♪ゆ~き~のふ~るま~ちを~(ワワワワ)
タイトルと同じ歌詞で始まる『雪の降る町を』。多くの歌手がカバーしたり、合唱曲にも編曲されている曲です。これ自体から所謂洋楽、クラシックの香りはあまりしませんね。
でも、ショパン作曲のファンタジーについて、「この曲ってどんな曲だっけ?」と訊かれて、「雪の降る町を、よ」と言えば、だいたい思い出してもらえます。
ね。思い出したでしょう?『雪の降る町を』を作曲したのはピアノ曲も多く手掛けた中田喜直氏。日本のショパンとも呼ばれたりする、すごい作曲家です。最近では『パクリ疑惑』などというものが話題になったりしていますが、この曲については、ショパンにインスパイアされて作った、とも言われているようです。
といっても、実は似ているのは出だしのみ。弾き始めると、ショパンらしい、物語性のある構成になっています。
幻想曲、難しいの?
テクニック的に、超絶技巧とは言われませんが、全音の難易度に当てはめるとすると、E~Fの間くらいでしょう。革命のエチュードや黒鍵のエチュードくらいの難易度になります。ショパンが得意!どんなパッセージでもいけます!という方向きです。筆者も、「大人になったら弾く曲」と思って長年憧れていました。しかし誰からも愛されるのがショパン。グループで演奏会をすると、ショパンを弾きたいという人が必ずいます。オールショパンプログラム、というのもありなのですが、変化があったほうが飽きないでしょう、ということで、なかなか演奏機会がまわってきませんでした。
しかしある時ついに!そろそろショパン弾きたい!さすがにもう待てない!となりまして。選んだのがこの曲。本当に大人になってからでした。
演奏時間が13~15分となるので、漫然と演奏すると長々しくてとてつもなく退屈なことになってしまいます。退屈かどうかはテンポだけで決まるわけではありませんが、重要なファクターになります。
好きなテンポで演奏してよいのですが、弾くこと自体に支配されず、どんな物語にしていくかを考えて演奏することをゴールにしましょう!
楽譜はショパン国際ピアノコンクールの使用奨励楽譜ともなっているヤン・エキエル編(12巻)もよいのですが、ご自分で見やすいものを選んでもよいと思います。筆者はヘンレ版に馴染みがあるのでこちらで学習しました。
具体的な奏法
曲の出だし。「Marcia」、つまり行進曲のテンポで、という指示ですが、一体何の行進でしょうか?
f-moll、短調ですし、お葬式の行進のように思えます。はじめの2小節目までの、ト音記号の部分がお休みになっている部分、ここは全体的に音域も低いですし、悲しみにくれてうつむきながら行進。
それに続く3・4小節目は音域が上がりますが、決して明るくはないので、悲嘆に暮れて天を仰ぎ見る、といったところかと思います。一瞬何か明るい光が射しますが、また悲しみを思い出す、といった感じかも。
テクニック的には非常にゆっくりした部分ですし、少し和音の幅が広いくらいで、すぐに弾けそうですよね。でもメロディーをつなぐために、動画の演奏でも、指をかえています。長いフレーズが切れないようにします。
その後もゆったりとため息をつく感じもいいですが、行進なので間延びしすぎないように、付点のリズムを大切に弾いてもいいですね。
9小節目の右手、装飾音符は、レ(♭)に付いているので、下のミ(♭)からラミ(♭)レ(♭)、と弾きます。10小節目の4拍目も、シ(♭)ミドの和音とラ(♭)ソーファというメロディーを一緒に弾くわけなので、シ(♭)ミドラ(♭)~となります。
2回目に出てくる同じフレーズは、今度は左手の上の音を強調してみてもいいですね。
動画01:15~
単に拍を刻むのでなく、小節をまたぐところを次のメロディーにくっつけて弾くと、音楽が繋がっていきます。つまり、音の長さが短い音は重くなりすぎないように。1拍目の音の飾りのように意識しましょう。
動画01:36~
次の場面への移行部分です。かなり明るい希望が感じられます。ここも2回繰り返しになるので、この演奏のように2回目を小さく弾くとか、変えていいと思います。
普段の生活に戻り、淡々と過ごす日々の描写。右手のメロディーが物語となっていますので、それをほかの音、和音でかき消さないように。左手のバスは調性の移り変わりを意識します。ほかの和音は力を抜いてバスで縁取られた中に色をつける感じに弾くと、立体感が出ます。
ここからまた別の場面に移行します。(動画03:11~)
静かな、内に秘めていたエネルギーがだんだんに外へ向けて放出されていくようです。調が変わる時、スタートとなるバスの音を意識すると、上っていくわくわく感が増します。
これまた2回繰り返されます。2回目の3小節目(ソ(♭)から始まる小節)はわざと小さく弾くと、あれ?と思わせて気持ちいいですね。
動画04:00~
ここからの部分、少々ややこしくなってくるかもしれません。左手は3連符、右手はアクセントの位置が拍子とずれながらもつながっていきます。左手だけを自由に、そして決して「ドレドレド」とはっきり聞こえないように、鍵盤の半分くらいのところで調節します。
その下地に浮き上がる右手のメロディー。アウフタクトで繋がっていきますが、右手は拍を意識せずにつなげていきます。3度や2つの音を弾く部分(右手)はばらばらにならないよう、しっかり揃えて弾きます。弾きにくい場合はメロディーをなるべくつなぐようにして、下の音に親指を駆使してしっくりくる指使いを捜します。
動画04:42~
ここからは華々しく盛り上がります。しかし曲の中での最高潮ではない(2つ目の盛り上がりでしょうか)ので、その先を考えながら調整します。左手で細かい分散和音を3連符や4連符で弾きながら右手でメロディーを歌うというこのパターン、ショパンには大変多くあります。左手をどれだけ色として表現できるか、が腕の見せ所。
左手は手首を柔らかくし、真ん中の音の指を支点にして、決してどこかの音が突出しないように。バスだけは多少重くてもよいのですが、ほかは指の腹でなでるように弾きます。居眠りしながらでもできるまでひたすら反復練習を毎日しましょう。
右手はメロディーをつなぐように。小節をまたぐ線はないものと思って弾いて大丈夫です。
動画05:33~
ここからはまたマーチです。右手はシンコペーションのようにアクセントがありますね。アクセントは強く、ではないのですが、シ(♭)は2分音符で伸ばす音でもありますので、ミの後、一瞬の間をおいて大事に弾くとかっこよくなります。
左手はオクターヴですので、1回目と2回目でどちらにより重きをおくか、変化させてもよいでしょう。
動画06:16~
あれ、どこかで聴いたことがあるような?そう。04:00~の旋律が転調しての出現です。何度も同じメロディーが出てくるので、ソナタのようでもありますね。
そして07:19~次のメロディーへつなげます。この部分はかなり軽やかに、響きの中で進行します。
次に入る前は、十分な間を取って呼吸を整え、別ものであることを示します。
動画07:43~
神のお告げのような、静かな場面に移ろいます。心に平安が訪れた感じがしませんか?こういう、ふとした瞬間に、次の音が出てこなくなったりしますので、楽譜をよく頭に入れておきましょう。
そしてここは調子が♭から#に変わっています。同じ鍵盤を弾くのでも、これには大きな意味があると言われています。つまり、調性により聴いている方の受け止め方が変わってくる、というものです。具体的な打鍵の仕方を変えるわけではないのですが、頭の中の意識を変えてみましょう。
なんとなく#の調性はキラキラした感じ、♭の調性はしっとりした感じ、と筆者は感じます。
いよいよクライマックス
動画09:22~ここでまた♭の調子に戻ります。
ピアニッシモ(pp)くらいの世界にいたものを、スフォルツァンドで始まるので、普通に弾いてもイメージは変わります。ふっと息を吸って始めるとよいでしょう。
またはこの動画の奏者のように、敢えてスフォルツァンドを強くではなく、ものすごく『大切に』弾くのも有効な手段です。
強いというよりは激しい感じに弾きたいですよね。右手は音が細かいですし、速いパッセージになるのであまり大きく弾こうとすると汚く聞こえてしまいます。音の数が多いので、全ての音をきちんと1つ1つ弾いていけば自然と威厳のある演奏になります。
つまり、この和音は全部の音が同じくらいの大きさになるように弾いて構いません。
動画11:11~
ここからが一番の盛り上がり部分ではないでしょうか。何かを成し遂げた誇りのような、あるいは今後この方針でいくぞという決意、いろいろな捉え方はあると思います。
この1拍目の和音は、その前からのフレーズのおしまいでもありますし、新しいメロディーのはじまりでもあります。両方だと意識して弾くと区切りに聞えてくるはずです。
形式はまた、マーチ(行進)の雰囲気ですよね。ただジャンジャン弾くとまったくつまらない、ダサいものになってしまいます。右手のメロディーをつなげればよいのかとも思いますが、そう単純ではなさそうです。
おそらく左手をただスタッカートで切って弾くと災難になります。手は鍵盤から離れますが、音は心の中でつなぎます。そのためには左手だけで、
ラ(♭)シ(♭)ド ファソファミ(♭) レ(♭)ドシ(♭)ラ(♭) ファソファミ(♭)・・・
というかたまりで弾いてみたり、拍子どおり、
ラ(♭)シ(♭)ドファ ソファミ(♭)レ(♭) ドシ(♭)ラ(♭)ファ・・・
と弾いてみたりすると、拍子感が体に染み込んできます。そういう訓練をしておかないと、なんとなくフラフラしたりしてしまうこともありますよ。
右手のメロディーも同様なのですが、比較的素直に、楽譜に書かれたスラーのとおりつないでいけば、自然に進行していけます。
動画11:32~
ここもまだまだ盛り上がりたいところ。フォルテッシモ(ff)の記号がありますが、ここも音が細かく速いので、無理に一音一音を強く弾く必要はありません。左手のバスをしっかり鳴らしてここからペダルをしっかり踏みます。
心の中で音が膨らむイメージをすると、自然と、そして無理なく音量が上がるのも不思議ですね。
動画11:46~
ここは一瞬の回顧でしょうか。遠い記憶を懐かしむような、ふとした安堵の時。ペダルを踏みっぱなしにすると音が濁ってしまいます。かといって、右手、この2小節目の
ラ(♭)ソファミ(♭)
のところを1音ずつ切ってしまうとバタバタします。ペダルも打鍵も半分くらいで調節するとうまくいきます。右手の単音の旋律はピアニッシモですし、壊れそうな繊細なものを扱うように鍵盤をなでます。
装飾音をどこで入れるか、ですが、この動画のように弾いても、右手をドドと弾いてもよいでしょう。
そして…
動画12:03~
ここはsmorz.ですから、本当に鍵盤の半分から1/3くらいで弾きます。
邪念が入ると、演奏しながら『もう終わってしまう!』とうるうるしそうになるのですが、ここはぐっと集中して最後にもっていきます。
動画12:36~
一気にフィニッシュです。決して表面的に華々しくはないけれど、内なる情熱を静かに燃やしてください。最後の2つの和音は響きを大切に。ガツンと弾いてしまうと台無しになります。
祖国への想い
ショパンはポーランドの民族的要素をたくさん曲に盛り込んでいます。皆に愛された民謡であったり、国の情勢を反映した部分であったり、多彩に表現されていると思います。
この曲は幻想を描いていますので、皆さんの感じるところを自由に表現してみてください。
ただし、行進曲、マーチは、軍隊がやってくるかもしれない、という恐怖が描かれているとも言われます。現代の日本人にはなかなか理解しえないところですが、そういった背景も理解したうえで演奏すると、より深みが増した充実したものになるでしょう。
長い曲ですが、チャレンジしてみてくださいね。
「幻想曲Op.49」の無料楽譜
- IMSLP(楽譜リンク)
本記事はこの楽譜を用いて作成しました。1879年にブライトコプフ・ウント・ヘルテル社から出版されたパブリックドメインの楽譜です。