「この髪、切ったらアカン。いやマジでアカン」


吹奏楽の甲子園的イベントである「全日本吹奏楽コンクール」。ちょうど支部大会も終わり全国大会に出場する学校、団体も決まったのではないでしょうか。

念願の出場を果たした人、残念ながら出場できなかった人も、「全国大会への出場」をかけるとなると音楽の楽しさばかりでなく厳しさも体験することができたと思います。それだけ一つの音楽を作り上げるというのは大変なことでもありますね。

さて、今回ご紹介する曲はフランスの天才的作曲家サンサーンスが作曲したオペラ「サムソンとデリラ」から、単独で演奏されることの多い「バッカナール」です。吹奏楽にも編曲されていて演奏される機会も多く、吹奏楽経験者の人なら一度は耳にしたことがあるのではないでしょうか。

私が初めて演奏したのも学生時代の吹奏楽部での演奏会でした。

6~7分ほどの程よい演奏時間に1度聴いたら忘れられないエキゾチックな旋律と激しい盛り上がり。サンサーンスの作品のなかでも親しみやすい一曲です。

今回はこのサンサーンスの「バッカナール」をオーケストラと吹奏楽のトランペット席から、そしてオペラ全曲の中から魅力的なアリアもご紹介しましょう。

■ 目次

バッカナール

今や世界を代表するベネズエラ出身の若き指揮者グスターヴォ・ドゥダメル。オーケストラはテレサ・カレーニョ・ユースオーケストラ。若々しく力強い演奏です。ちなみにテレサ・カレーニョはベネズエラのピアニストです。


「バッカナール」とはギリシャ神話に登場するお酒と収穫の神様バッカス(デュオニソスのこと)を祝うお祭りのことです。

酒神バッカス「神さまも飲んじゃうー」


このオペラのなかの終盤、第3幕で力を奪われたサムソンがデリラの策略にひっかかりペリシテ人に捕まります。そして奴隷のように働かされ見世物にされます。ペリシテ人たちにとって憎きサムソンを貶めることができた祝いとして踊られるバレエ曲がこの「バッカナール」なのです。

曲はオーボエのエキゾチックなカデンツアから始まります(0:01)

私がオーボエという楽器を始めて生で聞いたのがこの時でした。宮崎駿のアニメでよく流れる楽器だ…



ホルンの不思議な伴奏からスピード感のあふれる旋律(0:23~)。とても魅力的で1度聴いたら忘れられないような旋律です。



カスタネットがリズムを刻むこの箇所は緊張感溢れます(0:56~)



そして曲はさらにエキゾチックさが増します。独特なリズムにまるで何か宗教的儀式のような怪しい旋律(1:55~)。ここがこの曲の最も特徴的なところですね。

吹奏楽でサックスを吹いていた仲間が「怪しい宗教みてぇだな」とボヤいていました。


一転、曲想はのびやかな美しい旋律へ(3:28~)。しかし再びエキゾチックな曲に(4:40~)



だんだんと曲は熱気をおびてきます。荒ぶるティンパニにホルンが全開パワーであの怪しい旋律を吹きます(5:46~)。次にトランペットが引き継いで同じ旋律を。そして最後に向かって激しさとスピードが増していき、バッカスを祀る躍りは最高潮に達して締めくくられます。


こちらは吹奏楽版。宣伝用なので1分半ほどに短縮されています。

オラトリオ?オペラ?グランドオペラ

この「サムソンとデリラ」は1874年に完成したオペラです。旧約聖書に登場する怪力の英雄サムソンとデリラの物語です。

もともとサンサーンスはこの曲をオペラではなくオラトリオとして作曲しようとしていたようです。確かに第1幕の前半の合唱などはオペラというより宗教歌を聴いている感じがします。

しかし2幕、3幕と進むにつれて劇的な場面が増え、オペラらしく盛り上がっていきます。バレエとして踊られる「バッカナール」はその頂点ともいえますが、最終場面ではさらに明るく華やかな場面となり、デリラの技巧的な歌唱も聴きどころです。

この時代のフランスのオペラは途中に見栄えのするバレエが踊られます。普通のオペラよりスケールの大きい「グランドオペラ」とよばれます。バレエが入るオペラといえば例えばグノーの「ファウスト」やヴェルディの「アイーダ」、ワーグナーの「タンホイザー」などもグランドオペラの形式といえます。


偽りの愛??1分でわかる!かもしれない「サムソンとデリラ」あらすじ

ペリシテ人の最大の敵でもあるヘブライ人のサムソン。子供の頃には素手でライオンを殺すほどの怪力。このただ一人のサムソンにペリシテ人は何人も倒されます。ロバの顎の骨一本で1000人のペリシテ兵を倒す(!)など正に無双の怪人。

この神の力を持ったサムソンの弱点は何なのか?そこでデリラはサムソンを誘惑し弱点を聞き出します。実はデリラはペリシテ人の手先です。美しいデリラの虜になってしまったサムソン。遂に自らの弱点をデリラに打ち明けてしまいます。そしてすぐさまペリシテ人に捕らわれてしまうのです。

そう!このオペラ、恋愛要素は全くといっていいほどありません。愛を歌い上げる美しいアリアも、いってみればウソの感情なのです。オペラとしては珍しいかもしれません。

サムソンに与えられし神の力とは?


無敵の力を持ったサムソンも美女には弱いようで、デリラの魅力にスッカリ骨抜きに。デリラはサムソンに言い寄り「あなたの弱点は何?」と聞き出そうとします。さすがにサムソンは本当のことは言いません。「縄で縛ると力が出なくなるよ」ウソの弱点を教えます。

するとデリラはサムソンが眠った後、即実行します。縄で縛り上げペリシテ人達を呼び寄せます。ここぞとばかりに襲いかかるペリシテ人。しかしサムソンはあっさり縄を引きちぎります。ペリシテ人達は一目退散。

サムソン「・・なんで縛ったん?」

デリラ「・・・ウソついたのね!私を愛してないのね!キー!」

サムソン「わかったわかった!本当の事を教えるから・・」

もちろんサムソンは本当の弱点は教えません。しかしデリラも諦めません。同じように再び弱点を聞き出そうとしますが同じようなことが3度繰り返されます。気付けよサムソン!

そして遂に最後は本当の弱点を教えてしまいます。さてサムソンの力の源とは何だったのでしょう。それは「髪の毛」だったのです。この髪の毛が無くなったとき(ハゲたとき)サムソンの無敵の力は失われてしまうのです。

「ツルッツルに剃ってやりました♡」


これはチャンス!デリラはその弱点を聞き出した後、サムソンが眠っている間にその力の源である髪の毛を剃ってしまうのです。そして控えていたペリシテ兵を呼び出します。力をなくしたサムソンはあっさりとペリシテ人に捕まってしまいます。そりゃそうだ…

ペリシテ人に捕まったサムソンは両目を潰され奴隷のように石臼を曳かされ見世物とされてしまいます。ペリシテ人たちにとって憎きサムソン。ペリシテ人たちは大いに歓喜に沸くのでした。サムソンさらにかわいそう…

さらには愛したデリラから「あれはぜーんぶウソでした〜♡」と告げられ(何度も弱点を聞いてくる時点で気付かなかったのかサムソン・・・)周りのペリシテ人からはさらに嘲笑されます。もうやめてあげて!

しかし捕らえられてから時間が経過していたのでしょう、サムソンの髪の毛は以前の長さに伸びていたのでした(気付かなかったのかペリシテ人)。再び力が戻ったサムソンは建物の柱を倒し、その場にいたデリラをはじめとするペリシテ人たちは崩れた建物の下敷きになり、サムソンもまた運命を共にするのでした。

神(髪)の力は偉大だッ!!

名盤

どちらかという単独で演奏されることの多い「バッカナール」。オーケストラよりも吹奏楽版で演奏されることが多いかもしれません。

シャルル・デュトワ/モントリオール交響楽団



フランス音楽の洗練されたオーケストラを聴きたければこの盤がオススメです。サンサーンスのオーケストレーションの素晴らしさが堪能できます。また、この盤は「バッカナール」の他にもシャブリエやイベールなど、魅力的な小曲が収録されています。

コリン・デイヴィス/バイエルン放送交響楽団(全曲)



「バッカナール」ばかりでなく全曲に渡って聴きどころが多い「サムソンとデリラ」。機会があればぜひ全曲も聴いてほしいです。この「バッカナール」が非常に素晴らしい演奏で、特に最後の盛り上がり(動画の5:46)のスピード感が非常に熱いです。

オペラからの聴き処アリア

サンサーンスは生涯に多くの作品を残しています。ところが現在では「動物の謝肉祭」や「交響曲第3番オルガン付き」など代表的な曲以外はあまり知られていないのではないでしょうか。このオペラ「サムソンとデリラ」もバッカナールは有名なものの、オペラ全体が聴かれる機会は少ないと思います。このバッカナール以外にも魅力的な聴きどころがあります。

その中でも特に綺麗なアリアを一曲ご紹介しましょう。

「あなたの声に私の心は開く」

第2幕の終盤で歌われるアリアで、サムソンに愛を打ち明けられたデリラの喜びを歌っています。非常に美しいアリアです。残念ながらその心はウソですが・・・・!

また最終の場面も、これまでの重く沈んだ雰囲気とはうって変わって華やかで明るい合唱となります。デリラのコロラトゥーラソプラノのような軽やかな歌も聴きどころです。

髪の毛がなくなると力が消えてしまう。ウム!私達男性も人ごとではありません。力を奪われないためにも努力しなければ!しかし現代では逆に禿げていた方がワイルドで強そうに見えなくもないですね!

そう、ボーズカットなら寝ている間に妖艶な美女に髪を剃られるなんて心配もありません。というわけで皆さんも丸刈りにしてサッパリしましょう!それでは力が出ない?そんな時はこの「バッカナール」を聴いて今日も一日元気で行きましょう!


「サムソンとデリラ第3幕」の無料楽譜
  • IMSLP(楽譜リンク
    本記事はこの楽譜を用いて作成しました。1929年にデュラン社から出版され、その後再版されたパブリックドメインの楽譜です。

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