咽頭感染症、発疹に耳の閉塞。その作曲家を襲った健康被害は深刻でした。彼の両耳は次第に聴こえなくなり、音楽家なのにもかかわらず中途失聴者となってしまいます。健康状態が優れない上に妻との仲は険悪。彼は「もし私の病が不治のものだったとしたら、私はこの人生から消えてなくなるべきなのだろうか」とまで書き残しました。

そんな人生のどん底の時期に彼が作曲したのが1874年から1879年にかけて作曲された連作交響詩「我が祖国」です。作曲者の名前はベドルジハ・スメタナ。今回は元オーケストラ団員でトランペット奏者の私がスメタナの「モルダウ」を解説します。
 
スメタナ「モルダウ」


モルダウ川とは?

学校の音楽の教科書にも載っている「モルダウ」。名前を聞いたことがある人も多いでしょう。モルダウ川はチェコ国内の最大の川です。チェコ語では「Vltava(ヴルタヴァ)川」と言います。ボヘミア盆地の水が集まりチェコ国内のプラハを通って北へ流れドイツのラベ川に合流。その後はドイツのハンブルクなどを通り北海に抜けます。

モルダウ川には冬になるとポーランドなどの北国から白鳥やゆりかもめなど5000羽近い水鳥が飛来してきます。プラハにはモルダウ川に架かるカレル橋という橋があり、プラハの旧市街地とプラハ城を結んでいます。石造りの立派な橋で、観光名所の一つです。

カレル橋の欄干にはチェコを代表する偉人の彫像が並んでいます。そこには日本にキリスト教を伝えたフランシスコ・ザビエルの彫像も。チェコ人の間ではその中の「聖ヤン・ネポムツキー像」の彫刻に触るとラッキーなことが起きるという言い伝えがあります。

聖ヤン・ネポムツキー像はボヘミアの司祭でローマ・カトリック教会の聖人です。ドイツ、ポーランド、オーストリアなどでも彫像が作られ街に飾られており、しばしば十字架を手にし頭の上に5つの星が輝く姿で描かれています。チェコのプラハでも同じ姿の聖ヤン・ネポムツキー像を見ることができますよ。


スメタナの連作交響詩「我が祖国」

スメタナはチェコ出身の作曲家です。祖国愛が強くチェコの民族運動を盛り上げるような曲を数多く作曲しています。その代表曲が今回紹介する連作交響詩「我が祖国」です。

「我が祖国」は「ヴィシェフラド」「モルダウ」「シャールカ」「ボヘミアの牧場と森から」「ターボル」「ブラニーク」の6曲から成り、中でも「モルダウ」は特によく知られています。

「モルダウ」は上流から下流にかけて流れていくモルダウ川の様子を曲にしたもの。曲の冒頭は川の始まりの湧き出る水を思い起こさせるようなフルートとクラリネットの掛け合いから始まります。

川がさらに広く雄大になっていくように、オーケストラも厚みを増し音はさらに重厚になっていきます。その後はスラヴ舞曲を思わせる軽快なメロディーに変わり、再び木管楽器がモルダウ川の流れを表現。曲は再びモルダウ川の力強い流れを取り戻していきます。

この「モルダウ」はジャズ風
にアレンジされたり、ロック風にアレンジされたり、イスラエル国歌
のメロディの基礎にもなっています。

なお「モルダウ」という呼び名についてですが、これはドイツ語読みです。

チェコはハプスブルク家などドイツ系の支配が長く続き、特に17世紀から19世紀初頭までは「暗黒時代」と呼ばれ、ドイツ語の強要など文化的弾圧があったという説もあります。そんな中で、ドイツ語読みの「モルダウ川」が浸透していましたが、チェコ語読みでは「Vltava(ヴルタヴァ)川」になります。

「モルダウ」が作曲されたばかりの頃は、チェコのスラブ民族はわざわざ「モルダウ」から「Vltava(ヴルタヴァ)」に曲名を言い換えていたそうです。チェコ民族の尊厳を守り誇り高くあろうとこの曲を作ったスメタナは今この曲が「ヴルタヴァ」でなく「モルダウ」と呼ばれることが多いことを知ったら悲しむかもしれませんね。


私の「モルダウ」演奏体験

私は「モルダウ」をオーケストラとしても演奏しましたし、合唱としても歌ったことがあります。哀愁漂う耳に残りやすいメロディーで合唱で歌った時もとても気持ちが良かったです。

さて今回はトランペットでオーケストラの演奏に参加した体験談についてお話しします。実を言うと「モルダウ」ではトランペットの出番はあまり多くありませんでした。しかし少ない出番でもトランペット奏者にとって聴かせどころで吹きがいのある箇所が多かったです。

例えば3:37〜のトランペットとホルンのファンファーレ。川の流れを弦楽器が表現する上に重ねる金管楽器の伸びのあるファンファーレはモルダウの川の流れに華を添えているようで気持ちが良かったです。

また個人的に4:43〜始まるスラブ民族の踊りの箇所も好きでした。この部分はトランペットの出番は全くないので鑑賞タイムです。(プロの方はそんなことないと思います。私は子供のアマチュアオケだったので)

他にトランペットの聴かせどころと言えば9:15〜のソロです。同じ音で吹き続けるので音を外す心配も少なく、目立てるので個人的にお気に入りでした。トランペットは「モルダウ」は出番が少ないので元気が有り余っています。

同じく10:27〜も聴かせどころです。この箇所は弦楽器が一定のリズムでメロディを奏で、後ろでティンパニがゴロゴロと音を響かせていますので、私はつい気分がのってしまい、身体がついつい動いてしまうことが多かったですね。

まとめ

先日ふとイスラエルの国歌を聴いていたら「どこかで聴いたことがあるな」と思い数秒考えて「モルダウだ!」と気づき、なんだか「モルダウ」が懐かしくなりました。

今回はスメタナの「モルダウ」について解説しました。作曲された背景や実際のモルダウ川について勉強した後でこの曲を聴くと違った印象があり面白いと思います。「モルダウ」を音楽の時間に歌ったという方はぜひもう一度聴いてみて下さい。


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