演奏時間10分弱。この中にある悲しみを帯びた物語をどのように表現するか―――。
もちろんテクニックも必要な難曲なのです(全音ピアノピースサイトですと、難易度F(上級上)となっています!)が、音を並べただけで満足するわけにはいきません。では、どう弾くか。それがこの曲の最大の課題です。
どこかの風景を思い描いて演奏する、というのでもよいでしょうし、それが難しければ単純に色合いでも構いません。でもやはりショパンといえばピアノの詩人ですから、物語を自分の中に考えて、それをイメージして演奏すると深みが増すと思います。
そしてその物語は…演奏が始まる前からあなたの心のなかに流れているのです。
プロローグ
演奏動画ステージの中央へ出て行ったあなたはまず聴衆に向かっておじぎをします。この時、何か考えていますか?緊張しすぎて頭が真っ白!とか、手だけでなく脚まで震えちゃった!とかいうこともあると思います。
でも客席の奥の遠くむこうに、景色が見えていたらどうでしょうか?
私は今からあの景色のなかにいる、こういう人たちの物語を演奏します。それはどんなお話かって?それはね…
と考えながらおじぎをすれば、ここから集中できるかもしれません。
椅子の高さや位置を調整して座ったらまず深呼吸。最初の音を考えますね。1音目を弾いたらもうあとは進むのみです。
さて、この曲の冒頭ですが、4分の4拍子で7小節目までがプロローグと考えてみましょう。
最初のドはお寺の鐘の音のように、深い音、重い音が欲しいところです。硬い音だったり、耳に触る音にならないよう、あらかじめ手は鍵盤に触れて、ペダルも先に踏んでおきます。お腹(下腹部)に力を入れるイメージで、息を吐きながらボーーーンと響きを聴きましょう。はじめます、のおじぎのイメージです。
その続きは、重い緞帳(ビロードのカーテンのイメージもいいですね)を引いていきます(3小節目まで)。
4小節目(動画00:17~)からはディナーミクもp(ピアノ)になりますので、少し薄いカーテンになりました。ゆらぎがあってもよいので、4小節目のラソミ(♭)は右手を歌いますが、5小節目のファミ(♭)レはするっと、歌わずに、しかも左手にメロディーが移行していくように弾きます。
6-7小節目(動画00:28~)はどうしましょう?幕が開いて、いよいよ物語のはじまりはじまり、といった具合でしょうか。右手のシ(♭)は、左手のソとミ(♭)の間あたりに入れます。
左手の3つの音は、ふつうにレソミ(♭)と進まずに、ソとミ(♭)の間に一瞬の間を入れてみましょう。そうすると、ちょっとためらったような、喜んで話したいのではないけど本当に聴きたいならお話ししましょうか、という雰囲気が出ると思います。
本題に入ります
8小節目(動画00:35~)からは4分の6拍子になります。ここからが第1主題です。この拍子は8分の6拍子と同じように、①・2・3・②・2・3(①と②にやや重きをおく)と数えるのがまぁまぁ妥当なのですが、敢えて数えずに弾くのもとてもよいと思います。
右手のメロディーをひたすら追いかけていきます。
赤で囲んだところをなめらかに繋ぎます。青で囲んだ和音は片手で弾いているように、そして鍵盤を撫でて、水彩画の背景のような音にします。話を聞いている人がうなずいているのかもしれません。
話は時に少し盛り上がり、驚きがあり、そして悲しみや憤りが含まれます。そういった起伏を感じましょう。
21小節目(動画01:14~)からのこの部分なんて、右手のソーレードーソーを2回も繰り返しています!どれだけこのメロディーを言いたいのか、これでもか!という感じですね。
この装飾音はドに付いていますので、ミ(♭)ラレド、となります。
30小節目(動画01:39~)からなんて!
ラの襲撃ですよ。細かい右手のパッセージはこのラを飾っているだけなので、軽く弾いてくださいね。響きだけでいいのです。
この部分(動画01:56~)は右手の赤で囲んだメロディーが大切です。ほかの音は、そのつなぎと思ってください。
また、左手は、バスの音と高い音域に移動した和音(4つも音があります)の大きさがほとんど同じくらいになるように。和音をガツンと弾かないようにします。バスは色合いを示すものなので、その色合いを失わないようにしてください。
44小節目(動画02:12~)からのこの部分はソのオンパレードです。近い音もちょろちょろ出てきますが、最後はソに収まります。
54小節目(動画02:24~)の右手は、8分音符2つずつのかたまりで、ドシ(♭)・レレ・ドミ(♭)と練習したり、3つずつ、ドシ(♭)レ・レドミ(♭)と弾いてみたりします。どこかの音が飛び出したりしないようにするためです。
第2主題
(動画02:50~)
アルペジオで激しさを表現した後は落ち着いた第2主題に移行します。右手のメロディーに対し、左手がいい味を出して、朴訥とした雰囲気を出します。この左手も、音の進行があちこち行って意外と弾きにくいのですが、どこかの音が突出しないようにします。
何か、悩み事が解決したような、あるいは田舎に帰ってきてほっとしたような雰囲気ではないでしょうか。
拍子を数えずに、するする流れていくように弾きます。
2回目(動画03:08~)に出てくるこのテーマでは、右手にさらにもう1つ加わっていますね。赤で囲った部分、ドーレーミ(♭)ー ソーラーシ(♭)ー です。ここを出してもいいでしょう。
ああ、なんて美しいんでしょう!
(動画03:19~)
このあたりから3連符を皮切りに、細かい音符が増えてきます。音の数が増えますので、拍子に合わせて弾こうとすると急いだ印象になります。決して焦らずに、少し拍を超えても大丈夫です。
また、それまで2つの音を鳴らしていたところを3つ4つ音を出すことになりますが、トータルの音量はあまり変わらないようにしましょう。
(動画03:31~)ここはレ(♭)ード(♭)ーシ(♭)ーをお忘れなく。
94小節目(動画03:55~)からはまた第1主題が出てきます。
今回は少々悲壮感が増していますね。嵐の予感がじわじわとやってきます。あまり早いところからクレッシェンドしすぎないようにしましょう。でも何かがやってくるという予兆を感じつつ進行します。そしてついに!
(動画04:26~)
来ました!キラキラとした、この曲の中で最も華やかな部分です。和音はつかみにくいところもありますので、取り出して右手だけ、左手だけなどでも練習してください。
左手の和音の連続もなかなかやっかいです。指使いを工夫して、移動がなるべく少なくなるようにします。例えば、バスの音を、オクターブの次から 5-4-3-4-5となるように。
オクターヴを弾いたら急いで次からの和音のかたまりの位置へ移動します。手首をうまく使うとよいでしょう。
その先114小節から(動画04:43~)のこの部分。更に音が加わっていますが、基本は同じです。右手は同じメロディー(シード(♯)―ド(♯)ラー)を耳で追って、追加になった音は、少しそれに変化をつけるためにあると考えるのがよいでしょう。
右手のオクターヴの連続は、トリルに引き続いていることもありますし、これまた弾きにくいです。2音ずつ区切って、それがたくさん続いていくと考えると焦らずに済むかもしれません。
左手はこのあたりもずっと、バスと和音群、という感じです。ずーっと下支えになっていますので、左手だけ居眠りしながらでも弾けるように繰り返し練習するしかありません。景色のどこの部分かというと、揺るぎない地面、というところでしょうか。
ここからの部分(動画05:02~)は両手ともに軽い音から始まりますが、次のステップへの移行部分です。スケート選手がくるくる回っているイメージ。軽くジャンプした後の着地がドスンドスンしていると軽やかさが全くなくなりますね。
それと同じで、全ての音を軽く弾くのですが、上行する時は少し気持ちを上向きにします。つまり少々クレッシェンドになります。音を強くする、というとまたちょっとつらくなりますので、頂点手前まではテンポも心持ち上げていくとよいでしょう。ただし、聴いている人に、速くなったな、と思われてはいけません。
つまり、大きく上昇はしていませんが、少しずつ少しずつ音が上がっていく部分はちょっと盛り上がっていきます。本当に気分よくすっ飛ばすとなんだかわけのわからない音のかたまりになってしまいます。
(動画05:10~)
軽やかでコロコロとした音にするためには、冷静な自分も保っていてください。右手のファが頂点ですので、ここだけほんのすこ~しだけためてみてください。細かい音の、テクニックの見せ所はまだまだ続くので、がんばりすぎないで。
(動画05:14~)
この部分もひたすら難しいですよね。片手練習を毎日毎日コツコツしましょう。左手は跳躍がありますが、鍵盤を見ずに弾けるようになりましょう。これも手が勢いで鍵盤に当たらないように。和音の部分は一番上の音と、下の2音で役割が違います。分解して弾いてみるのも理解につながります。
終結に向けて
豪快な左手のアルページョ-海のうねりのような-に乗せたメロディーは前に出ていたものをもっと膨らませています。思い出はどんどん心の中で美しく、大きな存在になっていくのかもしれません。
過去を存分に楽しんだ後は、また第1主題がやってきます(194小節から)。
(動画06:44~)
ピアニッシモ(pp)です。大切な大切な、そして少し物悲しい思い出。そっと大事に弾きます。
しかしそれでおしまいではありません。まだまだ言いたいことがあるようです。
(動画07:15~)
ここ。なにやら、「言わせてくれ!!!」と言っているようではありませんか?魂の叫びですね。
(動画07:21~)
ここからの部分も和音や跳躍があり、大変難しいです。全部の音をしっかり弾こうとすると腕が疲れてしまい持ちませんが、かといって、和音の真ん中の音が抜けるようでは美しくありません。
普段から、薬指などもよく鍛えておくことが必要ですが、こういう弾きにくい箇所を取り出して繰り返し練習すると、その鍛錬も兼ねることができます。しっかりさらいましょう。
また、この部分は左手と右手のリズムをしっかり揃えることも大切です。この図の1拍目は前のフレーズからの続きです。ということは、このモチーフはアウフタクトということになります。よって、左手のリズムも、どちらが1拍目と考えるか、という問題が生じます。
つまり、和音に重きをおくか、バスの音を頭の音と捉えるか、ということです。メロディーを考えるとどちらでもよいのかなと思います。
よって、左手は3つの和音と1つのバスを同じくらいの音量になるように、同等に弾くというのがよろしいと思います。
右手は右手で、親指の音が重くならないように、あくまでもメロディーとして考えましょう。その上で和音の全ての音をしっかり弾きたいわけですから、よい頭の訓練にもなりますね!
(動画08:25~)
最後のオクターヴはもう最高に気持ちのいいところですね!うまくいけば、の話ですが。音としては、外側を出すというのが普通ですが、手の都合、つまり音を外さないことを考えると、左右の親指同士の方が近くにありますので、そちらを見るとよいです。
目は内側の音、耳は外側の音に注意を払うというわけです。
(動画08:31~)
最後の2つの和音、高い方は1番上のシ(♭)、低い方はバスのソが1番欲しい音になります。おしまいの和音の右手は1音しかありませんので、必ずしも親指で弾く必要はありません。出だしのところと同じように、深くて重い音をきれいな音色で出すために、人差し指と中指の2本を使って弾いてもよいかもしれません。
短調の曲というのは、必ずしも悲しいだけではなく、どこかに力を秘めているように思いませんか。この曲でも、こんな激しさをもって終わっているわけですから、何か決意しているようにも思えます。
ここまでのストーリーの中で議論してきたいろいろをもって表明される決意。激しい花火のように打ち上げられるといいですね。
「バラード第1番」の楽譜
「バラード第1番」の無料楽譜
- IMSLP(楽譜リンク)
本記事はこの楽譜を用いて作成しました。1878年にブライトコプフ・ウント・ヘルテル社から出版されたパブリックドメインの楽譜です。
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初めまして。
小学生のころ習っていたピアノを、アラフィフになり独学でぽちぽちと練習しているものです。
色々なページをどれも興味深く読ませていただいております。
希望なのですが、もしかなうのであれば、ショパンの舟歌(barcarolle)の難易度や弾き方などを教えていただけないでしょうか。
現在、軍隊ポロネーズ、別れの曲を練習しており、この後エオリアンハープを練習予定(ピース版の譜面を購入しているので)です。
その後、バラード1番か舟歌が弾きたいな(弾けるようになれたらうれしいな)と思っています。
直接的なこのページに対するコメントでは無く恐縮なのですが、バラード1番のページに書かせていただきました。
これからもいろいろ素敵な内容を楽しみにしています。
一読者より。
コメントありがとうございます!
運営者のshirokuroと申します。
当ブログを気に入ってくださりありがとうございます^^
舟歌良い曲ですよね!
私もぜひ読みたいです!
いずれは掲載したいと思っているのですが、
現在ブログの更新頻度が落ちているためいつになるかはわかりません。
恐れ入りますが、
気長にお待ちいただけましたら幸いです。
しまうま様のピアノライフ応援しています!
今後ともよろしくお願いいたします。
shirokuro