近現代のレパートリーの1つとしてプロコフィエフの作品を取り入れているピアニストは少なくないと感じますが、一般的にはプロコフィエフという作曲家はそれ程知られている作曲家ではないのかもしれません。

一般的な話をすると近現代というとドビュッシーやラヴェルがよく知られた存在でそれ以外は作曲家の名前も作品もあまり耳にする機会がないといった感じでしょうか。

クラシック音楽を学校でしか学ぶ機会がない方だとプロコフィエフに出会うのは難しいのかもしれません。

彼の音楽を初めて聴く人や聴き慣れないに人にとっては違和感だけが印象に残るかもしれません。しかしその違和感こそがプロコフィエフの強烈な個性でそれが魅力だと私は思っています。

プロコフィエフについてやピアノ・ソナタ第6番については以前書いたのですが、今回は彼のピアノ・ソナタ全曲についての解説と難易度順について書いていきたいと思います。

私が思うプロコフィエフの特徴

技巧的である

強烈なアクセント、連打の連続、激しい跳躍、和音を打ち鳴らすような打楽器的なピアノの使い方などがプロコフィエフの最大の特徴ではないかと思います。

トッカータのような細かな音型の速いパッセージも多く、場面ごとに弾き分けなくてはいけません。とにかく体力がいる曲が多いのも特徴だと思います。

激しい部分は気合いを入れて夢中になって弾く必要がありますが、逆にどこか冷静さを持っていないと指の動きをコントロールしきれなくなって大暴走してしまう危険性があります。

最初からガンガン進んでしまうと息切れしてしまうし、タッチが甘いと力強さがなくなってしまう。慎重すぎると守りに入って面白くない演奏になってしまう…

テンポ感やタッチの鋭さなどほんの少しの変化でも印象はかなり違うのでそのバランスを取るのに私は苦労しました。ギリギリまで攻めたいけど、限界を超えてしまうとコントロール不能になってしまうのでその辺りの調節が難しかったです。

プロコフィエフがどのくらいピアノを打楽器的に使っているかは同じタイトルの「トッカータ」を比べてみるとわかるのではないかと思います。

ドビュッシーの「ピアノのために」第3曲目「トッカータ」

プロコフィエフの「トッカータ」

どうでしょうか?同じ「トッカータ」というタイトルの曲でも作曲家が違うと印象はかなり違いますよね。

最初から最後までとにかく激しいという訳ではない

曲の途中で激しさがふっと途切れたり、とても穏やかな部分が現れたりします。このような対比がちゃんとあることで激しい部分はより強調され、圧倒的な印象をもたらします。

演奏者にとっても激しい部分ばかりだと疲れてしまいますが、このような部分があると1度気持ちをリセットしたり、切り替えたり、単純に指や手、体を少し休ませることもできます。

不協和音が多く、音の進む道がなかなか掴みづらい部分がある

一般的にクラシック音楽というとバロック~ロマン派くらいまでの音楽をイメージされることが多いと思います。特にロマン派の時代の音楽はメロディーラインがきれいだったり、和音の移り変わりが美しかったりするのでこの時代の音楽が好きな方がとても多いのではないでしょうか?

ロマン派の時代の作曲家に比べてプロコフィエフはこの要素がとても少ないと私は思います。
https://youtu.be/q4TyQ97Jcr0

どのように感じられたでしょうか?これはプロコフィエフの「ピアノ協奏曲第3番」です。

最初の部分はクラリネットから始まり、「むかーしむかし…」というようなナレーションが入りそうな雰囲気の出だしでディズニーのプリンセス系映画のオープニングのような感じで始まりますが、ピアノが入ってくると次第に様子が変わっていきます。

私はプロコフィエフを聴くとどこか歪んでいるような印象を受けます。「ピアノ協奏曲第3番」だと例えばこのような部分を聴くと何か歪んでいる、ズレていると感じます。

https://youtu.be/q4TyQ97Jcr0?t=895
(14:55から再生されます)

音がどこに向かって進んでいるのかがよくわからず、さまよっているように浮遊している感じという部分がよく出てきます。このような部分はピアノ・ソナタにもたくさん出てきます。特に「戦争ソナタ」と呼ばれる3部作(6、7、8番)には多く出てきます。

メロディーラインを歌うことが難しいというのも特徴の1つかもしれません。

プロコフィエフのピアノ・ソナタを弾くためには

プロコフィエフはピアニストとして活躍していたので技巧的にも難しい部分があります。そして彼自身がとても強靭な肉体の持ち主だったようなのでかなりの音量が必要な部分もたくさん出てきます。

そのためピアノを響かせるという弾き方を身につけなくてはいけません。押さえつけるというのではなく瞬間的に力を使うという感じです。(弾いた後は必ず力が抜けています。)

言葉では上手く説明するのが難しいのですが、力で押さえつけるのと瞬間的に力を加えるのでは響き方が変わってきます。このような弾き方がプロコフィエフの場合は必須です。

プロコフィエフは古典派のソナタを弾き、ロマン派のものも勉強してきたから弾ける!というものではありません。

「元々持っている音が硬い、もしくは重い」、「瞬発的に弾くことが得意」、「手首が柔らかくアタックするのが得意」、「リズムに乗って弾くのが得意」という方はプロコフィエフを弾くのに向いているかもしれません。

元々持っている音質や骨格などによって向き不向きがあるのかもしれませんが、訓練すれば弾けないということはないと思います。

指だけで弾くのではなく、手首、ひじ、腕など全身を上手く使って弾けるようにすることがプロコフィエフを弾くコツの1つだと思います。

ピアノ・ソナタの解説と難易度順




難易度順の前にまずは9曲のピアノ・ソナタ(10番は未完)はどんな特徴があるのかを見ていきましょう。

第1番ヘ短調Op.1


1楽章のみのソナタです。

私がこの作品を初めて聴いた時の印象はプロコフィエフっぽくない!でした。ラフマニノフのような情緒たっぷりな感じ+プロコフィエフにしては激しさが抑えめな感じだなと思いました。

音楽院時代(1904~1914)に作曲したソナタです。1907年に作曲しましたが1909年に改作し、1910年に自身で初演しました。

プロコフィエフは1891年生まれ(1953年に61歳で亡くなっています。)ですので、この作品は16歳くらいの時に作曲されたものということになります。

私が先ほど挙げたプロコフィエフの特徴はあまり見られませんが、ロマン派的なこのような曲も書いていてそこから考え方の変化や時代の流れなどによって作風が少しずつ変化していったというのがこの作品を聴くことによってよくわかると思います。

10代でこのような作品を書いてしまっていたとは…すごい!

第2番ニ短調Op.14


4楽章の作品です。

1912年に作曲された作品です。1番と同じく音楽院時代に作られた作品ですが、だいぶ曲の雰囲気が違うと思いませんか?

(4:16から再生されます)

1番とは雰囲気が違いますよね。

(4:43から再生されます)

この辺りからより歪み始めてズレているような感じに私は聴こえます。まだプロコフィエフらしさ全開とまではいかないにしても2楽章、4楽章は他の作曲家の作品とは違うなと感じることができると思います。

2楽章(6:03から再生されます)

4楽章(12:58から再生されます)

この2番はプロコフィエフらしさもあり音もリズムも面白いです。2楽章と4楽章が私は好きです!おちょくられている感じが面白いですよね。プロコフィエフってすごい皮肉屋だったのではないかと思わせるくらいのおちょくりっぶりです!

第3番イ短調Op.28


この3番は「古いノート」からという副題がついています。音楽院時代に書いた作品を1917年に改作したもので、1楽章の作品です。

聴いてみていかがですか?私が先ほど挙げたプロコフィエフの特徴がかなり出てきていると感じて頂けるのではないか思います。この作品は激しい部分と穏やかな部分の対比がとてもはっきりしています。

穏やかな部分(1:23~2:52まで)の特に2:31~とても美しいと思いませんか?
(1:23から再生されます)

(2:31から再生されます)

第4番ハ短調Op.29

(1楽章)

3番と同じく「古いノート」からという副題がついており、3番と同じ時期に改作されました。3楽章の作品です。

3番のソナタは全体的には激しさが多かったと思いますが、4番は1楽章と2楽章は激しさよりも穏やかさが目立ちます。

(2楽章)

いつも不気味な暗さがあり不安にかられますが、途中で気持ちが解放されるようなシンプルでわかりやすいメロディーラインが出て来ると、とてもホッとします(2楽章の動画3:56~)。

(3楽章)

3楽章は不安感よりも前へ前へどんどん進もうという感じが全面に出ています。この4番は緊張感と解放感のバランスがとれた作品のように私は感じます。

第5番ハ長調Op.38、Op.135


4番までは短調で書かれていましたが、5番以降は長調で書かれています。(未完の10番はホ短調で書かれています。)

この5番は亡命していた時代(1923年)に書かれた作品で、帰国後の1953年に改訂をしています。改訂したものにはOp.135という作品番号を新たにつけました。

他の作品に比べると少し物足りなさを私は感じてしまいます。跳躍はしているし音は動いているのですが、その場をグルグルと回って近いところをフラフラしているような印象があって、全体的に何だか消化不良な感じなんですよね…。

ずっと不安を抱えたままその不安や不満を爆発させることもできず、ずっとモヤモヤ…そのモヤモヤを6番で解消しているのかなとさえ思います。(作られた年代が違うのでそんなハズはないのですが…)

嫌いではありませんが、私はこの曲が1番理解に苦しむかな…

第6番イ長調Op.82


6番から8番の3つの作品は第2次世界大戦(1939~1945)の間に書かれた作品のため「戦争ソナタ」と呼ばれています。3つの「戦争ソナタ」の中でもこの6番は4楽章と規模が大きく、プロコフィエフらしさ全開の作品だと思います。

プロコフィエフはピアニストのリヒテルと親交がありました。それまでのピアノ・ソナタの初演はプロコフィエフ自身がしていたようですが、6番はラジオでの初演はプロコフィエフがし、演奏会での初演はリヒテルがしたようです。

リヒテルの演奏はプロコフィエフを満足させるものだったのでしょう。7番の初演はリヒテルに任せました。

リヒテルはこの6番をとても好んだようで録音がいくつか残されています。きっと2人は次第に信頼関係を深めていったのでしょう。9番はリヒテルに献呈され、初演も任せました。

この事からリヒテルの演奏はプロコフィエフが思い描いていた音や演奏に限りなく近いのではないかなと私は思います。リヒテルの演奏が好きか嫌いかは別にして、勉強のために一度聴いてみるといいのかなと思います。



私はやっぱり6番が1番好きだなぁ!

第7番変ロ長調Op.83


プロコフィエフのピアノ・ソナタの中でも1番有名なのはこの7番だと思います。

3楽章の作品です。特に1楽章は不協和音が多く、どんどん攻めていく感じがあり、6番と似ているなと感じる部分も所々に出てきます。戦争中に書かれた作品という先入観があるからなのか、不気味さと不安感があります。

6番でも感じますが、この7番でも映画の中やドキュメンタリー映像の中で観た戦争中の兵隊たちの様子や人々が不安そうにしている様子が思いおこされます。(なめらかな映像ではなく、コマ送りされたような白黒の映像。)

2楽章はとても穏やかに始まります(動画7:51~)。普通の日常を過ごしているような印象ですが、途中から激しくなり平和な日常ではなく、戦っている最中のほんの一瞬の休息だったんだなと感じさせられます。

3楽章は最初からせわしなく動き回ります(動画13:27~)。8分の7拍子という珍しい拍子で書かれています。1楽章と同様に激しさがありますが、1楽章よりも軽さが感じられます。

3楽章は暗さや不安感が少ないので奇襲攻撃に成功し勝っているという感じでしょうか。そしてみんなが同じ方向性で頑張っているという感じがします。

そのように考えると1楽章は戦況があまりかんばしくない感じなのかもしれません。色んな意見が出てしまい、まとまらないといった感じでしょうか。意見がぶつかり合って激論を交わしているのかなと感じる部分があったり、不安に押しつぶされそうになっているのかなと感じる部分があったりします。

皆さんはどのように感じるでしょうか?

第8番変ロ長調Op.84

(1楽章)

この8番はリヒテルではなくギレリスに初演を任せました。ギレリスもリヒテルと同じく20Cを代表するロシアのピアニストです。


終楽章の怒涛のラストスパートはすごく攻めていかないといけませんが、全体的に見ると「戦争ソナタ」の中で8番が一番穏やかさがあるなと思います。特に2楽章は美しいですね。
(2楽章)

(3楽章)

6番が1番激しさのある攻めた曲かなと私は思っています。7、8番になってくると少しずつ冷静さを取り戻すかのように穏やかな部分の割合が徐々に増えていくように感じられます。

第9番ハ長調Op.103


曲を聴くだけでも8番から次第に簡素化が進んでいるような印象を受けるのではないかと思いますが、9番はより簡素化されています。しかしプロコフィエフらしさを失っているわけではありません。

今までの事を回想でもしているかのような何かもの悲しさや寂しさのようなものを感じます。不必要な音は1つも書いていないというようなシンプルな音使いでプロコフィエフのピアノ・ソナタの中では1番気持ちが平坦なままで聴いていられる作品かもしれません。

全9曲の難易度順


プロコフィエフの特徴として先ほど挙げたものが多く含まれるものがより難易度が高いと思いますので、難易度順はこのようにつけました。


★       第1番

★★      第2番
        第9番

★★★     第4番
        第5番

★★★★    第3番

★★★★★   第8番

★★★★★★  第7番

★★★★★★★ 第6番


やはり「戦争ソナタ」の3作品は難易度が高いと感じました。それぞれの楽章の中でテンポの遅いものは比較的難易度は易しくなりますが、テンポが遅いからといって穏やかな部分ばかりではないので、穏やかさと激しさを上手く弾き分けて下さいね。

プロコフィエフはショパンのようにすぐに覚えられて歌えるような美しく素敵なメロディーラインというのがなかなか現れてきません。

音自身に意志があって行きたい方向へ生き生きと飛び回っているような感じがします。弾く時にはその音の行く先をしっかりと見守り、音の高低を上手く弾き表してその雰囲気を楽しむことが大切ではないかなと私は思います。

まとめ

プロコフィエフの9曲のピアノ・ソナタについて書いて来ましたが、いかがだったでしょうか?気になる曲はありましたか?

カッコいい曲がとても多いプロコフィエフのソナタ!是非挑戦してみて下さいね!



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