今回は「無言歌集」の全曲難易度順について書いてみようと思います。

メンデルスゾーンについて書くのは2回目です。前回はメンデルスゾーンについてや「無言歌」とは何かなどを主なテーマにしました。

今回も同じく「無言歌集」のことについて取り上げていきますが、前回は書かなかったメンデルスゾーンや「無言歌集」と関わりが深い、姉のファニーについてもふれながら「無言歌集」の全曲の難易度順について書いていこうと思います。

メンデルスゾーンについて


メンデルスゾーン(フェリックス)については以前にも書いたのですが、少し補足したいと思います。

ユダヤ系の家系に生まれたフェリックスは4人姉弟でした。(姉ファニー、フェリックス、妹レベッカ、弟パウル)4人は裕福な家庭に生まれ、両親が教育熱心だったことから音楽教育はもちろんのことその他の分野においても十分な教育を受けることができるとても恵まれた環境で育ちました。

フェリックスのフルネームはとても長くヤーコブ・ルートヴィヒ・フェリックス・メンデルスゾーン・バルトルディと言います。

とても長い名前ですが、これには理由があるようです。「メンデルスゾーン」というのが苗字にあたるのですが、実は「バルトルディ」も苗字です。

なぜ2つも苗字があるのかというと、ユダヤ教からキリスト教へ改宗したことが理由のようです。この頃にもユダヤ人であることで迫害を受けるということがあったようです。

私達にはピンと来ませんが「メンデルスゾーン」というのはユダヤ系の苗字だとわかるようです。そのためキリスト教へ改宗した際にユダヤ系ではない「バルトルディ」姓を名乗ることになりました。

ユダヤ人としての誇りを持っていて改名などしたくはないと本心では思っていても、周りから迫害を受ける可能性があることから両親が改宗させるという策を取ったようです。

しかし結局フェリックスはメンデルスゾーン姓を名乗ることをやめなかったため「メンデルスゾーン」も「バルトルディ」も両方使うことになり二重苗字になってしまいました。

キリスト教に改宗したから迫害を受けなくなったかといえばそうではなく、ユダヤ人であるということで迫害を受けるということはやはりあったようです。

姉ファニーとの関係について


フェリックスと姉のファニーは同じ先生のもとで学んでおり、同じ環境で育っているため影響を受けたものなどもほぼ一緒なのではないかと考えられます。ファニーはとても才能のある女性だったようで、フェリックスよりも、もしかしたらファニーの方が音楽の才能があるかもしれないと父親が感じるほどでした。

しかし、女性が作曲家として活躍するのが難しい時代だったため、作曲家として活動することを賛成はしませんでした。そのためフェリックスがファニーの作品を自分の作品として出版することもあったようです。

のちにファニーは結婚します。結婚した夫は彼女の才能を理解し、認めていたので作曲することや指揮をすることを積極的に勧めました。夫の後押しを得たファニーはフェリックスと同じように作曲家、指揮者として活動することになります。

私はファニーが作曲した歌曲を伴奏したことがあります。彼女の作品を2曲弾きましたがフェリックスの作品と言われれば納得してしまうような作品でした。


いかがですか?どちらも素敵な作品ですよね!

フェリックスの作品として出版されても何の疑問も持たれなかったようにファニーは弟と同じくらい優れた作品を書いていました。

姉が弟に似せているのか、それとも弟が姉に似せているのか、またはそのどちらでもなく同じ教育を受け同じ環境で育ってきた2人だから知らない間にそうなってしまうのか…。曲全体から感じる雰囲気がとてもよく似ているなという印象を私は受けました。

ファニーとフェリックスはお互いのことをとても理解していました。結婚した後でもファニーは弟のことを気にかけており、彼女の日記には弟のことが書かれているようです。この姉弟には理屈ではなく、言わなくても理解することができるような不思議な感覚があったのかもしれません。

充実した日々を過ごしていたファニーですが、1847年41歳の頃、脳卒中で突然亡くなってしまいます。フェリックスはとてもショックを受けました。突然のことだったので当然ですよね。自分のことを一番理解してくれていた姉が亡くなったのですから…。

姉の後を追うかのように半年後にフェリックスも亡くなります。亡くなった原因は姉と同じ脳卒中で38歳という若さでした。

以前書きましたが、バッハの再発見、音楽院の設立、オーケストラの演奏水準の向上などフェリックスが音楽界に与えた影響はとても大きいと思います。それを38歳までに全てやってしまうとは驚きです。もし長生きしていたとしたらどうなっていたんでしょうか?早くに亡くなってしまったことが悔やまれますね。

「無言歌集」は何曲あるのか



「無言歌」とは何かについては以前書きましたので、そちらをご覧ください。

「無言歌」という作品を思いついたのは実はファニーの方が先なのではないかと言われています。ファニーは本当に才能のある女性だったんですね!彼女についてはまだよくわかっていないことの方が多いので、これから研究が進めば様々なことがわかってくると思います。

「無言歌集」は全部で48曲あり、8巻(1巻6曲ずつ)に分けて出版されました。

1巻Op.19(1832)
2巻Op.30(1835)
3巻Op.38(1837)
4巻Op.53(1841)
5巻Op.62(1844)
6巻Op.67(1845)
7巻Op.85(1851)
8巻Op.102(1868)

この「無言歌集」は作曲された年代が不明なものが多いようですが、最も早いものは1829年に作曲されたOp.19-4「信頼」ではないかと言われています。

メンデルスゾーンは1809年に生まれ、1847年に亡くなっているので、この「無言歌集」は短期間の間だけ書いたのではなく、20歳の頃からずっと書き続けた作品ということになります。

出版年数を見てもらうとわかる通り、6巻までは生前に出版されたものですが、7巻と8巻は亡くなった後に出版されています。つまり遺作ということですね。

この作品集は曲にタイトルがついていますが、メンデルスゾーン自身がつけたものはほんのわずかでその他は出版する際に出版社がつけたと言われています。

メンデルスゾーン自身がつけたのは3曲ある「ヴェネツィアの舟歌」(ヴェネツィアのゴンドラの歌)、「デュエット」(二重唱)、「民謡」の5曲だけのようです。

「無言歌集」の難易度順

「無言歌集」の難易度については以前書きましたので、今回は全曲の難易度順について書きたいと思います。

この作品集の全体の難易度はそれほど変わらないような気がしますが、その中でも弾きやすいものと難しいものなど難易順を私なりにつけてみます。

★       6「ヴェネツィアのゴンドラの歌」
        9「なぐさめ」
        12「ヴェネツィアのゴンドラの歌」

        48「信仰」

★★      2「後悔」
        4「信頼」(ないしょの話)
        22「悲しい心」(心の悲しみ)
        45「乗馬」(タランテラ)

★★★     1「甘い思い出」
        13「宵の明星」
        16「希望」
        25「五月のそよ風」
        27「葬送行進曲」
        33「巡礼の歌」
        35「羊飼いの歌」(羊飼いの嘆き)
        37「夜曲」(夢)
        41「問と答」(帰郷)
        44「追憶」

★★★★    7「瞑想」
        14「過ぎ去った幸福」
        19「岸辺にて」(浜辺で)
        20「浮き雲」
        28「朝の歌」
        29「ヴェネツィアのゴンドラの歌」
        30「春の歌」

        36「子守歌」
        38「わかれ」
        40「悲歌」(エレジー)
        46「そよ風」
        47「楽しき農夫」(子供の小品)

★★★★★   15「詩人のハープ」
        17「熱情」(情熱)
        18「二重唱」(デュエット)
        23「民謡」
        31「期待」(瞑想)
        34「紡ぎ歌」(蜜蜂の結婚)

        39「熱狂」(狂乱)
        42「旅人の歌」
        43「家もなく」(寄るべなく)

★★★★★★  3「狩人の歌」

        8「心配」(安らぎもなく)
        10「さすらい人」(道に迷って)
        11「小川」
        26「出発」
        32「失われた夢」(失われた幻影)
        38「わかれ」

★★★★★★★ 5「不安」(眠れぬままに)
        21「プレスト アジタート」(胸騒ぎ)
        24「飛躍」(飛翔)

一般的に知られている有名な曲は赤い字になっています。


この曲集は旋律を担当する歌パートと伴奏を担当するピアノパートを1人で担当しなくてはいけないというのが特徴です。本当なら2人で演奏しても良いような曲なのに1人で全て弾き分けなくてはいけないというところに難しさがあります。

曲を聴いていると軽々と弾いているように感じると思いますが、それは演奏者が聴きやすいように旋律線を浮き立たせて弾いてくれているからなのです。

旋律を浮き立たせるような弾き方をしないで全てを同じように弾いたとしたらとても聴きにくい演奏になってしまい、素敵な曲だなとはきっと思ってもらえないでしょう。

このような弾き方をするには指ごとの重みのかけ方を変えたり、アタックの強さを変えたりと変化をつけなくてはいけません。これはすぐにできるものではなく、訓練によって少しずつ習得できるものだと思います。

このようなタイプの曲はまずはどのパートが旋律で、どのパートが伴奏なのかを見極めることがとても大事です。

いきなり弾き始めるのではなく、まずは楽譜をよく観察し、旋律線を見つけてみましょう。旋律線はすぐにわかると思います。探し出せたら旋律だけを弾くという練習をしてみましょう。

次に伴奏部分だけ弾く練習をしてみましょう。この曲集の中では多くの曲の場合、伴奏は左手だけでなく右手にもあります。旋律以外の伴奏の部分を弾けるようにしてみましょう。難しければ左手の伴奏の部分、右手の伴奏の部分というように2つに分けて練習してみましょう。それができたら合わせて弾く練習をしてみて下さい。

その次は左手を弾かないで、右手の旋律と右手の伴奏部分だけ弾く練習をします。(左手に旋律がくるときは左手を練習)この時に旋律は少し強調するように弾き、伴奏の部分は旋律よりも目立たないように優しく弾かなくてはいけません。よく聴いてバランスを取る練習をしっかりして下さい。

これらの練習が素敵な演奏になるかどうかのポイントです。

曲を1度分解してそして組み立てていくという練習をしておくのとしないのとでは曲の理解度が違います。この理解度の差は演奏の説得力にもつながってくると思います。

こういうタイプの曲は「もっとそこは強調して!」「そこは音をひかえるところでしょ!」なんて細々と先生に注意を受けることが多いと思います。私もよく注意を受けたなぁ…。

でもそれは旋律線と伴奏が弾き分けられていないからそのように言われてしまうのです。このようなタイプの曲は分解して練習をするクセをつけておくと見違えるように良くなります。ぜひ分解して弾く練習をしてみて下さい!

このような弾き方は難しい曲になってくると多く出て来るので習得できると弾ける曲がとても増えると思います。焦らず時間をかけて作品や作曲家と向き合って下さいね!




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