演劇でもなく、朗読でもなく、朗読劇というものがあります。
小説や童話を探してきて、劇として仕立てなおすのです。
台本のように、設計図として書かれているわけではありませんので、文章のなかからヒントを見つけ出し、動きのあるものにしていきます。
完全に演劇として書きなおすことも方法としてはあるかと思いますが、朗読劇にすることで、地の文章の豊かさを残しつつ、そこから演技へと移るその劇的な瞬間を愉しむことができるのです。
今回は、宮沢賢治の『猫の事務所』を題材に、童話から台本へのアレンジ、細かな演出などをできるだけ具体的に書いていきます。
朗読劇が作れるようになると、台本選びの幅がぐっとひろがると思います!
作品とあらすじ
この『猫の事務所』は、(面白い台本が見つからない!小学生におすすめの朗読劇『猫の事務所』)という記事でもご紹介しました通り、文庫本で12ページ程の短い童話です。
あるところに…ではなく、軽便鉄道の停車場近くにある猫の第六事務所のお話です。
そこは主に、猫の歴史と地理を調べるところで、作中では、旅行計画の相談にやってくる猫が登場します。事務所の猫たちが些細なことで争いを繰り返すうちに、最後には大きな金色の獅子が入ってきて、「やめてしまえ。」と解散を命じます。
とってもユニークな作品で、事務所が廃止になってしまった争いのもとを責めるでもなく、同じく宮沢賢治作『鹿おどりのはじまり』で鹿どもの風にゆれる草穂のような気もちを聴きとった彼のことですから、鉄道のブレーキ音と、風の音にまじって、猫たちの声をほんとうに聴いたのかも知れません。
配役
事務長の黒猫一番書記の白猫
二番書記の虎猫
三番書記の三毛猫
四番書記の竃(かま)猫
ぜいたく猫
獅子
(ここから、オリジナル。語り手の「ぼく」が宮沢賢治)
宮沢賢治1(朗読)
宮沢賢治2
宮沢賢治3
(最大20人程)
風1(音響)
風2
風3
(最大6人程)
朗読パートの宮沢賢治役は、人数に合わせて調整します。2人以上いる場合は、舞台の上手(客席から見て右側)と下手(客席から見て左側)に分かれてスタンバイして、交互に登場しながら、朗読をつないでいくイメージです。
音響パートの風役は、舞台奥、客席からも見える場所に、横並びに設置した太鼓(木箱や紙箱)を前に座り、場面に合わせて音を鳴らします。
小道具と衣装
小道具は、事務所用に引き出しつきの机(小道具をしまう)と椅子が5つ。赤い羅紗(事務長の机用のテーブルクロス)が1枚。
猫たちが仕事に使う大きな原簿(百科事典のように大きな本)が5つ。
朗読用の本が人数分。
(それぞれ、好みの表紙を自作するのも楽しいかも!)
風の音として、太鼓の代わりの木箱や紙箱など。
(人数分の椅子と、もしあれば、呼び鈴や、シャラシャラ鳴る楽器など)
衣装は、猫たちの短い黒い繻子。
(肩を覆うぐらいの、短くて黒いマントかポンチョのようなものを羽織って、首元には赤いリボン。中は白シャツに黒ズボン。それぞれの毛並みの猫耳や尻尾もつけましょう)
かま猫のみ、鼻や耳に、まっ黒な煤(すす)がついている。
(夜、かまどの中に入ってねむる癖があるために、かま猫と呼ばれ他の猫たちから嫌われています)
ぜいたく猫の服。
(本文に記載なし。黒猫ではないらしい。立派なひげに蝶ネクタイ、ステッキなんかどうでしょう?)
獅子の服。
(大きなたてがみに、白のチョッキなど上半身に威厳とボリュームのある逆三角な恰好。できればスケールの違いを出すため、大人の人にやってもらいたいです。あえて中途半端な格好で、半分は猫たちに一喝する獅子として、もう半分は、こんなところで劇をやっている子供たちを叱る大人として出てくるのもありかなと思います)
宮沢賢治は、長い外套。
(有名な、うつむき加減の写真のイメージ)
風役には、(黒子として)黒の長袖と黒ズボン。
演出ノート
それでは、実際に劇をどのように動かしていくのか。
始まりと終わり、つなぎ、出入りと動線をしっかり決めることで、劇の輪郭が見えてきますので、その辺りを中心に、暗転なしの一幕劇として(照明など無くてもできるように)、ほんの一例ですが、①導入、②争い、③勘違い、④獅子登場の場面展開に沿って、書いていきたいと思います。
『猫の事務所』
……ある小さな官衙に関する幻想……
ここは猫の事務所。上手側に出入り口がある。
舞台中央には猫たちの机が5つ、(あいだを通れるよう)少し間を空け横に並んでいる。
事務長の机だけは、机1つ分、奥まっていて、赤い羅紗がかけられている。
それぞれの机の上には、大きな原簿。
その後ろ側に、背景として、風たちが太鼓を前にずらっと並んでいる。
(上手側に固めるか、人数によっては、両側にバランス良く配置する)
①導入
(タイトルコールが必要であれば、トン!と一回、太鼓の音を合図に、風たちが声をそろえて)『猫の事務所……ある小さな官衙に関する幻想……』
風の音。
どっどど どどうど どどうど どどう
(『風の又三郎』のリズムで太鼓を入れます)
舞台上手より、宮沢賢治1が登場。
片手には本を持っている。
ふと足を止めると事務所の中を眺め、それからすっと(まず顔を客席側に向けてから、体があとを追うように動くときれい)上手の舞台端前まで出て、客席の方をしっかりと見据えてから、本をゆっくりと開く。顔を上げると、風の音ぴたりと止む。
軽便鉄道の停車場のちかくに、猫の第六事務所がありました。
(朗読パートが始まる)
宮沢賢治役が2人以上いる場合、自分の受け持ちパートを読み終えたら、ぱたっと本をとじる。
その二、三行前のタイミングで、宮沢賢治2は、下手より登場。
ちょうど反対側の舞台端前に立ち、同じように本を開いて準備し、朗読を引き継ぐ。
宮沢賢治1は、(引き継ぐ相手側に)内回りで振り返りながら退場。
(宮沢賢治3以降も、同じ要領で、上手と下手で交互に切り替えていきます。この朗読リレーは、一つの見せ場となりますので、気持ちよく次の語り手につなげられるよう頑張りどころ)
事務長は大きな黒猫で、少しもうろくしてはいましたが、眼などは中に銅線が幾重も張ってあるかのように、じつに立派にできていました。
黒猫、この朗読とともに上手より登場。
(みんなの机の前を通りながら出てきます。そうして、自分の机の前へ来ると、立派な尻尾を客席に見せるようにくるりと回り込んで、席に着きます)
さてその部下の一番書記は白猫でした、二番書記は虎猫でした、三番書記は三毛猫でした、四番書記は竃猫でした。
この朗読の間に上手より、白猫、虎猫、三毛猫がぞろぞろ入ってきて、かま猫だけは、やや後ろについて入ってくる。
(同じように、客席を意識しながら、次々と席に着きます。並びは、舞台上手より、白猫、三毛猫、事務長、虎猫、かま猫の順)
みんな下を向いて原簿を繰り、忙しそうに調べものを始める。
(ここでの無言の演技が、この先、ほかの人が話しているときにも続けなければならない、基本の演技となります。本番が始まったら、演技をやめることはありません。但し、動き過ぎてもシーンが見づらくなりますので、原簿に集中したり、何かを書き写す仕草などの演技にとどめます)
ところで猫に、地理だの歴史だの何になるかと云いますと、まあこんな風です。
風の太鼓が ドンドン ドンドン (事務所の戸をこつこつ叩く音)と鳴る。
(朗読と、音響や演劇パートをつなぐとき、例えば、朗読終わりから間髪入れずにドンドンと音をつなげることで、説明的な展開ではなく、別世界が突然流れ込んでくるような演出になります)
宮沢賢治も、音に合わせて猫たちの方に顔を向け、そのまま体も向けて静止。
(朗読は基本、入れ替わるか、猫たちの方を向いて、劇を見守るイメージです)
「はいれっ」
(音響・セリフより演劇パート)
黒猫が声を掛けると、上手よりぜいたく猫が入ってきて、旅行計画の相談を始める。
(地の文章には、ト書き=動作指示として従い、朗読はお休みです。さらに、こういったシーンでは、演劇のウソと言いますか、ぜいたく猫と事務所員たちが向かい合って話す必要はありませんので、ぜいたく猫は舞台の前まで出て来て、正面を向いたり、うろうろしたり、ふり向いたりしながら演技を進めてOKです)
②争い
ぜいたく猫が上手へ去る。こんな工合で、猫にはまあ便利なものでした。
(ここで朗読にチェンジ)
宮沢賢治は、また正面を向き、朗読を始める。
(ここから、みんなのお昼ごはんです。虎猫があくびをした拍子にお弁当を床に落としてしまい、拾おうとするまでの一連の描写が続きますが、動きが複雑な上に見えづらいので、朗読に合わせて動作を行います。お弁当箱も、実際には無いほうが動きやすいです)
「君、だめだよ。届かないよ。」
(事務長のセリフから、再び演劇パート)
(親切のつもりで、お弁当を拾ってあげたかま猫でしたが、かえって虎猫を怒らせてしまい、言い争いに発展します)
「ジャラジャラジャラジャラン。」
このセリフを追いかけて、音響の鈴を鳴らす。
(このすごいセリフは、決闘に発展させないために、事務長が放ったどなり声です。機会を見て、音響さんの出番です!)
みなさんぼくはかま猫に同情します。
(ここからまた、朗読パート)
(今度は三毛猫が、筆を床に落としてしまう騒動ですが、セリフよりも描写の方が多いので、この一連は全て朗読に任せ、それに合わせて動作を行います)
かんしゃくまぎれにいきなり、(朗読)
「かま猫、きさまよくも僕を押しのめしたな。」(セリフ)
とどなりまた。(朗読)
(このように、これまでのシーンとは趣向を変えて、セリフを朗読の合間に挟みます。この後、立ち上がって喧嘩になりそうな三毛猫とかま猫でしたが、またもや事務長になだめられて、仕方なく仕事にもどる三毛猫と、座りそこねて立ちつくすかま猫でした)
③勘違い
かま猫、ぼんやり前を見据えながら、立ちつくす。(この間も、朗読は続きます。かま猫の哀しみが語られ、そしてある日、かま猫は運わるく風邪を引いて足のつけねを腫らし、事務所を休んでしまいます)
かま猫、足を引きずりながら上手へ退場。
(この時、必ず、自分の原簿を引き出しにしまってください)
「はてな、今日はかま猫君がまだ来んね。遅いね。」
(事務長のセリフから演劇パート)
(かま猫を心配する事務長でしたが、ほかの猫の言うことを真に受けて、かま猫がどこかの宴会に、事務長である自分を差し置いて招かれて行ったと勘違いをしてしまいます)
「けしからん。あいつはおれはよほど目をかけてやってあるのだ。よし。おれにも考えがある。」
事務所はしんとなる。
みんなしばらく静かに仕事をしたあと、「じゃあお先に」などと言いながら帰っていく。
最後に残った事務長も、複雑な面持ちで事務所にあとにする。
翌日は、ごうごう風が吹いている。
風の音。
どっどど どどうど どどうど どどう
しばらくすると、風の音が、少し弱まる。
さて次の日です。
(ここから朗読パート)
猫たちは出勤の際、扉の開け閉めをする動作。
(扉を開けると、風の音が強まり、閉めるとまた弱まるという音響を入れてみましょう)
朗読に合わせて、かま猫が出勤してくる。
(自分の席まで来ると、原簿が無いことに気が付きます。あ!と思って机の中を見ますが入っていません。別の猫たちの机を見ると、自分の原簿が分けられて置かれています)
「ああ、昨日は忙しかったんだな、」
(ここだけセリフ)
かすれた声で独りごとしました。
(強い風の音とともに演劇パートへ)
続々と猫たちが出勤してくる。
かま猫はことごとく無視をされる。
みんなが忙しそうに仕事を始めると、かま猫も黙って席に着く。
(しばらくうつむいていたかま猫でしたが、いつもなら自分が答えるはずの仕事が回ってきたところで、思わず顔を上げます)
一番書記の白猫が、かま猫の原簿で読んでいます。
(ここから朗読パート)
かま猫、朗読に合わせてまたうつむくと、そのうちしくしくと泣き出す。
かすかに風の音。
④獅子登場
朗読に合わせて、上手奥より獅子が姿をあらわす。ドドドドドドドドド!
轟音とともに、いきなり事務所に入ってくる巨大な獅子。
猫たちは、大慌てでそこらを歩き回る。
ドドドドドドドドド!
尚も続く轟音のなか、他の宮沢賢治たちもばたばたと舞台の手前に飛び出してくる。
かま猫だけは、泣くのをやめて、獅子に向かってまっすぐ立つ。
(獅子が舞台の上手奥、慌てた猫たちは中央にしゃがみ込み、かま猫は自分の席、慌てた賢治たちは舞台下手の手前に集まるという感じで、舞台を斜めに広く使います)
獅子のセリフ。
「お前たちは何をしているか。そんなことで地理も歴史も要ったはなしではない。やめてしまえ。えい。解散を命ずる」
ドン!
という音で、かま猫以外の猫たちは震え上がる。
こうして事務所は廃止になりました。
宮沢賢治が、すっと客席の方に向き直り、朗読を再開する。
ほかの賢治たちも、それにならって舞台前面に横並びになり、息をそろえて最後の朗読。
僕は半分獅子に同感です。
風の音。
ドン ドドン ドドン ドドン ドドン ドドン……
風が吹きつける中、ぱたりと本をとじ、客席に頭を下げる。
幕。
アンサンブル
猫たちも、獅子も、賢治も、風も、みんな別次元に立っていて、ほんとうにコミュニケーションが取れているのか分からないけれど、それは確かに、渾然一体となって目の前を騒がしく通り過ぎていきます。
以上、駆け足ではありましたが、出たり入ったり、立ったり座ったり、舞台上の空気やエネルギーを動かせるような演出にしてみました。
みんなと呼吸を合わせて、次へとつないでいくアンサンブル(調和)をたくさん盛り込んだ、愉しい劇になると思います。
(参考文献)
新編 銀河鉄道の夜 (新潮文庫)
新編 風の又三郎 (新潮文庫)
注文の多い料理店 (新潮文庫)
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