ギロック「ジャズスタイル・ピアノ曲集」について

この曲集はアメリカ生まれのピアノ教師&作曲家であったウィリアム・L・ギロック(1917-1993)によって作曲されました。

全体的には中級者向け(ピアノの教本でいうとツェルニー30番終了以上)になりますが、何曲かそれほどレベルが高くないものもあります。ちょっとお堅いイメージのあるクラシックの曲ばかりでなく、たまには息抜きにジャズスタイルの曲もいかがでしょうか?

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■ 目次

譜読みが楽になる方法について

この曲集のほとんどはA-B-Aの3部形式です。最初のメロディーが最後にまたでてきます。つまり、最初の部分の譜読みができたら実は最後の部分もできてしまっているというわけです。

この後紹介する難易度と一緒に「〇-〇小節目と〇-〇小節目が同じ」と各曲ごとに解説します。
「ジャズスタイル・ピアノ曲集」だけでなく、クラシックの曲でも楽譜を見て「こことここは似ていそうだな~」と予め把握しておくと譜読みがしやすくなります。

各曲の難易度は?

今回は「譜読みを始めてから、とりあえず最後まで弾けるようになるまでに、どれくらい練習が必要か」という目線で難易度を4段階に分けました。かなり初心者向けの目線になっていることと、私個人の感覚で分けてありますのでご了承願います。参考に曲の動画も載せておきます。

★☆☆☆…ツェルニー30番学習中でも弾けるかも

2,コンスタント・ベイス(THE CONSTANT BASS)
(動画2:15~)

A-B-Aの3部形式。最初-12小節目と24-36小節目まで同じです。

フレーズの最初が8分休符になっているので、初心者には感覚がつかみにくいこともあります。リズムの感覚がつかめればそんなに難しくないです。左手は単音なので左手の譜読みはすぐに終わります。

7,気楽に行こうよ(TAKING IT EASY)

A-B-Aの3部形式。最初-7小節目と25-31小節目まで同じです。ただ25小節目以降は違うバージョンの和音も一緒に記譜されています。

3連符が大部分を占める曲です。右手は同じ音の連打が多いので、譜読みが苦手な方でも取り組みやすいのと、3連符の勉強にもなると思います。またテンポが♩=100とそんなに速いわけではないので弾きやすい曲です。

★★☆☆…譜読みが得意だったらそこまで苦労しない

10,土曜の夜はバーボン・ストリート(BOURBON STREET SATURDAY NIGHT)
(動画5:22~)

A-B-Aの3部形式。最初-15小節と後半の16小節が同じです。

譜読みにはそれほど苦労しないと思います。ノリノリで弾ける楽しい曲です。左手の拍の頭にくる音(1小節目でいうとソ・シ・レ・シ)に少しアクセントがつくような感じで弾くとノリがよく聴こえます。

11,ミシシッピー・マッド(MISSISSIPPI MUD)
(動画6:26~)

A-B-Aの3部形式。最初-10小節と21-30小節が同じです。

ゆったりとした曲です。右手も左手もそれほど激しく動くわけでもないので弾きやすいともいます。伸ばす音でペダルを踏むように指示が書かれているのでペダルの練習にも良いかと思います。

★★★☆…人によってはそんなに苦労しないで弾けちゃうかも?

1,ニューオリンズのたそがれ(NEW ORLEANS NIGHTFALL)
(動画0:00~)

A-B-Aの3部形式。ただ全く同じではなく、21小目からは3段譜になっており、最初-11小節のメロディーが上2段にオクターブで出てきます。

楽譜の見方に慣れるまで時間がかかる点と中間部分(13-20小節目)のテンポ160のところは要練習になる点でこの難易度に設定しました。曲の中間で速度が大幅に変わるのはこの曲だけです。

4,ディキシーランド・コンボ(DEXIELAND COMBO)

こちらはA-B-Aの3部形式ではなく、A-A’の2部形式です。

テンポ152とかなり速いので、拍をしっかり刻めないと付点のリズムがかっこよくきまりません。最初のフレーズが何度もでてくるため、最初のフレーズがうまく弾けると練習が捗ると思います。

6,ニューオリンズ・ブルース(NEW ORLEANS BLUES)
(動画3:29~)

A-B-Aの3部形式。後半のAの部分(21小節目以降)は左手は一緒ですが、右手のメロディーがオクターブ上だったり、リズムが少し変わっています。

こちらはゆったりとした曲です。右手も左手も音が多かったり、左手が小指を押さえたまま他の指を打鍵するところがあるので、譜読みに時間がかかるかもしれません。

14,カネール・ストリート・ブルース(CANAL STREET BLUES)

A-B-Aの3部形式。最初-11小節と22-32小節が同じです。

ゆったりとしたブルースです。左手の移動範囲が広いのと、全体的に音が多いのでこの難易度に設定しました。

15,ビル・ベイリ、帰っておいでよ(BILL BAILEY WON’T YOU PLEASE COME HOME)

A-B-A’-Bの大きく分けて2部形式です。最初のAの部分(5-20小節)と後半のA’の部分(37-42小節)は左手は一緒、右手は最初のAの部分がそのまま1オクターブ上に上がるだけです。ただ強弱が変わるので音は同じでも全く同じ演奏にならないように気を付けてましょう。

Bの部分は1回目(21-36小節)も2回目(43-38小節)も音は同じです。1回目はまだまだ曲が続くこと、2回目は曲の終わりに向かうことを意識しましょう。

左手はほとんど「ファミレド」が繰り返されます。左手のみの練習はすぐにできると思います。ただ右手はほとんど和音なので、和音がしっかりつかめるように練習する必要があります。この曲集で唯一3ページあり、譜めくりが必要になるので、コピーして並べた方が練習しやすいでしょう。

★★★★…弾けるようになるまで時間がかかると思われる

3,マルディ・グラ、謝肉祭の最終日(MARDI GRAS)

A-B-Aの3部形式。最初-10小節と15-24小節が同じです。ただ強弱の付け方が違いますので、どこが違うのかは間違い探しみたいに楽譜をよくみて確認してください。

速度は2分音符が92です。つまり4分音符は184とかなり速い曲です。同じメロディーが何度も出てくるので、譜読みにはあまり困らないと思いますが、指定の速度で弾けるようになるまで根気よく練習が必要になります。

5,テーマと変奏(”FRANKIE AND JOHNNY” THEME AND VARIATIONS)

A-A’-A”-A”’という変奏形式です。

この曲も♩=152~176とかなり速いです。まずテーマだけ練習してリズムに気を付けて弾けるように練習しましょう。その後のバリエーション1と2はテーマと大幅に変奏されているわけでもないのと、左手の移動が少ないので弾きやすくなると思います。バリエーション3は右手が同じ音を連打する形になるのとfになるので力を入れすぎないように気を付けて弾きましょう。弾いている時に手首が固まっている感じがしたら余計な力が入っている証拠です。

8,アフター・ミッドナイト(AFTER MIDNIGHT)

A-A’-B-A’’という形式になります。
Aの部分(最初-7小節)とA’の部分(9-15小節)が同じ、A”の部分(25-32小節)は左手は同じですが、右手が元のAのメロディーをオクターブ上で弾く部分があります。

この曲は4拍子なのですが、5-6小節と13-14小節と29-30小節の3か所に3拍子のようなフレーズがあります。

図に表すと
ギロック「ジャズスタイル・ピアノ曲集」アフター・ミッドナイト(AFTER MIDNIGHT) ピアノリズム
このような感じになります。この部分のリズムに戸惑う方がいるかもしれません。またタイで音が繋がっているリズムが多いので、拍がずれないように練習しましょう。

9,ミスター・トランペットマン(MISTER TRUMPET MAN)

A-B-Aの3部形式。Aの部分(最初-10小節目の2拍目)のメロディーをA’の部分(25-35小節目の2拍目)で1オクターブ下で弾く部分があります。

右手の移動範囲がこの曲集のなかでも広い方に入ります。約2オクターブ分動きます。また最初に休符がくるリズムがでてくるので、感覚がつかめるまで練習が必要になります。

12,アップタウン・ブルース(UPTOWN BLUES)

A-A’-B-A’の形式になります。Aは最初-8小節、A’は9-16小節と27小節目以降です。同じ音の小節もありますが、ほかの曲と比べて細かくなってしまうので、ここでは省略させていただきます。

左手の移動範囲が広いのと右手の和音が多いので、譜読みにもミスなく弾けるようになるにも時間が必要になります。この曲集の中では臨時記号が多いので譜読みミスに気を付けてください。

この楽譜の通りにペダルを踏むと響きすぎてしまうことがありますので、2拍ずつ踏むように書いてあっても1拍ずつペダルを踏む場合もあります。

13,ダウンタウン・ビート(DOWNTOWN BEAT)
(動画8:00~)

A-A’-B-Aの3部形式。最初-7小節と25-31小節が同じです。A’の部分(8-15小節)は左手は同じ、右手はAのメロディーを1オクターブ上で演奏します。ただリズムが少し変わっていますので気を付けてください。

左手も右手も音の数が多いので譜読みに時間がかかります。途中「ソ、ファ、♭ミ、♭レ、シ、ラ、」の全音音階という独特な音階で出来たスケールがでてきます。全音音階の説明はここでは省略しますが、普通のスケールに慣れているとこの全音音階のスケールに慣れるまで練習が必要です。

ダウンタウン・ビートについてはこちらでも解説していますので、よろしければご覧ください。https://shirokuroneko.com/archives/10728.html

最後に…

「こことここは同じ」と説明しましたが、演奏も全く同じでは面白みがありません。音は同じでも強弱の付き方が違ったり、曲の途中なのか曲の終わりなのかで雰囲気が違ったりします。

「ジャズスタイル」なので、ジャズっぽくかっこよく弾きこなすにはリズムの勉強をしたり、自分自身が楽しく弾けるようにたくさん弾きこむ必要があります。「ただ弾いて終わり!」とならないように、それぞれの曲を楽しみながら弾いてみてくださいね。

最初にも書きましたが、まずは息抜きに気楽に取り組んでみましょう♪

編集者による補足解説

曲の情報

  • 曲集名:ジャズスタイル・ピアノ曲集
  • 作曲者:ウィリアム・ギロック(William L. Gillock/アメリカ人)
    1917年7月1日-1993年9月7日(76歳没)
    音楽教育家・ピアノ曲の作曲家
    ※美しいメロディーの教育用の曲を数多く作曲したことから「教育音楽作曲界のシューベルト(英語:the Schubert of children’s composers)」とも呼ばれています。ギロックがどのような人物だったかについてはこちらの記事もご覧ください。
    https://shirokuroneko.com/archives/5185.html#i

  • 曲の種類:ピアノ独奏曲/ジャズ
  • 出版社:全音楽譜出版社(英語:Zen-On Music Company Limited)

ニューオリンズ・ジャズスタイルとギロック

「ジャズスタイル・ピアノ曲集」は、アメリカのウィリス音楽社(英語:Willis Music Company)が段階的に出版した3つの曲集を全音社が翻訳し、日本で販売しているものです。

ウィリス音楽社から最初の曲集が出版されたのは1965年でした。曲集名は「ニューオリンズ・ジャズ・スタイル(英語:New Orleans Jazz Styles)」です。ニューオリンズといえばジャズの発祥地として有名な町で、当時48歳のギロックもこの町に住んでいました。

「ニューオリンズ・ジャズ・スタイル」には以下の5曲が収録されています。

・第1曲「ニューオリンズのたそがれ」約2分40秒
・第2曲「コンスタント・ベイス」約1分20秒
・第3曲「マルディ・グラ(謝肉祭の最終日)」約1分10秒
・第4曲「ディキシーランド・コンボ」約1分10秒
・第5曲「テーマと変奏”フランキーとジョニー”」約1分20秒

弾きやすくてかっこいい曲に人気が集まり、翌年「続・ニューオリンズ・ジャズ・スタイル(英語:More New Orleans Jazz Styles)」が出版されました。収録曲は以下の5曲です。

・第6曲「ニューオリンズ・ブルース」約1分50秒
・第7曲「気楽に行こうよ」約1分30秒
・第8曲「アフター・ミッドナイト」約1分
・第9曲「ミスター・トランペット・マン」約1分20秒
・第10曲「土曜の夜はバーボン・ストリート」約1分10秒

この2つの曲集の人気は衰えず長年売れつづけました。10年以上が経ち、1977年になってさらに続編を出版することになりました。「続々・ニューオリンズ・ジャズスタイル(英語:Still More New Orleans Jazz Style)」です。

・第11曲「ミシシッピー・マッド」約1分50秒
・第12曲「アップタウン・ブルース」約2分20秒
・第13曲「ダウンタウン・ビート」約1分
・第14曲「カネール・ストリート・ブルース」約2分30秒
・第15曲「ビル・ベイリ(帰っておいでよ)」約1分30秒

これでようやく「ジャズスタイル・ピアノ曲集」に収録されているすべての曲がそろったことになります。自身の曲集の人気がつづき、その続編を何度も書けるということは、作曲家にとってとても幸せなことだと思います。

このときギロックは60歳で、すでに7年前にニューオリンズを去り、テキサス州のダラスに移り住んでいました。

この3番目の曲集には、前の2つの曲集とすこし違いがあります。
前の2つの曲集には最初の曲に「ニューオリンズ」という言葉が入っていますが、この曲集にはありません。また、15曲目の「ビル・ベイリ(帰っておいでよ)」は、ギロックが作曲したものではなく、アメリカの作詞作曲家ヒューイー・キャノン(Hughie Cannon/1877-1912)の曲をギロックが編曲したものです。

すでにニューオリンズを離れていたギロックには、これまでとはすこし別の視点から曲を書いてみたいという思いがあったのかもしれません。ジャズの古典として有名な「ビル・ベイリ」に敬意を表して曲集を締めているところからも、どこか作曲者の思いが伝わるような気がします。

この3つの曲集をまとめて「完全版:ニューオリンズ・ジャズスタイル(英語:New Orleans Jazz Style : Complete)」という曲集がウィリス音楽社からのちに出版されました。




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