ザルツブルクからウィーン行きの鉄道列車で数時間、途中駅でバスに乗り換え30分ほど揺られると目の前には美しい湖が広がります。遠くにも山脈が見え、見るもの全てが歓迎してくれているようです。

オーストリアでも有数の観光避暑地アッター湖。水は緑がかった透明で、湖に浮かぶ小さな島には古城などが見られます。夏にはボートが浮かび、湖面に映る青い空と白い雲が風光明媚です。


そのアッター湖畔のシュタインバッハという所に1894年当時の名指揮者の一人グスタフ・マーラーは小さな小屋を建て作曲に専念するようになります。現在でもマーラーの作曲小屋として観光名所となっています。

角笛交響曲3部作

このアッター湖の美しい自然に啓発され、この地で交響曲第1番の最終仕上げと、2番、3番の交響曲を作り上げました。いずれも声楽を伴った大規模な曲で、自らの歌曲集「子供の不思議な角笛」を題材としたものです。のちに作曲された交響曲第4番も子供の不思議な角笛の旋律が使われており、2~4番の3つの交響曲は「角笛交響曲」ともいわれます。

弟の悲劇的な自殺という事件を乗り越えて書き上げられた2番と3番の2つの交響曲は、曲の性質は正反対ですが、どちらも親しみやすい旋律と曲想です。そのうちの、マーラーの交響曲の中で最も長大で、しかもたくさんの美しい旋律がちりばめられた交響曲第3番を、今回もオーケストラのトランペット席からご紹介したいと思います。

指揮者マーラーの休暇

ブラームスの生まれ故郷でもある湾口都市ハンブルク。指揮者としてまだ駆け出しのマーラーは、このハンブルクの小さな市立劇場のオーケストラ指揮者として就任しました。プログラムの発案から支配人の赤ん坊のお世話まで多くの業務をこなしました。

そんな多忙な生活の中、休暇に訪れたアッター湖の美しさの虜となったマーラーは、夏の間の休暇をこのアッター湖畔のシュタインバッハで過ごすようになります。


やがて作曲に専念出来るようにピアノと簡単な家具のみを置いた小さな「作曲用の小屋」を建てます。マーラーは毎年ここで夏の休暇をすごしました。午前中は作曲、午後は散歩そして夜は読書という非常に規則正しい生活を送ります。作曲中は集中するために小屋の近くに人を近づけないようにしたともいわれています。

マーラーの作曲小屋

チャリで来た。マーラー自転車でブラームスに会いに行く!


この「作曲小屋」から23キロほど離れた所にバートイシュルという綺麗な街があります。ここはオーストリア有数の温泉保養地で、現在でもカイザービラという温泉施設があります。元々カイザーヴィラはオーストリア皇帝フランツ・ヨーゼフ1世の別荘でもありました。

カイザーヴィラ。温水プールでは水着を。サウナでは全裸で。


ちょうど同じ時期、このバートイシュルにブラームスが滞在していました。マーラーはアッター湖に避暑に訪れるたびに、ウィーン音楽界の巨匠でもあるブラームスに助言を求めるべく「自転車」でバートイシュルまで訪れました。いずれウィーンへ進出したいと考えていたマーラーは、ウィーン音楽界の重鎮に助言を求めるため山を越え片道20キロ以上の道のりをはるばる訪れたのでした。

自転車で20キロは結構大変ですが綺麗な景色の中を自転車で旅するのは本当に気持ちいいです。それにしてもマーラーは健脚だったようですね。

この頃には晩年を迎えていたブラームスと若き指揮者マーラーとの間でどのようなやりとりがあったか詳しい記録は残されていません。しかしマーラーの交響曲の中にブラームスの旋律を借用したと思われるリズムやフレーズが見受けられます。

そういった点からブラームスから何らかの教えや影響はあったはずと思われます。しかし気難しい老ブラームス、理屈っぽいマーラーはお好きにはなれなかったようです…

山の上から眺めるバートイシュル

世界最長ギネスブック登録!

一人の若者がアッター湖を渡る蒸気船に乗り込みました。遠くの山々や青い空に白い雲、それらがアッター湖の湖面に映し出されます。その美しいコントラストが時間を忘れさせてくれます。

1895年、この時19歳の若き指揮者ブルーノ・ワルターは知り合って間もないマーラーに招待され、作曲小屋のあるシュタインバッハを訪れます。船着場にはすでにマーラーが迎えに来ています。

「先生、ここは見るもの全てが素晴らしい景色ばかりですなー」

マーラーは答えます。

「ここにはもう何も見るものはないであろう。全部私が曲にしてしまったぞ。」

この言葉は、全て自然から着想を得た交響曲第3番の特徴を言い表しているともいえるでしょう。

ブルーノ・ワルターはこの後マーラーの弟子となりまた、良き理解者、マーラーの伝道師の一人として最後まで交友を深めることになります。

若かりし日のワルター

この交響曲第3番はかつて、世界で最も長い交響曲としてギネスブックに登録されていました。全曲で約100分を超す長大な曲です。第1楽章が最も長く、35分近くかかります。それに加え、オーケストラ編成もまた大きなものとなっています。

演奏時間の長さに加え、聴き映えのする第2番交響曲と天国的な響きのする第4番交響曲との間に位置する為か、やや演奏される機会は少ないようです。

真夏の夜の夢

全部で第6楽章もある交響曲ですが、マーラーの全交響曲の中で最も親しみやすい曲だと思います。マーラーは作曲当初、各楽章に曲の内容がわかりやすいように標題を付けました。しかしその後曲を聴く上で誤解を招くかもしれないと考え、標題を全て削除しています。

しかし元々標題をもとに作曲されたことに加え、この長大な曲を理解するのに、誤解どころか重要な手引きになると思いますので標題とともにご紹介しましょう。



この後の名盤紹介がいらないんじゃないか?くらいに大変素晴らしい、感動的な演奏です!

第1楽章、序奏「パンが目覚める」(0:14~)

約35分の長い曲ですが、壮大なオーケストラで奏でられる勇壮な旋律や、気持ちの高まる行進曲、所々にちりばめられた聴きごたえのあるアンサンブルなど時間を忘れてしまいそうな中身の濃い曲となっています。

冒頭からいきなり8本のホルンによる印象的な旋律から始まります。おや?これはどこかで聞いたことがあるようなメロディーです。何となーくですがブラームスの交響曲第1番の第4楽章、行進曲風の旋律に似ています。

(1:34~)からやや憂鬱な葬送行進曲風の三連符の伴奏、木管楽器による上昇する印象的なフレーズに続きトランペットによるファンファーレ(1:51~)。その次に底弦楽器のフレーズが…おやおや?何とな〜く、ですがこのフレーズはブラームスのピアノ協奏曲第1番の一部分を思わせます。バートイシュルでのブラームスとの対談がここで活かされているのだと思います。

一旦明るい雰囲気の行進曲が現れます(6:06)。ここまでが序奏とされています。

第1楽章「夏が行進してくる」(7:18~)

マーラーのつけた標題ではここからようやく第1楽章になります。再び葬送風の雰囲気に戻ります。今度はトロンボーンの長いソロがあります(7:30~)。まさにトロンボーン奏者の見せ場です。葬送行進曲風の伴奏に、いつもなら伴奏に終始するトロンボーンがここでは大活躍です。これまでのクラシック音楽にはないくらいに歌います。

曲調は一転し、朗らかな行進曲が始まります(10:10~)。ここからが楽しくなってきます!グイグイと進んで行くような、動物たちが行進しているようなメルヘンチックで勇壮な行進曲が展開されます。

ここでトランペットを始め金管楽器奏者は注意が必要です。所々速いパッセージやファンファーレがありますが、CDなどで聴いて覚えている感覚で吹くとどんどん遅れてしまいます。マーラーの他の交響曲でもそうですが、気持ち突っ込んでいくくらい早目に吹き始めるくらいがちょうどいいようです。

展開部ではドンチャン騒ぎとなりド派手なオーケストラが鳴り響きます(23:43~)。次第に遠ざかりますが「もう一度整列!」と号令をかけるかのように小太鼓のドラムロールが叩かれます(24:33~)。とても面白い箇所です。

そして再び8本ホルンのブラームス風旋律で再現部が始まります(24:50~)。そして再びトロンボーンソロ。今度はより濃密な歌です(27:00~)

この第1楽章は長い曲ではありますが、伝統的なソナタ形式で書かれておりAメロBメロ、中間部が分かれば決してとっつきにくい曲ではないのです。

そして静かに行進曲が再び現れますが、ここからグイグイと盛り上がっていきます(30:00~)

宇宙に広がるようなクライマックスから(34:10)トランペットとホルンの凄まじく速いパッセージがあり(34:28~)トランペットの行進曲の旋律を元にしたファンファーレが鳴り響き、最後は大編成の強力なオーケストラヒットで締めくくります。クー!カッコイイ!!

マーラーが標題を削除する前は第1楽章を第一部、それ以降を第二部としてその間に5分の休憩を挟むことを指示していました。これは交響曲第2番でも同じく、第1楽章の後に休憩が入ります。

第2楽章「牧場で花が私に語るもの」(35:45~)

第1楽章の壮大さからちょっと一休み。のどかな旋律です。

第3楽章「森の動物が私に語るもの」(45:50~)

楽しげな鳥の鳴き声を模倣したクラリネットから始まります。途中トランペットのファンファーレが鳴り響くと(50:56~)、遠くからポストホルンの美しい歌が聞こえて来ます(51:42~)。これは舞台の裏で1人のトランペット奏者が担当します。ソロだけどお客さんからは見えない舞台裏でのソロです。

主にトランペットパートの一人がこの裏方ソロを吹きますが、第2楽章が終わった所でコッソリと席を離れ舞台裏へと移動します。

ポストホルンとは、ヨーロッパの郵便配達の馬車が到着を知らせるために吹いた信号ラッパのような楽器で、モーツァルトの「ポストホルンセレナーデ」でも使われています。まるでアッター湖の対岸から聞こえてくるような、そんな情景が目に浮かんでくる美しい旋律です。


本物のポストホルンで演奏するのは難しいので実際にはコルネットやフリューゲルホルンで演奏されます。まさに美しいアッター湖畔を散歩している気持ちになります。

そして最終部は動物たちが騒がしく鳴き始めると、壮大な星空、宇宙が目の前に広がります(1:03:08~)。あちらこちらからファンファーレが鳴り響きます(1:03:57~)。木管楽器のベルアップ!!そして行進曲風となり、リズムを刻み第1楽章の締めのように大編成のオーケストラヒットで終わります。クー!カッコイイです!

そして裏方トランペッターは再びコッソリ戻ってくるのです。

第4楽章「人が私に語るもの」(1:05:10~)

一転、暗く内省的な曲になります。ここでアルトの独唱が入ります。内容はニーチェの「ツァラトゥストラはこう語った」から第4部の「酔歌」です。大意は次のような感じです。

はじめに「おお、人間よ」と人類に語りかけます。

おお人間よ。心せよ!

世界は深いものだ。

夜人々が眠っている間はもちろんその深さを知ることはできない。

昼間起きている時に認識している世界は、全てではなく、ほんの一部にすぎないのだ。

世界の「嘆き」は深いが、それ以上に「歓び」はもっと深い。

「嘆き」は人間に消え去れと命令するが、「歓び」は永遠であれ!と求める。

深い深い永遠を求めるのだ。

誰でも悲しくて辛いことよりは楽しいことを求めますね。

「ツァラトゥストラ」はドイツの哲学者ニーチェの代表的な作品で、リヒャルト・シュトラウスの交響詩としても有名ですね。

第5楽章「天使たちが私に語るもの」(1:15:20~)

4分ほどの短く可愛らしい曲です。少年合唱でうたわれるベルトーンという鐘の模倣から始まります。途中からアルト合唱も加わります(1:15:32~)。合唱隊の出番はこの楽章のみとなります。


そしてアルト独唱(1:16:33~)。交響曲第4番でも使われる旋律も登場します。天国的な幸福感溢れる曲です。内容はドイツのマザーグースとも呼ばれる民謡詩集「子供の不思議な角笛」から。聖書の中の「ペテロの否認」を簡素にしたものです。

ビムバム!と鐘がなり響く中、三人の天使が楽しげに歌います。

「ペテロさんの罪は許されましたよー☆無罪判決ッ☆☆」

そのときイエスは座って12使徒と夕食をとっていました。そこに一人の女が泣いています。イエスはどうしたのか?とたずねると女は答えます。

「私は十戒を破ってしまいました。私を憐れんでください!」(アルト独唱)

天使たち(女性合唱)が答えます。

「大丈夫大丈夫ッ☆神様にお祈りして、神LOVE♡で!天国の喜びゲット☆」

天国の喜びに終わりはない。ペテロに天国の喜びを授けたイエスはみんなも幸せにしてくれる。

これがおおよその内容です。(神よ、過ち多き大意をお赦しください)

少年達の鐘の歌が、遠くの空に消えてゆくように締めくくります。そしてそのまま切れ目なく感動の最終章へ!

第6楽章「愛が私に語るもの」(1:19:37~)

第5楽章の天国的な美しさはそのままに第6楽章が静かに始まります。弦楽器による非常に美しい旋律です。あらゆるクラシック音楽の中でも最も美しい旋律の1つではないでしょうか。広い湖に遠くに広がる夏の青い空、白い雲を眺めるようにゆったりと曲は流れていきます。

クライマックスを迎え、曲が一旦落ち着くと、ここから金管楽器をはじめとする感動的な終結部が始まります。

フルートの美しい旋律(1:39:13~)のあと、トランペットを始め金管楽器によるコラール(1:40:02~)。トランペットは非常に柔らかい音が求められており、トランペットは必要ならばコルネットで吹くように楽譜に指示されています。たしかニューヨークフィルの演奏だったと思うのですが、トランペット奏者はベルにハンチング帽をかぶせて吹いていました。

ここのアンサンブルはブラームスの「大学祝典序曲」の途中のトランペットアンサンブルから着想を得たのではないかといわれています。たしかに似ていますが、雰囲気はワーグナーの「歌劇ローエングリン」第2幕のエルザ一行が教会にゆく時の美しい曲にとても似ていると思います。吹奏楽経験者の方ならご存知の「エルザの大聖堂への行列」です。



途中から弦楽器も加わり(1:43:02~)とても感動的な歩みで曲は進んでいきます。まるで希望ある未来へと歩みを進める結婚式の新郎新婦の様な幸福感。正に「愛が私に語りかけること」です。

空に昇るような雄大なクライマックスを迎え、最後は金管楽器に先導されて(1:44:56~)、ティンパニのリズムを伴って感動的に、雄大にこの大曲が締めくくられます。


素晴らしいオーケストラトランペット奏者

私がこの第3交響曲を演奏した時は2番トランペットパートで、この同じオーケストラと同じ指揮者(日本を代表する指揮者の一人でした)で、のちに交響曲第2番も演奏する機会をいただきました。

この時の1番パート、つまり「トップ吹き」の方は非常に素晴らしいトランペット奏者でした。

第1楽章から非常に安定した音で、第3楽章では舞台裏でフリューゲルホルンに持ち替えてソロを吹き、舞台に戻ってきて、さらに第6楽章の最後のアンサンブルでも、小さな音で高音域を吹くにもかかわらず最後まで一音も外すことなく吹き切りました。

忘れられない尊敬できるトランペット奏者であるとともに非常にマーラーが大好きな人で、プログラムにマーラーの交響曲が演目にあがると、どのパートでもいいから吹かせて欲しい、と嘆願するほどのマーラーマニアでした。

さらにこの方とは引き続き交響曲2番、1番、5番など、一緒にマーラーメンバーとしてマーラーの数々の交響曲を演奏することになります。これらの曲をご紹介する時にまた面白エピソードなどご紹介しましょう!

名盤紹介

CDが世に出回り、マーラー、ブルックナーなど長い交響曲でも家庭で聴くことができるようになった2〜30年前、マーラーの交響曲全集が多くの指揮者によって録音されました。いわゆるマーラーブームです。

なので非常に多くの名盤があります。その中でも安心してアッター湖畔の自然と宇宙を堪能できる演奏をチョイスしました。

リッカルド・シャイー/アムステルダムコンセルトヘボウ

Mahler: Complete Symphonies 1-10
Mahler: Complete Symphonies 1-10

オランダの名オーケストラ、アムステルダムコンセルトヘボウはかつてマーラーも指揮をしたオーケストラです。その癖のない音色は、曲の持つ魅力を充分に伝える事の出来る理想の音だと思います。

全曲に渡り暖かみのある演奏ですが、各楽器の音がしっかりと聞こえてくる点はシャイーの手腕です。第1楽章の最後のトランペット、ホルンのとてつもなく速いパッセージがハッキリ聞こえます。

ジェームス・レヴァイン/シカゴ交響楽団

マーラー:交響曲第3番
マーラー:交響曲第3番

この第3交響曲をはじめ、マーラーの交響曲はオペラの様な劇的な表現が随所に現れるのが特徴です。例えば突然現れるドラムロールだったりファンファーレだったり、曲の雰囲気が突然変わったり。

メトロポリタンオペラの指揮者として有名なレヴァインはまさにマーラーにピッタリの指揮者だと思います。世界でもトップレベルの演奏技術を誇る当時のシカゴ交響楽団も素晴らしく、鳥の鳴き声や行進の合図のドラムロールなど、曲の演出の移り変わりがハッキリわかる演奏です。最も安心して自然を堪能できる盤だと思います。

ヤッシャ・ホーレンシュタイン/ロンドン交響楽団

Mahler: Symphony No 3
Mahler: Symphony No 3

金管楽器がとても明瞭で、このジャケット写真のように湖面に反射する陽の光のような演奏です。

ゲオルグ・ショルティ/シカゴ交響楽団

マーラー:交響曲第3番
マーラー:交響曲第3番

レヴァインと同じシカゴ交響曲。さすが音楽監督ショルティの演奏はレヴァイン以上に力強く、明瞭です。若干気合が入りすぎて金管楽器の音が割れていますが第1楽章の聞きごたえは最も素晴らしいです。

レナード・バーンスタイン/ニューヨークフィル

マーラー:交響曲第3番
マーラー:交響曲第3番

かつてはマーラーといえばバーンスタインと言われたほどバーンスタインの演奏は非常に素晴らしいです。マーラーの音楽の持つ寂寥感を強調した演奏が特徴的です。

このニューヨークフィルもマーラーが晩年に指揮者として就任した伝統あるオーケストラです。

大編成オーケストラの醍醐味が味わえる演奏です。5番交響曲以降の奥深さや重々しさも感じられる表現をしています。

兄弟の死を乗り越えて

この第3番交響曲が完成する一年前、マーラーの弟であり作曲家として活躍しはじめていたオットー・マーラーがピストルで自ら命を絶つという事件がありました。まだ21歳の若さでした。マーラーには14人の兄妹がいましたが、成人になる前にその半分は病気などで亡くなっています。

幼少の頃から病気に苦しむ兄妹を見続け、そして突然の弟の自殺という体験は後の作品に「死」というテーマとして色濃く反映されます。

その様なショッキングな出来事がありながらも、この第3番交響曲それに続く4番交響曲はそういった悲劇的な心情は見られません。

かつてのマーラーの演奏スタイルは厭世観や死の恐れに取り憑かれた心情を前面に出したものがスタンダードでした。しかしそれはあくまでも一面であり、本来は様々な情景、心情を表した純粋な音楽なのです。

またマーラー本人の性格も移り変わりが激しく、常に周囲の人々と衝突している様なイメージを持たれることもあります。しかし実際は弟子であるオットー・クレンペラーによれば場の雰囲気を明るく保つ性格である反面、各自の責務を果たせない人には容赦なく厳しく当たったそうです。わかりやすくいえば、ちょっと厳しい部長さん課長さんと同じですね。

指揮者もオーケストラの全ての楽器も、活躍しない楽器は無いくらいにオーケストラの機能を極限まで発揮させる。これがマーラーの音楽の特徴だといえるでしょう。自然の描写も人間の心の描写も、全て純粋な音楽の中にあるのです。

そして、この交響曲第3番の完成後マーラーはウィーンへと進出し、自身の人生の大きな転機となる新たな人々と出会うことになります。


The picture of lodge By Furukama (Own work) [CC BY-SA 3.0], via Wikimedia Commons.

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