「スローモーション」は1982年に発表された中森明菜のデビューシングルです。
中森明菜は、この「スローモーション」はベストテン入りは果たせなかったものの(オリコン・チャート最高30位)、セカンドシングル「少女A」以降からは「ミ・アモーレ」「十戒」「飾りじゃないのよ涙は」など次々とベストテン入りを果たし、80年台ヒットチャートに常に君臨する存在でした。
ですので発売当初こそ、さほど有名でなかったこの「スローモーション」も彼女の存在の大きさと楽曲の良さで、たくさんある中森明菜の代表曲のひとつになっています。
最近こそ表舞台にはあまり出てこられませんが、アイドル出身のシンガーとしては群を抜いた歌唱力は未だ健在と信じたいところです。
「スローモーション」の作曲者、来生たかお(きすぎ たかお)は1981年、薬師丸ひろ子が歌った「セーラー服と機関銃」の大ヒットにより31歳で売れっ子の仲間入りを果たしました(来生たかお自身も一部歌詞を変えて「夢の途中」というタイトルでセルフカバーしています。こちらもヒットしました)。
ご自身でももちろんレコーディングやコンサート活動など行っていますが、いわゆるシンガーソングライターの中では珍しい、どちらかというと他アーティストへの楽曲の提供が多い「作家タイプ」のアーティストです。
この「スローモーション」以外でも中森明菜の「セカンド・ラブ」、南野陽子の「楽園のDoor」、岡村孝子「はぐれそうな天使」などを作曲しています。
そして68歳になった現在でも現役で活躍されています。
作詞は実姉の来生えつこが担当しています。来生たかおの楽曲はほとんどがこの姉弟コンビでの作品となっています。
もともと編集者として働いていたえつこさんなんですが、作詞は趣味でされていたそうです。たまたま弟のたかおさんがえつこさんの日記帳から盗み見て(!)初めて曲をつけたタイトルが「サラリーマン」というサラリーマンの哀愁を描いたような歌詞だったそうです。
中森明菜「スローモーション」
※ピアノアレンジと演奏は私です。今回もまた私のアレンジと演奏でお聴き頂くのですが、難易度的にはちょっと難しいほうに入るかも知れません。
具体的にいいますとある程度の速度がある中でのアルペジオが多用されている部分(0分48秒~1分00秒と2分53秒~3分05秒)やサビの低音部の動き(1分02秒~1分27秒)が難易度を高めているかも知れません。
ある程度の指のテクニックが必要ではありますので、全音ピアノピースならBにするにはやや無理があり、Cになるかと思います。
さて、私がアイドルものやポップスなどといわれる楽曲をピアノアレンジする際に念頭に置いている留意点はいくつかあるんですが、まずは「原曲にできる限り忠実に」そして次に「ピアノに合う表現の仕方」というのを考えます。
一見矛盾したように見えますが、この「原曲にできる限り忠実に」と「ピアノに合う表現の仕方」が上手くハマった時は「(ピアノアレンジをやってて)本当によかったなぁ」と心から思える瞬間でもあります(*^^*)
原曲にできる限り忠実に
歌い手さんの理想は本来ならフルバンドで歌うことでしょう。
最近では生演奏が少なくなったとはいえ、実際テレビの本格的な歌番組では大物歌手がフルバンドをバックに朗々と歌っていますよね。
アマチュアである我々にはなかなかそのようなことはできませんので、ピアノやギターなどの伴奏、あるいはカラオケなど手軽な楽器や音源などで歌って楽しむ、あるいは歌を聴いて頂くことになります。
私の知り合いの歌い手さん何人かに訊いてみたところ「完璧に演奏されてるとはいえ作りもののカラオケ音源」よりも「音数は減っても生の楽器での伴奏」のほうで歌いたい、と皆さんおっしゃいます。
歌は素人の私にすれば「そんなものかなぁ。全部の音が入ってるカラオケのほうがいいんじゃないの」と思わないでもないんですが、やっぱり人間である以上「生の伴奏」には本能的に寄っていくものなのかも知れませんね。
しかし「生でさえあれば伴奏の程度はどうでもいい」わけはありませんよね。
アレンジ力と演奏力のクオリティーが高ければさらに生伴奏の素晴らしさが伝わると思うんですよね。
そこで上記のサブタイトルでもある「原曲にできる限り忠実に」というわけです。
とはいってもフルバンドで演奏されている音を全部ピアノで弾くのは至難の技、というよりほぼ不可能です。となると「どの音を拾い上げてどの音を捨てるか」を決めなければなりません。
そこで大事なのは「抜いてもいい音と絶対抜いてはいけない音」の見極めだと思います。
ここはある程度の経験とアマチュアであれど「センス」というものが必要になってくるかも知れません。
とはいってもそんな難しいことではありません。
私は、アマチュアでも仕事や家族のこと以外で音楽を一番に優先している人は誰もが「一流ミュージシャン」だと思っています。
なので可能な範囲でめいっぱい音楽に時間を掛けている人なら誰でも「センス」というものは自然と付いてくると思います。
ピアノに合う表現の仕方
そして「ピアノに合う表現の仕方」なんですがこれは「楽器の特性を知る」ということでもあります。
いくら原曲に忠実に譜面を書いたとしてもピアノにギターの※チョーキングはできないし、サックスのしゃくりあげるような奏法もできません。ストリングスの微妙な心地よい音の移り変わりなどもピアノで弾くにはちょっと無理がありますよね。
※ギター奏法のひとつ。弦を弾いたあと、音を伸ばしたままフレット上で弦を引き上げて音程を上げる奏法。おもにエレキギターで使われることが多い。
でもピアノならではの効果的な奏法で弾くことにより、原曲と比べてもさほど遜色のない表現力豊かな伴奏に仕上げることは可能です。
たとえばこの「スローモーション」では間奏のメロディーを原曲ではサックスが取っているのですが、ここはあえてピアノの特性を活かせるように、メロディーには和音を付け、左手のアルペジオもできるだけメロディアスに聞こえるような音の並びにしています(動画2分53秒~3分07秒)
(2:53から再生されます)
今回取り上げた「スローモーション」はそんなふたつの理想(「原曲にできる限り忠実に」「ピアノに合う表現の仕方」)を自分なりに叶えられたと思える私にとって貴重な楽曲であります。
さて、次はそこからもうちょっと踏み込んでいきましょう!
この曲の肝(キモ)はどこだ!
音楽を語る際に「肝(キモ)」という言葉はあまり使わないかも知れません。言い換えれば曲の「個性」ともいうのかも知れませんが、私はこの「肝(キモ)」が気に入っています^^;
「この部分があるからこの曲だと分かる」もっと言うなら「この部分があるから(この曲を)実感できる」というのが「曲の肝(キモ)」だと思っています。
では今回取り上げたこの「スローモーション」はどうでしょうか。
あくまで私見ではありますがこの曲の肝(キモ)は動画が始まって13秒後のこのコードだと思います。
(0:11から再生されます)
このコードは「E7-9(Eセブンスフラットナイン)」というコードで構成音はこのようになります。
これは来生氏がわりとよく使うコードでもあるんですが、E7にファ(-9)の音を加えることで「なんだか切ない感じ」を出すことができます。
鳴っているのはほんの一瞬ではありますが、歌が始まるまでの、主人公がひとりで砂浜を歩いている淋しい気持ちを表現するのに実に効果的だと思わざるを得ません。
ピアノが近くにある人は普通のE7(ミ ソ# シ レ)とこのE7-9(ミ ソ# シ レ ファ)を弾き比べてみてください。
この「曲の肝(キモ)」は聴く人それぞれによって違うと思います。だからこそ自分でアレンジした譜面は「世界にひとつだけの譜面」となり、唯一無二のものとなりうることでしょう。
どうかあなただけの「曲の肝(キモ)」を感じ取って自分だけの価値ある一曲にしてみてください。
今回もお読み頂きありがとうございました。
まとめ
1.中森明菜「スローモーション」について2.「原曲にできる限り忠実に」
3.「ピアノに合う表現の仕方」
4.この曲の肝(キモ)はどこだ!