バッハと言うと何を思い出しますか?
私がまず思い浮かぶのはくるくるパーマの白髪(カツラ)の肖像画です。昔は作曲家の絵が音楽室に飾ってありましたが、現在でも飾ってあるのでしょうか。
音楽の教科書には必ずバッハが載っていて「音楽の父」という風に習ったと思います。この呼び名を知ったらバッハはどのように感じるのでしょう?
音楽を初めて作った作曲家でもないのに「音楽の父」と呼ばれることをどう思うだろう…。もう少しバッハに関することだったら良かったのにと個人的には思います。
でもヘンデルよりはマシですかね。「音楽の母」って…性別変わってるし…。ヘンデルは怒るでしょうね。
バッハ作品を弾いたことのある方は弾くのが難しいと感じているかもしれません。バッハは正直弾くのは難しいのですが、とても勉強になるのでもっと作品に興味を持って頂き、バッハのことを今よりも好きになって頂ければいいなと思っています。
今回の記事ではバッハは何が難しいのかなどに触れながら「シンフォニア」について書いていきたいと思います。
バッハ作品は何が難しいのか
バッハの作品はたくさんありますが、前に楽譜を比較した記事でも書いたようにピアノを想定して書かれていないので現在のピアノで弾くにはどうしたら良いのかという問題があります。
そのため楽譜に書かれている解釈は出版社によって様々です。
原典版、解釈版と色々楽譜はあるのですが、まずはヘンレ版などの原典版を手に入れるというのがいいのではないかと思います。
【ヘンレ版】
私はこのヘンレ版で学びました。
【ウィーン原典版】
ウィーン原典版も多く使われている楽譜の1つです。日本語で解説が書かれているのが嬉しいですね。ヘンレ版よりも指使いが多く書かれています。
【ブゾーニ版】
解釈版です。ブゾーニ版はテンポ設定や強弱などがしっかり書き込まれています。こちらも解説が日本語訳されています。
この版で弾くとかなりピアニスティックになると思います。この版はオススメなのですが、最初に買う版としてはふさわしくないように思います。バッハを弾くとはどういうことなのかを考えもしないでこの版に飛びつくのは良くないのではないかと思います。原典版の次に買う楽譜としてはとても参考になる楽譜です。
バッハの楽譜はとても多く出版されており、どの版がいいのか、解釈はどうするのがいいのかというのは先生によって分かれてしまいます。他のどの作曲家よりも意見が分かれるのでバッハはそういった解釈の違いという面でも難しさが生じてしまいます。
その他にバッハの作曲方法というのが弾きにくいと感じさせてしまう要因の1つだと思います。
ピアノ学習者はだいたい右手がメロディー、左手が伴奏という作品を主に練習し、だんだん難しい曲が弾けるようにレベルアップしていくと思います。ある程度その弾き方ができるようになってからバッハの作品に挑戦すると思います。
バッハの作品は右手がメロディー、左手が伴奏というものではなく、どちらもがほぼ対等な関係です。
主導権を握るのはいつも同じパートというわけではありません。どこに主となるものが来るかによって主導権を握るパートが決まります。他のパートはその間休んでいるのではなく、別の旋律だけどちゃんと調和しているものが進んでいるわけです。
インヴェンション(2声)であれば上のパートと下のパートのどちらが主導権を持つのかを考えて弾かなくてはいけません。シンフォニアであれば1つ声部が増えて3声になります。
バッハはとても頭がよく、IQがめちゃくちゃ高かったのではないかと言われています。別々の旋律を調和させるというのはメロディーに伴奏をつけるよりももっと高度な作曲技術が必要です。
右手がメロディー、左手が伴奏というこれまで弾いてきた作品とは全く弾き方が違うということがわかって頂けたでしょうか?
学習者にとって右手と左手のバランスを変えるというのは1つの関門なのですが、シンフォニアは3声なので右手、左手を超えたバランスの取り方が必要になります。
どういうことかというと、上の声部と下の声部は右手、左手に分けられますが、真ん中の声部というのは右手でとる場合と左手でとる場合があるのです。左手から右手(逆もあります)に流れていくこともありますし、場所によって様々です。
そうした場合に右手と左手だけのバランスでは不十分なので、指1本ずつのバランスをとらないといけなくなります。ここが3声の難しい点です。
シンフォニアの難易度について
ドソミソのような決まった伴奏形を弾くことがないバッハのインヴェンションなどの2声の作品は慣れていない学習者にとっては難しいと感じると思います。それよりも難易度の高い3声のシンフォニアは弾くのがさらに大変です。3声のシンフォニアはどのくらいのレベルになれば弾けるようになるのかというのは、なかなか難しい問題です。
そもそも弾き方が違いますからソナチネが弾ければ弾けますというようにはいかないのです。多声部の弾き方に慣れていなければ、ソナタが弾ける程度という人でも苦労すると思います。
多声部を弾くことになれていない方はまず「アンナ・マグダレーナのためのクラヴィーア小曲集」の中から何曲か弾いてみる、そして「インヴェンション」を弾いてみる、もしくは「フランス組曲」(フランス組曲はアルマンド、クーラントetc…というように短い楽曲がセットになっています)の中のいくつか曲を選んで弾いてみてからシンフォニアに進まれると良いかなと思います。
「アンナ・マグダレーナのためのクラヴィーア小曲集」のおすすめ曲は3.メヌエット(ト短調)、5.メヌエット(ト長調)、12.マーチ(ニ長調)、18.ミュゼット(ニ長調)です。
「インヴェンション」はどの曲も素敵なので出来れば全部弾いて頂きたいのですが、まずは1番から弾くのがおすすめです。
「フランス組曲」でおすすめの曲は5番のガボットや6番のアルマンド、ガボット、ポロネーズ、ブーレ、ジーグです。
実は最初はシンフォニアではなかった
シンフォニアとはそもそもどのような意味なのでしょうか?
楽語辞典にはシンフォニーを意味するイタリア語と書いてあります。シンフォニーは日本では交響曲と訳されていますよね。シンフォニーの語源はギリシア語で「完全なる調和」という意味なんだそうです。
バッハが活躍した頃のバロック時代にはシンフォニアには様々な意味がありました。オペラなどの冒頭部分でオーケストラが演奏する曲のことを指したり、独立した器楽曲を指したりする場合もあったようです。このバロック時代にシンフォニアと呼ばれていたものが発展し、シンフォニーとなっていきました。
現在「シンフォニア」として親しまれている3声の作品ですが、実は初めはシンフォニアというタイトルではありませんでした。
「インヴェンションとシンフォニア」が書かれたのは1723年なのですが、その前に息子のために書いた「フリーデマン・バッハのためのクラヴィーア小曲集」(1720年)という作品があります。この曲集の中にプレアンブルムと名付けられた2声の作品が15曲とファンタジアと名付けられた3声の作品が14曲含まれていました。
このプレアンブルムがインヴェンションに、ファンタジアがシンフォニアへとそれぞれ名前を変更させ2つをセットにしました。その際に両方とも15曲ずつにし、曲の順番も並び変えました。
元々は息子のために書かれた曲だったということもあり、「インヴェンションとシンフォニア」は教育的な要素の強い作品です。
バッハ自身も学習者がこの作品を学ぶことで2声の弾き方によく慣れ、3声も素敵に演奏する方法を学び、歌って弾くことを身につけて欲しいというような内容を序文に書いています。それだけでなく作曲方法も学んで欲しいと考えていたようです。
シンフォニアの難易度順
難易度順に関しては様々な意見があるようです。長岡敏夫さんや園田高弘さんがつけた難易度順というのが調べると出てきますが、かなり違いがあります。
私が習った順番と比較もしてみましたがどちらの難易度順とも一致しませんでした。このことからシンフォニアの15曲にはそれほど大きな難易度の差はないということが言えるのではないかと思います。
この他にも順番をつけているものを見てみましたがそれぞれ差があり、一致するものはありませんでした。
しかし共通している部分というものもありました。どの難易度順も5番、9番、14番の3つの作品を後半に弾くような順番になっており、私が習った順番も3つの作品は最後の方でした。
5番、9番、14番は他のものに比べると難しいというのは私も感じますので、その番号は後回しにすると良いと思います。個人的には9番が1番難しいと感じています。譜面上はそれほど難しくはないのですが歌い方が難しいです。
私なりの難易度順をつけるとしたら、易しいほうから
- 第1番 ハ長調 BWV787(4分の4拍子)
- 第3番 ニ長調 BWV789(4分の4拍子)
- 第4番 ニ短調 BWV790(4分の4拍子)
- 第8番 ヘ長調 BWV794(4分の4拍子)
- 第10番 ト長調 BWV796(4分の3拍子)
- 第6番 ホ長調 BWV792(8分の9拍子)
- 第11番 ト短調 BWV797(8分の3拍子)
- 第12番 イ長調 BWV798(4分の4拍子)
- 第2番 ハ短調 BWV788(8分の12拍子)
- 第15番 ロ短調 BWV801(16分の9拍子)
- 第7番 ホ短調 BWV793(4分の3拍子)
- 第13番 イ短調 BWV799(8分の9拍子)
- 第5番 変ホ長調 BWV791(4分の3拍子)
- 第14番 変ロ長調 BWV800(4分の4拍子)
- 第9番 ヘ短調 BWV795(4分の4拍子)
です。
一応順番を決めましたが5番(様々な装飾方法が出て来る)、9番(進んだり戻ったりする音を表現するのが難しい)、14番(後半になると複雑になる)はそれぞれ難しいところがあるので、後回しにして好きな曲から始めるというので全く問題ないと思います。
シンフォニアの練習方法
↑構成についての説明が細かく書いてあります。
3声を素敵に弾くためにはまず各声部がどのような動きをしているのかを理解しないといけません。上の声部と下の声部はすぐにわかるのですが、真ん中の声部はト音記号とヘ音記号を行ったり来たりしているのでわかりにくいと思います。
すぐに弾くのではなく、まずその真ん中の声部の動きを確認するという作業から始めてみましょう。
①1声部ごとに5線に書き出してみましょう。この時に必ず縦の線を合わせておくというのが重要です。後でそれを見て弾こうと思っても縦の線がちゃんとそろっていないと弾けません。
書くのが大変という方は楽譜をコピーして各声部を色鉛筆などで色分けしていくと良いです。
②その作業ができたら1声部ずつ弾いてみましょう。
③その次に2つの声部を弾いてみましょう。
まずはソプラノ(上のパート)とバス(下のパート)を弾いてみましょう。それができたらソプラノとアルト(真ん中のパート)。最後にアルトとバスというようにパートの組み合わせを変えながら練習してみましょう。
これから書く練習はインヴェンションにも有効な練習ですので挑戦してみて下さい。
その練習とは1つ(または2つ)のパートは弾き、残りのパートは歌うという方法です。各声部がちゃんと理解できていないとソプラノパートやテーマが出て来るパートに引っ張られて歌えなくなる瞬間というのが出て来てしまいます。
この練習をするととても頭がこんがらがりますが、ひっぱられずに歌えたらもう完璧に各声部が頭に入っているということですし、声部ごとの流れが聴こえているという証拠だと思います。
バッハのシンフォニアについて書いて来ましたがいかがだったでしょうか。
バッハのシンフォニアは演奏技術だけでなく、耳も鍛えてくれる作品だと私は思います。弾き方に慣れるまでは大変かもしれませんが、根気よく練習すれば各パートの音が徐々に聴こえてくるようになってくると思います。
絶対に成長させてくれる作品なので挑戦してみて下さいね!
まとめ
◆シンフォニアはインヴェンションなどの2声の作品を経験していないと弾くのは困難◆元々は息子のために書かれた曲だった
◆インヴェンションとシンフォニアは教育的要素の強い作品
◆アルトパートがどのようになっているのかを知ることが大切
「シンフォニア」の無料楽譜
- IMSLP(楽譜リンク)
1853年にブライトコプフ・ウント・ヘルテル社から出版されたパブリックドメインの楽譜です。「シンフォニア」全15曲が収録されています。
バッハ「インヴェンションとシンフォニア」の記事一覧
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