心地よい爽やかな昼下がり。私は高級本革のソファに身を預ける。15年物の最高級ワインを片手に、最高性能を兼ね備えたオーディオから流れてくるクラシック音楽が私の耳を潤す。

嗚呼…やはり高貴な私には最高級のワイン、崇高なるクラシック音楽こそふさわしい…

その時、私の静かなひと時を邪魔する様に外から騒がしい音が聞こえてくる。この音は…


阿波踊り!今日は阿波踊りのお祭りか…

フンッ!全く!せっかく優雅で崇高なクラシック音楽に浸っているというのに、私の優雅な時間が台無しではないか!こんな俗な音楽など…

しかし、私は驚くべき事に気付いたのだ。そう、体が自然に阿波踊りのリズムに合わせて踊っているのだ!踊らなければ何かが損失となるだろう。すぐさま最高級の半天に着替え外へ飛び出したのだった。


■ 目次

民族音楽。ふるさとの音楽。

世界にはその国や地方ならではのお祭りや、歌、踊りがあります。スペインなら情熱的なフラメンコ。ロシアはコサックダンス。ハワイはフラダンスなどなど…

私達日本人ならば盆踊りやお祭りが馴染みが深い、というより体に染み付いているといっていいでしょう。祭囃子が聞こえて来れば自然と体が動きます。よーく体に馴染んでいますね^ ^

色々な国の踊りの音楽を聴くだけでその生まれ故郷の人達は懐かしく感じるし、自然にリズムに乗れます。

それぞれの国のいわゆる土着の音楽。どの国の音楽もその国らしさがあり楽しいものです。その中でも西洋の完成された音楽をそのままに、土着の音楽を融合させる事に功績を残したバルトーク。その多くの名曲の中から舞踏組曲Sz.77を、今回もステージ上のトランペット席からご紹介したいと思います。

ハンガリーといえば?

バルトーク・ベラは1881年に生まれ1945年に亡くなった、クラシック音楽的に言えば、まだ「最近の作曲家」といえます。(ハンガリーでの名前の表記は、私たちアジアと同じく、苗字→名前の順です)しかし普通の作曲家とは大きく違う点があります。それはクラシック音楽としての作曲技術を体得していながらも、その技術をハンガリー独自の音楽に昇華させた作曲家である点です。

バルトークはハンガリー出身。ハンガリーの音楽といえば、チャルダーシュ。ではこの舞踏組曲はチャルダーシュ風の組曲?

いいえ。違います。

バルトークは今世紀を代表する作曲家であるだけでなく、ハンガリーや東ヨーロッパ周辺の国々の民族音楽を研究した、民族音楽研究家でもあります。ハンガリーというと遠い国である私達日本人がイメージするのはチャルダーシュですが、チャルダーシュは所謂ジプシーと呼ばれる遊牧民の踊りの音楽であり、ハンガリーという国には他にも数多くの伝統音楽があります。

どちらかというとチャルダーシュは同じハンガリー出身の大ピアニスト、リストの作品にその音楽が見られます。

バルトークはハンガリーのマジャール音楽等を研究、分析に力を注ぎ、なおかつ自身の作品に活かしています。この舞踏組曲にはハンガリー風の音楽のみならずルーマニアやアラブ風の旋律も含まれており、1つの国の音楽に限定しない舞踏組曲といえます。

西洋音楽と民族音楽、5つの舞曲と終曲


ドナウ川を挟むように広がるヨーロッパでも美しい街の1つブダペスト。元々は川を挟んだブダという都市とペストという都市、その他の都市とが合併して、1873年にそのままブダペストとして成立しました。その合併市政50周年記念の音楽祭のために作曲されました。

記念のイベントのための曲ということもあってか、バルトークの音楽の中でもかなり親しみやすい方の曲です。その時バルトークはバレエ音楽「中国の不思議な役人」の作曲中でしたが、一旦中断して舞踏組曲に取り組みました。

バルトークの音楽の特徴として、非常に現代的な音楽で、同ハンガリー作曲家のコダーイに比べても理解しにくい、という印象が強いのではないでしょうか。

西洋音楽とは音階も形式も全く正反対の民族音楽を元に作られていることもありますが、バルトークはさらに当時先鋭だったドビュッシーの印象派やシェーンベルク等の新ウィーン楽派の書法を取り入れました。

しかし、それでいて曲そのものの構成やオーケストレーションは完全にブラームスやベートーヴェンのような、伝統的な無駄のないものになっています。しかもリズム感の激しさ、強烈さは全ての作曲家の中でも特に凄まじいものがあります。

親しみにくさ、という点を除けばある意味バルトークは全てを兼ね備えたスーパー作曲家なのかもしれません。

それでは、バルトークの民族音楽を巡る旅、舞踏組曲を聴いていきましょう。

民族音楽収集の旅へ!


舞踏組曲はそれぞれが3分くらいの5つの舞曲と終曲という、形で構成されています。16分ほどの曲で、バルトークの曲の中でも最も親しみやすい曲の1つであり、数あるクラシック音楽の中でも特に激しい曲です。

面白いのはこのような現代風な曲であっても、各曲の合間にリトルネロという短い旋律が入ります。これはバロックの協奏曲に使われる方法で、形式を重視するバルトークの特徴でもあります。しかもその旋律も、曲が進むにつれて変奏されて行きます。

リトルネロはいずれもハープのグリッサンドを伴って始まります。クラシックとも民族音楽ともいえない、非常に神秘的なリトルネロです。


第1舞曲
ドラムとピアノのアウフタクト、ファゴットによる独特な旋律の舞曲から始まります。バルトークらしい盛り上がりの後、リトルネロが始まります。(動画3:24~)そして間髪いれず第2舞曲へ!

第2舞曲(4:15~)
正にこの曲の顔とも言える、ハンガリー色の濃いバルトークらしい激しい曲です。荒々しいリズムとトロンボーンのグリッサンド(正確には装飾音)は一度聴くと忘れられません。ハープのグリッサンドと共にはっきりとリトルネロに入ります。(5:49~)

第3舞曲(6:40~)
ファゴットのアジア風の五音の音階による、どの国の舞曲とも言えない、地球の音楽とは思えないような神秘的な旋律から始まります。第2舞曲同様印象的な曲であり、終曲とともにゴージャスで、踊りたくなるような曲です。この神秘的な旋律は終曲の最後の盛り上がりでも再び登場します。

途中ハープ、ピアノ、チェレスタなどが加わり、煌びやかな音の饗宴が繰り広げられます。全曲中最も綺麗な箇所です。(8:12~)

ここでは間奏のリトルネロはなく、ビシッと曲を締めくくります。

第4舞曲(9:56~)
バルトーク独特の、やや理解しにくい沈鬱な曲です。木管楽器の大胆な和音による旋律が印象的です。ここでのリトルネロは切れ切れに変奏されて現れます。(12:33~)

第5舞曲(12:51~)
終曲への繋ぎの、1分ほどの短い曲ですが充実した内容の曲で、第4舞曲に増してバルトークらしい曲です。

終曲(13:55~)
オケでなくても吹奏楽などで、同じバルトークの「中国の不思議な役人」を演奏した経験がある人はお気付きかもしれませんが、トロンボーンや楽器の使い方など、似ている部分が多い曲です。

実際バルトークは「中国の不思議な役人」の作曲を一旦ストップして、この舞踏組曲を作曲したこともあり、似通った部分が所々にあります。

「中国の不思議な役人」と似たミュート付きトロンボーンの激しい舞曲からはじまり(14:08)、これまでの舞曲が回想された後、短いリトルネロがあり(16:08)、第3の舞曲の旋律を中心に、記念の音楽祭にふさわしい煌びやかなオーケストレーションを見せ、派手に全曲を締めくくります。

さあ!やる(演奏する)ぞ!

オーケストラの演奏会プログラムでこの舞踏組曲が決まった時、トランペットパートの私はこの曲を聴いたことがありませんでした。

バルトークの曲を演奏するとなると、一瞬身構えてしまいます。ご存知の通りバルトークの音楽は非常にわかりにくいです。なのできっと難しい曲だろうな、と思ってしまうのです。

早速CDで聴いてみると…なんてゴキゲンな曲なのでしょう!もうノリノリな曲です!トロンボーンがグリッサンド(正確には装飾音)を多用しているし、とにかくカッコいい曲です!最高級の半天を着て踊りたくなります。

しかし一抹の不安が頭をよぎります。やはりこの手の曲はひたすら難しいのではないか?ということです。それでもバルトークの作品の中では簡単な方の曲ですが…

さて、楽譜が渡されていざオケ合わせとなってみると、これまでにない感覚の曲です。

確かにリズムや音も複雑に聞こえる曲ですが、何かブラームスやハイドンの曲を合わせているような感覚になります。楽譜は早いパッセージがあったりしますが、マーラーのような、休符を数えるのに苦労することもなく、複雑でもわかりやすい旋律です。

よく近現代曲は聴く方は難しいけれど、演奏する方は楽しいと言われる事がありますが、バルトークの曲はその典型かもしれません。ただし、やはりしっかり作られている曲だけに金管楽器にとって非常に難しい点もあります。

ワーグナーやブルックナーのように、巨大な旋律やコラールを作り上げるために、人数で和音をつくる箇所は非常にすくなく、一人一人が旋律を担当するような作りになっています。

バルトークの他の曲でも見られるのですが、1つの旋律を複数のパートに分けたりする手法は色彩的な民族音楽的印象を受けます。例えば終曲の最後の部分。(17:20~他)

 トランペットパート。(動画17:20~)
 「早撃ち」ならぬ「早吹き」ができる奏者が有利。


元の旋律。クラリネット


また、例えば終曲の途中、リトルネロに入る直前に二本のトランペットが全く同じ音を伸ばしますが、2番トランペットは少し遅れて入ります。(動画16:00~トランペットのロングトーンを二本に分けている。この動画演奏はわかりにくいかも・・・)それ以外のパートもリレーのように音をつないでいきます。


非常に地味ですが、この音のリレーは演奏効果が素晴らしいです。


中国の不思議な役人、管弦楽の為の協奏曲でもこのリレーの手法が見られますが、単純なようでいて非常に神経を使います。ここで音色や音程がずれると、同じ音だけに汚い音になってしまいます。

バルトークの他の曲でもこの様な技法が見られます。早いパッセージや複雑な和音の難しさもありますが、以上のように、単純な音を効果的に組み合わせて構築していく所が、ブラームスなどの古典派風な感覚にさせる点だと思います。

現代音楽的な表現ばかりでなく、私達の耳に馴染んでいる西洋音楽とはまるで違う民族音楽を西洋風にアレンジするのではなく、そのままの構成や和音で取り入れている点も、バルトークのコダーイと違う点であり、他にない作曲技術の魅力でもあります。

名盤紹介

親しみやすい曲ながらもバルトークの他の作品に比べて販売されているCDは少ないようです。

アンタル・ドラティ/フィルハーモニカ・フンガリカ

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ユニバーサル ミュージック


ドラティもショルティと同じくバルトークにピアノを師事しました。20世紀前半のハンガリーは他国に支配されたり政治情勢が非常に不安定で、バルトークを始め優秀な人材は海外で活躍する事が多数でした。

ドラティはハイドンの交響曲全集の初録音やアムステルダムコンセルトヘボウとの名演を残していますが、フィルハーモニカフンガリカ創設時からの指揮者であり、落ち込んでいたデトロイト交響楽団を世界的なオーケストラに鍛え上げたりとオーケストラ指導者としても優れていました。

録音がやや古いのですが、このおかげか逆に各楽器の音が聞き取りやすく、参考演奏として何度も聴きました。金管楽器より打楽器が素晴らしく、そちらにばかり耳が行ってしまいますが…

ゲオルク・ショルティ/シカゴ交響楽団



同じハンガリー出身のショルティもバルトークにゆかりの深い指揮者で、バルトークと同じく海外に亡命し、海外で大成した指揮者です。ショルティは学生時代、わずかな期間ですがバルトークにピアノを師事しました。バルトーク本人は非常に寡黙な人だったようです。

バルトークは生前、他国に支配された状態の祖国への埋葬を拒んでアメリカで貧困のうちなくなりました。近年ハンガリーの政治が安定した事をきっかけに祖国へと埋葬されました。その時働きかけたのがショルティやバルトークの息子達でした。ショルティ自身も亡くなった後、バルトークの墓の隣に眠っています。

シカゴ交響楽団はバルトークにゆかりの深いオーケストラといえるかもしれません。バルトークに師事し、友人でもあったフリッツ・ライナーもショルティの前の音楽監督、指揮者でした。精緻なアンサンブルはバルトークにピッタリです。

ピエール・ブーレーズ/シカゴ交響楽団



ショルティと同じくオーケストラですが、各楽器の明瞭さはショルティ以上で、録音の良さとバランスが非常に良いです。現代を代表する作曲家ブーレーズの得意とする所です。聴いて楽しむならこの盤が最も聴きやすいです。

アンドラーシュ・シフ/ピアノ編曲版

created by Rinker
コロムビアミュージックエンタテインメント


こちらはハンガリー出身のシフによる、ピアノ編曲版舞踏組曲です。

ブラームスの後継者

他にはない様々な手法を用いた作品を数多く残したバルトークですが、その作曲の根底となっているのはブラームス、ベートーヴェン等の古典派の作品です。ブラームス等のスタイルでしっかり地に足をつけた上で、西洋音楽の枠組みをさらに広げたという点が同世代のコダーイと違う点です。

西洋音楽を使用して民族音楽を、あるいは民族音楽を使用して西洋音楽を作り上げたと言ったらいいでしょうか。バルトーク本人同様、親しみにくい音楽ですが言わんとする所を理解した時、その奥深さに気付かされます。

バルトークは民謡音楽採集のために東ヨーロッパをはじめ、アフリカにまで足を伸ばして録音収集をしています。自ら実際に現地に足を運び、自ら現地の空気を感じ、研究に生涯を捧げた。そこから生まれた音楽は、「○○っぽい音楽、○○風音楽」では収まらない説得力があります。

民謡レコーディングなう。(1908年)

また教育の面でも優れており、子供のためのピアノ練習曲集「ミクロコスモス」など、簡単ながらも芸術性の高い教則本も残しています。

子供からドラティやショルティ、ライナーの様な世界的指揮者までも教育したバルトーク。親しみにくいけれど、高貴さも俗っぽさも全て兼ね備えた音楽だと思います。

最高級のワインを飲みながら聴くも良し、最高級の半天を着て踊りながら聴くも良し。さらに研究しながら聴くと…より奥の深い幾何学のバルトークの世界があります。それはまた別の曲を紹介する時にご説明しましょう。


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