1920年代アメリカ。タバコの煙も漂う、とあるビリヤード場にて。

一人の青年が新聞を読んでいると、ある記事に目が止まりました。

アメリカのビッグバンドジャズ界をリードするポール・ホワイトマンが新たなコンサートライブをリリース!「新しい音楽のチャレンジ」と題してアメリカ音楽とは何かを問いかける!そして同時に今注目の若手コンポーザー、ジョージ・ガーシュウィン氏もこれに向け新たなジャズテイストの協奏曲をお届け!

「What’s?こんな作曲依頼を受けた覚えはないぞ?」

両手を軽く挙げて首を振っている彼は当のガーシュウィン本人。ただでさえここ最近は別の作曲活動で忙しく、ましてまだ25歳のデビューしたてのヤングコンポーザー。当時ポップソングメインで活躍していたガーシュインは協奏曲などのオーケストラ曲の作曲経験はまだありません。

さっそく抗議の電話をかけます。

「ホワイトマンさん。これはどういうことです?そんな話は聞いていないのですが・・・」

「HAHA!MR.ガーシュウィン。どうしても君にお願いしたくてね、君の許可を待っていたら君を他の楽団に取られてしまうかもしれんのでね。さきに新聞に掲載させてしまったよ。」

「What the heck(マジっすか)!」

「もう後戻りはできないね。君にとっても名を挙げるまたとないチャンスだ。バンビーノ(当時有名だった野球選手べーブ・ルース)のような奇跡を起こして見せ給え」


25歳の革新者

若干25歳の青年が突如ピアノ協奏曲を作曲する。しかもこれまでにないジャズのテイストを盛り込んだもの・・・まるでアメリカのサクセスストーリーの始まりのような展開。
これが現在進化中のジャズと西洋クラシック音楽の融合となる名作が生まれるきっかけとなったのです。

さてこのような無理難題をホワイトマンから突きつけられたガーシュウィンですが、曲の大まかな内容は2週間で作り上げてしまいます。しかしオーケストレーションとなると圧倒的に経験不足で、自身の弾くピアノパートのみがおおよそ仕上がったというところでした。

駆け出しの若き作曲家にいきなり与えられた試練。彼はどうやってこの難関を乗り越えていくのでしょうか?伝統的な西洋音楽と新たなジャズ、その両者が融合したこれまでにないリズム感の全く新しい協奏曲とは?今回もオーケストラの、そしてジャズバンド、吹奏楽団のトランペット席からもご紹介しましょう。

ブルースの狂詩曲

「ラプソディーインブルー」のブルーとは、純粋なアメリカそのものの音楽、つまりブルースのことを意味しています。ブルースは当時アメリカ発祥の音楽様式と捉えられていたのです。つまりアメリカの民族音楽のような・・

南アメリカなら「フォルクローレ狂詩曲」北アメリカなら「ブルース狂詩曲」といった感じでしょうか。現在では無くてはならないブルースコードも当時はまだローカルな音楽という認識だったようです。


今回もフランクフルト放送交響楽団とアンドレス・オロスコの素晴らしい演奏です!1942年に編曲されたフルオーケストラ版です。


非常に印象的で優雅でセクシーなクラリネットのグリッサンドから始まります。初っ端からの名演技の聴かせどころ(0:38~)


本来は楽譜通りに17連符での音階ですが、クラリネット奏者が休憩中にふざけてグリッサンドして遊んでいたところ、それがガ-シュウィンの耳に入り「Sounds good(いいね)!」と、そのままグリッサンドで演奏することが定着しました。

トロンボーン、ホルンなどの短い間奏の次にミュートトランペットが元気よく挨拶(1:33~)

全合奏でテーマが奏されると(1:48~)、ここから主役であるピアノの出番です。好景気に沸く力強いアメリカの街で聞こえてくる様々な音や情緒が聞こえてきます。ストリートを歩く人々の話し声やストリートミュージシャン、車のエンジン音・・・

(3:52~)ここでオーケストラの力強い合奏が入ります。これまでとは全く雰囲気の異なる、ノリノリで飛び跳ねるような音楽。(4:40~)ではサックスがいい感じです。


赤丸はハーマンミュートの先を手のひらで閉じたり開いたりしてジャズっぽくする。


(5:34~)からクラリネットとトランペットの対話。トランペットは「ハーマンミュート」というミュートを使って何か言葉を話しているような音を出します。

BEST BRASS Sound Transformer Wah-wah & Cool Jazz For Bass Tb  ベストブラス  ワウワウミュート  バストロンボーン用
先の丸い皿を手で塞いだり開いたりして面白い音を出します。先日亡くなった桂歌丸師匠が司会を努めた「笑点」のテーマ曲でもお馴染みですね。ワウワウと音がするのでワウワウミュートと呼びます。


(6:13~)からは、まるでブロードウェイミュージカルを見ているようなワクワクする音楽です。そして再びピアノの語りです。

長いピアノのカデンツァの次にブルーの海を思わせる優雅で広々とした曲に(11:17~)

汽車の疾走する様子を(14:12~)。そして次第に華やかな街が近づいてきます。
そして最後はこのアメリカの大都市に到着し(16:32~)、その街の大きさと喧騒に圧倒させるのです。

いろいろな編曲版

ピアニストとソングライターとして活躍していたガーシュウィン。この半ば強引ともいえる依頼を引き受けた当時はオーケストレーションの経験は全くありません。自分の弾くピアノパートはいいとしてオーケストラをどうするか…そこで依頼主のホワイトマンが助け舟を出します。

ホワイトマンの楽団のピアニストで作曲家のファーディー・グローフェ。学校の教科書に組曲「グランドキャニオン」「ミシシッピ組曲(アメリカ横断ウルトラクイズで有名)」が紹介されていたと思います。

この作曲経験豊富なグローフェが出来上がった「ラプソディインブルー」のオーケストラのスケッチを次々オーケストレーションしていきます。

ここに世界の音楽の歴史を変える大きなタッグメントがあったといえるでしょう!



さて、すったもんだあったこの曲、結果的にいくつかの編曲版にわかれます。その中でも代表的な版をご紹介しましょう。

  1. まずガーシュウィンの作曲と並行してグローフェがオーケストレーションした最初の1924年版。グローフェがピアニストを務めていた当時のホワイトマンジャズバンドの編成です。楽譜は手書きで残されているのみ。手書きで残すとういところがジャズバンドらしいところですね。
  2. そして初演が終わった同年にガーシュウィン自身が2台ピアノ版を、また1927年にはピアノ独奏版を完成させます。
  3. 再びグローフェが1938年にピアノソロのない純粋なオーケストラ版を出版、同時に吹奏楽版もつくりだしました。


    吹奏楽版(M8)

    吹奏楽経験者の方ならお馴染みではないでしょうか?こちらはミュージックエイト版(M8)です。よりポップス寄りの岩井直溥さんの版もありますね。岩井直薄さんも好んでこの曲をよく取り上げていました。
  4. そして演奏される機会が最も多いのがグローフェの版を踏まえ、ジャズ寄りでもありクラシック寄りでもあるピアノソロ付きのシンフォニックな1942年版です。

そして、さらに現代では様々な独自のアレンジ版があります。例えば終始クラリネットのみのソロにアレンジしたもの、トランペットやサックスのソロバージョンなんてものもあります。鍵盤ハーモニカで演奏していた人もいましたね。


これは凄い!ピアニカ版


これも凄いトランペット版

名盤

大変人気のある曲なので名演奏も多いのですが、その中から個性的で印象に残ったものをご紹介。クラシック寄りかジャズ寄りの演奏かで、聴いたときの印象も変わってくる曲です。

シャルル・デュトワ/モントリオール交響楽団

ガーシュウィン:パリのアメリカ人

最もかっこよく聴けるのがこの盤ではないでしょうか。響きがすばらしい演奏です。洗練されたビッグバンドの演奏をきいているようです。

マイケル・ティルソン・トーマス/ロサンゼルスフィル

ガーシュウィン:ラプソディ・イン・ブルー&パリのアメリカ人(期間生産限定盤)

ガーシュウィン:ラプソディ・イン・ブルー

オリジナル版の演奏です。マイケル・ティルソン・トーマスは彼の祖父の代からガーシュウィン家と親交が深く、録音についても作曲者の意図を再現したものが数多くあります。グローフェが手書きで残した完全オリジナル版を演奏するだけでなく、さらにガーシュウィン自身がのこしたピアノロール(自身の演奏をロール紙に穴を開ける装置で録音した)を加えて録音した有名な盤があります(上)。

いずれもかなり小編成ジャズ寄りな演奏で、ソロ一人一人が歌いまくっています。

クルト・マズア/ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団

ガーシュウィン:ラプソディー・イン・ブルー

この演奏も面白い演奏です。ピアノもオーケストラもあまりアメリカっぽくない響き、なのに何故か引き込まれるものがあります。完全なクラシック寄りの演奏ですが、ここまで粒のはっきりしたピアノに重厚なオーケストラは、何度聴いても飽きのこない演奏です。

アメリカンドリームの第一歩

自家用車や家電、ジャズの普及や、様々なものが新たに生みだされ、狂乱の時代とも言われる1920年代アメリカ。この「ラプソディーインブルー」をもって若きガーシュウィンはホワイトマンやグローフェの助けを借りてデビューしました。協奏曲などの作曲経験のなかった彼にとって大きなチャレンジだったでしょう。

しかし生み出されたこの曲は、クラシック音楽の要素に当時新たに芽生えたジャズポップの手法をふんだんに取りいれたかなり画期的な曲だったのです。それは映画音楽、テレビから流れてくる音楽等等・・・幅広い分野の音楽に影響を与えていきました。

ガーシュウィンはこの「ラプソディーインブルー」を作り出した後、さらに自身の弱点を克服するべく独学で管弦楽法を学んでいきます。メキメキと腕を上げ、ある日オーケストレーションの巨匠ラヴェルに教えを受けようとした時「すでに一流のガーシュウィンなのだから、二流のラヴェルになる必要はない」と言わせる程になりました。

そしてその成果として「パリのアメリカ人」などの名曲を次々生み出していきます。特にジャズとオペラの融合ともいえる名作「ポーギーとベス」。その中で歌われる「サマータイム」等はジャズのスタンダードナンバーとして定着していったのです。



「ラプソディ・イン・ブルー」の無料楽譜
  • IMSLP(楽譜リンク
    本記事はこの楽譜を用いて作成しました。1924年にニューワールド音楽社から出版された2台ピアノ譜です。
  • IMSLP(楽譜リンク
    1927年にニューワールド音楽社から出版されたピアノ独奏譜です。

 オーケストラ曲の記事一覧