「目覚めよ」と呼ぶ声があったわけではありませんが、いま目が覚めました。どうやらゴルトベルク変奏曲を聴いているうちに、いつの間にか眠ってしまっていたようです。

さて、今回はバッハの数ある曲の中でも最も美しい曲の一つを紹介したいと思います。「主よ人の望みの喜びよ」で知られている曲です。これは「心と口と行いと生活で」というカンタータの中の一曲なのです。カンタータとは、キリスト教の行事の時に教会で演奏される曲で、合唱と小規模のオーケストラにオルガン等が加わります。



実は夏がシーズンです!

さて、この曲はよくクリスマスに聴こえてくるので、それにちなんだ曲と思われる人も多いかと思いますが、実は7月、まさに夏のシーズンの曲なのです!

キリスト教の祝日で「マリアの訪問日」という祝日があります。この曲はその祝日のために作られたのです。その祝日が7月なのです。でも祝日になるほどの訪問ってどんな訪問なのでしょう?こんなエピソードがあります。

イエスの母であるマリアが大天使ガブリエルから「あなたのお腹に赤ちゃんがいますからー。その子は神の子ですからー。」と告げられました。それで親戚のエリザベトに懐妊の報告に行きます。

エリザベトは高齢の女性でしたが、彼女もまた懐妊しており、半年前にガブリエルから「お腹に赤ちゃんがいますからー。」と告げられていました。後にエリザベトの子は生後ヨハネと名づけられます。

こんにちは、マリア。おめでとう、マリア

マリアがエリサベトに近づいたその時、エリザベトのお腹の中の子が急に元気に動き出しました。神の子が近くに来たので、エリザベトのお腹の子はそれに気づいて喜んだのでしょう、エリザベトはマリアに「神様に選ばれて、あなたもその子も、ツイてるねッ☆」と祝福します。

この時のエリザベトがマリアに送った祝福の言葉が、あの有名な「アヴェ・マリア」です。そしてそのエリザベトの祝福にマリアは「ウチら、これからアゲアゲだから↑」と賛美の言葉を返します。これが「マニフィカト」です。(神よ、過度なる要訳をお許しください。)

それにしても「アヴェ・マリア」という言葉、とてもいい言葉ですね。アヴェとは、「こんにちは」や「やあ」などの簡単な挨拶の意味ですが、それだけでなく相手を思いやる「おめでとう」や「ようこそ」「あなたの事を想っています」の意味が含まれています。多くの言葉ではなく、たくさんの愛情が一言に詰まっている、素晴らしい言葉だと思います。


あなたは私のよろこびです。

ちょっと話がアヴェ・マリアにそれてしまいました。ところでこの「主よ人の望みの喜びよ」という曲名ですが、実は元のドイツ語から英語訳したものを日本語にそのまま翻訳したものです。考えてみるとちょっと意味がよくわかりませんね。GOOGLE翻訳で訳したみたいな感じです。

内容を正しく言うなら「イエスはいつまでも私の喜び」に近い感じです。全部で10曲から成っているこのカンタータの第6曲目と、最後の10曲目で歌われます。

このカンタータは2部で構成されていて全体で30分ほどの曲ですが、途中にあるアリア(独唱)やレシタティーボ(物語の内容を歌う)も非常に綺麗な曲ぞろいで、マタイ受難曲にも引けを取らない名曲ぞろいです。数多いバッハのカンタータの中でも、とても親しみやすい曲です。

トランペットさん、出番ですよ!!

第1曲 合唱「心と口と行いと生活で」

さて、この曲は実はトランペットが活躍する曲でもあります。最初の曲の出だしからいきなり旋律担当です。そして「心と口と行いと生活で」の合唱と、オーケストラとの旋律の掛け合いが素晴らしいです。この一曲目は数あるバッハの曲の中でも、特に素晴らしい曲だと私は推薦します^^

しかし・・・

ピストンがねぇ!!


トランペット奏者は出だしから思いっきりソロです!!楽器の特性上音が外れやすいので非常に緊張します。いきなり音を外したら、もう全曲台無しです。しかも更なる悲劇が待ち構えています。この時代のトランペットにはピストンがそもそもないのです!!ピストンがない楽器はさらに外しやすいです!すべて口の振動の変化等と倍音のみで演奏します。

さらに2番トランペットも3番トランペットもいません。一本のみです。まさに男らしく一発勝負です!!

有名なコラールでオイシイ役回り!!

第6曲 コラール合唱「イエスこそ私の喜び」

しかしトランペット奏者にとって辛いことだけではありません。ようやく1部と2部それぞれの最後に有名な「主よ人の望みの喜びよ」が出てきます。ここでもトランペットの出番です。

弦楽器による有名な旋律(実は伴奏)に乗せて合唱と一緒にトランペットがコラールを演奏します。このトランペットはとてもやわらかい音色で、まるで天から響いてくるような美しさがあります。(どうしても出せない音があるので、この曲のみスライドトランペットというトロンボーンのような楽器で演奏します)

またまた出番ですよ!最後の見せ場

第9曲 アリア「私はキリストの不思議な奇跡を歌う」

そしてこのカンタータ全体の最高の見せ場が、9曲目のバスアリア「私はキリストの不思議な奇跡を歌う」です。再びトランペットのドソロからはじまり、畳み掛けるようにオーケストラ、オルガンが次々重なってきて、躍動感のあるゾクゾクしてくる名曲です。

このバスとトランペットの掛け合いのような曲は、ヘンデルの「メサイア」を彷彿とさせます。

そして最後は再び第10曲目コラール合唱「イエスはいつまでも私の喜び」つまり「主よ人の望みの喜びよ」でこの曲は締めくくられます。

ナチュラルトランペットについて

先ほどこの時代のトランペットにはピストンがないと説明しました。まだ開発されておらず、トランペットはピストンを使わず音階を吹こうとすると、下から順番に自然倍音しか出せません。これで曲を演奏するには高い音域でなければ音階が出来ず、さらに音程も取りにくいのです。口でコントロールして音にしていくのです。

*高い音域でようやく音階ができる。音程は不安定なので口などで調整する

当時のトランペット奏者は非常に高い技術を要求されていて、それこそ王様や貴族のお抱えであり、名誉ある職業でした。あまりにも高い技術と緊張を強いられる仕事であるため、病気になりやすくトランペット奏者は短命だったと言われています。ブラック企業ではないですが大変だったのですね。

ちなみにバッハの二人目の奥さんであり音楽帳で有名なアンナ・マクダレーナのお父さんは、宮廷トランペット奏者でした。

バッハ指揮者のカール・リヒターなど、現代のピストン付トランペットで演奏させることもありますが、特に最近ではあえてこの時代のピストンのない「ナチュラルトランペット」での演奏が主流となっているようです。

なぜあえて難しいナチュラルトランペットで演奏するのか。大きな理由は2つあります。

一つ目は音色です。作曲者の意図を反映した音色を再現するためです。バッハは当時のトランペットの音を想定して曲をつくりました。チェンバロ等ほかの楽器もそうなのですが、古楽器は倍音を多く含んでいて、現代の楽器に比べ深い柔らかい音がします。

もうひとつは音量です。現代のトランペットは音量がオーケストラ向けに作られており、バロックなどの編成では他の楽器の音を消してしまうことがあります。特に同じバッハのブランデンブルク協奏曲2番では顕著で、オーボエやフルートとの音の掛け合いが聞こえなくなってしまいます。

ナチュラルトランペットはとにかく難しい楽器です。低い音などで楽譜には書いてあるけれど、出せない音もあったりします。その場合、ホルンのように管を巻いた楽器を使って、ベルに手を突っ込んだり、リコーダーのように穴を開けて指で閉めたりと様々な方法があります。

これらのように穴を開けたりしたものはバロックトランペットとも呼ばれています。やはり手を加えればナチュラルトランペットより多少音が変わります。ほんの少し現代楽器に近い硬めの音がします。

このカンタータのナチュラルトランペットパートには普通なら出せないはずのミの音がでてきます。これも当時穴を開けるなどの、何らかの方法を使っていたと思われます。

[ゴッドフリート・ライヒェ]
当時を代表するトランペット奏者。バッハは彼の技術に合わせてこのカンタータやブランデンブルク協奏曲2番などの超難曲を作ったとも言われている。管を巻いた楽器を持っている。

オススメ名盤

それではオススメ盤をご紹介しましょう。どの盤も指揮者の考えがよく現れている名盤です。カール・リヒター以外は古楽器です。

カール・リヒター/ミュンヘン・バッハ管弦楽団&合唱団

現代楽器による名盤です。トランペットは現代楽器でも音はバランスがとてもいいです。合唱が感動的に、壮大に歌うのがこのミュンヘン・バッハ合唱団の特徴で、マタイ受難曲が有名な名盤となっていますがこの曲でもそのスタイルは同じです。

主よ人の望みの喜びよ~バッハ:カンタータ第80番&第147番

ニコラス・アーノンクール/ウィーン・コンツェントゥス・ムジクス

もっとも自然な音がする古楽器演奏です。また録音と指揮者の手腕なのでしょう、合唱も他の楽器も、とても鮮明な音のバランスです。オルガンもはっきり聞こえてきます。とくに9曲目の「私はキリストの不思議な奇跡を歌う」のトランペットを始め次々楽器が重なってくるところは絶品です!

バッハ : カンタータ 第140番&第147番

トン・コープマン/アムステルダム・バロック合唱団

コープマンほど楽しそうに演奏する、させる指揮者はいないと思います。バロック、とくにバッハの指揮とチェンバロは活き活きしています。躍動感のある曲は聴いていて楽しくなってくる一方、清楚な部分では合唱が非常に綺麗です。「主よ人の望みの喜びよ」の合唱はこの演奏が個人的に一番好きです。

バッハ:カンタータ全集(7)

ジョン・エリオット・ガーディナー/イングリッシュ・バロック・ソロイスツ

この演奏は当時の演奏スタイルを研究し再現したものです。テンポが軽やかな足取りで、フレーズも重くなったりが一切なく、音も短めに切って演奏しています。トランペットが非常に良い完璧な音です。また合唱の響きと歌詞の発音がハッキリしている点も特徴的です。

バッハ:カンタータ第106番、第140番、第147番

バッハのカンタータの意味

ところで、バッハのカンタータは誰を想定して作られたのでしょう?また聴くお客さんはどんな人たちでしょう。答えは普通の町の人や農民の人たちです。コンサートを開いて聴いてもらうために作られたものではなく、当時の西洋の人たちの習慣である教会に行ってお祈りをするために使われる音楽です。つまり芸術性の高い実用音楽のようなものです。

しかしその当時の人たちにとっての教会での礼拝も今の時代の人たちが感じるものとは大きな違いがあると私は思います。

以前、朝のニュース番組でバッハ・コレギウム・ジャパン率いる鈴木雅明氏のインタビューが取り上げられていました。戦争も頻繁にあり、医療も発達していない当時の人たちにとって「死」は非常に身近なものでした。簡単に人は死んでしまうので…それだけに教会で祈ったり聖歌を歌うということは、現代の人たちと違って本当の心からの祈りなのだ、ということを言っていました。

子を想う母。私はあなたを離さない。

最後にコラールを、簡単ですが私なりに歌詞の内容を翻訳しました。

イエスはずっと私の喜び、私の心の慰めであり、心に潤いを与える
悩みも消してくれる、彼は私の生きる力で
私の目の楽しみで、太陽で、私の心の宝で、恵みで
だから私の心からも目の届く所からも私はイエスを離さない。

もし私がキリスト教に信仰があれば、きっともっと深く理解できるのかもしれません。でも「イエス」の部分を、子を持つ親にとっての我が子、あるいは自分の愛する大切な人やペットでもいいです、世界で一番「アヴェ」と声を掛けたい人等に置き換えてみると・・・きっと深く深く理解できるとおもいます^^(神よ、私の要訳の罪は赦されました)


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