25歳の時にマーラーはオペラ歌手のヨハンナ・リヒターに恋をします。金髪美女である彼女に猛アプローチをするもその恋は実らず。そんな失恋の気持ちを曲の旋律に込めた交響曲があります。それが今回解説するマーラーの「交響曲第1番」。

巨人という標題で知られていますが、これはジャン・パウルの長編小説から取られています。その後この標題はマーラー自身によって破棄されています。

今回は元オーケストラ団員、トランペット奏者の私が、マーラーの「交響曲第1番」を第一楽章から第四楽章までたっぷり解説していきます。

グスタフ・マーラー「交響曲第1番」


グスタフ・マーラーとは

グスタフ・マーラーはオーストリア出身の作曲家です。作曲家としてだけでなく指揮者としても活躍していたと言われています。

マーラーの両親には14人の子供がいましたがそのうちの半数である7人は病弱な為幼少期に死亡しています。マーラーは第二子として生まれましたが兄が幼くして亡くなってしまった為、長男として育てられました。

マーラーの両親はユダヤ教を信仰していましたが、マーラーは幼いころから地元のキリスト教教会の合唱団に参加していました。そんな彼の歌声を聴いて彼の音楽的才能に気づいたのはマーラーの父親。父親はマーラーの音楽の才能を伸ばそうと尽力します。

マーラーの父親は商人でしたが読書家で「学者」というあだ名をつけられていたほど。マーラーの教育に対しても熱心で、さらに自身の出世欲も強かったそうです。

一方母親は生まれつき心臓が悪く片足が不自由でした。マーラーの父親とも身体が理由で愛のない結婚をせざるを得ませんでした。のちにマーラーは母親について

「あきらめの心境でベルンハルト(父親の名)と愛のない結婚をし、結婚生活は初日から不幸であった」

と語っていたとか。子供たちの教育に対しても上手く関わることが出来なかったそうですが、マーラーの母親への思いは深く強いものでした。母親の苦悩を幼いころから感じ取っていたのかも知れません。

マーラーは幼いころ弟の死にも直面します。特に仲が良かったとされる弟エルンストは心臓水腫の為目が見えず病弱でした。そんな彼の最期の世話もマーラーは献身的にしていたと言います。

マーラーの音楽の歩み


マーラーが最初に演奏できるようになった楽器は何だと思いますか?実はマーラーは4歳の頃にはアコーディオンを巧みに演奏できたと言われています。9歳のころギムナジウム(中学校のようなところ。そのままエスカレーター式に高校にも進学できた)に入学すると10歳の頃には学校主催の音楽会にピアノ奏者として出演します。

父親の熱心な教育もありマーラーは15歳でウイーン楽友協会音楽院に入学。この学校は現代のウイーン国立音楽大学の前身で、ウイーン国立音楽大学と言えばオーストリアのウイーンにある名門音楽大学ですよね。

マーラーはそこでピアノ、和声楽、対位法、作曲法などを学びます。入学一年後にはピアノ四重奏曲を作曲していたと言われていて、その翌年にはアントン・ブルックナーと学校で出会い交流を深めています。

交響曲第1番ニ長調

曲想が若々しく親しみやすいこの交響曲はマーラーの交響曲の中でも人気曲で、多くの楽団によって演奏されています。マーラーの楽曲にしては珍しく声楽を伴わず演奏時間が比較的短いのが特徴です。

名盤はブルーノ・ワルター指揮コロンビア交響楽団演奏のこちら
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ブルーノ・ワルターはモーツアルトやマーラーを得意としていた指揮者でマーラーの愛弟子の一人です。「マーラーと言えばブルーノ・ワルター」と言われるほどワルターの振るマーラーは、親密さに溢れた魅力的な演奏となっています。

23歳のころマーラーは、現在のドイツのヘッセン州にあるカッセル宮廷歌劇場の第二指揮者に就任します。マーラーはワーグナーの演奏を希望していましたがなかなか叶わず。24歳の頃にこの交響曲第1番の作曲を始めます。

25歳のころ冒頭でも書いたソプラノ歌手のヨハンナ・リヒターに恋をして失恋し、その心情を「さすらう若者の歌」で表現します。


その後28歳でハンガリーのブダペスト王立歌劇場の音楽監督の職を得て、カッセル宮廷歌劇場の指揮者職を辞職。それと同時に交響曲第一番も4年の歳月をかけて完成させます。ちなみにブダペスト王立歌劇場では念願のワーグナーも演奏できたそうです。

交響曲1番を楽しむ


マーラー交響曲1番は全4楽章から構成されています。

第一楽章 ニ長調 4分の4拍子

オーボエとファゴットの奏でるカッコウの鳴き声から始まるこの曲。2:28にはトランペットのファンファーレが鳴り響きます。副題は「春、そして終わることなく」。前回紹介したストラビンスキーの春とはまた違った春を表現していますね。

朝の静けさを木管楽器が軽やかに、弦楽器がのびやかに奏でていきます。そして突然鳴り響く15:23のシンバルとトランペットの合図。15:35にはホルンが思いっきり吠えます。パラララ、パラララ、パラララというホルンの音が聞こえるでしょうか?

そして最後はティンパニの連打とともに、静けさと燃え上がるような情熱のコントラストが際立つ力強い第一楽章が終わります。

「さすらう若者の歌」のテーマは4:48辺りから聴くことが出来ます。

第二楽章 イ長調 4分の3拍子

スケルツォのリズムに合わせて、弦楽器がドイツ南部の民族舞踊であるレントラー風のメロディーを奏でます。

冒頭で貼った動画を見て頂くと分かると思うのですが、この楽団は弦楽器がよく弾いていますよね。海外の楽団は日本の楽団よりも身体を揺らして身体で弾く傾向が強いと思うのですが、特にこの楽団はよく弾いていると思います。

17:23辺りを観てもらうとよく分かると思います。演奏している楽団はLucerne Festival Orchestra。スイスの交響楽団です。

第三楽章 ニ長調 4分の4拍子

24:55辺りから始まる第三楽章。このメロディーどこかで聞いたことがありませんか?そう、このメロディーはドイツの童謡である「フレール・ジャック」をもとに作られました。この曲は日本でもおなじみ「グーチョキパーで、グーチョキパーで、何つくろう~」の歌ですね。

第三楽章ではこれをモチーフにして短調に変調した旋律が組み込まれています。25:09から始まるコントラバスのソロのメロディーですね。これをファゴット、チューバ、オーボエが引き継いでいきます。

第四楽章 ヘ長調 2分の2拍子

36:27から突然鳴り響くシンバルの音とともに始まる第四楽章。弦楽器の力強い音色が観客を惹きつけます。39:10辺りでも弦楽器の弦が切れてしまうような激しい情熱を感じ取ることが出来ますね。(余談ですが力強く弾きすぎて弦が切れてしまうことはたまにあります)

私が個人的に好きなのは46:0654:37辺りから出てくる金管楽器とティンパニの掛け合いの部分。トランペットのヘ長調の和音もきれいですし、ティンパニの背中を押してくれるようなリズムも心地よいです。

何といってもホルンの和音のきれいなこと!マーラーもスコアに「ホルンを立ち上がらせる」という指示を記しています。映像でも55:57でホルンが立ち上がっていますね。痺れますね!鳥肌が立ちます。

もし私が動画の中の会場にいたら、ただただ感激感動して真っ赤になりながら大きな拍手を送っていたと思います。あまりの感激に声も出ないでしょう。マーラーの才能と目の前の迫りくるオーケストラの豊潤な響きに、震えが止まらないかもしれません。

まとめ

私はオーケストラ所属時代この交響曲第1番を演奏したことがあります。マーラーは失恋という失意の中でこの曲を書いたかもしれませんが、私は個人的に生きる力強さのようなものを感じました。

どの楽章も一度聴いたら虜になりそうな魅力あふれる楽曲だと思います。今回は私のお気に入りの交響曲の一つであるマーラーの一番を解説しました。最後までお読みいただきありがとうございます。


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