どんな仕事にとっても体調管理は一番大事ですが、役者が体調を崩すということは、あるキャラクターから本人に戻ってしまうということです。

本番当日に、「高熱で声が出ないので、喋らない設定にして欲しい」とか、「咳が止まらないので、マスクをして出たい」というのは、聞いたことがありません。

自分の体を使って他人を演じるためには、体調管理はもとより、眼鏡などの生活必需品さえ障害となります。

生活全般のあらゆる癖やトラブルなども含め、自己管理の大切さについて、いま一度見つめ直してみたいと思います。

■ 目次

病気や怪我


仕事の掛け持ちなどで、不規則な生活になりやすい俳優業――。

病気や怪我には、人一倍気をつけなければなりません。特に、のどはすぐやられてしまいますので、日頃からマスクをしている役者さんはとても多いです。

とは言え、どんなに予防策を徹底してもダメなときなダメなもので、私も本番当日に38℃の高熱を出すという大失態をやってしまったことがあります。前の晩から具合が悪かったので、栄養をたっぷり摂って早めに休んだのですがダメでしたね…。

朝一で病院に行き、劇場に遅刻の旨を連絡して、薬だけ貰ってから駆けつけました。本番には間に合いましたが、多くの方に迷惑を掛けてしまい反省しきりでした。

段々と分かったことですが、どうも栄養をたっぷり摂ると、体を治すための働きがほとんど消化に使われてしまうようで、今では食事量も調整するようにしています。

何事もなかったから良かったものの、初めて処方された薬を飲んでしまったのも失敗でした。どんな症状が出るか分からないからです。


そんな失敗を重ねつつ、私は体調不良が呼吸器系に出やすいことも分かっているので、もしものときの対処法を日頃から意識するようになりました。

◎のどの痛みにはハチミツ100%の飴
◎咳や鼻づまりに効く市販薬
◎体を内側から整える治療院

人によって効果が異なりますので、薬を飲んだり、治療を受ける際はぜひ、どのくらいの時間で、どんな効果があらわれるのか覚えておいてください。

なかでもアレルギー系の薬は、ものによって眠気や喉の渇きなどの副作用が出ますので、使い分けをしないと大変なことになります。

幸い、病気や怪我が原因で、本番が中止になるような事態にはこれまで遭遇しませんでしたが、稽古場に向かう途中に事故に遭って、稽古をストップさせてしまった役者もいますし、急な体調不良で、本番ぎりぎりになっても役者が来ない!というトラブルもありました。

お酒やたばこ


どこの現場に行っても、打ち上げは必ずありますし、お酒とたばこはついて回ります。みなさん大人ですので、その辺りの健康管理はさて置き――。

「自分は全く興味がなくても、役として覚えなければならない」という心配が一つあります。私もあまり得意ではないので、お酒やたばこの扱いが台本に出てくると、「しまった〜」とは思います(笑)。

こればっかりは、飲みの席などで実際に覚えるか、観察力を駆使するしかありません。

もちろん、法律に触れるような役もあるわけですから、役づくりに実体験をともなう必要は全くないと断言しておきますが、お酒やたばこがシーンでよく使われるのは事実です。


最近では色々と規制があるものの、たばこは小道具として、昔から重宝されてきました。映画が発明された頃はサイレントが当たり前でしたから、たばこを吸う仕草で全てを語らせしめ、スクリーンの上を優雅にただよう白煙が、空間を演出し、風を表現し、画面を豊かに彩ってきたのです。

私も、たばこを扱う役のために初めてたばこを買いました。舞台上は基本的に火気厳禁ですので、吸うのは想像力に任せることにして、とにかく普段から持ち歩いていました。

慣れないと、たばこを箱から取り出すのも難しいんですよね…!

眼鏡やピアス


眼鏡などの生活必需品も、舞台上では悩みの種になってしまいます。

私は、かなり目が悪いのですが、コンタクトがどうしても苦手なため、思い切って裸眼でいくか、役に合わせて眼鏡を新調することも多いので、懐具合が厳しいです(笑)。

裸眼だと、相手の演技が見えづらいのはもちろん、目を細める癖が出てしまうのが厄介ですよね。それから、暗転中の移動など危険な場面もありますので、歩数を測って練習したりと大変なときもあります。

視力の心配がある方は、なるべく早く演出家に相談することをおすすめします。


ピアスについては、私は経験がありませんが、ピアス穴を開けている役者さんはいます。

キャラクターや時代背景によって、隠さなければならないこともあるかと思いますが、そもそも隠せばOKかどうかは演出家が決めることです。

「ピアス穴が膿んでしまって…」という話も聞きますし、場合によってはメイクでも隠せない可能性は考えておかなくてはなりません。

一番の問題は、出演が決まったあとに、ピアス穴を開けることです。

これは、髪型や髪色などもそうですが、演出家の許可なく“容姿を変える(元に戻すまで時間がかかる)”のは取り返しがつきませんので、自己判断は絶対にNGです。

役が決まっているのに、勝手に髪を切ってきて、死ぬほど怒られるような役者さんもホントにいるんですよ…!

生活全般について


体調不良や、睡眠不足、精神的な不安定さなどは、役者本人の体にはっきりとあらわれてきます。

そうすると、目の下のクマ、肌荒れ、姿勢の崩れなど、日頃の疲れを稽古場に持ち込んでしまいます。自分自身の体は健康でも、それぞれの生活がありますから、プライベートでのトラブルや、身内の病気など、色々な心配事があれば同じことです。

なので、“最高の状態”をキープするのは大変ですが、せめて“ニュートラルな状態”は保てるように心掛けています。

私の場合は、気持ちに一番影響するのが「姿勢」ですので、かなり意識して生活しています。

と言っても、常に正しい姿勢を意識すると、神経を圧迫して悪化させてしまうことが経験的に分かっていますので、気をつける程度にとどめています。

◎適度なトレーニング
◎靴選び(靴底がすり減って姿勢が傾かないもの)
◎寝具選び(首や腰への負担を軽減)

その他、治療院なども利用しながら、要所要所で体をリセットできるようにしています。


船に憧れる水平さんのお芝居を観に行きまして、知り合いが出ていたのですが、普段どおりの前傾姿勢とガニ股で演じている姿を目にしたときは、とても淋しい気持ちになりました。

私が、高貴な身分や、かしこまった役のときに実践している「姿勢を美しくする」ための簡単なトレーニングをご紹介します。

①柱か壁を背中にして立ちます。
②ゆっくり後ずさり、かかと、ふくらはぎ、お尻、背中、頭が全て柱に触れるように立ちます。(身長測定のような格好)
③この状態で腹筋を意識しながら※腹式呼吸を繰り返します。肩はリラックス。(手は、気をつけの姿勢か、お腹に当ててもOK)

※フーッと息を吐いてから、お腹が膨らむように鼻からゆっくり吸って(4秒程度)、口からその倍の時間をかけてフーーッとゆっくり吐きます(8秒程度)。

空いた時間にちょこっとやるだけでも、姿勢や歩き方が変わりますので、知り合いに会ったときに、「誰?(笑)」と言われることもあるかも知れません。

おわりに

役という他人を通して、自分自身の状態を知り、日頃から“どんなものに影響されているのか”を見つけることも含めての体調管理です。

ニュートラルな状態が分かってくると、当たり前だと思っていた、体調、食生活、姿勢、アクセサリーなど、体の癖やカタチ、身に付ける物のちょっとした変化が、気持ちに影響を与えていることに気がつくはずです。

自分じゃないものになるために、まずは自分を支えている全ての事柄に心を配ることが、役作りの第一歩でもあります。


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