テレビに映るオーケストラってカッコいいですよね。
特に、大編成のマーラーとか、ベートーヴェンの「第九」みたいに合唱付きだと迫力があります。
広いステージ上に黒光りのピアノが、ポツンとスポットライトで照らされているのも、それはまた独特の味があったり。

楽器単体のソロから、100人以上もの奏者がいる大編成、バレエやオペラまで含めたら、クラシックはとっても幅広いですよね。
でも、テレビ番組にするのに重要なのって、「いかにカッコよく映すか」。これだけなんです。

実際、私がディレクターをしていた時に目指していたのは、「ホールで聴くより感動させる映像を作る」ことでした。この点については、また後ほど触れますね。

■ 目次

クラシック番組の2大要素


クラシック番組の80%は、ホールなどでの演奏と、トークなどのスタジオ部分の組み合わせです。
演奏の割合が多いか少ないかは、番組の目的で違いますね。

年末恒例のベートーヴェン「第九」コンサートなんかは、しっかり演奏を見せたいので、ほぼ100%演奏会の映像です。

楽器や演奏家がテーマだったら、特徴とか多彩な音色が分かるように、コントラストが際立つ作品を並べて見せるでしょうね。

ピアノがテーマだとして、リストの「超絶技巧」と、ドビュッシーの「月の光」では、同じピアニストが弾いても全く違いますよね。
逆に、同じ曲でも演奏家が違えば、全く異なる演奏です。
スタンウェイとヤマハを並べて、音の違いを検討するのもありですね。

こういう比較検討の場合は、「音楽の権威」に解説してもらいます。
「この人が言うなら本当なんだろう」って思わせないと、説得力ないですからね。

あとの20%は?

演奏会とスタジオだけだと、飽きちゃうんですよね。
それは、見ている画面が変わらないからです。


サントリーホールのように、いくらホール自身が素晴らしくても、切り取り方には限界があります。
パイプオルガンのアップ、天井からのライト、客席、、、。欠伸がでちゃいます。

いくら視聴者層が、ゆったり感を楽しみたいクラシックファンでも、ある程度「おや?」っと思わせる瞬間は大切です。
最後までチャンネルを変えずに見てもらわないといけないですからね。

その場面転換を助けてくれるのは、ロケの映像や、資料映像、インタビューなんかです。

ホールの外側に並んでいる観客を映すだけでも、ぐっと親近感が出るんですよ。
ワクワクしてる、待ちきれない表情なんか映ってるといいですね。

「おっ」と視聴者を惹きつけるのに一番効果があるのは、「舞台裏」映像です。

みんな大好き!「舞台裏」


映画のDVDなんかに、ボーナスでメーキングシーンとかありますよね。
編集されてキレイに仕上げた作品には見られない、素の部分。
こういう「舞台裏」って、みんな大好きなんです。

クラシック番組でいうと、リハーサル風景だったり、演奏家が休憩しているところだったり。
舞台袖で緊張感ある表情を見せている場面もいいですね。

一旦舞台に上がったら、もうそれは表の顔です。
なので、コンサートを聴きに来た観客に裏側は見れません。
それが番組で見られるとなれば、得した気分ですね。

私が出会った「舞台裏」ベスト3

私がディレクター時代に出会った、今でも心に残る「舞台裏」。
3つご紹介しますね。

 1位:コンクールの「舞台裏」


漫画「のだめカンタービレ」や「四月は君の嘘」、にも出てきて、かなりお馴染みになったコンクール風景。

私が感じた一番の驚きは、ソリストと、伴奏をするオーケストラの温度差でしたね。

コンクールに参加しているソリストは、当然若手が多いです。
大舞台の経験は少なく、ましてやテストされるわけですから、緊張して当然ですよね。

でも、伴奏側のオーケストラは、同じ曲を何度も何度も弾かされるわけです。
普通、リハーサルでも通しで演奏なんてまずないので、疲れるし飽きます。

ソリストありきのコンチェルトは、ソリストに寄り添って、引き立てなきゃいけない。
ソリストがつまづけば、正して導かなきゃいけないんですね。
温度差があって当然です。

演奏前の舞台裏では、いつにも増してリラックスムード漂うオーケストラがいて、舞台袖では、ピリピリしているソリストがいるんですね。
空気感があまりに違うので、居心地悪いことこの上ないです。

 2位:舞台上の「舞台裏」


譜面台や椅子、指揮台を並べてるセッティング。
何もない舞台が、あっという間にそれらしくなっていく過程って、何度見てもワクワクします。

テレビ収録がある場合は、撮りたい画像が撮れないと仕方ないので、セッティングでの各方面との交渉は大切です。

例えば、ピアノ協奏曲では、客席から見てピアニストの真後ろに、無人カメラを置くのが常です。
ここからの映像は、薄暗い観客席をバックにピアニストだけが浮かび上がって、最高にカッコイイ!
絶対に欠かせないカメラなんですね。

でも、ピアニストはデリケートな方が多いんです。
「そんなカメラがあったら、気が散る。撤収してくれ」という要望もあったりします。
そこをどうにか説得するのは、ディレクターやプロデューサーの仕事だったりします。

 3位:「舞台裏」代表、リハーサル


「舞台裏」と言えば、やはりリハーサルですね。
これを間近で見られたのは、ディレクターの特権でした。

指揮者の指示の出し方、音楽が出来上がっていく過程が見られる貴重な機会です。

同じオーケストラを何度も見てると、指揮者によって奏者の気合いの入り方が違って見えたりして、結構楽しいんですよ。
プロですから手抜きはないにしても、「今日は緊張感あるな」と思わせる時と、「なんか、普通だな」と思う時と色々ですね。

指揮者から注意された箇所を、休憩中に練習している姿を見ると、「プロも人間なんだな」と安心しましたね。

実は難しいインタビュー


クラシック番組でも良く見かけるのは、インタビュー映像です。
「こんなこと思って演奏してますよ」と視聴者に見せてあげると、「へえ、そうなんだ」と分かりやすい。

美術館に行くと、作品の横に説明書きがありますよね。
漠然と見ても良いけど、説明を読むことで見方にちょっと幅が出ませんか?

音楽も同じで、純粋に音を聴いてもいいんですが、インタビューがあると聴き方の幅を広げてくれるんですね。
豆知識のような情報を教えて、視聴者が「へえ」っと思ってくれる。

そんな使い勝手の良いインタビューなんですが、自分でするのは結構難しいんです。
インタビュー慣れしている指揮者やソリストは、そつなく答えてくれますけど、面白みに欠けて「おっ」と惹きつける瞬間がないんですね。

逆に、慣れていない人だと、カメラが回っていない時は良い発言をしてくれていたのに、いざインタビューとなると、気負いすぎてしまうんですね。

「打ち合わせで言ってた時と違うんですけど!」と内心焦りながら、質問を練り直しつつ、なんとか「言って欲しかったこと」を引き出すんです。

この点、ベテランのアナウンサーの方々はすごいですね。
相手を信頼させて、カメラではなくて、質問する自分に集中してもらえるんです。

インタビューの始め方、間の取り方、相づちの打ち方。
インタビューされてる側は、上手に答えてくれるので、映像としても使いやすい!
いつも感心しながら見てました。

コンサート収録は、ディレクターの個性満載!


インタビューや、ロケ映像など、視聴者を飽きさせない工夫はもちろん大切なんですけど、演奏部分の映像がお粗末では、せっかくの番組も台無しです。
やっぱり主役が良くないと、脇役の映像も活きないんですよ。

私が大好きだったコンサート収録。ディレクターの音楽に対する情熱が、はっきり出ますね。

前述した「ホールで聴くより感動させる映像を作る」のは、まさにこの収録なんです。

実際の演奏会を聴きに行く魅力は、生の音を聴いて、その空気とか温度を身体で感じることですよね。
でも、見るということだけを言うなら、大して面白くないんです。

派手な演出が少ないクラシックの演奏会は、自席からの一定の画像を見続けるだけです。
目はズームインとかしてくれないので、とっても単調な画像ですね。

そこで、ディレクターがカメラを何台も駆使して、色んな切り取り方をするんです。
「これ」という正解はないので、どのカメラで何を撮るか、何秒で次のカメラに切り替えるのか、全てディレクターにかかっています。

なので、同じ曲を収録しても、ディレクターによって全く違う収録が出来上がるんですね。

コンサート収録の基本 その1 基本は生放送


通常の演奏会の場合、使うカメラは5台から7台です。
全部のカメラを録画しておくわけではないので、後で画像を編集することは基本的にはないですね。
生放送でなくても、テロップも入れて、放送に出せる状態で収録するのが常なんです。

どうしてもミスがあって直せるように、メインとサブの2系統は録画しておきます。
メインで、生放送みたいに録画して、サブで無難な映像、指揮者とか、舞台遠景とかを入れとくんです。

ここで言う「ミス」というのは、「クラリネットのアップなのに、オーボエのアップを撮っていて、オーボエ奏者が吹き終わってしまっている」、なんていう間抜けな映像のことです。
たとえ間違えたのがカメラマンだとしても、責任はもちろんディレクター。

ディレクターは、全てのカメラを見ているんです。
次に切り替えるカメラが、台本とは違うものを撮っていたら、それを直してもらうのも仕事ですからね。
カメラマンが、クラリネットとオーボエの違いを知らなくても責められません。

ちなみに、実際のスイッチを切り替えるのはディレクターではなく、技術担当(スウィッチャー)です。
ディレクターは、「次 1カメ」とか言いながら、切り替えるタイミングでスウィッチャーに指示します。
「はい!」と言ったり、指でパチンと鳴らしたり、色々です。

私は、どんなに頑張っても指を鳴らせなかったので、苦肉の策でボールペンのクリップを押し上げて代用してました。
指の形状に合って、綺麗にパチンと鳴るボールペンを探すのに苦労したのも、今となってはいい思い出です。

コンサート収録の基本 その2 カメラ


カメラを置く位置や台数は、ディレクターが決めます。
予算のこともあるので、プロデューサーと相談の上ですよ。(カメラ用の座席を確保するので、その座席分の費用がかかるんです。)

撮りたい映像を事前に決めておいて、実際にホールに行ってカメラマンと確認するのは、とっても大切なんです。
収録の際に、「あれもこれも撮れない」なんていう悲惨なことになって、自分で自分の首を締めるのは嫌ですからね。

地方公演のように事前にホールに行けない場合は、過去の収録を参考にしたり、ホールに問い合わせたりして決めるんです。
どれだけ準備をしていても、現地に行って頭を抱えることが多いですね。

想像以上に座席に段差がなかったり、天井からのマイクが邪魔していたり。
休む間も無く、本番まで修正に次ぐ修正です。

コンサート収録の基本 その3 スコアと台本


ディレクターは、どのタイミングでカメラを切り替えるのか。
いくら大好きな曲でも、到底覚えられるものではないです。

カメラマンにも、どのカメラでどんな画像を撮るか事前に伝える必要があるので、収録前に台本をカメラマンに届けられるよう、時間に余裕を持って準備します。

基本は、作品のCDを聴きながら、スコアに「カメラ番号 映像の中身 秒数」を書いていきます。
例えば「1カメ 指揮者ウェストショット 20秒」など。

ズームインして欲しい時は、「ピアニスト ウェストショット ズームイン → 手元」のように書きます。
「ジワジワと」とか「徐々に勢いをつけて」とかイメージを補足しておくと分かりやすいですね。

自分の中の作品のイメージを、映像で表現する作業なんですよね。
私の場合、スコアに書き込んでいる時は、かなり怪しい人間だったと思います。

「このメロディーの受け渡しを2秒ずつで切り替えて、ここでドーンとフルショット!あー、カッコいい!」とか。
空想と妄想のオンパレードで、完全に自己陶酔の世界です。

実際の収録の際、ディレクター以外の担当者は台本を見るので、自分のイメージをどれだけ正しく台本に反映できるか、大切な部分ですね。

台本で書ききれない時は、打ち合わせの時に、「ここめっちゃカッコいい場面なんで、指揮者の表情ギリギリまでアップでお願いします」とか言っておくわけです。
最高にカッコいい画像を撮ってくれますね。

コンサート収録の基本 その4 リハーサル


本番前の練習にお邪魔出来る時は、当然出向きます。
テンポや楽器の並び、繰り返しの有無なんかを確認するんです。

指揮者によって、バイオリンを左右両側に配置する人もいれば、左側に固めて、右側にヴィオラとチェロを配置する人もいるわけです。
事前に確認はしておきますが、念には念を入れて、というのが大事ですね。

事前の下見が出来ない場合は、ステージでのリハーサルまでドキドキです。
夜に本番がある演奏会は、だいたい午前中にリハーサルがあります。
本番と同じく、カメラマンもディレクターもスタンバイして、台本に沿って仮収録するんです。

ここで、実際の映像を見て、「あ、ここは要らないな」とか、「このカメラではこの画像が撮れないから、違うカメラに切り替えて」とか、チェックします。
当然、後ろで控えているプロデューサーからもダメ出しが入るので、どんな敏腕ディレクターでも、必ず数カ所は修正がありますね。

テープに録画してもらっているので、リハーサル後は、ディレクターは引きこもってひたすら修正です。
本番前の打ち合わせまでに間に合わせるよう、いつも必死の形相だったと思いますよ。

コンサート収録の基本 その5 本番


いよいよ本番。刻一刻と迫る本番に、ディレクターも緊張します。
オーケストラがステージに上がる前から、収録を始めて、曲目や演奏者の情報をテロップ入れします。

演奏が始まると、とにかくスコアを追いながら、冷静に指示を出すことを心掛けていましたね。
特に、ミスがあったすぐ後に、どれだけ声を荒げず次の手を打つか、ディレクターの真価が問われる瞬間です。

演奏が終わっても気を抜けません。協奏曲の場合は、アンコールをすることがあって、その場合は台本にはないので、完全にアドリブです。
収録が完全に終わるまでは、息を詰めた状態ですね。

私が体験した収録での大失敗!


私は、一度スコアを見落として、大ミスをやらかした経験があります。
忘れもしない、チャイコフスキー「悲愴」でした。

コンサート収録を担当するようになって、5回目ぐらいだったと思います。
それまでは、休憩前の前半部分、前奏曲などの短い曲を担当してました。
30分越えの交響曲は初めてで、失敗する要素はあったわけです。

それでも、この曲は学生オケで演奏したこともあって、頭に入っているはずだったんですが、、、。
4楽章後半部分で、突然ふっと意識が飛んでしまったんです!

スコアのどこを追っているのか分からないので、どこでカメラを切り替えていいか、指示を出せないわけです。

隣に座っていた先輩が、「今、〇〇番のカット辺り、探せ!」って声かけてくれて、
なんとか戻ることが出来ました。

収録後は、あまりのショックに茫然自失。まさに「悲愴」そのものでしたね。
今でもこの曲を聴くたびに、当時を思い出して、むず痒い思いをしています。

まとめ

テレビで見るクラシック音楽の番組は、

1 ホールなどでの演奏部分とスタジオ部分の組み合わせが80%
2 あとの20%は、ロケや資料映像、インタビューなど
3 「舞台裏」映像で、視聴者を惹きつける
  ・コンクールは、ソリストとオーケストラの温度感の差がハンパない
  ・舞台上のカメラは、ディレクターの交渉の腕次第
  ・リハーサルは、「裏」の表情が満載
4 インタビューで、使える映像を撮るのは一苦労
5 メインは、やはりコンサート収録。地味なようでディレクターの見せ場
  ・収録の基本は「生放送」。ミスの許されない緊張感
  ・カメラの位置で、撮りたい画像が決まる
  ・ディレクターは、スコアを見ながら映像を妄想する
  ・リハーサルから本番までは、修正に次ぐ修正の時間
  ・本番は、演奏終わりではなくて、収録終わりまで息が抜けない

番組を見ていて、「おっ」とか「へえ」と思う瞬間があって、「この演奏カッコいい!」と思ったら、ディレクターは大喜びですね。

今度、番組を見ていて、ピアノの裏にカメラがあったら、「このためにディレクターが頑張って交渉したんだな」と思って下さい。
余談ですが、バイオリニストの場合は、ステージ前から見上げる形のカメラがあって、これもかなりの交渉力が必要なんですよ。

色々なポイントに注意しながら見ると、きっとまた違った楽しめ方が出来ると思います。
生演奏を聴くのとは違った、テレビ番組ならではの「お得感」を楽しんで下さいね。


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The movie By For Unto Us a Child Is Born from Allen Blodgett on Vimeo.

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