ピアノに限らず楽器を演奏するうえで欠かせない「譜面どおりに弾く」という行為。当たり前過ぎていちいち誰もいいませんがこれって大切なことですよね。



なので、当然ながら街の楽器屋さんには楽器だけでなく、楽譜コーナーというのがありますし、クラシックからポピュラーまで、はたまた初心者向けから上級者用までいろんな楽譜が並んでいます。



クラシックの曲で弾きたい曲があればその曲の楽譜を購入すればいいと思います。

なにせ歴史に残る人たちが作曲したものですからね。出版社によって多少の違いはあるそうですが、それさえ問題なければ容易に買えますね。

自分が弾く曲の楽譜を自分で書いてみよう!


今回私が推したいのはズバリ「自分で弾く曲の楽譜は自分で書こう!」です。


これは「作曲をして弾いてください」という意味ではありません。
それをいうと話がまた別の方向に行ってしまいますので…^^;。あくまでここでは既存曲の話です。


クラシックに関しては上に書いたように楽器店で購入すればいいと思います。

しかしポピュラー音楽、中でも歌ものの伴奏譜面に関しては正直なところ「良い譜面」というのは私の印象では少ないです。



つまり「〇〇(アーティスト名)ピアノ弾き語り曲集」みたいな楽譜です。


念のため先にいいますと、このように市販されている楽譜が「悪い」ということではもちろんありません。



まず買って弾いてみるとなんとなく分かるんですが、元の原曲が好きでこの楽譜を買ってきたのに「なんか雰囲気出ないな~」と思ったことのある人っておそらくたくさんいらっしゃるのではないかと思います^^;


でもそれは当然なんです。もともとオーケストラやバンドの編成で演奏されているのに、ピアノ一台にアレンジされたその楽譜では「物足りない」と感じるのも無理はありません。


ということはやはり編成の違いのせいでしょうか?

それともアレンジした人の腕が悪いんでしょうか…?



うーん、だけど編成が違えば雰囲気が変わるのは当然ですよね。これはまたあとでお話しします。

それではアレンジした人の腕は?

これは私からどうこうといえることではありませんが、でも出版物として世の中に出廻っている以上、腕の悪い人がアレンジしているとは思えないですよね。


ではいったいどういうことなんでしょうか?

世界にひとつだけの楽譜の意味!



つまりはこういうことなんです。



出版物として扱われる以上、何千人、何万人という人に弾かれるわけですから、できるだけ偏りの少ない譜面にする必要がある、ということなんです。


それはたとえば難易度ですね。プロ級の人が弾けばそれなりに素晴らしい音楽にはなっても、アマチュアの人が弾くには難しすぎるようでは売れませんよね。

逆に簡単すぎてもこれはまた曲の再現度が低い、つまらないものになってしまいます。

このへんのバランスの難しさがまずひとつ。



さらに、あまり個人的な主観を入れずにできるだけ原曲通りに書くことの方を優先せざるを得ません。

ピアノで弾いたら全然雰囲気出ない、と分かっていてもその曲のタイトルで売り出す以上は「こっちのほうが雰囲気出るはず」などと勝手に変えたりしていては、購入したお客さんのみならず、もしかしたらアーティスト側からのクレームにもなりかねません。


そして最も肝心なことは…。


「そこに愛はあるのかい?」



なんだかどこかで聞いたようなセリフっぽいですが(笑)、音楽を演奏する上で一番大事なことがこれだと私は思っています(^_^;)


ここでの「愛」とは楽曲への「愛」。つまりその曲のことをどれだけ好きか?愛しているか?という部分に尽きると私は思います。


市販の楽譜で満足できないようなことがあるとするならば、あなた自身がその楽曲を「愛しているから」ということに他なりません。



市販の楽譜を書いている人は専門家とはいえあくまで「仕事」でやっています。
楽曲の好き嫌いなど関係ありません。新曲ならなおさらです。次から次へとルーティンワークで仕事としてピアノ用アレンジをこなしていく…。
実際に私が関わったわけではありませんが、おそらくそんなところだろうと思われます。


なのでコード(和音)や聴こえているピアノのフレーズなどは専門家の耳で音を拾ってくれてますので正確度は高いです。

ただしどんな曲でも「楽曲への愛」が必要な箇所って必ず出てくると思うんですよね。


そういう部分に取り組むにはやはりそれなりの時間が掛かります。


そのような曲をアレンジする時「少しでも原曲の雰囲気を引き出したい!」と思うか、ピアノの特性を考える時間もないまま「聴こえている通りの音を拾って書けば終わり…。で、また次の曲」と思うかで、アマチュアとプロの差が縮まる可能性はあると思います。


楽曲への「愛」があるかどうか?というのはつまりそういうことだと思うんです(*^^*)

谷村新司「群青」(作詞作曲:谷村新司、編曲:服部克久)で検証します!



例えばフルオーケストラをバックに歌われている曲など、最初は静かに始まってサビの部分でストリングス総動員!みたいなアレンジがなされてる場合などよくありますね。


その代表例として取り上げたいのが1981年に発表された映画「連合艦隊」の主題歌にもなったこの「群青」(作詞作曲:谷村新司、編曲:服部克久)です。この曲はフルオーケストラと羽田健太郎氏のピアノで実に壮大に編曲された谷村新司の代表曲のひとつです。


※私がピアノアレンジ、演奏した動画です。

この曲のイントロは最初はピアノで静かに始まりますが、徐々に盛り上がり、早くもクライマックスを迎えるようなイントロです。

歌い出しはしっとりと始まります。ここはピアノの見せどころです。

途中からストリングスが入って盛り上がりの部分を迎えるのですが、これをピアノ一台で表現しなければなりません。


左手の低音部は、以前の記事でも書きましたように「バタートーン」にならないよう「基音から三度の音(ドミソの和音ならミの音)」を避けて弾きます。

バタートーンとは低音部でアルペジオ(分散和音)を弾く際に、三度の音も入れてしまって、ちょっとくどい、しつこさを感じてしまう音の俗称です。

※バタートーンの例↓(このまま弾くとちょっとくどい)

※バタートーンを避けた弾き方↓(このように弾くと低音部がきれいに響きます)

右手の中高音部で盛り上がりを表現するにはオクターブで、なおかつ和音の音をひとつ入れて弾くのが有効です(ひとつ入れる、のがミソです。あ、シャレではありません^^;)


※1分37秒~、2分25秒~のあたりがこの奏法です。


これはクラシックでも多用されている奏法なので、分かる人も多いと思います。



そしてこの記事の前半の方で後回しにしました部分について書きます。↓

『うーん、だけど編成が違えば雰囲気が変わるのは当然ですよね。これはまたあとでお話しします。』

の部分のことです。

これはどういうことかといいますと、ピアノ一台でフルオーケストラの音を再現するのが目標とはいっても実際はやはり無理なんですよね^^;

そこで私が考えたのは「ピアノに合う雰囲気で再現する」ということなんです。
「群青」だとこの部分です。

※2分02秒のあたりです。

原曲ではこの部分は音量こそ小さくなるもののベースもドラムもストリングスも入ってるままです。

しかしピアノアレンジでは高音部を使って音量を小さめにして「賑やかなのはちょっとだけおやすみです」という雰囲気をアピールしています。

そして(貼り付け動画の)2分13秒あたりで再度盛り上げていきます。


このようにピアノという楽器を有効に使えばたとえフルオーケストラを完全再現することはできなくても、完全再現(完コピ)しているように「聴かせる」ことは可能です。


ピアノは本当に表現力豊かな楽器です。

上に書いたようなちょっとしたコツを知ればどんな楽曲でもピアノ一台にアレンジすることが可能だと私は信じています。


今回も最後までお読み頂きありがとうございます。


まとめ

1.クラシックは別としてポピュラー系、おもに伴奏用(弾き語り)楽譜で実際の使用に耐えうるものは意外と少ない。

2.それはなぜか?

3.谷村新司の「群青」を使ってバックのオーケストラをどこまで再現できるか?

4.ピアノ一台での完全な再現は無理でもピアノならではの表現方法を見つけていきましょう!



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