やマヨルカ島に行く前に多くの曲がすでに書かれていたと思われるからです。

まだ完成していない曲集にお金が支払われたということは全体像がある程度見えていたからではないかと思われます。そしてマヨルカ島に行ってからもショパンの体調は良くなかったということなので、マヨルカ島に行く前までにほとんどの曲ができていたのではないかと言われているのです。

それではこの「前奏曲」はどんな状況の中で作られた作品なのでしょう。この時期のショパンについてもう1度まとめてみます。

●故郷に帰れないつらさを抱えながら、上流階級と上手く付き合いパリで音楽家として大活躍。
●女性関係では同じポーランド人のマリアに求婚するも婚約破棄となり、そしてサンドとの交際がスタート。

「前奏曲」は音楽家として、また人としても大きな変化を経験した時期に書かれた作品であることは間違いないと思います。

この「前奏曲」には晴れやかで一点の曇りもないような華やかな曲、迷いや戸惑いを感じる曲、その両方が混じる曲、苦悩するような曲、ただただ穏やかな曲、とにかく激しさのある曲など、様々な面があるように感じます。バラエティーに富んだ曲調はもしかするとショパン自身が経験した大きな変化からくるものなのかもしれません。

「24の前奏曲」の難易度について



ショパンは古典派のものとはまた全然違う弾き方を求められるので、ソナタアルバムが弾けたら弾けますとは言えない部分があります。

「前奏曲」はとても簡単に弾けてしまうものもあれば、かなり高度なテクニックが必要なものもあり、難易度の幅がとても広いのが特徴なのかなと思います。そのため、この「前奏曲」はショパンを初めて弾くのに最適な作品集であるとは言えません。

まだショパンを弾かれたことがないのであれば、彼の作品の中で簡単だと言われている「ワルツ」から始めてみるのが良いと思います。「ワルツ」の次は「ノクターン」でしょうか。もう少しテクニック的に難しいものでしたら「即興曲第1番」、「幻想即興曲」などに進んでみるのはいかがでしょうか。

「前奏曲」はどの曲もとても短く、1番短いもので13小節、長いものでも89小節しかありません。とても短いため、しっかりと展開させるまでいかずに終わってしまう曲も多くあります。

そのため最初に出てきた音型をそのまま最後まで使ってあることが割と多く、テンポの速いものやテクニック的に難しいものはショパンの「エチュード」に似たような印象を与えます。

この作品の難易度にはとても簡単に弾けてしまうものから、ショパンの「エチュード」レベルまでというように幅があります。

シューマンはこの「前奏曲」のことを「スケッチのようだ」と評したそうです。ショパンの他の曲にどこか似ているなと感じる部分がいくつも聴こえてくるので、もしかしたらこの「前奏曲」をアイデアにして、展開していったのかもしれませんね。

「前奏曲」はいろんなタイプの曲があり、短いながらもショパンらしさがぎゅっと濃縮された作品であると言えるのかもしれません。

容易に弾けてしまうものも中にはありますが、曲調が様々だったり、いろんな弾き方が必要だったりするのでショパンの作品にある程度慣れてから挑戦すべきなのかなと私は思います。

「24の前奏曲」の難易度順について

それでは「24の前奏曲」の難易度順について書いていきますね。

★       第7番 イ長調

★★      第2番 イ短調
        第4番 ホ短調
        第6番 ロ短調
        第9番 ホ長調
        第20番 ハ短調

★★★     第1番 ハ長調
        第13番 嬰ヘ長調
        第15番 変ニ長調「雨だれの前奏曲」

★★★★    第11番 ロ長調
        第17番 変イ長調
        第21番 変ロ長調
        第22番 ト短調
        第23番 ヘ長調

★★★★★   第5番 ニ長調
        第10番 嬰ハ短調
        第12番 嬰ト短調
        第14番 変ホ短調
        第18番 ヘ短調

★★★★★★  第3番 ト長調
        第8番 嬰ヘ短調
        第19番 変ホ長調
        第24番 ニ短調

★★★★★★★ 第16番 変ロ短調

私なりに難易度をつけてみました。良かったら参考にしてみて下さい。テンポの速いものがやはりテクニック的に難しく感じました。

難易度順の速度指示を書き出してみました。

★       7 Andantino
★★      2 Lento, 4 Largo, 6 Lento assai, 9 Largo, 20 Largo
★★★     1 Agitato, 13 Lento, 15 Sostenuto
★★★★    11 Vivace, 17 Allegretto, 21 Cantabile, 22 Molto agitato, 23 Moderato
★★★★★   5 Molto allegro, 10 Molto allegro, 12 Presto, 14 Allegro, 18 Molto allegro
★★★★★★  3 Vivace, 8 Molto agitato, 19 Vivace, 24 Allegro appassionato
★★★★★★★ 16 Presto con fuoco

自分でつけた難易度順を改めて見てみると★が少ないものはLentoやLargoが多く、★が増えるとAllegroやPrestoなどの曲が多くなっています。

この速度を書き出したものを見てもらうとわかると思うのですが、曲のテンポが速いものの後は遅いものがくるようにだいたいなっています。

テンポの速いものが続くときもありますが、そこは、穏やかな曲のものの後は激しさのある曲というように曲調で変化がつけられています。

聴く人を飽きさせない工夫がとてもしてあるなと思います。演奏者にとってもありがたいですよね。ずっと激しさを保たなくてはいけない曲、また逆にずっと穏やかさが続く曲というのはどちらもしんどいです。

ショパンは24曲で1つの作品と考えて作ったからテンポで変化をつけたり、曲調で変化をつけたりと工夫を凝らしたのではないでしょうか。

曲の解説

ここからは有名な曲や私が好きな曲について書いていきたいと思います。

最も知られている曲


それはもう7番しかありませんね!太田胃散のCMで使われているので多くの人が聞いたことがあると思います。なぜこの曲がCMに使われているのか気づいた時はすごい!と感心しました。

この曲はAdurで書かれています。Adur=イ長調!気づきましたか?イ長調→胃腸と連想させたものだと思います。ぴったりの選曲だと思います。

有名な曲


15番「雨だれ」です。1曲で弾かれることも多くありますよね。テクニック的にはそれ程難しくはないのですが、音色に細心の注意を払って弾かないといけないタイプの曲だと思います。気持ちを徐々に高めていかなくてはいけません。あまりガツガツ弾くと投げやりな雰囲気に聴こえてしまいますのでやりすぎもよくありませんね。

私が1番不気味だと思っている曲


確実に2番だと思います。1番で華やかに始まったと思ったら次はこれ。左手の音の重なりが何とも気味が悪い…。最後にとってつけたかのような和音。でも嫌いじゃないんだよなぁ。

私が1番かっこいいと感じている曲


やっぱりそれは1番難易度の高い16番です。かっこいいですね!!始まりも劇的でかっこいいです!好き勝手に動き回る右手をリズミカルにそしてだんだんと激しく後押しするかのような左手が私はとにかく好きです!

こういう曲は右手で引っ張って弾いていくとしんどくなってくると思います。リズム感を作っているのは左手なので左手が重たいと上手くいきません。左手の協力が絶対に必要です。

このようなタイプの曲は右手ばかりにとらわれてしまいがちですが、左手をいかにリズムで弾くかということが重要ではないかと思います。

ポリーニの演奏はもう神様のようです。あまりに完璧すぎて弾けない自分が嫌になりますが、ポリーニ様の演奏を是非聴いてみて下さい!



せつない曲


私がこの作品の中で1番好きな曲は4番です。この4番と6番はショパンのお葬式の際にオルガン用に編曲されて演奏されたそうです。

この曲は海外TVドラマ「ハンニバル」シーズン2の第3話でとても印象的に使われています。このドラマはかなりグロいシーンが多いので詳しい内容については書きませんが、クラシックが多く使われていて、クラシックがその物語にそっと寄り添いつつも淡々と流れています。それがどこか不気味な印象を与えます。

この曲の素敵なところは左手の和音が徐々に変わっていくところだと思います。右手は同じ旋律でも左手は常に少しずつ変化していきます。

右手は変わっていきたくないのに左手はどんどん変化していってしまうというところにせつなさを感じます。

ショパン「前奏曲(プレリュード)第4番」ピアノ楽譜
右手は同じ旋律をくり返していた後、とても近いところでしか動かないのですが、所々でうねりが来たり、音の跳躍があったりと動きが全くないというわけでもありません。

左手は徐々に下行して行っているのに対し、右手は高さをキープしようとしますが、左手に引きずられるように徐々に音が下がっていきます。

しかし、所々でそれに抵抗するかのように上行したり跳躍したりして何とかキープしようと試みます。頑張って抵抗してみたものの力尽きるかのように中音域の音で終わりを迎えます。

何だかせつない…。ショパンの葬儀の時に演奏されたと思うと余計にせつないですね。


今回は「24の前奏曲に書いて来ましたがいかがでしたか?挑戦してみたい曲はありましたか?
難易度順を参考にしてお好きな曲を弾いてみて下さいね!



「プレリュード(前奏曲)」の無料楽譜
  • IMSLP(楽譜リンク
    本記事はこの楽譜を用いて作成しました。1839年にブライトコプフ・ウント・ヘルテル社から出版されたパブリックドメインの楽譜です。


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