留まることなく疾走する音楽が盛り上がったところで、突然天から降ってくるようなトランペットのファンファーレ!朝日が昇るような爽快感。
演奏会ホールで聴いていると本当に上の方からファンファーレが聞こえてきます。舞台の上の階のパイプオルガン前、あるいは客席後方、側面から、立ち並ぶ壮観な金管アンサンブル部隊!
これはバンダと呼ばれる、オーケストラとは別の場所で演奏される金管アンサンブルですが、オーケストラ奏者として舞台で聞くと、客席で聞くのとはまた違う立体感があります。
今回ご紹介する曲は、旧ソヴィエトの天才作曲家ショスタコーヴィッチが1954年に書き上げた爽快感あふれる「祝典序曲」。クラシック音楽としてはまだ最近の曲といえます。
数あるクラシック音楽の中でも最も「祝典」の名にふさわしい曲の一つといえるでしょう。今回はオーケストラトランペット席からスカッとご案内しましょう!
■ 目次
あっ、前プロ決めるの忘れちゃった!!
1954年、モスクワ。毎年開演されるロシア革命記念演奏会。今年は第37回記念。しかし開演される直前になって、指揮者が演奏会の幕開けにふさわしい、華やかな曲(演奏会プログラムでいう前プロ)がまだ決まっていない事に気付きました。
そこで演奏会本番の数日前になって、大急ぎでショスタコーヴィッチに大特急で演奏会用の序曲を作曲するよう依頼します(オイオイ…)
しかしそこはソヴィエトを代表する天才作曲家、過去の作品の「森の歌」や「ジャズ組曲第2番」などから上手く引用し、わずか3日で素晴らしい一曲を作り上げてしまいます。
「祝典序曲」op.96
ショスタコーヴィッチの音楽は暗い曲が多い、と敬遠されがちですが、この曲は約6分ほどの、暗さや葛藤の一切ないスピード感あふれる傑作です。The National Youth Orchestras of Scotland:この演奏ではバンダはありません・・・。
祝典の開催にこの上なくふさわしい、頭のてっぺんから響いてくるようなファンファーレで曲は始まります。
堂々とした勇壮なテンポです。一度聴くと忘れられず、ずっと頭の中で繰り返してしまいそうな旋律ですね。
このファンファーレの旋律はショスタコーヴィッチが娘の誕生日のお祝いに作曲したピアノ曲から引用したものです。
華やかさが頂点に達したところでメインの始まり。ここから曲は猛スピードで疾走します(0:52~)。
クラリネットの流れるようなテーマ(0:55~)。この旋律は1949年に作曲したオラトリオ「森の歌」の第5曲、「スターリングラード市民は前進する」を使用しています。
それがフルートに受け継がれ、さらに弦楽器へ。
トランペットとスネアドラムの軽快なリズム(1:22~)。トランペットは速いタンギングが必要。ここはダブルタンギング(舌でトゥク・トゥッ・トゥク・トゥッ・トゥク・・・と発音するように)で演奏すると軽快感が出せます。
さらに弦楽器、木管楽器、などの素早いパッセージか次々絡み合ってきたところでトロンボーンの力強い旋律(1:54~)。
そしてホルンと弦楽器による朗々とした旋律(2:13~)。
スネアドラムの音を合図に曲は静かになりますが(2:52~)スピード感は緩みません。弦楽器のワクワクするようなピチカート。
途中から木管楽器(3:08~)を先頭に若干の盛り上がりを見せ、そして最初のクラリネットのテーマ「スターリングラード市民は前進する」(3:33~)。
クライマックスでの金管楽器のかけあい(3:53~)。旋律と対旋律のバランスが大切な所です。各パートの動きがよく聞こえるようにバランスよく合わせることがポイント。3番トランペットはホルンと同じ動きをするので注意。
自身の「ジャズ組曲2番」からの引用でグワワッとクライマックス!(4:21~)
音楽は止まらず、スピードはそのまま。さらに静かになります(4:45)。
素早い弦楽器パッセージからトランペットのファンファーレ!(4:59~)
そしてコーダ(5:08~)!動画では無いのですが、ここでバンダの金管部隊も追加で参加します。ホルンが4本、トランペットが3本、トロンボーン3本!前からも!上からも!圧巻的なファンファーレ!!それを鮮やかに彩る高音の木管楽器!!
そして再び軽快な速度に(5:43~)、最高潮に盛り上がって最後はジャン!ジャンジャンジャン!ジャン!ジャーーンと伸ばして終わりです^ ^
吹奏楽版
1958年にショスタコーヴィッチ自身が吹奏楽用に編曲し、現在でも演奏される事の多い曲です。きっと吹奏楽経験者の皆さんはこの曲をご存知の方も多いと思います。オーケストラであれ吹奏楽であれ、ショスタコ風のノリと気合で行きましょう!陸・海・空自衛隊合同コンサート。こちらは客席からバンダが華々しく演奏します。
名盤紹介
短めの曲なので他の曲とカップリングされています。ちょうど1枚のCDで演奏会を聴くような感じです。一曲目に聴くもよし、トリとして最後に聴くもよし!
ヴラジーミル・アシュケナージ/ロイヤルフィルハーモニー
この盤の一曲目が祝典序曲となっています。オーソドックスな演奏ですが、スピード感が素晴らしい!
カップリングは交響詩「十月革命」と「交響曲第2番」。そしてオラトリオ「森の歌」。
ちょうどショスタコーヴィッチのプログラムの演奏会を聴くような感じの1枚です。
エリック・カンゼル/シンシナティポップスオーケストラ
金管楽器各パートのアンサンブルのバランスが良く、それぞれの音の動きがよくわかる演奏です。
カップリングはワーグナーやハチャトゥリアンなどのスペクタクルなオーケストラ小曲です。
エフゲニー・スヴェトラーノフ/ロシア国立交響楽団
やや遅めのテンポでありながら金管楽器がバリバリ吹いています。最後ののばしの音が熱いところがスヴェトラーノフの特徴です。
カップリングはショスタコーヴィッチの曲の中でも人気のある「交響曲第5番」です。
テオドレ・クチャル/ウクライナ国立響
スピード感も金管楽器もバリバリで聴きごたえのある盤です。いわゆる「爆演」です。
カップリングは「ジャズ組曲」や「ロシアとキルギスの主題による序曲」など明るく親しみやすい曲達です。
解放される音楽
ショスタコーヴィッチの音楽は当時のソヴィエト共産党中央委員会により、党の意向に沿った曲を作ることを余儀なくされたものがほとんどです。自分が書きたい曲を自由に書けなかったのです。
しかしこの「祝典序曲」は、特に締め付けの強かった独裁者スターリンが死亡した翌年に作曲されたこともあってか、ショスタコーヴィッチの曲の中でも非特に華々しい曲となっています。
ショスタコーヴィッチ本人にとっても、長い間言いたくても言えなかった、心の底からの「祝い」となった曲のではないでしょうか。
ショスタコーヴィッチの音楽の特徴
一度聞くと忘れられないような特徴的な旋律、各楽器をハモらせることの少ない、ギラッとした鋭い音色と深すぎる内省的な暗さがショスタコーヴィッチの音楽の特徴です。また、軍楽隊を思わせるリズム感、吹奏楽を思わせる管楽器のきらめく躍動感などは、一聴すればすぐショスタコーヴィッチとわかるほどの個性的な音楽です。そして激しい曲調ではこれまでのクラシック音楽ではありえないほどの大爆発を見せます。
時には映画音楽やジャズのような軽音楽を作りだす一方で、交響曲等は奥の深い芸術作品となっています。
ショスタコーヴィッチは、クラシック音楽の中ではとっつきにくい作曲家の1人ですが、その音楽には抑圧された中での爆発的な想いが随所に秘められています。
その奥深い魅力にハマった時、毎日聴かずにはいられなくなる。それがショスタコーヴィッチの音楽です。明るい面、暗い面、「浅さ」と「深さ」、全てを網羅しているショスタコーヴィッチの音楽の中でも、この「祝典序曲」は誰もが楽しんで聴ける一曲でしょう。そしてこれをキッカケにショスタコーヴィッチがスキになった方。「ようこそショスタコの世界へ」・・・フッフッフッ・・・
毎日聴いていると顔までショスタコーヴィッチ風になるかも
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