演技のうまさって何だろう?と頭をひねりますと、色々な要素が浮かんでくるかと思います。
呼吸、間合い、目力、表情、声質、セリフまわし、身のこなし、ディテール、リアリティ、存在感。

特に、「リアリティ」という言葉は頻繁に耳にしますが、なかなか捉えどころの難しい言葉でもあります。実感は人それぞれ異なるものですし、ある人はリアリティがあると言い、ある人はないと言う。

前後に見たシーンによってその印象が大きく変わることもありますし、自分自身の状態によっても左右されるのですから、リアリティとは常に揺らいでいる不確かな感覚のようです。

私達を隔て、ずっしりと横たわっている壁を乗り越えるための、圧倒的な力とは何でしょうか?
私は、その力にこそ俳優の可能性を感じるのです。

舞台演劇というものと、演じる側から長年付き合ってきました私なりの解釈(と言うと大袈裟)ですが、「演技がうまい!」と私の心が躍るとき、何にもましてその俳優が持つ「機動力」に、わくわくしているのです。

■ 目次

俳優の機動力

機動力とはそのままの意味で、動き出し、止まり、姿勢を変え、回り込み、加速するようなパワーのことです。

お芝居をする現場で使う言葉ではありませんが、決して大袈裟なものではなくて、つむじ風のようなものでしょうか。(もしくは蒸気機関車)

私が、公園のベンチに座っている時でした。噴水の周りをぐるぐると走り回って遊んでいた女の子が、私の目の前で転びました。
あっ、と思った次の瞬間に女の子はくるりと立ち上がって、駆け出しました。

私は、泣いてしまいそうでした。
何が起きたのか分からなかった。
そんな瞬間に働いている何かの力を、機動力と呼ぶことにしています。

それは、見る者にとっての夢なんです。
共感を求める演技では絶対に成し得ない。
理解が追いつかないところで起こる躍動は、生命を肯定します。

それを可能にするのが、俳優の聡明さと勇気です。

この視点から、驚きを持って目の当たりにした俳優達を、それぞれの魅力と合わせてランキング形式でご紹介したいと思います。これはもう驚いた順です。

第3位

石原さとみ 2017年 カレンダー 壁掛け B2

石原さとみ
(1986年12月24日生まれ/A型/近年の出演作は、『シン・ゴジラ』、『進撃の巨人』など)

石原さとみの魅力は、「リズム」です。
話すリズムと、会話のテンポが独特で、声もしっかりと出ています。

早口の演技が印象的ですが、ゆっくり丁寧に話す演技にも魅力があり、役や状況に応じてテンポを変えている凄い俳優です。

そんな当たり前のことと思うかも知れませんが、普段と違うテンポで喋るのは相当難しいです。さらに言いますと、目の前の人と違うテンポで喋るのが難しいのです。

「年齢も性格も異なる、バラエティ豊かなキャラクターが登場しても、全員が同じテンポで会話しているので違いが分からない!」という実例が本当に多いからです。

彼女のリズムは、周りの俳優に巻き込まれません。徹底した役作りと、作品全体を見通した上で、相対的にその速さになっているのだと思います。

そして、彼女が放つのは、感情ではなくセリフです。
感情を乗せないことで、セリフは「重く・鈍く」ならずに、軽々と響きます。

「今、頭が回っている」のがよく分かるんです。
それが何かの拍子に回転数が変わる。
体の限界や感情の限界とぶつかり、乱れる。

その隙間に一瞬だけ見えたような気がする心情に、思わず引き込まれてしまうのです。

第2位

柳楽優弥  2011年 カレンダー

柳楽優弥
(1990年3月26日 生まれ/A型/近年の出演作は、『ディストラクション・ベイビーズ』、『ピンクとグレー』など)

柳楽優弥の魅力は、「態度」です。
彼の持つ機動力は、速さではなく重さなんです。ゆっくり超然と歩いてくる姿が、目に焼き付くほど。

彼は、役によって態度や歩き方がまるで違います。画面に登場した時には、柳楽優弥だと気が付かないこともありました。

喧嘩や闘争など、暴力シーンに出演することの多い彼ですが、「目的のない瞳」もまた大きな魅力の一つです。

絶望でも、虚無でも、怒りでもない。
生命だけを宿したまっすぐな瞳でゆらゆらと歩く姿は、時として人じゃない何かであり、それは暴力を超えたところの怪獣であり、台風であり、楽しい夢なのです。

それは、会話においてもしっかりと発揮されています。
『包帯クラブ』という映画で、石原さとみと柳楽優弥が共演しているのですが、やはりこの二人。「こういうセリフは、こうしゃべる」という思い込みから自由なのです。

相手のセリフを聞いてから返すまでの速度が、0.1秒というような単位で、他の俳優よりも速い。
セリフを実感して、腑に落としていたのでは間に合わない速度です。
気持ちの良いテンポから、あえてずらしている印象さえあります。
この様な事態は、役に没頭する「リアルで・普通な」反応からは決して起こりません。

常に、全体を見つめる聡明さ。

「今、出来上がりつつあるリズム=ともすれば、自分達を安心・妥協へと導く状況」を壊しにかかる勇気。

この二つが揃って初めて、俳優は自由に動けるようになるのだと思います。

第1位

SWITCH Vol.29 No.11(2011年11月号) 特集:深津絵里

深津絵里
(1973年1月11日生まれ/O型/近年の出演作は、『永い言い訳』、『岸辺の旅』など)

深津絵里の魅力は、「直観」です。
彼女はよく動きます。そして、驚くべきはその動き出しの瞬間にあります。

普通、動作には動機というものが必要で、「目的を持ちなさい」と演出家から怒られる部分でもあり、そこには明確な意思を表さなければなりません。

しかし、本来は無意識にやっていることです。人からその動機を言い当てられることほど不愉快なことはありませんよね。

「目的を持て」とは、「台本に書いてあったから」というだけの適当でデタラメな動作にのみ向けられる教訓です。

なぜ、その動作をしたのかは、本当は誰にも分からないはずなんです。それを分かりやすく表現することは、一歩間違えばただのストーリー説明です。過剰サービスです。

そこへきて、彼女の弾かれるような動作は凄まじい!
見ていて何が起きたのか分かりません。

パッと走り出し、くるりと振り返り、飛び跳ね、途端にしゃがみ込む。
こどものように素直で、先が読めません。
なのに、ちゃんと画面の必要な位置に収まるのは、意識的に動いている証です。

彼女の演技は、それが喜びでも悲しみでも、「演じること」への喜びとなって、表情の端々、足取り、指先から、電流のようにほとばしっています。

その閃きのような動作の一つ一つが、画面を通り越して、私達の肌に直接語りかけてくるのだと思います。

おわりに


俳優の魅力とは、リアリティを追い、共感を求めるところのその先へ。
見る者をどこか知らないところまで連れて行ってくれる機動力だと私は信じています。

もう少し分かりやすい表現があればとも思うのですが、行動力とも、瞬発力とも違う。
バランスをとりながら突き進むことのできる魔法の力です。

普段から使い慣れている言葉や、リズムの外側へ踏み出すことはとんでもない冒険で、私達の代わりに、その一歩をやすやすと踏み出してくれる俳優の機動力は、無邪気なこどものそれとも違う、聡明さと勇気に支えられた確かな一歩です。


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