一般的によく知られているシューマンのピアノ作品と言えば、「トロイメライ」(子供の情景)や「謝肉祭」、「飛翔」(幻想小曲集)、「アベッグ変奏曲」などでしょうか。
今回とりあげる「アレグロ」はあまり一般的には知られてはいませんし、シューマンのピアノ作品の中でそれほど重要な作品というわけではありませんが、聴き応え、弾き応えのある作品です。
私は音高時代に幻想小曲集の中に入っている「飛翔」や「夢のもつれ」などのシューマン作品をいくつか弾きましたが、どうも上手く弾けず苦労しました。
音大時代に「アレグロ」に挑戦しました。シューマンに少し苦手意識があったので挑戦するのは不安でした。
しかし弾いてみると意外と私に合っていたようで楽しんで弾くことができました。この作品を学ぶことで私はシューマンが好きになりました。
今回は私が好きな曲であるシューマンの「アレグロ」について書いていきたいと思います。
■ 目次
アレグロってタイトル??
アレグロ(Allegro)の意味は皆さん知っていますよね?アレグロは速度記号の1つで「快速に」という意味です。
この曲は皆さんが知っている速度記号のアレグロがタイトルになっています。速度記号がタイトルになっているというのは珍しいことではありません。速度記号+発想記号がタイトルになることもあります。
シューマン「アダージョとアレグロ」
サン=サーンス「アレグロ・アパッショナータ」
この他にも多くの曲にアレグロとつくものがあります。
アレグロは本当は…
シューマンの「アレグロ」は実はソナタの1楽章として書かれていました。1楽章にしようと思って書いた部分だけをアレグロとタイトルをつけて出版したのがこの作品です。
2楽章以降は作曲していたようなのですが、気に入らなかったのか破棄してしまったようです。いろんな場面が出てきて変化がたくさんある曲なので、1つで充分作品として成り立っていると私は思います。
1楽章だけでも完結していると思える「アレグロ」ですが、破棄されてしまった他の楽章はどんな曲だったのでしょう?気になりますね。
基本的にソナタは3楽章または4楽章と長いので全楽章弾くのは割と体力と気力がいると思います。
いろんな場面を表現しなくてはいけない「アレグロ」が他の楽章と一緒にソナタとして出版されていたとしたらきっと弾くのには体力がいったのではないかと思います。
アレグロの難易度
シューマン作品の特徴はバッハのような対位法的な作曲方法をしていることだと思います。いくつかの声部を弾き分けなくてはいけません。そのためには指を独立して動かせることと、ある程度の指の強さが必要です。どの音もしっかり弾けばいいのかと言うとそうではなく、強調する音と控えなくてはいけない音があります。
そのように弾くことで曲に立体感が生まれます。何人かで分担できれば簡単なんですけどね…そうはいきませんよね。
1人で弾き分けるということは、指ごとに力加減を調整しなくてはいけないということです。
これはなかなか難しいことです。
「アレグロ」もこの弾き分けがとても必要な作品なので、難易度としては上級でしょう。この声部の弾き分けができると、とても素敵な演奏になると思います。
これができるようになるためには、シューマンが尊敬していたバッハの作品を勉強することが大事だと思います。
バッハの「シンフォニア」や「平均律クラヴィーア」などを勉強すると弾き分けるというのがどういうことなのか分かってくると思います。
「アレグロ」はシューマンの当時の婚約者だったエルネスティーネ・フォン・フリッケン男爵令嬢に献呈された作品です。出版された当時は評価がイマイチだったようでシューマンは落ち込んだようです。
のちに妻となったクララはこの曲をレパートリーの1つにしていたようなので、シューマン夫妻はこの作品を大切に思っていたのかもしれません。
現在でも学習者だけでなくピアニストも演奏会で弾いたり、CDに収録したりする作品です。
私はこのヘンレ版を使って勉強しました。
全音からはこの解説付きの楽譜が出ています。作曲者や曲について自分で調べるというのはなかなか大変だと思いますので、曲についてもっと知りたい方は解説付きの楽譜を手に入れるというのもアリだと思います。
弾く前にまずはシューマンがどんな人だったのか知ろう!
以前シューマンの記事を書いているので、今回はシューマンの作品を弾く上で必要かなと思うことについて書いていきたいと思います。彼の生涯などに関しては「トロイメライ」の記事を見て下さいね。
まずは「アレグロ」がいつ頃作曲された作品なのかを見ていきましょう。
シューマンは法律を学ぶために大学に入りましたが音楽をあきらめることができず、1828年ごろからクララの父ヴィークにピアノを師事します。その後、指を痛めてしまったためピアニストをあきらめ作曲家を目指しました。作曲家になろうと覚悟を決めたのは1832年頃のことだったようです。
「アレグロ」が作曲されたのは1831年で21歳の時です。そうするとこの作品はいろんな葛藤があった時期に作曲されたということになります。
先ほど、この作品はソナタになるはずだったと書きましたが、この「アレグロ」が書かれた後にピアノソナタ第1番(作曲期間1832~1835年)、第2番(作曲期間1833~1838年)が作曲されています。
「アレグロ」を作曲したことで得るものはきっとあったと思いますので、その後に作曲されたソナタには経験が生かされているのかもしれません。
シューマンは作曲だけでなく同じくらいの時期から評論を書くようになりました。その後、彼は新しい音楽雑誌も創刊します。
その音楽雑誌では性格の異なる架空の人物を複数人作り出し、その人物たちにペンネームをつけて評論するという手法をとりました。
このときに出て来る「フロレスタン」と「オイゼビウス」はシューマン自身のニ面性を表していると言われています。
「フロレスタン」は活動的で情熱あふれる性格、「オイゼビウス」は逆に内向的で冷静で優しい性格のようです。評論するときはそれぞれの性格を生かして書いていたのでしょうね。
作曲する場合も性格の違いを生かして曲を書いています。「謝肉祭」の中にはこの2人をタイトルにした曲がありますし、「ダヴィッド同盟曲集」では2人を主人公にして曲を書いています。
これらの曲集だけでなくピアノソナタ第1番は初版では「フロレスタンとオイゼビウスによるピアノソナタ」と書かれていたということなので、シューマンはいつも性格の違う人物たちと共存していたのかもしれません。
本当に自分の中に別人格がいたのか、それとも自分で作り出した想像と思っていたのかはよくわかりません。
人は1つの面だけを持っているわけではなく、いろんな面を持っていると思います。いろんな面があってもそれは1つの側面であって、複数いるとはあまり捉えないと思いますが、シューマンは違いいました。
音楽は同じような曲調がずっと続くということはほとんどなく同じような感じだったとしても何かが変化していたり、あるいはそれ以前とは曲調がガラッと変わったりしながら進んでいきます。
他の作曲家も曲の構成を考える上で曲想を変えますが、シューマンほどすばやく気分を転換させるということはあまりないように思います。
このことを知るとシューマンのピアノ作品では曲想の変化を敏感に感じ取り、弾き分けないといけないということが理解できると思います。
平坦に弾いてしまってはシューマンの良さがなくなってしまうのです。気分の変化を弾き表すことが彼の作品を素敵に弾くポイントなのではないかなと私は思います。
アレグロの構成、弾き方について
それでは構成と弾き方について書いていきますね。
この曲はソナタの1楽章として書かれていたので、形式はソナタ形式で書かれています。拍子が書かれていないカデンツァ風の序奏で曲が始まります。
【提示部】
●序奏(~1:12まで)
カッコイイ劇的な始まりですよね!なだれ落ちるような音型から始まり、フェルマータでのばされた「H」「Cis」「Fis」が次に何が起こるのかと聴く者を身構えさせます。
このフェルマータでのばされる音は2回でできます。1回目は「H」「Cis」「Fis」ですが、2回目は「Cis」「D」「Fis」となっていて2つの音が上がっています。この違いを表現できるようになるといいですね。
フェルマータ後の右手はくりかえしているだけですが、左手は1回目と2回目で高さが変わります。1回目はかなり低音から上がってきますが、2回目はオクターブ上からになっています。このようにすることでせり上がった感じが出て緊迫感が増しています。
ここは左手がきちんとオクターブ上がっていることを理解して立体的に弾けるようにしましょう。
その後はスタッカートと休符がたくさん出てきます。
リズムは鋭く、でも音は乱暴にならないように気をつけましょう。休符で気持ちが切れないように音がないところでも気持ちは動いているようにしましょう。
ここまでが提示部の序奏です。この後、第1主題が出てきます。
●第1主題
(動画1:13~)
この部分は3パートでできています。〇と〇とそれ以外の16分音符の部分の3パートです。
左手(〇)と右手の内声(〇)はハモリのような対旋律になっています。それプラス16分音符の動きです。ここでの主旋律は左手なので、右手の内声を強調して弾くことはないのですが、作りとしてはそのようにできています。
曲全体がこのように内声があるように書かれています。
この曲はリズムに特徴があり、曲全体に2種類のリズムがたくさん使われています。
この他にも、曲全体をとおしてシンコペーションが多く出てきます。
1小節全てシンコペーションのものもあれば、2拍ずつのシンコペーションのものもあります。この楽譜部分では内声を4分音符にすることでより複雑な音の響きとリズムの交錯を楽しめます。
他にも1拍のシンコペーションも出てきます。これらのリズムを生かして演奏することがこの曲を上手く演奏するポイントの1つだと思います。
●第2主題
(動画1:53~)
この部分が第2主題です。ここはニ長調になっています。とても動きがあった第1主題とは全く違う雰囲気です。
シューマン自身を表していると言われている「フロレスタン」と「オイゼビウス」に当てはめるとすれば、第1主題が「フロレスタン」で第2主題が「オイゼビウス」となるのでしょうか?
それぞれの主題の中にも可愛らしい部分や激しい部分があってコロコロと曲調が変わるのでなかなかそうとは言い切れない部分もあると思いますが、全体的な主題の雰囲気からするとそのように私は感じます。
この部分は歌って弾くところやかけ合いになっているところが多いです。この第2主題部分が私は好きです。
第2主題にはシンコペーションがとくに多く用いられているのでリズムを楽しんで弾いて下さいね!
【展開部】
(動画2:46~)展開部は曲の雰囲気がコロコロ変わります。
上の楽譜の続きですが、注目して欲しいのは強弱記号です。フォルティッシモからピアノ、ピアニッシモになったあとクレッシェンドして再びフォルティッシモになり、次はピアニッシモ。強弱記号からでも曲想の変化を感じることができると思います。
調も目まぐるしく変わりながら進んでいきます。
これは展開部で変わる調号を順番に並べたものです。これほど変わる曲もなかなかないと思います…すごいですね。
その調が持つ雰囲気というものもあるので、調を変えるということでも変化を作っているということです。
【再現部】
(動画4:53~)
この部分からが再現部です。第1主題からではなく序奏の部分から再現されています。提示部とは少し変化はありますが、第1主題、第2主題、展開部が再現部でも出てきます。
●第1主題
(動画5:57~)
再現部では音量が提示部よりも控えめになり、テンポもLentoになっています。
●第2主題
(動画6:40~)
第2主題はほぼ変わらず進んでいきます。
●展開部
(動画7:34~)
展開部の前半も再現されています。
●コーダ
(動画8:01~)
コーダ以降もただの付け足しという感じではなく、序奏で出てきたフェルマータでのばされていた音の「H」「Cis」「Fis」を変化させたものを上手く使いながらコーダであっても展開させています。
(動画8:16~)
ヘ音記号の方に書いてあるのがその部分です。この部分では「H」「C」「Fis」の音になっています。
3つある音の下の2つは左手で弾いて、上の1つは右手で弾きます。右手は2分音符の「H」「C」「Fis」を弾きながらト音記号部分の16分音符も弾くことになります。
音価が違うのでタッチもそれぞれで変えなくてはいけません。2分音符は重みのある音で16分音符は軽やかな音で弾く必要があります。
この作品は最初から最後まで気を抜かせてはくれません。目立つメロディー部分も素敵ですが、
あまり目立たない内声部分に注目して楽譜を見ていくといろんな発見があってとても面白いです。
ただ何となく弾くのではなく、曲の構成を理解して弾くと演奏に説得力が増すと思います。
今回は私が好きな曲であるシューマンの「アレグロ」について書いてみました。いかがだったでしょうか?
楽譜の見た目や弾き方がちょっと複雑ではありますが、そこがまたシューマンの良さでもあるかなと思います。
シューマンの「アレグロ」が皆さんにとってお好きな曲の1つになったり、レパートリーの1つになったりすると嬉しいです。
まとめ
◆「アレグロ」はソナタの1楽章として書かれていた◆難易度は上級レベル
◆バッハの「シンフォニア」や「平均律クラヴィーア」などを勉強すると弾き方がわかる
◆「フロレスタン」と「オイゼビウス」はシューマン自身のニ面性を表している
◆曲の形式はソナタ形式
First picture By Hans Weingartz [CC BY-SA 3.0 de], from Wikimedia Commons.
「アレグロ」の無料楽譜
- IMSLP(楽譜リンク)
本記事はこの楽譜を用いて作成しました。1887年にブライトコプフ・ウント・ヘルテル社から出版されたパブリックドメインの楽譜です。