時は今から1000年以上昔――メソポタミアなどを支配した大王朝であるサーサーン朝の時代。シャフリヤールという王がいました。彼はインドや中国などを治める大きな国の王様でしたが、あるとき妻が奴隷たちなどを相手に浮気。プライドをズダズダにされたシャフリヤール王は妻とその浮気相手の首をはねてしまいます。

その後すっかり女性不信となったシャフリヤール王。心を病んだ王は街の生娘を宮殿に呼び一夜を過ごしては翌日彼女たちの首をはねるという行為を繰り返していました。そんな王様に困り果てた側近の大臣。そこで登場するのが娘のシェヘラザード(シェエラザード、シャハラザード)です。彼女は父とシャフリヤール王を救うべくシャフリヤール王の妻となります。

シェヘラザードは夜な夜なシャフリヤール王に面白いお話を聞かせます。「続きはまた明日」「明日のお話はもっと面白くなりますよ」とシャフリヤール王に言い聞かせました。続きが気になって仕方ない王様は、お話の続きを聞くためにシェヘラザードを生かし続けます。そうして王様の女性殺しは次第に止んでいったのでした…。

――そんなイスラム世界の説話。これをモチーフに作曲されたのが今回解説するリムスキー=コルサコフの『シェヘラザード』です。今回はロシアの偉大なる作曲家であるリムスキー=コルサコフが作った交響組曲を一緒に堪能していきましょう。元オーケストラ所属、トランペット奏者の私がたっぷり解説していきます。
 
リムスキー=コルサコフ『交響組曲シェヘラザード』

ユーリ・テミルカーノフ指揮
サンクトペテルブルク・フィルハーモニー交響楽団演奏

■ 目次

リムスキー=コルサコフとは

リムスキー=コルサコフは1844年生まれのロシアの作曲家。ミリイ・バラキレフ、ツェーザリ・キュイ、モデスト・ムソルグスキー、アレクサンドル・ボロディンと共に「ロシア五人組」と呼ばれています。文字や音に色を感じたり、形に味を感じる共感覚者であったと言われていて、色彩感溢れる管弦楽曲を数多く残しました。

リムスキー=コルサコフの生涯

ニコライ・アンドレイエヴィチ・リムスキー=コルサコフはチフヴィンカ川が流れるロシアのティフヴィンという町に生まれました。軍人貴族の家の出身で幼少期から比較的裕福な生活をしていたと考えられています。

軍人貴族という家柄もあり12歳の頃サンクトペテルブルクの海軍学校に入学。幼少期から音楽の才能があったそうですが、本格的に音楽を始めたのはピアノを始めた15歳の頃でした。その頃ロシアの作曲家であるバラキレフと出会い、彼の作曲指導を通して他のロシア五人組のメンバーとも知り合ったのです。

その後も独学で作曲を続け21歳で「ロシアによる前代未聞の交響曲」と呼ばれた『交響曲1番』を完成させます。それらの功績や才能が認められ27歳の時には名門ペテルブルク音楽院から作曲と管弦楽法の教授に任命されます。このペテルブルク音楽院は日本人女性指揮者である西本智実さんが通っていたことでも知られていますね。

28歳でピアニストのナジェージダ・プルゴリトと結婚。その後は子宝にも恵まれ、作曲家としてのキャリアを順調に積んでいきます。

40歳の時、作曲家の師匠であるパラキレフの助手に。ロシア正教の祈りの音楽である奉神礼楽についての研究を始めます。45歳の時にはパリ万国博覧会でのロシア音楽の演奏の指揮者も務めました。これをきっかけにリムスキー=コルサコフはロシアだけでなくフランスでも人気を集めることとなるのです。

また、このパリ万国博覧会にはムソルグスキー、ラヴェル、ドビュッシーなども聴きに来ていたそうですよ。

61歳の頃近代化に立ち遅れたロシア帝国を批判しペテルブルク音楽院の教授職を解雇されてしまいます。しかしその後、彼を慕う同僚が次々と辞めていってしまった為リムスキー=コルサコフはその後再び復職。彼がいかに周りの人々に尊敬され慕われていたかが分かるエピソードです。

交響組曲・シェヘラザード


この曲の魅力は何と言ってもシェヘラザードを象徴するバイオリンのソロ。このシェヘラザードのメロディーは全楽章に現れ、ハープやクラリネット、チェロやフルートと絶妙に戯れながら私たちを千夜一夜物語の世界へと華麗に誘います。

リムスキー=コルサコフの最も勢いがあった時代に作曲され、完成度の高さはもちろんのこと、難易度の高さでもオーケストラを悩ませる大曲です。1925年に日露混合オーケストラによって初演を果たした時も、オーケストラメンバーから「マーラー級の大曲」という声が上がったほどでした。

第1楽章「海とシンドバッドの船」

ハープとバイオリン独奏の掛け合いがなんとも美しい一曲。シェヘラザードによる千夜一夜物語の始まりをバイオリンが優雅に伝えます。

第2楽章「カランダール王子の物語」

ファゴットがカランダール王子のテーマを奏でます。中間の金管楽器の力強いハーモニーにも注目です。

第3楽章「若い王子と王女」

聴きどころはスネアドラムとクラリネットの舞曲風王女の主題。弦楽器のピチカートが軽やかに曲の終わりを告げる一曲です。

第4楽章「バグダッドの祭り。海。船は青銅の騎士のある岩で難破。」

全ての楽章に現れる航海の場面。4楽章では荒れ狂う波にのまれる船の難破の場面が表現されています。

名盤を聴いてみよう


エルネスト・アンセルメ指揮
スイス・ロマンド管弦楽団

名盤はこちら。スイス出身の指揮者であるエルネスト・アンセルメ指揮。スイス・ロマンド管弦楽団の演奏。1960年の録音です。数学者でもあったエルネスト・アンセルメの冷静なタクトの動きが、それぞれの楽器の素晴らしさを存分に引き出した演奏。

バイオリンのソロの素晴らしさは衆目の一致するところ。誰もがその優雅で流れるような旋律に聴き惚れてしまうことでしょう。Amazonでも購入できますので興味のある人はぜひ聴いてみてください。

演奏者の目線で聴いてみよう


ここでは、この曲を実際に演奏したことのある私が、演奏者の目線を解説します。

第1楽章は0:59〜1:44〜バイオリンの独奏から始まります。動画のバイオリニストの人はかなり緊張しているように見えますね。緊張しているからなのか、最初の音が上手く当たっていないように聴こえます。でも緊張が音に現れているのはこのソロだけ。楽章が進むにつれて余裕が生まれ、のびのびと素晴らしい演奏をしています。

2:36〜航海を現すメロディーが始まります。4:34〜はこのメロディーをチェロ・バイオリン・ホルン・クラリネットが独奏の掛け合いで観客を魅了。私がシェヘラザードを演奏した時、ちょうど友達がこのチェロのソロを演奏することになりました。

実はホルンやクラリネットのソロに比べて、チェロのソロというのは交響曲であまり多くありません。リムスキー=コルサコフは自身の『スペイン奇想曲』でもチェロのソロを取り入れています。

『スペイン奇想曲』

(シェヘラザードとスペイン奇想曲が同じCDに入っています!)

チェロのトップ(ソロなどを担当する各パートの首席奏者)になった友達は演奏会までかなり緊張していました。実際演奏会では上手く演奏することが出来たのですが、このソロは音程を取るのが難しいらしく本当に大変そうでした。ちなみにこの友達はその後も音楽の道に進みチェリストとして活動しています。

さて10:47〜は第2楽章が始まります。先ほども書きましたがバイオリンのソロがぐんと良くなっていますね。11:33〜はファゴットのソロ、12:14〜のオーボエのソロも聴きどころです。

ぜひぜひ聴いてほしいのが14:59〜始まるトランペットのソロ。私の嫌いなミュート(弱音器)を付けていますが(15:15〜は外しています)この部分はトランペットがオーケストラを率いているかのような気持ちになることができ、吹いていてすごく気持ちよかったです。2楽章だけでなくこのシェヘラザードはソロを担当する奏者にとっては緊張を強いられるとともに、恍惚感にも浸れるとても嬉しい曲なのです。

さて23:45から始まる3楽章と33:54〜始まる4楽章ですが、この2つの楽章ではトランペットのある技法が盛り込まれています。それは「タンギング」という技法。これは息を出して音を出し続けながら、舌でその音を止めて音を細かく割っていく技法です。

演奏当時まだ子どもの私は実はこのタンギングの存在すら知らず、指揮者の先生に「トゥクトゥクと言いながら吹きなさい」と言われて(その指揮者の方はトランペットが吹けないので、指導も大雑把でした。笑)子どもながらに必死になってタンギングを習得したのです。

このトランペットのタンギングは27:43〜(フルートの後ろで静かにやっています)や35:59〜に登場します。特に35:59に始まるタンギングは、息がとても苦しいです。出ている息を舌でせき止めているので、素人の私は無駄に息が消費され、いつも酸欠状態でした。動画のトランペット奏者の顔を見てください!顔が真っ赤ですよね!このタンギングの部分はトランペット奏者の難所なのです。

まとめ

シェヘラザードはそれぞれの楽器の良さが思う存分楽しめる、演奏者にとっても観客にとっても嬉しい楽曲です。華やかなのにスマート。力強いのにうねる波のように優雅。深遠な魅力を持つシェヘラザードは私のお気に入りの曲の一つです。あなたもぜひ聴いてみてください。いろんなオーケストラを聴き比べてみるのも面白いかもしれません。最後までお読みいただきありがとうございました。


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