この曲はコンクールや音大の試験課題などで弾かれることの多い作品ですね!とにかく基礎テクニックが詰め込んで書かれているため非常に難しく、ごまかしの利かない作品です。

全音の難易度基準だと「E」(上級)に相当するのではないかと思います。この作品が弾ければ、ベートーヴェンの中期のピアノ・ソナタ(第26番まで)には手が届くと考えて良いと思います。


同時期に作曲された「熱情ソナタ」のように全てが充実している作品とはベートーヴェン自身も思えなかったらしく、作品番号の表記に「op」ではなく「WoO」が用いられています。これは、「Werk ohne Opuszahl(作品番号なし)」の略で、ベートーヴェンが作品整理番号「op」を与えなかった作品につけられています。

しかし、旧くから「作曲を学ぶならまず変奏曲から学べ!」と云われているように、ピアノの勉強もまた変奏曲から学べることはとても多いと思います。

F.メンデルスゾーンの「厳格な変奏曲」やC.V.アルカンの「イソップの饗宴」など、この曲から受けた影響がまともに顕れている作品もあります。

さて、基礎技巧の見本市のようなこの作品をじっくり攻略していきましょう!



主題

わずか8小節の短い主題ですが、緊張感に満ち溢れています。変奏曲を作曲したり演奏する際には、主題をどのように扱うかで出来が決まるとも言われています。


この曲の場合、6小節目のスフォルツァンドまで緊張感を高め続けていくのが重要です。

バスがド-シ-シ♭-ラ-ラ♭-ソ-ファという風に半音ずつ進行しています。この進行を強く意識して演奏するようにしましょう。

最後の7-8小節の8分音符と8分休符ですが、これらはスタッカートではありません。音価を正確に扱った結果として切っているように聴こえるのですが、スタッカートとは異なった音作りが難しいのです。これは特に古典派の作品では極めて重要な部分です。

変奏1-2-3

一つ一つの変奏はとても短いため、いくつかのブロックに分けて解説していきます。

第1、第2、第3の変奏は、右手、左手、そして両手のアルペジオで構成されています。音楽的な構造は主題と全く同じと言っていいでしょう。主題の扱いにただアルペジオの要素を加えればいいのです。

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この変奏が冒頭にあることで、テクニック的な問題を糸口にテンポを考えることができます。5個もしくは6個続く同音連打は、完全にコントロールされたテンポの中で正確に収まる必要があります。主題に書かれているAllegrettoで想定されるテンポの枠で考えると、連打を1-2-1-2-1-2や5-3-2-1-3-2で弾くか、やや遅めのテンポに設定して4か5の指だけで弾くということも有り得ます。

1つの指だけで連打を弾く場合、おそらく第3変奏の両手の連打がとても揃いやすくなるように思います。音色の問題から、3つの変奏では指使いを同じにしておく必要があるため、慎重に選択するべきだと思います。

変奏4-5-6

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第4変奏では、厳格な緊張感からミステリアスな雰囲気を伴った緊張感へと変化しています。右手のソと左手のドの音価を完全に揃えようとすれば自然に緊張感が生まれます。テンポが揺らがないようにメトロノームは欠かせませんね。

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第5変奏も似た雰囲気の変奏で特筆すべき点はありませんが、5小節目以降のアーティキュレーションとスフォルツァンドの位置にはよく気をつけましょう。

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第6変奏はミステリアスな雰囲気から一気に激情的な音楽に変わります。スフォルツァンドで音楽の流れが重くなってしまわないように注意しましょう。

この辺りは同時期に作られた「熱情ソナタop.57」を彷彿とさせます。また、この変奏から直接的な影響を受けていると思われるのがC.V.アルカンの「イソップの饗宴」の第14-15変奏です。ややマニアックな曲ですが聴いていただけばすぐに酷似していることが分かります。



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変奏7-8-9

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再びミステリアスな変奏が3曲続きます。基本的にはバスの動きに注意してバランスを決定しましょう。第8変奏は、ペダルに頼らず指だけで完全なレガートができるように練習が必要です。

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第9変奏はついついトリルに気を取られてしまいますが、ソプラノが多くのことを語っている存在感を常に示せる工夫をしましょう。たとえ下のトリルが無かったとしても4分休符が聴こえるように錯覚するくらいのイメージが必要です。

余談ですが、休符や単音によるクレッシェンドなどは、演奏者が強く念じて意識することで初めて生み出せるのだとD.バレンボイムも言っていて、私もまさにその通りだと思います。(結局は高度な技術が必要ですが…)

変奏10-11

高速パッセージが目立つ変奏で、技術的には少し難しい部類です。規則的な音階を分解して配置されているだけなので、本来さほど難しくありませんが、非常にテンポが速いため難しいのです。

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音階の音を揃えて正確に弾けるようにするのは徹底しましょう。最後の2小節で何度も切返さなければいけない箇所は手首の位置をうまく調整して練習すると問題が解決できます。

第11変奏も第10変奏と同じことです。最後の7連符は機械的な意味で極めて正確になるよう練習しましょう。

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変奏12

主題の素材をそのままハ長調に置き換え、柔和な雰囲気を作り出しています。調性による対比が描かれていると捉えれば良いと思います。

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変奏13

左手に主旋律が現れています。アーティキュレーションの指示は多くありませんが、ここでもやはり最初の主題を参考にして演奏しましょう。右手は際立った難しさがないものの、全くブレないテンポ感と音を完全に揃えて弾くことが求められます。  

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変奏14

センプレ・スタッカートの変奏です。ハ短調部分のような緊張感からは解放されていますが、ここでは技術的な要因で緊張感を強いられる部分です。変奏13をベースに右手が全て重音になり、テンポ、タッチ、粒の揃い方などあらゆる点で完璧が求められる難しい変奏です。同時に、緊張感が表面化してはいけません。

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変奏15-16

変奏15-16の関係性は、変奏7-8の展開方法とよく似ています。少し音を加えることで音楽が躍動感を得られることが示されています。バスの1拍目に意識を持つことで3拍子感を保つと弾きやすいです。

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変奏17

再びハ短調に戻ります。ちょうど作品全体の中間に位置する変奏で、再び緊張感あふれた世界に戻る準備の役割を果たしています。この変奏で重要な点は、硬い響きのするハ短調の中でdolceのキャラクターを忘れないことと、各声部を独立して歌う努力をすることです。

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変奏18

急速な音階が主体の変奏で、ハノンなどでの基礎練習の成果が遺憾無く発揮される部分です。

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右手は決して手の都合に振り回されず、完全に拍通りに弾かなければなりません。左手は、右手が休符の部分もしっかり緊張感を保ちましょう。左手に関しては主題の扱い方と全く同じで、力が増しているだけという感じでしょうか。

変奏19-21

クライマックスに近づいていることを予感させ、より激しい音楽になってきています。

変奏19では、スービト・フォルテ(突然大きく)とスービト・ピアノ(突然小さく)が交互に登場し、いかにもベートーヴェンの激情部分らしい書法です。緊張感を高めるポイントは左の休符です!

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変奏20と21は速いパッセージが技術的に難しいです。しかし、それよりも次の変奏22の形を先取りしているということが重要です。アクセントをつけるのは問題ですが、わずかにド-レ-ミ♭-ファ-ソの音型が聴こえるように意識しましょう。

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それから、変奏20では右手、変奏21では左手の休符ですが、これは単なるお休みではなく、次の音へ向かう“溜め”のようなものだという意識を持ちましょう。

変奏22

交互に動機を模倣するというとてもシンプルな変奏です。大きな音ではなく、マルカートなタッチを目指しましょう。

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この変奏22はR.シューマンの「蝶々 op.2」の変奏3(三段目の書法)にそっくりですね。



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変奏23

細やかなアーティキュレーションによって、落ち着かない雰囲気が描かれています。左手の推進力を持続するために指使いは全て2-1を使うことをオススメします。

(動画06:30)

変奏24

文字でもstaccatoと書かれている上に、各音にもスタッカートがつけられています。さらにピアニッシモも書かれており、極めて繊細な音量と鋭い音質、軽快さが要求されていますね。

(動画06:50)

変奏25

経過的な変奏です。難しくはないですが、とにかく音を揃えることに尽力しましょう。

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変奏26-27

激しい変奏です。テンポの維持と、全ての音を鳴らすこと、そして8分音符が走らないようによく注意しましょう。全体にクッキリした強い音が求められるので、指を立てた“突き”のような動作で弾いてみましょう。

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変奏28

ここではとても長いフレーズが書かれています。一つの変奏を丸ごと一呼吸で弾けるように、右手だけで間を保つ練習をよくしなければいけません。

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変奏29

おそらく最も技巧的に難しい変奏です。両手をよく揃えること、テンポを安定させることができれば演奏可能です。とても速いテンポだと案外難しさを感じないのですが、そのままステージに上げると思いの外ミスをしてしまいがちです。だいたい4分の3くらいという絶妙に弾きにくいテンポでよく練習しましょう。手の最適ポジションが見つかると思います。

(動画08:13)

変奏30

ハーモニーに対するバランス感覚が重要な変奏です。ピアニッシモの中で、ソプラノ以外の音を良いバランスで演奏できるかが攻略の鍵を握っています。

(動画08:28)

変奏31-32

フィナーレに相当する長大な最後の変奏です。32の変奏で扱ってきた技術的要素の多くがまとめ上げられています。この変奏に関しては、他の変奏でのポイントをよく理解して演奏すれば攻略可能です。

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(動画09:12)

「創作主題による32の変奏曲」のまとめ

全体に“緊張感”がテーマになっている作品というのがポイントですね。硬い音質で締め付けるようなものだけではなく、技術的な困難や音楽的な要求から、必然的に緊張感が生まれるように計算されたものなど実に多彩でした。この変奏で扱われた書法が、後世の多くの作曲家に模倣されたことも納得の内容だったと言えます。


「創作主題による32の変奏曲」の無料楽譜
  • IMSLP(楽譜リンク
    本記事はこの楽譜を用いて作成しました。1890年までにブライトコプフ・ウント・ヘルテル社から出版された楽譜です。