昔々、ゴルトベルクというバッハの生徒がある日、「先生、僕のご主人様が不眠症なんです。エンヤも顔負けの、よく眠れる、ゴキゲンな癒し系の曲を作ってください!」とバッハに作曲を依頼しました。彼の主人である伯爵が不眠症に悩んでいたのです。そこでバッハ先生はアンナ・マクダレーナ・バッハの音楽帳から一曲のアリアを選び、これを発展させた一曲を作り上げたのです。

その後ゴルトベルクが初演したと言われていますが、彼はこの時14歳で、この難曲を演奏できたのか、真偽は定かではないそうです。

ちなみに、このゴルトベルク少年はその後、メジャーではありませんが、作曲家として活躍し作品も残しています。

今回はヨハン・ゼバスティアン・バッハのゴルトベルク変奏曲を聴きましょう。

本当に眠れるのか?!

非常に簡素で綺麗なアリアと30の変奏曲、そして最後に再び美しいアリアで締めくくります。この曲の旋律は世界中の数ある旋律の中でも最も美しい旋律の一つと思います。


この30の変奏曲ですが、特に特徴的なのは第16変奏と最後の第30変奏です。
第16変奏はひとつの区切りのような感じで、ガラッと曲風が変わります。眠りそうになりながら聴いていると、大抵ここで目が覚めます^^;最初はゆっくりのテンポで雄大に、後半が速い曲想になります。バロックではこの、ゆっくりの後に速くなる曲は「フランス風序曲」といわれています。


そして最後の第30変奏は「クオドリベット」と言って、二つの違う旋律を同時に歌う遊びです。当時みんなでお酒を飲んでワイワイやっている時の余興で歌われたそうで、バッハは当時流行っていた歌を二つ組み合わせ、さらにアリアも絡ませて最後の変奏曲としました。凄い!!

(こちらの動画は第29変奏となっていますが30変奏です。)

今で言うとカラオケスナックで盛り上がって、デュエットをやるような感じです。しかしただのデュエットではなく、例えるなら童謡の「春が来た」と「雪やこんこん」という全く逆の歌を同時に歌って、さらにオリジナルの曲を絡ませると言う高度な余興です。面白すぎて眠れなくなります!

楽器を超えた魅力

ゴルトベルク変奏曲はチェンバロの為に書かれたものでした。現在ではピアノをはじめ様々な楽器に編曲されたものが数多く演奏されています。主にモダンチェンバロ、古楽器チェンバロ、ピアノ。そしてギターだったり弦楽だったり。

その中から私がハマったチェンバロを始め、その他の楽器それぞれの名盤をご紹介したいと思います。

ヒストリカルチェンバロの特徴

まずは古楽器チェンバロ版です。ヒストリカルチェンバロ(古楽器)の最大の特徴はモダン楽器と比べて音は小さく、その代わり音には倍音が多く含まれ、豊かな、深い味わいのある響きがします。モダン楽器のチェンバロとは同じ楽器でも全く違う感じです。

当時は大きなコンサートホールで演奏することを想定しておらず、室内での演奏、特にパーティなどのダンスの伴奏で使われていました。

古楽器のチェンバロを聴く醍醐味は、楽器自体一つ一つが職人の手による手作りで、個体によって音に個性があります。このそれぞれのチェンバロの音を楽しむ!これが醍醐味と言えます。はっきりいって、マニアックです。

チェンバロはピアノと違い、音の強弱もつけられず、音そのものにも管楽器のように表情はつけられません。なので奏者の音楽の作り方、間の取り方等がよくわかる楽器と思います。
それでは古楽器チェンバロ→現代チェンバロ→ピアノ→その他弦楽管楽器と紹介していきましょう。

古楽器チェンバロの名盤

日本人による正統なバッハ

鈴木雅明


バッハコレギウムジャパン音楽監督の鈴木雅明氏によるものです。ゴルトベルク以外にもブランデンブルク協奏曲やカンタータ、など古楽器による素晴らしい録音が多数あります。

古楽器先駆者による質実剛健な音

グスタフ・レオンハルト


音の線が太く、安定したとても正当な音がします。アリアは非常にゆっくりのテンポです。レオンハルトも古楽器による録音を多数残しています。古楽器の先駆者の一人といえます。

完璧な技術と渋い音

スコット・ロス


ライブ録音。しかし隙のない、流れるような技術で、聴いていて安心して聴ける演奏です。またチェンバロの音が落ち着いた渋い音です。スコット・ロスはエイズのために38歳の若さで亡くなったアメリカのチェンバロ奏者です。

静かな、明るい音

ピエール・アンタイ


本当はジャケットはこれではなく、キョンシーみたいな白い女性の顔のジャケットです^ ^;廃盤でしょうか?いいジャケットと思いますが・・・

私個人的にはこれが最も深い味わいのある音と思います。含みのある豊かな音ですが、とても明るい、心地よい音です。

自然倍音ってなぁに?

古楽器と現代楽器の違いを知る上で重要な事に自然倍音というものがあります。例えばピアノなどでドの音を出すと、耳では聞こえない他の音も同時に鳴っています。これが自然倍音です。同時に沢山の音がなるので、音が膨らんだような、豊かな音がします。この自然倍音が古楽器には沢山多く、柔らかくて深い音がするのです。

金管楽器などでは同じ指使いでいくつもの音が出せますが、これも自然倍音の音です。唇をその音に近い振動で鳴らすと、その自然倍音が共鳴し、音になります。

モダン楽器は音の輪郭をハッキリさせるため、倍音が少なくなるようにできています。

たとえるなら、LED電球のようにハッキリした光はモダン現代楽器、白熱電球のようにぼんやりしていても、味わいのある温かい、これが倍音の多い古楽器・・・と思います^^

モダンチェンバロによる名演

現代の楽器、モダン楽器のチェンバロはある意味コンサート用のグランドピアノのようなコンセプトで作られています。音量もあり、現代楽器の音量のあるヴァイオリンと合わせたり、オーケストラの中やコンサートホール向けに作られています。

現在では古楽器チェンバロが主流になる中、モダンチェンバロは廃れていくのか?いいえ、モダン楽器も素晴らしいのです。

カール・リヒター
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バッハ演奏の名手といえば、カール・リヒター。荘厳な音楽性はチェンバロでも発揮されています。モダン楽器の良さは、音の粒がハッキリと聞こえ、細かい音の一つ一つが手に取るようにわかりやすい点です。

ピアノ名盤

ピアノによるゴルトベルク変奏曲は、グレン・グールドがデビュー時に録音し、一気に知られることになりました。当時1956年アメリカでレコードが発売されたとき、サッチモ(ルイ・アームストロング)の新譜を抜いて全米チャート一位を獲得しました。

ピアノによるゴルトベルクは、チェンバロよりももっと突っ込んだ表現ができる点が聴き所です。音の強弱、鋭さ、柔らかさやダイナミックス等チェンバロでは出せない、さらに幅広い音楽が再現できるのです。

ゴルトベルク変奏曲の代名詞ともいえる超名盤

グレン・グールド



1981年のものが有名です。よーく聴くとグールドのうなり声が聞こえます^^;アリアはとてもゆっくりで、時間が止まったような感覚になりますが、その後の変奏はかなり激しいです。とても眠れません。いい意味で。

1955年録音も流れるような、きれいな演奏です。

さらに深い表現に気付かされるもうひとつの超名盤

アンドラーシュ・シフ


ピアノ弾きの友人がある日、急に私を練習室に呼び出し、なぜかシフのゴルトベルクについて一時間以上熱く語り出しました。シフは斬新な装飾音のつけ方をしている、テンポや間の取り方もグールドと違い、よく考えて「歌っている」等。実際ピアノで弾きながら語るのです。まだ学生の頃の話です。

今思えばなぜ彼は私にシフのゴルトベルクについて急に語り出したのか、今となっては謎ですが、おかげでこの曲を理解することができました。

ピアノ版はグールドとシフ、この二人の演奏が素晴らしいと思います。ピアノだからこそ出来る表現を存分に生かしています。

これはすばらしい、弦楽3重奏版

ミッシャ・マイスキー
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弦合奏版があることは知っていましたが、あまり聴きたいと思えませんでした。なんとなくムードミュージックのように感じたからですが、この弦楽3重奏版を最近たまたま聴いて、度肝を抜かれました。なんて綺麗な!!ビブラートを抑えた演奏でヴァイオリンのスタッカートのつけ方が粋です。

金管5重奏

カナディアンブラス


某CD屋さんでこの金管五重奏のゴルトベルクが流れていました。金管楽器がこれほどの綺麗な音を出すとは!!もう何も迷いはありません。すぐ店員さんに「このCD下さい!」即決です。まさかブラスアンサンブルでゴルトベルクをやっちゃうとは・・・

弦楽にしても、音を伸ばせるということから、この曲の新たな表現が見えてきます。金管楽器奏者の人はこれを購入することをお勧めします^^

それでは最後に少し変わった名盤を・・・

ジャズピアノ

キース・ジャレット
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最後にジャズピアニストのゴルトベルクです。しかしこの盤はピアノではなくモダンチェンバロでの演奏ですが・・・特にスウィングするでもなく、テンポもあまり揺らさず、普通にクラシックの演奏です。

でも・・このシンプルなゴルトベルク、非常に癒されます。ここまでたくさんの個性的な名盤たちを紹介してきて、最後にこの演奏でほっと一息です。キースのアルバム「The Melody At Night, With You 」を聴いているような癒しがあります。



さて、これで私もやっと眠くなってきました。それでは皆さん、おやすみなさい。



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