ロベルト・シューマン(Robert Schumann/1810ー1856年)
前回、ドビュッシーの「子供の領分」難易度順について書きましたが、今回はシューマンの「子供の情景」難易度順について書いていきたいと思います。

以前に「トロイメライ」「アレグロ」について書いているので、シューマンの作品を取り上げるのはこれで3回目になります。

「トロイメライ」ではシューマンの人生について書き、「アレグロ」では彼は2面性を持っていて作曲や評論を書く時にその2面性を活かしていたことを書きました。2つの記事でシューマンがどのような人だったのかというのはある程度わかって頂けると思います。

今回は「子供の情景」という作品がどのような状況の頃に書かれた作品なのかということにも触れながら難易度順について書いていきたいと思います。

■ 目次

「子供の領分」と「子供の情景」の共通点と相違点


「子供の情景」の作品について書いていく前に、前回書いたドビュッシーの「子供の領分」との共通点と相違点について書いてみたいと思います。

ドビュッシーの「子供の領分」とシューマンの「子供の情景」は両方とも作品名に「子供」という言葉が使われていますが、少し違いがあるように思います。

「子供の領分」は溺愛した愛娘シュシュのことや彼女が持っていた人形やぬいぐるみをイメージして作られています。対してシューマンの「子供の情景」の方はクララから「時々あなたは子供のように思えます。」という言葉をかけられ、それがきっかけとなって作られた作品です。

2つの作品は大人から見てイメージした子供の姿ではあると思うのですが、ドビュッシーの方はシューマンよりも子供に近い視点になっている気がします。シューマンの方はというと、ドビュッシーよりも客観的に子供見ているような気が私はします。

視点の他にも距離感が違う気がします。

「子供の領分」はすぐそこに子供がいてそれをほほえましく見ている感じなのに対し、「子供の情景」は遠くの方にいる子供を眺めて書いたような距離感を私は感じるのです。

実際に子供を見て書いたというのではなく、シューマンは過去の自分を思いだして書いたのかもしれません。

ドビュッシーは愛娘という対象者が明確にいましたが、シューマンはそうではありませんでした。そのようなところにも違いが出ているのかもしれません。

作曲方法にも違いがあるような気がします。

ドビュッシーはイメージしたことや実際に見聞きしたことを音に表しています。子供をイメージして書いた曲なのであまり複雑な音にはならないようにして作曲したのではないかと想像します。

「子供の領分」と同じ頃に作曲されたドビュッシーの他の曲に比べると「子供の領分」はわかりやすくシンプルに書かれています。

シューマンはというと、もちろんシューマンの他の作品に比べるとシンプルには作曲されていると感じますが、旋律と伴奏という単純な構造ではなく、対位法的な書き方がしてあるものが多くあります。

声部の重なりはとても素敵ですが、複雑に聴こえてしまい「子供」という印象はあまり感じられません。

シューマンとドビュッシーは活躍した時期、国も違いますし作風も全く違うので相違点の方が多いのですが、子供を題材にして作品を書いたという共通点があります。

そしてどちらも初歩の子供が弾けるような内容にはなっていないことも共通点だと思います。

「子供の情景」はもともと子供たちに弾かせる作品とは考えておらず、「大人が子供心を忘れないように」という意味も込めて書いた作品のようです。

子供のための作品というものもシューマンはのちに書いていますが、「子供の情景」に関しては子供が弾くことを考えてはいない作品なのです。

それを考えると対位法的な書き方が多くされているのも納得できますね。

「子供の情景」を作曲した頃、シューマンはどんな状況だったのか

「子供の情景」はOp.15という作品番号がつけられています。この作品は1838年に作曲されました。シューマンは1810年に生まれなので28歳の時の作品ということになります。

その頃のシューマンはどのような状況にあったかというと、クララとの交際がクララの父親のヴィークにバレてしまい、結婚することを大反対され関係を解消させようと様々な嫌がらせを受けていました。

もう少し細かく見ていきましょう。

1828年にシューマンはヴィークの指導を受けるようになっていました。シューマンは初め9歳も年の離れたクララのことにあまり関心がなかったようです。きっと妹のような存在だったのでしょう。

1832年頃に右手故障のためピアニストになることを断念しましたが、作曲と評論は続けており、音楽家をあきらめることはありませんでした。1834年には音楽雑誌を創刊します。

シューマンはクララと交際する前にヴィークの生徒だったエルネスティーネ・フォン・フリッケンと交際していました。音楽雑誌創刊と同じ1834年には婚約までしていたのですが、これはすぐに解消されました。

以前取り上げた「アレグロ」Op.8(1831)はこのエルネスティーネ・フォン・フリッケンに献呈されています。(のちに妻となったクララは他の女性に贈られた曲ではありましたが、この曲を自身のレパートリーとしていたようです。)

この婚約が解消されたあたりからシューマンの情熱はクララに向かい始めます。

1836年頃にはヴィークが2人の関係に気づき、クララをライプツィヒからドレスデンに移らせるなどして何とか2人の関係を解消させようと画策します。

会うことが許されない中でも2人は密かに会ったり、手紙を交わしたりしていました。父親の妨害を受ける中でクララはシューマンとのことはあきらめようと考えたこともあるようです。

しかしシューマンは諦めることなく自分の気持ちを曲や手紙に込めクララに届け続けました。その甲斐もあり1837年にクララと手紙の中で婚約をします。

2人の気持ちは固まりましたが、ヴィークは猛烈に反対です。何とか結婚を許してもらおうとシューマンも努力しますが聞き入れてもらえず、妨害があまりも酷くなってきたため1839年に裁判をすることにしました。

そして1840年に2人はやっと結婚できたのです。

「子供の情景」は1838年に作曲されていますので、クララとの結婚が認められず、会うことも許されないような状態の時に書かれた作品なのです。

手紙の中で婚約はしていたため、2人は結婚に向けて同じ気持ちで進んでいたかもしれませんが、実はあまり幸せとは言えない状況の中で書かれた作品なのです。曲を聴く限りそのようには感じませんよね。

実はシューマンのピアノ作品は結婚前、つまり1840年よりも前に集中的に書かれています。
代表的な曲である「幻想小曲集Op.12」は1837年作曲、「クライスレリアーナOp.16」は1838年作曲、「幻想曲Op.17」は1836年に作曲されています。

ピアノ作品の中にはクララに対しての思いがたくさん盛り込まれていると言われています。

クララは天才的なピアニストですし、シューマン自身もピアニストを目指していたわけですから、ピアノに対する思いは強かったと思います。

他のジャンルの曲よりもクララに思いを伝えるにはピアノ作品が1番だと考えた結果、この時期に集中的にピアノ作品を書いたのかもしれません。

シューマンの音楽はピアノ作品だけでなく、歌曲の分野でも高く評価されています。

彼は器楽の方が声楽よりも優位であるという考えを持っていたようなのですが、シューベルトの歌曲に出会い、クララと出会ったことも影響したのか、2人が結婚した1840年には多くの歌曲を残しています。

この年以降はピアノや歌曲だけでなく、オーケストラや室内楽などの作品も作曲していきます。

結婚を許してもらえないという苦しい時期はありましたが、それを音楽にぶつけることで素晴らしい作品が次々と生まれたわけです。結婚後もジャンルを変えながら次々と素敵な作品を生み出しました。

シューマンはクララからとても良い影響を与えてもらっていたのでしょうね。

「子供の情景」とはどんな作品なのか



「子供の情景」は全13曲からなる作品です。1曲がとても短く、長いものでも演奏時間は3分もかかりません。

先ほども書きましたが、この作品はクララの言葉からインスピレーションを得て書かれた作品です。元々30曲ほどあったようなのですが、最終的には13曲になりました。

この曲集に入れなかったものは他の曲集「色とりどりの小品Op.99」や「アルバムの綴りOp.124」に入れられているものもあるそうです。

全曲のタイトルはこのようになっています。他の訳と原題も併記しています。

第1曲 見知らぬ国/見知らぬ国と人々について/Von fremden Ländern und Menschen
第2曲 不思議なお話/Kuriose Geschichte
第3曲 鬼ごっこ/Hasche-Mann
第4曲 ねだる子供/おねだり/Bittendes Kind
第5曲 満足/十分に幸せ/Glückes genug
第6曲 重大な出来事/Wichtige Begebenheit
第7曲 トロイメライ/夢/Träumerei
第8曲 炉端で/炉端のそばで/Am Kamin
第9曲 木馬の騎士/Ritter vom Steckenpferd
第10曲 むきになって/Fast zu ernst
第11曲 こわがらせ/怖がらせ/Fürchtenmachen
第12曲 眠っている子供/眠りに入る子供/Kind im Einschlummern
第13曲 詩人のお話/詩人は語る/Der Dichter spricht

シューマンの作品を弾く前に弾いておいた方が良い曲

「トロイメライ」の記事でも書いたのですが、シューマンはバッハをとても尊敬していてバッハについて研究していたので、バッハを学ぶことがシューマンを弾く上でヒントになると思います。

「インヴェンション」や「シンフォニア」、「平均律」を弾けるようになっていくといろんな声部を弾き分けるコツがわかってきます。そしていろんな声部の音を聴き分ける耳が養われていきます。



シューマンの作品は対位法的な書き方が多くされていますので、バッハを学ぶことはとても重要なことだと思います。特に「シンフォニア」を勉強されることをおすすめします。

シューマンの作品だと「ユーゲントアルバム(子供のためのアルバム)Op.68」はいかがでしょうか。



この作品は子供のために書かれた作品です。子供が弾けるようにわかりやすい作品になっていますが、シューマンを弾く上でのエッセンスがたくさん詰まっていると思います。

シューマンの他の作品を聴いてみるというのも勉強になるかもしれません。彼の歌曲はピアノ作品と同じように高く評価されていますので、歌曲を聴いてみるのもいいかもしれませんね。


「子供の情景」の難易度順と各曲の解説

難易度については「トロイメライ」の記事のところでも少し書いているのですが、バッハの「シンフォニア」が弾ける程度の中級レベルだと思います。

この曲集はシューマンの作品の中ではそれほど難しい曲ではありませんが、いろんな声部を弾き分けたり、曲の情感を表現したりするにはそれなりの技量と音楽に対する経験が必要な気がします。

「子供の情景」全13曲に私なりに難易度順をつけてみました。参考にして頂けたら嬉しいです。

★      第1曲「見知らぬ国」
       第2曲「不思議なお話」
       第13曲「詩人のお話」

★★     第4曲「ねだる子供」
       第6曲「重大な出来事」

★★★    第3曲「鬼ごっこ」

★★★★   第5曲「満足」
       第7曲「トロイメライ」

★★★★★  第8曲「炉端で」
       第9曲「木馬の騎士」

★★★★★★ 第10曲「むきになって」
       第11曲「こわがらせ」
       第12曲「眠っている子供」

対位法的に書かれているものに★を多くつけています。その中でも弾き分けが難しいかなと感じたものに★をより多くつけました。

★が1つ2つ違うくらいたいしたことはありませんので、どんどん挑戦してみて下さいね。

少しずつ曲の解説をしていこうと思います。

第1曲「見知らぬ国」

ト長調/4分の2拍子/Op.15-1


3声部で進行していきます。


最初は1番上の声部にメロディーが来ますが、中間部では1番下の声部にもメロディーが出て来ます。


この曲にはバッハが隠れていると言われています。バッハのスペルはBACHです。このBACHはドイツ音名に変換することができます。(B=シの♭、A=ラ、C=ド、H=シのことを指します。)


シューマンはこのような文字をドイツ音名に変換して曲の中に隠すという技を使うことがあり、曲によってはクララのことが隠されているものもあります。

第2曲「不思議なお話」

ニ長調/4分の3拍子/Op.15-2


1曲目は同じ曲調のまま進んでいきましたが、この2曲目では休符の入っている付点が多用された部分とレガートで歌う部分が交互に出て来てとても対比のある作品になっています。


これは曲の途中部分です。楽譜を見ただけでも対比がわかりますね!4小節に渡るレガートの部分と休符のある付点リズムが出てきています。

第3曲「鬼ごっこ」

ロ短調/4分の2拍子/Op.15-3


鬼につかまらないように逃げ惑うような印象を受ける曲です。


sfpという指示がたくさん出てきます。これは強調して弾いた後はすぐに音をひかえて弾きなさいということです。

スタッカートを鋭く切ることでより躍動感が出ると思いますので軽く短く切れるようにしてみて下さい。

第4曲「ねだる子供」

ニ長調/4分の2拍子/Op.15-4


おねだりしているような印象を感じる曲です。実はこの曲、1曲目の初めのメロディーをそのまま使っています。


調とリズムは違いますがシ、ソ、♯ファ、ミ、レという同じ音を使っています。わかりましたか?


この曲の終わりは主和音ではなく、まだ続くような印象のまま終わります。この曲は1つで完結させるつもりがない曲だったのかもしれませんね。

第5曲「満足」

ニ長調/4分の2拍子/Op.15-5


おねだりが上手くいって思い通りになったのでしょうか?とても明るく喜びを表現するかのような印象を受ける曲ですね。


楽譜が込み入ってきましたね。右手だけでメロディーと伴奏を弾き分けるような構成になっています。伴奏の方が目立ってしまわないように気をつけながら弾く練習をよくして下さい。

第6曲「重大な出来事」

イ長調/4分の3拍子/Op.15-6



和音とオクターブで構成された曲です。和音は押さえつけて弾くのではなく、弾いた後は力を抜くようにしましょう。

和音は1つ1つを丁寧に弾きすぎてしまい音が並んでしまうことがあります。そのように弾くと動きのない音楽になってしまい、とても退屈に聴こえてしまいます。

和音を必死に弾くのではなく、上のメロディーラインだけ弾いてみるなどの練習をしてどのように弾きたいのかを考えてみて下さい。

重大な出来事とは何だったのでしょうかね?いろんな想像をしてみて下さいね。

第7曲「トロイメライ」

ヘ長調/4分の4拍子/Op.15-7


「子供の情景」の中で最も有名な曲です。トロイメライについては以前の記事を見て下さいね。

第8曲「炉端で」

ヘ長調/4分の2拍子/Op.15-8


この曲から3曲続けてシンコペーションがたくさん使われています。


慣れていないと読みづらく感じる楽譜かもしれませんね。このような読みにくい楽譜はまず弾くのでなく、楽譜をよく眺めるというのがポイントです。

縦に楽譜を見ることも重要なのですが、対位法的な書き方がしてある楽譜は横に見ていくことがとても重要です。

横に見ていくとその曲が何声部から出来ているのかというのが次第に見えて来ます。それが理解出来たら1声部ずつ取り出して練習するようにしてみましょう。それが出来たら右手の2声部だけ弾くというように徐々に声部を増やしていってみて下さい。

第9曲「木馬の騎士」

ハ長調/4分の3拍子/Op.15-9


3拍目にはアクセントもついています。左手と右手で交互に弾き、3拍目で両手になるという動きになっています。


馬が走っているかのように聴こえるのはこの左手と右手のズレから感じられるのかもしれませんね。

第10曲「むきになって」

嬰ト短調/8分の2拍子/Op.15-10



ここまでがシンコペーションが多用されている作品です。

この作品ではタイ+シンコペーションという組み合わせになっています。リズムがわかりにくいかもしれませんね。その場合はタイを取って考えてみて下さい。

左手に合わせればいいじゃんと思われるかもしれませんが、正しくリズムを理解して弾いているのと何となく弾いているのとでは曲に対する理解の深さに差が出ると私は思うので、ちゃんとわかって弾いて頂きたいなと思います。

シューマンはシンコペーションを割と多く使っているように感じます。「アレグロ」の記事でも書きましたが「アレグロ」の中にもシンコペーションが多く使われています。

第11曲「こわがらせ」

ホ短調/4分の2拍子/Op.15-11


この曲はゆったりと流れる部分と素早く動く部分の対比が特徴的です。


Schnellerというのは速くという意味です。

第12曲「眠っている子供」

ホ短調/4分の2拍子/Op.15-12



同じリズムがずっと使われながら音の響きがどんどん変わっていきます。


この部分からはシンコペーションがまた使われています。

この曲が1番難しいのではないかなと感じています。声部ごとによく練習することはもちろんですが、和音の響きの変化をよく感じて弾く必要があると思います。

第13曲「詩人のお話」

ト長調/4分の4拍子/Op.15-13



この曲の途中には小節線が書かれていない部分が出てきます。この部分はある程度自由に演奏しても許される部分なので、何度も弾いて自分のなりのスタイルを見つける必要があります。


今回はシューマンの「子供の情景」について書いて来ましたが、いかがだったでしょうか?有名な「トロイメライ」だけでなく、他12曲にも挑戦してみて下さいね!



「子供の情景」の無料楽譜
  • IMSLP(楽譜リンク
    本記事はこの楽譜を用いて作成しました。1880年にブライトコプフ・ウント・ヘルテル社から出版されたパブリックドメインの楽譜です。


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