モーツアルトのピアノソナタを好きになる♪
前回はモーツアルトのメヌエットト長調を弾いて、古典的なモーツアルトの音の情緒を感じてみよう!というお話でした。
音が感情になる前の、性格だとか、情緒、のようなものをなんとなく感じていただけたでしょうか。
今回は本題のソナタに入ります!
- メロディの方が、副旋律よりよく聴こえる。
- 高い音に向かうほど、興奮があって、大きくなる原則。
- 低い音に向かうほど、落ち着いて、小さくなる原則。
- スラーは後の音を絞ること。
- スタッカートは切りすぎない。
- とくに指示のない音はスラーもスタッカートもつけない。
という古典の基本原則を守って弾くと、どこまでモーツアルトソナタの情緒に迫れるか、ということを考えてみたいと思います。
その前に、ふたつお断りをしておきますね。
○メヌエットのように単純な曲とは違って、実際のソナタは、ひとつの原則を守れば別の要素を無視することになる、ということが多々起きますので、矛盾が起きるときはできるだけ説明したいと思います。
○丁寧に弾いているのに、やっぱりつまらないなあ、と感じるのは実は当然かもしれません。なぜなら、モーツアルトの使っていた楽器は、そもそも今のピアノとは音が違うからですね。当時のピアノはこんな音でした。
わたしなりに音の印象を考えてみると、打鍵した時の音質は金属的な煌めきを含んでいて、しかしそのあとの余韻は、ふわっとやわらかく空気に溶けるように聴こえます。発音時の音質と余韻の音質が、異なる印象なのです。
今のピアノでは、発音時と余韻は、これよりも連続的な音質で聴こえませんか?
当時の楽器の発音が「瞬間的な点」で感じる音なので、今のピアノでモーツアルトを弾く時は「ペダルは使わないで弾きましょう」と言われるのですよね。ペダルをぎゅっと踏むと、一気に「面」の音になってしまいますからね。
でも実際は、当時の楽器もすてきな余韻が残るのですよね。
石の建物が多かったヨーロッパの環境を考えたら、とても豊かな音場に落された音だったんじゃないかと思います。
なので、わたしはモーツアルトを自宅練習するときは、うすーい隠しペダルをたくさん使っちゃいます!音大を卒業してから勝手にやっていることなのですが、ちょこちょこご紹介してみますね。
…いろいろこだわると疲れちゃうかしら。でも、良さが分からない曲こそ、こだわるといいのですよ。「自分が好きなモーツアルトの音」が見つかれば、モーツアルトの他のいろいろなピアノ曲の良さもだんだん分かるようになると思うのです。
では、本題に戻ります。一応大まかに、このピアノソナタk.332第1楽章の設定をお話ししますと、場面①、場面②、場面③に分かれています。①と②の間に一瞬で暗転し、②は舞台設定が変わります。
そして場面③は、場面①と同じ設定、背景のもとで大団円に向かう、という舞台です。
それでは、開演しましょう!
場面① こども部屋に聴こえてくる音
場面①(勝手な設定・ちいさなこどもの部屋)
お天気もよく空気もさわやか。あかちゃんから子どもになりかけの主人公は快さを感じています。
最初の6小節から素敵な仕掛けがあります。
実は「原典版」や「初版」といわれる楽譜では、ここは長い一つのスラーではなくて、短いスラーがいくつもかけられているんです。
そうなると「スラーの原則・後の音を絞る」と「高い音に向かうほど興奮があるから大きくなる」で相反する部分が出てくるんですね。おそらくこのためもあって、長く美しいスラーでひとまとめに演奏する奏者さんがたくさんいます。実際に、この楽譜のように長いスラーで示している出版社も多いです。
今のピアノで弾くならそれがベストなんじゃないかというくらい、長いスラーはのびやかに歌えるのですが、原典版の短いスラーを少し意識して弾くと、わずかな「興奮と鎮静」が交互にやってきて、目覚める前のゆらぎのようになると思いませんか?
歌の感情というより、呼吸や空気の動きのような情緒を感じるのです。
モーツアルトの素敵な仕掛けですよね!
わたしは、早速出だしから隠しペダルを入れています♪
5分の1くらい、ごく浅くペダルを踏んでおいてから、最初の音を落とします。
もちろん他の音まで混ぜないように、こまめにペダルを踏みかえます。
あくまで音場を作るくらいの仕事なのですが、たぶんモーツアルトのピアノ曲がつまらなく感じる人は、これだけでぐーっと音の印象が変わるはずです。
左手もまるで弦楽器のようにちょうどよく和らいでくれますよ。
(動画0:17)
13小節目からは、外から聴こえてくる小鳥の声のようですよね!左手がなかなかうまく入らないところですが、メロディが優勢なので、和音をきちんと出そうとしないで大丈夫。左手は上旋律をつなげて、下の音は触れるかどうかくらいの音で弾くと、弾きやすくなりますし、心地よい音量になりますよ。
モーツアルトがちょっとよく分からない、という人は、フォルテの強いフレーズがしっくりこないのかもしれません。たとえば、22小節目(動画0:31)からの一見激しそうなメロディで激情を表しても、その後にベートーヴェンの曲のような「人類愛や救済」といった展開はやってこないのですよね。
それならば、22小節目は「フォルテ」という重みはあるのだけれど、かなり低い音域なので、「沈静」の世界観も同時に持っている、というとらえ方をしてみてはどうでしょうか?
フォルテと言っても、がつんとした雷のような音ではなくて「雨雲」くらいの音量でいいのかもしれません。
このフォルテから始まる一連の流れは「短調の下降ベース」の世界観を持っています。
青色の囲みと水色の囲みで、「短調で下降するライン」を表しました。
右手メロディの核になる音は、赤い○で囲みました。
一見ものすごく起伏があるように見える右手のメロディは、前半はおおきく2つの山なのだとわかります。(後半は、旋律というよりも和音をばらしたアルペジオ)
そして、最初の山の頂点より、次の山の頂点のほうが1音低くなっていて、やっぱり「下降ベース」なんですね。
そのため原則通りに、下降のニュアンスは小さくなって落ち着いていく表現で、弾いてみたいと思います。
動きが大きい右手は、いかにもむずかしそうですが、リズム練習でちゃんと弾けるようになるから大丈夫ですよ!スキップのリズム、スタッカート、などのリズム練習を積むことで、思ったほど時間はかからずに楽譜通りに弾けるようになると思います。
そのあと、赤い○で囲んだ、核になる音に重心を置いてフレーズを作ると、角の取れた丸いラインで弾けて、全体の沈静感となじんだ音色になりますよ。
こんな風に、下降のニュアンスで音量を下げていき、いったいどんな効果を狙えるだろうかというと、部屋の外で、ぽつぽつ、しとしと、雨が降り出した、くらいの刺激かもしれません。ちいさな子どもが目を閉じていて感じるような、空の暗さ、雨の音や匂い、不安などの情緒です。
あえて感情に訴えないことで、ありのままの情緒の流れのような自由な世界観を引きだせるのではないかと思うのです。次に現れる世界観も、とても「ありのまま」ですからね。
このピアニストさんの演奏は洒脱系のモーツアルト演奏で、文章とは違う感想を持たれるところもあると思いますが、情緒のバランス感覚が絶妙だなと思って演奏動画にお借りしました。やはり低い音をとても絞って弾かれているので、思惟があっての演奏だと思います。
さて、41小節目は、トタン屋根にあたる雨音のようです!
(動画0:55から)
ね?ありのままの音の姿で音楽が流れていくでしょう?
雨音がどんどん楽しくなっていきますよ♪
ここのスタッカートを弾く前に、わたしはやはり薄く隠しペダルを踏んでいます。
ほんの少しのペダルで、水たまりのような音場を用意しておいて、ミ♪ミ♪ミ♪と音を落としてあげると、すっと水紋が広がったような余韻を味わえます。
響きが乏しく感じてしまう方は、ぜひ試してみてください!
そして雲間にお日さまが出たように、明るくなってきました。
モーツアルトの明るい音はほんとうに愛らしいですね。
上向きの「にっこり」した音楽を作るにはどうしたらいいでしょう?技術的には、もう原則通りに、上行するときは盛り上がる、下行するときは落ち着く、だと思います。
それで「にっこりの素」がちゃんと鍵盤の上に現れますから、騙されたと思ってやってみてください!
上行系スラーの終わり方を、クレッシェンドのままにすれば、晴れやかな「にっこり」に、上向きではあっても、スラーの終わりを意識してちょっとフレーズを丸めてあげると、「おとなっぽいにっこり」になります。
(動画1:16から)
56小節からの短調は、どんどん低音になるのでやっぱり基本が「沈静」だと思います。
あかちゃんの部屋の外で、急ぎの知らせを持った馬が大急ぎで駆けている…くらいの距離感でしょうか。
それも、近づいてくるというより、離れていく感じかもしれません…。
下降のラインですからね。
動画のピアニストさんも、バスはほとんど聴こえないくらいの音量で弾いています。
「FP」と書いてあるのは、少し重みをもたせる意味のフォルテ、と、そのあとすぐに小さい音量に戻す、という意味です。
当時の楽器は、そもそも重厚感がある低音はあまり出ない機構なのですね。なので、フォルテと書かれていても「下降」ならば、落ち着いていく方向で音楽を作っていくと、現代ピアノの立体感とはまた違う遠近感が出て素敵だと思います。
そして聴いている分には何の変哲もないような、67小節目からの弾きにくい部分ですが、わたしはここを両手で弾いちゃいます。
そうしたら一気に弾きやすくなりますから!
…あまりほめられた弾き方ではないですけれどね(笑)
一応こっそり、ナナメなメモを残しておきます☆
さて、場面①の終わりの高い音はきらきらした興奮と喜びで、目覚めてほしいと思います。このトリルも、隣り合った指で弾くぞと思いこまず、一番クリアに決まる指使いを研究する価値がありますよ!
ちなみに、わたしは242125って弾いています♪
=以上、場面①、終了=
(ピアニストさんはここまでを繰り返して弾いています。モーツアルトのくりかえしは任意でもよいと思います)
場面② 居間での会話
場面②(動画4:15から)(設定・居間)
大人たちの穏やかな話し声。なごやかなお茶の時間。
落ち着いた女性と男性、母親と父親でしょうか。
演奏動画では、音が低くなっても音色はほとんど深くしていませんね。性格の違いを表すピアニストさんの「顔」に注目です!(動画4:26(笑))
トーンを変えない連続した会話が、こどもに聴こえてくる、両親のくつろいだ雑談のようだなと思いました。
さて、部屋の中の家族は気づきました。聴こえてくる馬のひづめの音。
今度は我が家に近づいてくる!(高音に向かうから興奮↑)
奥さんがおそるおそる扉を開けると?
まあ!
ふたりのなつかしい友人が!
=場面②終了=
場面③ 室内の親子
場面③(動画5:12から)(設定・来客も帰り、再び子どもの部屋)
おだやかな日常にもどる。
場面①より少しだけ落ち着いて景色を見てみる。
場面①と場面③は、同じ設定と背景なのですが、実は場面①は転調して終わっているのです。場面③では転調せずに終盤に入る、というのが二つの場面の大きな違いで、古典ソナタの決まりです。だいたいどのソナタを聴いても、転調しない=落ち着いたトーンで終わりに近づく、という雰囲気をそこはかとなく感じるのではないかと思います。
①の転調の部分にあたるのが、先ほどの「トタン屋根の雨音」で、今回は、もうちょっと視線を落として「雨上りのカエルの声」みたいだなあ、とわたしは思いました。(動画6:12から)
転調=目線、ととらえてみると、見える世界のイメージがつきやすいかもしれません。
(6:24からの)オクターブの短いスラーの一節を、かえるの合唱みたいだ!と思ったのはわたしだけかもしれないですが、「オクターブの興奮と鎮静、あるいは脈動」は、将来はわくわくするような喜びの感情になるのかもしれないけれど、今はまだ「嬉しい!」というほどのことはなくて…、波立つような情緒の高まりを表しているようではないでしょうか?
泥の中を走った馬も、かえりみち。中庸の音域で穏やかな歩みを進めます。
そして転調せずに最後のシーンへ。
7:02からは、わたしがずっと聴きたくて、待っている響きがあるのですけれど、残念ながらこのピアニストさんは「あの音」が出てこない楽譜を弾かれているんです…。
それは、
216小節のバス「ド♯」とソプラノ「シ♭」…からの「レ」と「ラ」への着地。
やっぱり、初版にはありました「ド」のシャープ!「初版」はモーツアルト直筆に一番近いといわれる楽譜なので、わたしは♯をつけた形が作曲者の意図だと思うのですが、諸説あるようで♯がついていない出版社もあるのです。しかし、この「ド」にシャープがあるかないかで、曲の最後の趣が変わるのですよ。
(これは「属9の根音省略形」という空恐ろしい名前の和音なのですが)バスの「ド♯」が、滑るように「レ」にあがり、ソプラノが「シ♭」から「ラ」へと下がる形になるのですね。こうなることによって、ソプラノとバスが、外から内側に優しく半音ずつ入って解決するので、とっても親密に短調が落ち着く形になるのです。
ちょうど、あかちゃんの不安をお母さんが抱きしめるように…!
こちらもどうぞお聴き下さい。
ド♯つきの解決です。
4:48からの流れ、ああ音が小さい~!聴き取れるでしょうか~?
ロマン派ならいくらでも出てくるような響きも、古典曲で聴くと、ぐっと奥ゆかしく、沁みてくるものがありませんか?
そして物語は、ロードムービーのように、まだまだ続いていく様相のまま、2楽章へと引き継がれていきます…!
今回は、基本的な古典の弾き方をつらぬくと、どういった情緒が導かれる可能性があるのかな、ということを考えてみました。
古典の空気感や、ぬくもり、情緒も、なかなかいいかもしれないなあと、思っていただけたらうれしいです!
そして実は、モーツアルトのすばらしさは、各2楽章に凝縮されているとわたしは思っています。
もし、1楽章のあとには何が続くのだろう?と思ったら、訥々とした2楽章も、ぜひ弾いてみてください!
ふりかえり
- 古典ソナタを弾く前に、ごくかんたんな小品を、原則指示通り丁寧に弾いてみよう!
- そして情緒の素のようなものを発見して楽しんでみる。
- 実際には原則どうしが矛盾することがあるので、よく整理して演奏に生かそう。
- 響きが足りなくて魅力が半減しているのかも?こっそり隠しペダルのおすすめ。
- ソナタはあまり難しく考えず、おおまかに3つに分けて性格をつかんでみよう。
- おのずと、浮かんでくる情緒があることに気づく。
☆おまけ☆
楽譜は原典版を使っていただきたいなあと、改めて思いました。
今回調べていて、ここまで版によって違いがあるとは思っていませんでした。
現在出版されている原典版は、灰色表紙でおなじみの「ヘンレ版」ですね。
ただ、ヘンレ版は少々値が張り、注釈もほとんど載っていないので、最初のスラーのかけ方をチェックしてみて、原典版に近い譜面を選んでみるといいと思います!
「ソナタK.332」の無料楽譜
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