この「かもめ」という戯曲は、まさに演劇なんです!
初めて読んだ時はよく分からなかったのですが、役者として舞台に立つようになってから突然、読めるようになりました。

登場人物が(たくさん出てくるわけですが)みんなお喋りで、いつだって会話がかみ合わないのは、それぞれが別のことを考えているから。笑

「なんてみんな神経質なんだ!どこもかしこも恋ばかしだ」と嘆くセリフにもある通り、分かり合えない人達が同じ場所に集まっているせいで(笑)、、、男と女、大人と子供、恋人同士、母親、芸術家などなど、相手やその時の立場によってころころ変わる自分を、一つの場面で同時に演じなきゃならないわけです。(これは、忙しい!)

ただ心情を語るんじゃない。役者にとって最も豊かな台本と呼びたいです!
なので、本としてではなく、とりあえずでも人物に寄り添ってセリフとして読んでみてください。いつのまにか呼吸が合ってきて心が勝手に動いてしまうような、不思議な体験が待っているはずです。

■ 目次

普通じゃない!「かもめ」のあらすじ


それでいて、ストーリーと呼べるものがあるのかどうか。

大まかに言いますと、湖畔の田舎屋敷を舞台に、芸術を志す若い男女(恋人同士)が、そこに集まって来る大人達に翻弄されるお話です。

この田舎屋敷というのが面白くて、とにかく何をしていても次から次へと人が入ってくる。笑
そして登場人物の大半がそれぞれ誰かに想いを寄せていて、まぁそのほとんどが片想い!
そんな、田舎の「風通しの良さ」に対して、みんなが信じられないほど「すれ違う」ことが物語の全てなんです。

普通の戯曲だったら、登場人物がストーリーに翻弄されることが多いと思うんですが、この戯曲では、登場人物がぐずぐずしているだけで、芸術を志すために乗り越えなければならない壁だとか、血の滲むような努力だとか、一世一代の大勝負だとか、ドラマチックなことは何も起きません。ちょっとした事件も、場面と場面の間で起っているせいで、見れないんです。笑

全部で四幕。ほぼ同じ場所。夏季休暇を田舎で退屈に過ごしている人達が、夢のように漂っている「かもめ」の世界を、一幕ずつご紹介したいと思います!

第一幕


とある有名女優アルカージナが、知り合いのこれまた有名作家トリゴーリンを連れて、田舎屋敷に夏季休暇として滞在しています。そこには、屋敷の所有者である兄と、自分の息子であるトレープレフ、ほか使用人達が住んでいます。

この日の夜は、劇作家志望のトレープレフが、庭先で自作の舞台を上演することになっており、家の者達や、昔から付き合いのある医者や、教員などが集まっています。

冒頭から、マーシャ(屋敷の管理人の娘)と、メドヴェージェンコ(マーシャに想いを寄せる教員)が不幸せについて話しているのですが、それぞれの思惑が違うため、会話がかみ合っていません。(終始、この調子だと思ってください!)

この後に登場する我らがトレープレフ(恐らく主人公と呼べる人物)は、劇作家を目指す青年で、伯父のソーリン(高齢で杖をついている)に対し、今から上演する演劇の新しさ、自分の悩み、母への愛や文句など、好き勝手に語るのですが、上演時間が迫っているため、ちょいちょい時計を気にしています。(とても演劇的です!)

そして、ソーリンが「自分も昔は・・・」と話しだした途端に、誰かが走って来る音が聞こえ、耳をすまします。(とても演劇的です!)

ここで息を切らして駆け込んで来るのがもう一人の主人公であり、今から上演する舞台の主役でもある我らがニーナ譲(トレープレフの恋人で大女優を夢見る少女)は、父親に内緒で来ており、30分で帰らなければならないと大急ぎ。

上演前、二人きりで接吻を交わすのですが、緊張はしてるし、急いでるし、周りは気になるしで、会話もおかしなことになってます。(演じたら絶対面白いですよ!)
しかも母が連れて来た有名作家の作品をニーナが誉めるものだから、トレープレフは不機嫌に。笑

まぁそれとは関係なく、いよいよ開演した舞台は大失敗!

みんなが(特に母が!)まじめに観てくれないので、トレープレフは怒って本番中に幕を下ろし、どこかへ行ってしまいます。

母親も母親で、息子がいなくなったあとも、舞台を全否定。
そして、みんなで普通にお喋り。話題が昔話になったところで、急に息子を思い出したのか、えらく心配を始めるという不完全な存在なのです。

そのうち、最初に出て来たマーシャ(管理人の娘)が、実はトレープレフを愛しているという相談をこそこそし始め、とても面倒くさい雰囲気が充満したところで第一幕が終わります。

第二幕

それから数日後の真昼。木陰のベンチで、数人がお喋りをしています。
退屈で、暑くて、静か。

起きることと言えば、町へ遊びに行くための馬車を出すか出さないかで、アルカージナと管理人が喧嘩したり、その管理人の妻から、屋敷の主治医が言い寄られていたり。
そんな昼下がり。(どんなに静かでも、火種は常にあるみたいです)

あの夜の舞台以降、トレープレフとニーナの関係はぎくしゃくしている様子で、そのせいなのか、トレープレフは「猟銃でかもめを撃ち落とした」と、ニーナの元に持って来るという意味不明な凶行に走ります。

屋敷へ遊びに来ていたニーナがちょうど、花摘みをしながら「芸術家(休暇を楽しむアルカージナ達の事)と言っても、泣いたり笑ったり、みんなと違わないわ」とつぶやいた直後でした。笑

トレープレフは、ぐずぐずと舞台の失敗の事や、有名作家への嫉妬を口にして去っていきますが、ニーナはニーナで、そんな事にはお構いなし。
トレープレフと入れ替わりでやって来た、有名作家トリゴーリンに夢中です。
夢見る少女と、忙しい日々に追われる作家の、かみ合わないやりとりの始まりです。

ここで、トリゴーリンの話す内容がとても面白くて、「こうやって話に夢中になりながらも、締め切りを気にして、後ろに見える背景を描写し、相手の言葉をストックしている自分がいて、心が休まらない」と語るのです。(演技の極意という気がします!)

さて、二人が少しだけ打ち解けたところで、撃ち落とされた「かもめ」を見つけたトリゴーリンが小説の短編を思いつきます。

「湖のほとりで幸福に暮らしている若い娘を、ふとやってきた男が退屈まぎれに破滅させてしまう。このかもめのようにね」

少しだけ、不穏な空気が漂ってきました。
このあと、アルカージナに呼ばれて立ち去るトリゴーリンが、ニーナの方を振り返るという、見事な三角関係が描かれて、第二幕は終了します。

第三幕


一週間が経ちました。ここは屋敷の食堂。バタバタとみんなが帰り支度をしています。
どうやら、トレープレフがピストルで自殺未遂をしでかしたので、母親がトリゴーリンを連れて、一刻も早くここから出て行こうというわけです。

トリゴーリンは、優雅にお食事中。
管理人の娘マーシャが、お給仕をしながら、教員の元へお嫁に行く決心をしたことを告げます。本当はこの屋敷のお坊ちゃん、トレープレフを愛しているのですが、こんな騒ぎがあったのでは身が持たないと思ったようです。

ところがそんな彼女らを尻目に、ニーナとトリゴーリンは急接近。
お別れにやってきたニーナが、トリゴーリンに贈り物を渡して去っていきます。
(この間にも使用人達が行ったり来たりしているので、この場所が常に周りに開かれていて、とても演劇的なんです!)

その頃、(頭に怪我をしている)トレープレフは、母親のアルカージナに包帯を直してもらいながら、トリゴーリンの事で大喧嘩。壮絶な罵り合いになります。笑
何とか仲直りをして息子は去りますが、入れ替わりでやってきたトリゴーリンが、どこからどう見ても恋をしていて、帰りたくないオーラが全開だったので、またもや危険な雰囲気に。

激情したアルカージナが、震えたり、怒ったり、泣いたりしながら、「あなたは、わたしのもの」と全力で説き伏せると、トリゴーリンも夢から覚めたように大人しくなって、一緒に帰ると言ってくれます。
(みんな何をやっているのか!?笑)

そうこうしている間に帰り支度も整い、お別れをしてようやく出発へ!
「ステッキを忘れた」と部屋に戻ってきたトリゴーリンの前に、再び現れたニーナがとんでもない事を言い出します。家を出て、一切を捨てて、モスクワで女優を目指す決心をしたので、またあちらでお目にかかりましょうと。

トリゴーリンは、周りを気にしながら滞在先だけ告げると急いで去ろうとしますが、ニーナの「もう一分だけ・・・」の一言に、再び火が付きます!

二人の愛が一瞬スパークしたところで、第三幕が終わります。

第四幕

あれから二年が経過しています。風の強い晩。
この日は、また第一幕のように、みんなが屋敷に集まっています。ニーナ以外は。

色々なことが変わっていて、管理人の娘マーシャには赤ん坊が生まれましたが、夫婦仲は昔以上に悪化しています。
トレープレフはなんと売れっ子小説家に。

どうも伯父のソーリンの具合があまり良くないらしく、それでみんなが集まっている様子。ソーリンは、自分も文学者になりたかったことや、もっと弁舌さわやかになりたかったこと、家庭を持ちたかったこと、都会で暮らしたかったことなどを語ります。
(だからと言って、特に何もありませんが。笑)
ソーリンは、いつもみんなをフォローしてくれる優しい伯父さんです。

ニーナの話題になると、どうやら地方巡業の女優をやっているようで、トリゴーリンとは別れ、生まれた子供とも死別したみたいなんです。
ところが、アルカージナもトリゴーリンも、トレープレフと普通に接してきます。

トレープレフももう怒ったりはしませんが、賑やかなお喋りから抜け出し、遠くで静かにワルツを弾いています。母親達はテーブルゲームに興じていて、マーシャだけがそれに耳を傾けているという悲しい夜。

そのうち、お夜食だと言ってみんないなくなり、一人、書斎で執筆するトレープレフ。筆は進まず。

そこへ、窓からこっそりニーナが訪ねてきます!

ニーナが周りを気にするので、ドアには鍵をかけ、椅子で塞ぎ、はじめて二人だけの空間に。
トレープレフは歓喜し再び恋心を訴えますが、ニーナには届きません。

「わたしは―――かもめ。・・・いいえ、そうじゃない。わたしは―――女優」
ニーナは今、「破滅するかもめ」と「女優」のはざまでもがき苦しんでいます。

自分の酷かった話をふり返りながらも、生きていくための信念と覚悟を見せつけるニーナと、自分が何者なのか分からずにいるトレープレフが対照的に描かれます。

ニーナは、それでもトリゴーリンを愛していることを告げ、昔は晴れやかで、清らかだったねと、二人で上演したあの日の舞台を再現してみせ、発作的にトレープレフを抱きしめると、ガラス戸から走り出て行きます。

幸か不幸か。密室に一人残されたトレープレフ。
物語は一発の銃声と共に唐突に幕を下ろします。

おわりに


とても書ききれませんが、他にもたくさんの登場人物が出てきて、それぞれの心情が複雑に絡み合います。
でも、そのほとんどが他愛のないエピソード!
だらだらとお喋りを続けるせいですれ違い、ふと日常が一変する様子がなんとも可笑しいのです。

このお話の決め手は、なんといってもニーナです。最初に駆け込んで来たのを覚えていますか?そして、最後には走り去って行きます。どうにもこうにもまっすぐに歩けない人達の中で、ニーナだけが走っていきます。
バランスがとれないなら走ればいいというシンプルな機動力!
彼女の足取りこそが、最も演劇的な瞬間だったのではないでしょうか。

それでは最後に、このお話で最も他愛のないシーンをご紹介します。

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ソーリン(アルカージナの兄)のいびきが聞こえる。

アルカージナ  「ねぇ?」
ソーリン  「ああ?」
アルカージナ  「寝てらっしゃるの?」
ソーリン  「いいや、どうして」

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参考文献
神西清訳 『かもめ・ワーニャ伯父さん』 新潮文庫


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