とある閑静でオシャレな住宅街。その中にある小さなホール。今日ここでベートーヴェン交響曲第7番のリハーサル練習があるということで、バスを乗り継いではるばるやってきました。今回私はトランペットエキストラ奏者として呼んでいただいたのです。

でも少々不思議。この曲、ベートーヴェンの指定でトランペットは二本のはず。このオーケストラは元々二人奏者がいて、私が加わると三本のトランペット、つまり3管編成になります。

この曲は初めて演奏するけれど楽譜的に難しい曲とも思えないし、アシ(*)をつける必要があるだろうか…?などと当時トランペット奏者駆け出しの頃だった私は、エキストラに呼んでいただいたにもかかわらずそんな失礼なことを考えておりました。

しかし、実際演奏してみるとトランペットパートは高い音で連続してリズムを刻む箇所が多く、とくに四楽章ラストの追い込みがかなりキツイ曲だったのです。そこで音量補強のアシスタントとして私が呼ばれたのでした。確かにこの曲は音量とスタミナに自信がない場合人数を増やした方が良いようです。

*アシスタントのこと。大きな音量が必要な時や体力的にキツイ曲の場合、楽譜に指定された人数をさらに増やし補強することがある。

■ 目次

楽譜がねェ!

さて、バスを降りハイソな街を鼻歌まじりで歩いて会場入り。まさに気分は交響曲第7番のようにワクワク。そして練習会場に着いてみると…



なんと、トランペット奏者の人が二人とも今日の練習に来られなくなったということ。楽譜も二人が持っているということです。なんてこったい!!とりあえずポケットスコアは持って来たのでこの日はリハーサル練習を一人でなんとか乗り切りました。



楽譜がねェ!人もいねェ!(ここまで来るのに)バスもそれほど走ってねェ!とお困りの方はこちらのポケットスコアがオススメ!



パート譜としてみるのはちょっと大変ですが手頃な大きさと解説付きで曲を俯瞰するには非常に便利です。



ということでベートーヴェンの数ある傑作の中でも屈指の名曲、交響曲第7番を今回もオーケストラトランペット席からご紹介しましょう!

先生はもうお年のようで…

7番交響曲を生み出した頃のベートーヴェン。45歳

1812年、交響曲第3番との関係が深いナポレオンがロシア帝国に侵攻した年、この交響曲第7番は完成しました。そして翌年1813年、まさにナポレオン戦争真っ只中、従軍によって負傷した兵士達のための慈善演奏会の曲目として初演されました。

火縄銃の射撃音が入った、戦争交響曲とも呼ばれる「ウェリントンの勝利」もこの日の演奏会で同時に初演されています。当時は交響曲よりこちらの方に人気があったようです。「ウェリントンの勝利」はイギリスのウェリントン公がナポレオンを撃退したことを讃えた曲です。

そしてこの7番交響曲の二楽章が葬送行進曲のようでそうではない点もふくめ、特権階級ではなく負傷した兵士たちのための演奏会で、ナポレオンではなくウエリントンを讃える曲と同時に初演された点を踏まえると、7番交響曲は3番交響曲と対極的な位置にある曲であると私には思えるのです。


初演は大盛況。これまでにない神秘的で深い曲想の第2楽章がアンコールされました。しかし一方で当時としてはリズム重視の斬新な音楽であったこともあり理解されない面もありました。これまで聴いたことのない曲想の一楽章目から人々は困惑したようです。

実際に初演を聴いたウェーバー(魔弾の射手でお馴染みの)は「先生は良いお齢になられた。入院が必要なくらいに・・・」と評したようです。それでも後年R・ワーグナーに「舞踏の神格化」と絶賛され初演以来現代に至るまで人気の高い名曲となりました。

良いお齢になられた、入院が必要なほどに・・・ちなみにこのときベートーヴェンまだ43歳

究極のリズムとオーソドックススタイルで勝負!

この交響曲第7番、ベートーヴェンの9つある交響曲の中でも8番とともに「主題の展開とリズム」に特化した一曲です。シンプルで明快、そしてベートーヴェンの得意とする一つの単純なリズムや旋律をパズルのように組み合わせ構築していく手法が見事に活かされています。

オーケストラ編成もオーソドックスな古典派のスタイルで勝負。5番、6番と違いトロンボーンやピッコロなし、打楽器はティンパニーのみです。まさに飾り気のないベートーヴェンの真価が発揮された曲です。

深刻過ぎず、一般大衆に親しまれやすい、それでいて細部までしっかり作り込まれた手法。本当にベートーヴェンが表現したかった音楽がこの交響曲第7番に詰め込まれています。全曲に渡る激しいリズムの躍動感や疾走感はこれまでの交響曲にはなかった新しい音楽です。


交響曲第7番作品92イ長調

全ての楽章がリズムを様々に展開していく手法になっています。緩徐楽章である二楽章でもリズミックな旋律です。

世界を代表するオーケストラの1つ、アムステルダムコンセルトヘボウ。

第一楽章

いきなり全合奏で曲が始まります(0:06~)。オーボエソロがそのまま序奏を演奏します。その後もまるでオペラのアリアのように全合奏が鳴らされます。

短い動機が静かに呼応され(3:35~)、それがハッキリとしたリズムへと変化します(3:50~)。ここからが提示部。フルートによるベートーヴェンらしい明快な旋律。リズムの音楽の始まりです。




とくに一楽章ではこの簡単なリズムを様々に展開、重厚で非常に密度の高い音楽となっています。第5番交響曲でも似た手法ですが7番ではリズムの展開が多彩です。

とくにホルンとトランペット、ティンパニーによってこのリズムが何度も演奏されます。高い音に加え、ハッキリとタンギングで発音しないと真ん中の16分音符が埋もれて、モサッとしたリズムになるので注意が必要です。

この音が埋もれやすいのでハッキリとタンギングする必要がある

様々な展開を経て、神秘的なコーダ(13:15~)。ベートーヴェンらしくグイグイと盛り上がっていきます。最後は堂々とした響きで一楽章を締めます。

第二楽章

一見第3番交響曲を思わせるような葬送風の音楽ですが、それでもリズム重視の曲です(14:45~)。速度はアダージョやアンダンテではなくアレグレットで指定されています。

深い祈りのような神秘的な旋律。しかしその中にしっかりしたリズム感がある


極めて簡素なリズム、旋律ですが深く神秘的に展開されていきます。ソプラノ歌手サラ・ブライトマンがこの楽章を歌ったCDがあります。まさにこの神秘的な雰囲気を出している演奏です。



第三楽章

突如慌ただしくはじまります(24:31~)。三拍子のハッキリとしたリズム。そしてこの楽章は各楽器の音色の見せ所があります。なぜかゲームの「ドラゴンクエスト」を思わせるファゴットの響きもあります(25:03~)。4番交響曲といいベートーヴェンはファゴットの扱い方が上手なようです。

中間部のトリオではトランペットが盛大に「ラ」の音をのばします(28:00~)。そして最後は5つの音でスッキリ締めます(33:47)

第四楽章

ファンファーレ風の短いリズムが二回鳴らされ、すぐに疾走感溢れるスピーディな四楽章がはじまります(34:08~)。このスピード感はこのまま最後まで続きます。ホルンの高笑いのような熱狂的なリズム(34:40)

疾走感はとどまることなく怒涛のコーダへ(40:02~)。さらなるホルンの熱狂!どんどん曲は激しさを増していきます。

四楽章の最初から最後までトランペットパートはひたすらリズムを演奏しますが、まるで狂ったように激しいスタッカートと高音域が続きます。確かに、これは人数を増やして吹かないと最後までスタミナが持ちそうもありません。なるほど、これで今回エキストラ奏者として呼ばれた理由がわかりました。

そして最後は大団円でベートーヴェン7つ目の交響曲は幕を閉じるのです。

名盤

交響曲第7番は、他の第3、5、9番のように演奏技術や表現方法に革新的な技法がある曲ではありません。しかしシンプルな構成にベートーヴェンの最大限の音楽技法を盛り込んだ「本気勝負の音楽」いえます。その高揚感を充分味わえる名盤をご紹介!

サイモン・ラトル/ウイーンフィル



ウィーンフィルによるモダン楽器の演奏です。演奏そのものは古楽器風のアッサリしながらも力強い演奏です。

この盤の素晴らしいところは随所での盛り上がりのポイントをしっかりおさえている点です。聴いていて熱くなれる演奏です。全体的な演奏も素晴らしいのですが、とくに四楽章のラストは強烈な熱い盛り上がりをみせます。何度聴いても飽きの来ない名演です。

ヘルベルト・フォン・カラヤン/ベルリンフィル



全体的に熱気にあふれた演奏です。カラヤン&ベルリンフィルの往年の素晴らしさを最もよく伝える演奏です。四楽章が速い!スピード感が最高です。

ヘルベルト・ブロムシュテッド/ドレスデン国立歌劇場管弦楽団



この盤の特徴はホルンセクションにあります。一楽章ラストのこれほど堂々としたホルンの演奏は中々ありません。

マルティン・ハーゼルベック/ウィーンアカデミー管弦楽団

ベートーヴェン:交響曲 第7番・ウェリントンの勝利
Mercury


古楽器による演奏というばかりではなく、この曲の初演当時の響きすらも再現しようとした画期的な盤です。現在も残っている初演されたホールでの録音。しかしその物珍しさだけではありません。演奏そのものが力強い大変素晴らしい演奏です。

同時に初演された「ウェリントンの勝利」がカップリングされているのもポイントです。その他メトロノームを普及させたメルツェルが開発した自動演奏機械による「あまり芸術的ではない」ベートーヴェンの曲も収録されているのも面白い所です。

全部「速い」のだ!

この交響曲第7番は次の第8番と同時期に作られました。どちらもリズム重視の曲です。本来のソナタ形式で書かれた交響曲ならば二楽章にはゆっくりめの曲が置かれます。しかしこの交響曲第7番は二楽章もアレグレット(やや速く)です。全ての楽章が速いテンポの曲なのです。

わかりやすいリズムは人の心をとらえやすいものです。この曲は様々な映画やアニメなどで使用されていて、多くの人が聴いたことがあると思います。

オーケストラに楽譜は必要か?


今回の演奏会では私は本番直前まで楽譜なしでの練習となったのですが、そこでふと疑問に浮かんだことがありました。このベートーヴェン交響曲第7番にしても他のクラシック音楽にしても、完成から百年以上多くのオーケストラに演奏されてきています。公演機会が多い人気曲であれば何度も演奏することがあり、何度も演奏すれば楽団の人たちも暗譜していそうなものです。しかし現在でもコンサートではほとんど楽譜を見ながら演奏しています。

暗譜で演奏すれば演奏そのものに集中できそうなものです。たとえば一流シェフがレシピを見ないで素晴らしい料理をつくるように。

協奏曲などのソリストやオペラ歌手は見栄えや演技なども重要となるので暗譜で演奏しますが、クラシックオーケストラの場合はどうして楽譜を見ながら演奏することが多いのでしょうか。


実際には何度も演奏するレパートリーを暗譜で演奏することは可能です。何度も同じ曲を演奏していれば自然と暗譜できてしまいます。ただクラシック音楽は作曲家が書いた音と意図をいかに再現するかが決め手となります。できるだけ正確に音にする必要があるということです。

ジャズなどでは基本的に楽譜はなく、その時のフィーリングでそれぞれの楽器と合わせていきますが、人数の多いオーケストラでは一人一人が正確に楽譜を再現しないと全体がバラバラになってしまいます。

クラシック音楽となると旋律や伴奏だけでなく、強弱記号や表現方法の指定など膨大な情報が楽譜に書かれています。一時間近くかかる曲であればなおさら暗譜に力を注ぐより、楽譜を目の前においたほうが演奏そのものに集中できます。なのでクラシック音楽のコンサートでは楽譜を見ながら演奏することが多いのです。


「交響曲第7番」の無料楽譜
  • IMSLP(楽譜リンク
    本記事はこの楽譜を用いて作成しました。1863年にブライトコプフ・ウント・ヘルテル社から出版されたパブリックドメインの楽譜です。

ベートーベン(ベートーヴェン)「交響曲第7番イ長調Op.92」の記事一覧


 オーケストラ曲の記事一覧