ある程度成長されてからピアノを習いたい、弾きたいと思われる方達は何かしらの憧れ曲があるようです。その憧れの曲というのはクラシックでないこともあると思いますが、クラシックだった場合、ショパンの作品が多いのではないかと思います。

彼の作品には素敵な曲が多いというのはもちろんですが、クラシック・ピアノと言えばショパンでしょというような印象を持たれている方々もいらっしゃるような気がします。これはショパンがピアノの作品ばかりを作曲した作曲家と広く知られていることも1つの要因なのかもしれません。

ショパンの作品の中でも憧れの曲として上げられることがとても多いのが「幻想即興曲」だと思います。今回はその「幻想即興曲」が入っているショパンの「即興曲」について書いていきたいと思います。

■ 目次

クラシック曲のタイトルについて~即興曲とは~


作品を読んだかどうかは別にして、私達は一般的な知識として川端康成→雪国というように有名作家の名前とその代表作をセットで覚えていますよね。

クラシック音楽でも同じことがされています。例えば「ポロネーズ」や「マズルカ」、「スケルツォ」、「バラード」などと出されるとショパンだなと分かります。

同じように思えるでしょうが、少し違いがあります。文学の場合は同じタイトルのものはあまりないと思いますが、音楽の場合は同じタイトルのものがたくさんあります。

例えば「ソナタ」。「ソナタ」はたくさんの作曲家が作曲しているので、曲を聴かずに「ソナタ」と言われただけでは誰の作品かわかりません。特殊な作品番号K.やHob.などの作品番号を言われればK.=モーツァルト、Hob.=ハイドンだなとわかりますが、作品番号として多く使われているOp.だった場合は誰の作品か全くわかりません。

「即興曲」の場合でも考えてみましょう。

「即興曲」というタイトルで作品を書いている作曲家はショパンだけではありません。「即興曲」と聞いて1番に想像するのがシューベルトだと思います。そして2番目、3番目に思いつくのがショパンやフォーレでしょうか。「ソナタ」より作品数はかなり少ないですが「即興曲」とだけ言われると誰の?と思ってしまいます。

このようにクラシックの場合、多くのタイトルが重複しています。「即興曲」などのタイトルは曲の雰囲気や構成を示しています。つまりタイトルは題名であるのと同時にその曲の雰囲気や構成をあらかじめ知らせているということなのです。

作品名を見ただけで曲の構成などを想像できるのがクラシックのタイトルの良さです。しかしこれは知識があればとてもわかりやすいものになりますが、知識がないと逆にわかりにくさにもつながってしまうような気がします。

文学的なタイトルがつけられているものの方が曲をイメージしやすいのはよくわかります。しかし作曲家たちはきっとタイトルからではなく音楽から何かを感じ取って欲しかったのではないかと思います。

さて「即興曲」に戻りましょう。「即興曲」とはどんな曲なのでしょう。

これはシューベルトの「即興曲」の記事でも書いているのですが、実は決まりがありません。即興と言ってもジャズのような即興ではなく、楽譜にきちんと書かれています。3拍子の曲とか、特徴的なリズムが出てくるなどの決まりが全くなく、即興的に弾いている、または聴こえる曲というのが「即興曲」です。

ロマン派の時代になり多くの作曲家が性格的小品を書きました。数多くある性格的小品の中でも「即興曲」は他の性格的小品よりも少し早い段階で書かれています。シューベルトの作品が一般的に有名ですが、シューベルトよりも前にヴォジーシェクという作曲家がこの「即興曲」というタイトルを使って作品を書いたと言われています。

「即興曲」が書かれたときの状況


ショパンの「即興曲」は4曲あります。現在ではまとめて出版されていますが、1曲ずつ出版されました。

1番 Op.29 1837年作曲、1838年出版
2番 Op.36 1839年作曲、1840年出版
3番 Op.51 1842年作曲、1843年出版
4番 Op.66 1834年作曲、1855年出版

1~3番までは作曲された次の年に出版されていますが、4番だけが出版がかなり遅いですね。しかも1855年。ショパンは1849年に亡くなっていますので、この4番は彼が亡くなってから出版された遺作ということになります。

遺作である4番がなんと最初に作曲された作品なのです。この4番というのが有名な「幻想即興曲」です。

1834年~1842年はショパンはどのような状況だったのでしょうか?

1834年にはショパンはすでにパリにいました。ワルシャワからウィーンへそしてパリへと拠点を変え、パリで活動し、活躍し始めたのが1834年頃だったと思われます。

「幻想即興曲」が書かれた1834年には同郷のマリアにもまだ再会してもいないですし、サンドにも出会っていません。その2年後の1836年にマリアに求婚し、サンドと出会っています。その後はマリアと婚約破棄→サンドとの交際→サンドとマヨルカ島へと進んでいきます。(この辺りのことは「前奏曲」の記事でもう少し詳しく書いています。)1847年にサンドとの交際が終わり、その2年後にショパンは亡くなってしまいます。

1834年~1842年というのは自分自身の体調の変化や祖国の状況、女性関係など色んな変化はありつつも、作曲活動的には充実していた時期に当たると言えるのではないかと思います。

ショパン「即興曲」の難易度について



ショパンの「即興曲」は学習者も弾くことができる作品だと思います。しかし「即興曲」を最初に弾くというのは難しいと思いますので「ワルツ」「ノクターン」の次に挑戦するのが良いと思います。

ショパン以外の作曲家の作品ですと、同じタイトルのシューベルトの「即興曲」に挑戦されると良いのではないかと思います。ショパンよりも譜読みがしやすく、弾きやすいので挑戦したことがない方はまずそちらを先に弾かれると良いかもしれません。(難易度についてはシューベルトの記事で書いています。)



ショパン「即興曲」全4曲の難易度順と解説

4曲の難易度について書いていきます。

4曲の中で1番と4番「幻想即興曲」が他よりも難易度は低めかなと私は思います。4番は左手と右手がズレるので弾くのが難しいと感じられると思いますが、弾き方のコツさえ覚えて慣れてしまえばたいしたことはありません。1番も4番もどちらもテンポが速いので弾くのは大変かもしれませんが、指が回ればある程度形になってくれるタイプの曲です。

一方2番と3番は難易度が高いです。この2曲はテクニックだけでなく、表現力もかなり要求されるタイプの曲なので難易度は1番、4番に比べると高めかなと私は思います。

この4曲の難易度順ですが、易しいほうから

4番→1番→2番→3番

としたいと思います。

1番と4番は逆でもいいのかなとも思うのですが、1番を素敵に弾く方が私には難しく感じられましたのでこのような順番にしました。

ここからは4曲の解説をしていきたいと思います。

★★   1番

ショパン「即興曲第1番」ピアノ楽譜1
この曲は3連符で進んで行きますが、どこにもアクセントがつかないように流れるように軽やかに弾くのがなかなか難しいのです。

凸凹しないように弾かないと素敵には聴こえないのですが、右手の親指で弾く部分が来たときに重みがかかってしまうと少しアクセントがついたような印象になってしまい流れが悪くなってしまいます。

ショパン「即興曲第1番」ピアノ楽譜2 (23秒~27秒)

私はこの部分が好きです。少し不安定な感じを持って来ておいてその後は何がくるのかと思えば初めのメロディーに戻して安心させてくれます。しかし全く同じではなく少し変化させて、全く違う部分を持ってくるという構成になっており、聴く人をワクワクさせます。

★★★  2番


4曲の中で1番長く規模の大きな曲です。場面によって雰囲気がガラッと変わっていきます。

ショパン「即興曲第2番」ピアノ楽譜1

穏やかに始まったはずなのに以下の部分から様子が変わっていきます。左手がリズムを刻み始め、その後オクターブに変わっていきます。オクターブに変わったあたりから音量はさらにアップしていきます。

ショパン「即興曲第2番」ピアノ楽譜2 (2:02~)


しかしそれはほんの少しの間でさっきまでのは何だったのかというようにまた穏やかな部分が戻ってきます。しかし最初の穏やかさよりも少し不安が混じったような印象をもたらします。

ショパン「即興曲第2番」ピアノ楽譜3 (3:01~)


それがしばらく続いた後は少し唐突とも感じるような32分音符がそよ風のように過ぎ去っていきます。この部分はまさに即興しているような印象を与えます。この部分が難しいです。

ショパン「即興曲第2番」ピアノ楽譜4 (4:00~)


何小節にも渡って動き回ります。このような部分は指使いをきちんとすることとゆっくりの練習がとても大切です。日頃から全調のスケール練習をしておくとこのようなスケールのような動きもそれほど苦労することなく弾くことができます。

スケールのような基本練習はやはり大切です。日頃から練習しておけば、そのような部分が出てきてもそれ程練習しなくても上手くいきます。日々の積み重ねは大切です!

★★★★ 3番


最初の部分では右手は単音ですが、11小節目から重音になっていきます。これをきれいになめらかに弾くというのがなかなか難しいなと私は思います。

ショパン「即興曲第3番」ピアノ楽譜
このような部分はゆっくり弾く練習をすることが大切です。その時に重要なのは必ず次の音を弾く準備をしながら弾くということです。指をバタバタさせていてはなめらかなレガートにはならないので次の音を意識し、準備をしながら弾いていくということが大切だと思います。

この曲の素敵なところは音色がどんどん変わっていくところにあると思います。他の3曲に比べると派手さがあまりない曲のように感じられるかもしれません。

この曲は技巧的な派手さよりも、和音の変化による色彩の変化で勝負している曲のような感じがします。和音の変化や微妙な雰囲気の変化がこの曲の最大の魅力です。

それを表現できるようになるには音色に敏感な耳を養うこと、そして色んな音色を弾き分けられる表現的なテクニックを身につける必要があります。

★    4番「幻想即興曲」


この曲、実は破棄されるはずでした。ショパンはこの楽譜を、のちに名作と呼ばれることになる多くの楽譜とともに自分の死後に破棄するよう友人のユリアン・フォンタナに頼んでいました。

しかし、フォンタナは他の曲と同様に破棄せず遺作として出版しました。その時に「Fantaisie-Impromptu」(幻想即興曲)というタイトルをつけたようです。ショパン自身は即興曲としか書いていなかったようです。

ショパンはこの曲は世に出して欲しくありませんでした。素晴らしい曲なのになぜ彼は世に出して欲しくないと思っていたのでしょうか?

他の遺作についてはほとんど理由がわかっていませんが、この曲については似ている作品があったからではないかと言われています。

▼モシェレス「即興曲Op.89」

モシェレスの即興曲に似ていると言われれば確かにそうです。曲のクオリティーはショパンの方が断然上なので気にするほどのことではないと思いますが、似たような曲というのは彼にとって許せなかったのかもしれませんね。

▼ベートーヴェン「ピアノソナタ第14番 月光 第3楽章」
(7:06から再生されます)

ベートーヴェンの月光は同じ調ということもあり、雰囲気が似ていると言われれば確かにそうかもしれません。全く同じ部分も出てきますが、それはほんの1部です。そこだけ切り取ると一緒ですが、その前後の流れが違います。

ショパンの「即興曲」は3部形式でできているので、中間部で雰囲気の異なるものがきます。この「幻想即興曲」も3部形式が少し複雑化した複合3部形式でできています。

雰囲気の違いをしっかり弾き表すことによって曲のメリハリがしっかりつきます。曲想が変わる部分はきちんと気持ちも切りかえて弾くようにすると音も変わってくると思います。

楽譜に書いてあるからそのように弾くということはとても正しい考えだと思いますが、そこから1歩進むと素敵な演奏へつながっていくと思います。

その曲全体やそれぞれの部分から何かを感じ取り、それを音で表現するにはどんな音色が相応しいのかということを考えるまで踏み込んでいけるとどんどん良い演奏になっていけるはずです。

おわりに

今回はショパンの「即興曲」について書いてきましたがいかがだったでしょうか?

このレベルまで弾けるようになられた方々は楽譜が読めて間違わずに正しく弾けたら終わりというようにはせず、自分なりのイメージで良いので何かを想って弾いて頂きたいなと思います。

表現するという部分が音楽の1番面白く、素敵なところなんです!是非もう1歩踏み込んで作曲家や曲と向き合ってみて下さいね!



「即興曲」の無料楽譜
  • IMSLP
    Op.29(楽譜リンク)Op.36(楽譜リンク)Op.51(楽譜リンク)Op.66(楽譜リンク)本記事はこれらの楽譜を用いて作成しました。いずれもブライトコプフ・ウント・ヘルテル社から出版されたパブリックドメインの楽譜です。

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