シューベルトのピアノ曲の中で最も評価が高く、聴く機会が多いのは「即興曲」だと思います。
シューベルトは後期古典派とロマン派の先駆けという2つの時代にまたがって活躍した作曲家です。「即興曲」は「楽興の時」と同じくロマン派の時代に多く書かれた「性格的小品」の1つです。
当時ウィーンではそのような小品が流行り始めていたようで、彼はそれに影響されて「即興曲」などの小品をたくさん作曲するようになったようです。
シューベルトと親交のあったヴォジーシェク(1791-1825)は「即興曲曲集」という名前で6曲書いており、シューベルトよりも先に作曲しています。
このヴォジーシェクが「即興曲」というタイトルを使い始めたと言われています。
シューベルトは多分この曲集のことを知っていたと思います。この作品からの影響は多少あったかもしれませんね。
シューベルトの記事はこれで3回目となります。1回目は「シューベルト」について、2回目は「楽興の時」について書いてきました。
3回目の今回は最も重要なシューベルトの作品「即興曲」とその難易度順について書いていきます。
■ 目次
「即興曲」って何?
即興と聞くと楽譜がなく、自由に弾いているジャズの即興演奏のような感じを受けると思いますが、クラシックの場合の「即興曲」というのは即興したような感じの曲という意味です。「即興曲」はフランス語の「Impromptu」(アンプロンプチュ)を訳したものです。「Impromptu」は即席、準備なしという意味です。
最初に書いたように「即興曲」というタイトルを初めて使ったのはヴォジーシェクです。その後シューベルトも作曲しましたが、シューベルト以降に活躍したショパンやフォーレなども作曲をしています。
「即興曲」には決まり事は特にありません。他の性格的小品には拍子やリズムなどある程度の決まりがあるのですが「即興曲」にはそれがありません。
決まりがあると即興的な曲という感じになりにくいので決まりがないかもしれませんね。
実は「即興曲」はシューベルトがつけたものではない
シューベルトの「即興曲」は全部で8曲あるのですが、4曲ずつに分けて出版されました。
最初に出版されたOp.90(D899)の方は1827年に作曲されました。実はシューベルトはこの4曲をセットにして出版するという考えはなく「即興曲」というタイトルをつけたのも彼ではありませんでした。
出版社のトビアス・ハスリンガーが出版する際に「即興曲」とつけたようです。
残りの4曲Op.142(D935)はシューベルトの死後に出版されているのですが、亡くなる前にすでに出版社に楽譜を渡していました。
自身で「即興曲」と書き込んだ楽譜と一緒に「出版する際は1曲ずつでも、まとめてでもどちらでも構わない」という内容の手紙も添えてあったそうです。
なぜすぐに出版しなかったのでしょうね?
Op.90の方の4曲は出版社によってタイトルをつけられたにも関わらず反論することもなく、それどころか次の4曲では自ら「即興曲」と書きこんでいたとは…
シューベルトの性格について前に書きましたが、彼はやはり作曲すること以外は興味があまりなく、曲のタイトルについてもそれ程こだわりがなかったのかもしれませんね。
シューベルトの「即興曲」は全て♭系の調
シューベルトの「即興曲」は全て♭系の調で書かれています。
複数の曲があつまっている曲集の場合、♭系の調、♯系の調が両方入っている場合の方が多いと思います。(シューベルトの「楽興の時」では調号のつかないCdurと♯系のcismoll(♯4つ)が含まれています。)
しかしシューベルトの「即興曲」は全て♭系です。何か意図があったのか、曲のイメージにあった調がたまたま♭系の調だったのか真相はよくわかりません。
「即興曲」Op.90(D.899)とOp.142(D.935)の全8曲の調を見ていきましょう。
◆Op.90(D899)
第1番 cmoll ♭3つ
第2番 Esdur ♭3つ
第3番 Gesdur ♭6つ
第4番 Asdur ♭4つ
◆Op.142(D935)
第1番 fmoll ♭4つ
第2番 Asdur ♭4つ
第3番 Bdur ♭2つ
第4番 fmoll ♭4つ
全て♭系の調ですよね。
同じ曲を移調して弾いた場合、曲の感じはかなり変わるんです。調性というのは大事なものなんです。
これは私の感覚ですが、♭系の調の方が♯系の調よりも落ち着いた印象を受けます。印象の話なので、人によって感じ方が違うとは思いますが、その調が持つ雰囲気というのがあると思います。
作曲家は曲を作るときに調を決めなくてはいけません。自分のイメージにあった雰囲気の調を自然と選んでいるはずなのです。
共通認識ではなかったかもしれませんが、それぞれの作曲家が調性に対して何らかのイメージを持っていたことは確かだと思います。
それぞれの調の研究は昔からされていました。
バロック時代にはマッテゾン、18C頃にはホフマン、シューバルトなどの音楽学者によって「調性の性格」はかなり研究がされ、多くの作曲家に影響を与えたようです。
シューベルトにも影響を与えていたかもしれませんね。
シューベルトの「即興曲」で使われている調をシューバルトの「調性の性格論」に当てはめるとどのような雰囲気を持っているのかを見ていきましょう。
◆シューバルトの「調性の性格論」
cmoll: 愛の告白、失恋の嘆きの雰囲気を持つ
Esdur: 敬虔な雰囲気を持つ、♭3つは三位一体を表していると言われている
Gesdur: 困難な中でも勝利したような雰囲気
Asdur: 死や墓を想像させる
fmoll: 深い憂鬱を想像させる
Bdur: 希望を感じさせる雰囲気
これはあくまでもそのような感じがするということなので、作曲家が必ずしもそのように思っていたかどうかはわかりません。
調性に注目してみるとまた違った角度から曲を知ることができるかもしれませんね。
調性についてわかりやすくまとめてある本をご紹介しておきます。
「即興曲」Op.90(D.899)とOp.142(D.935)の全8曲の難易度順と弾き方
私が持っている楽譜はヘンレ版です。基本的に原典版を使うことが多いのでヘンレ版で学ぶことが多いです。
Op.90の4曲とOp.142の4曲の違いは曲の長さと難易度だと思います。
Op.90の方は比較的短く7分程度の長さでテクニック的にもそれ程難しくはありません。(ソナチネ~簡単なソナタが弾ける程度)
対してOp.142の方は長いものだと10分以上かかり、テクニック的にOp.90よりも難しいです。
音楽評論家としても活躍したシューマンがOp.142の「第1、2、4番を1つの短調のソナタと考えたい」と評しています。簡単な小品ではなく、内容の濃い作品になっているという意味だと思います。
それぞれが1つの曲として成立しているので、ソナタとして扱われることはありませんが、シューマンは高く評価していたようです。
それでは難易度を見ていきましょう。
★ Op.90第2番
「即興曲」の中で一般的に最も知られているのはこの第2番だと思います。右手がとにかく動き回る曲です。右手のメロディーラインをよく理解し、音が上がると少しクレッシェンドするように、下がれば少しデクレッシェンドするようにと音の高低差を表現できれば素敵な演奏になると思います。
粒をそろえて弾くことがとても大事な曲です。3連符を1つずつ弾かないことが流れて聴こえるポイントです。
まずは1小節単位で弾けるように練習しましょう。それができたら2小節、3小節、4小節と増やしていきましょう。最終的にはアウフタクトを除いて8小節を1フレーズとして弾けるようになると素敵です。
(動画1:23~)
曲調が変わるところは右手の上の音をよく目立たせるようにして弾く練習をしましょう。少し攻撃的に弾くぐらいでもいいかもしれません。メリハリをしっかりつけましょう。
★★ Op.90第4番
この曲も割とよく知られている曲だと思います。最初の部分は同じ音を弾きなおすことになるのでガタガタになりがちなのですが、なめらかに弾けるようにしましょう。
スムーズな持ち変えをするのがポイントです。落とすように弾くとアクセントがついてしまいこの部分の弾き方としてふさわしくありません。
ここは最初の音の方を弾いた後に少し白鍵の方にすべらせるようにすると自然と次の音を弾く指がついてくるのでなめらかに弾けるようになると思います。
(動画2:20~)
この曲の中で私が好きな部分はTrioの部分です。メロディーがとても素敵です。右手の上の部分を目立たせて弾けるようしましょう。
★★★ Op.90第3番
曲全体が分散和音の形になっているので、譜読みはしやすいと思います。
上のメロディーを目立たせながら、内声の音量を抑えて弾かなければいけません。そのような理由から子供には弾きにくい曲かもしれません。
内声を弾いても上のメロディーラインが消えないようにしないといけないので、まずはメロディーラインだけを練習するとよいと思います。その後内声を入れて練習しましょう。
★★★ Op.124第2番
シューマンの言う通り、ソナタの3楽章目のようなメヌエット風の曲です。
3拍子のリズムをよく感じることがポイントです。あまり遅くならないように淡々と進んでいく方がよいかもしれません。
(動画2:06~)
Trioの部分はアクセントがついていますが、ここはアクセントと思い過ぎない方がいいと思います。目立たせるくらいの気持ちで弾くようにしましょう。
★★★★ Op.90第1番
この曲は最初のppのメロディーを素敵に弾けるかどうかにかかっていると思います。
この曲のように最初から静かに歌うタイプの曲は弾く前にどのように弾くのかというイメージをしっかり持っていないと上手くいきません。かなり神経を使うタイプの曲ですね。
素敵に弾くポイントはどこに向かって音が進んでいるのかを感じ、それを表現することです。この部分では3小節目のEsに向かって進んでいくようにします。
その前のDが3回出てくる部分は3回とも同じに弾かずにEsに向かっていくように少しずつクレッシェンドしましょう。
この部分が基本となり、音数が増えたり、和音が変化したりしながら進んでいきます。
(動画2:37~)
左手が3連符で右手が8分音符になるところがあります。初めてこの形を弾く人は混乱するかもしれません。3連符の最初の音は右手と同時に弾きますが、その後はずれることになります。この部分は要練習です。
(動画3:25~)
このような音型を弾くときは和音を軽く弾くのがポイントです。バスの音のみ少し強調するように弾きます。
しかしいつも同じように弾くのではなく、バスの音の変化や右手のメロディーによって重みを少し加えるようにして弾く必要があります。
(動画4:04~)
左手にもメロディーが出てきます。右手で弾いたのと同じように弾けるように練習しましょう。
★★★★ Op.142第1番
10分近くかかるこの曲は始まりがとても立派でかっちりした曲です。この曲を聴くとシューマンがソナタと評したのが何となくわかるのではないでしょうか。
(動画2:37~)
曲の構成を見てみると展開部にあたる部分はあるものの、第1主題や第2主題を展開させるのではなく、新しいものを使っています。
そのため正式な展開部のない不完全なソナタ形式という感じになっています。
★★★★★ Op.142第4番
この曲にはハンガリーの要素が取り入れられているそうです。リズムやアクセントの位置に注意が必要な曲です。1度聴くと耳に残る曲だと思います。
(動画0:22~)
3度が弾きにくいと思いますので、そこだけ抜き出して弾く練習をしましょう。力が入っていては弾けません。
1つずつをしっかり弾く必要はありません。まずは2つをセットで弾く練習をし、3つ、4つと増やしていき、最後は1セットで弾けるように練習しましょう。
(動画6:29~)
この曲の1番カッコいい部分は最後のPiu Prestoの部分です。最初は右手だけのアクセントだけを強調するように弾き、残りは余力で弾くようにします。左手は少し抑えぎみで弾きましょう。
リズムが変化する部分からは左手もアクセントをしっかりつけて弾きましょう。右手の音がどんどん上がっていく(上の楽譜の最後の3小節)ときに左手も大きくしていくとより迫力のある演奏になると思います。
★★★★★★ Op.142第3番
この曲は変奏曲になっています。テーマ+5つの変奏という構成になっています。テーマは自作曲「ロザムンデ」の中からとられています。
【第1変奏】(動画1:58~)
付点のリズムが特徴的です。上の音をしっかり響かせるのはもちろん重要ですが、全てを響かせればいいわけではありません。
響かせるのは付点8分音符の方だけです。16分音符の方も弾いてしまうと重くなってしまいますので、気をつけましょう。
【第2変奏】(動画3:32~)
自由にのびのびとした音の動きが特徴的です。左手はシンコペーションですが、右手は別物なので伴奏に左右されないようしましょう。
右手は半音がとても多いです。半音の動きをよく感じて、弾きましょう。半音を弾く場合、前の音と同じように弾くと、とても幼稚に聴こえます。
半音は隣の音なのでとても近く、簡単に弾けてしまうのですが、前の音と同じにならないように気を付けながら弾くと素敵になります。
安易に弾かないように気をつけましょう。
【第3変奏】(動画4:56~)
第3変奏では短調になります。とてもドラマティックな曲です。
ピアノで弾くので音色を変えるのにも限界があるのですが、イメージとしてはヴァイオリン2本、ヴィオラ、チェロで演奏しているような感じを想像するといいかもしれません。
縦に見ていくのではなく横のつながりを見ていき、各声部をよく歌うように弾けると素敵な演奏になると思います。
【第4変奏】(動画7:26~)
リズムに特徴のある変奏です。リズムはするどく弾かなくてはいけませんが、音が攻撃的にならないように、弾力のある音にしましょう。
【第5変奏】(動画9:21~)
主に音階の音で上がったり下がったりしています。右手も左手も動きます。
重みはかけないように軽やかに、しかしペラペラにはならないように気をつけなくはいけません。ゆっくりの練習、リズム練習をして粒をよくそろえる練習をしましょう。
一生懸命さが出ないように優雅に弾けるようになればとても素敵な演奏になると思います。
シューベルトについての記事を3回に分けて書いてきましたが、シューベルトについて少しわかって頂けたでしょうか?
シューベルトを弾くのは簡単なようで形にするのは難しく、苦手という人も多いです。私も得意な方ではありません。
しかし流れるような素敵な旋律と、コロコロと変わる和声はとても素敵です。
私はシューベルトの記事を書きながら彼の素晴らしさを再確認しましたし、また彼の作品にも挑戦してみようと思いました。
この記事を読んで下さった方がシューベルトの作品に挑戦してみようと思って下さることを願っています。是非、彼の作品に触れてみて下さいね。
まとめ
◆「即興曲」は「楽興の時」と同じくロマン派の時代に多く書かれた「性格的小品」の1つ◆「即興曲」というタイトルをつけたのはシューベルトではなく出版社の人だった
◆シューベルトの「即興曲」は全て♭系の調で書かれている
◆最も難易度低いのはOp.90第2番
◆最も難易度が高いのはOp.142第3番
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