前回、一般的にあまり知られていない楽器としてバンドネオンについて書きました。
バンドネオンは「悪魔が発明した楽器」と言われていますが、今回取り上げるグラス・ハープやグラス・ハーモニカについて調べると「悪魔」とは逆の「天使」というワードが出てきます。
これらの楽器は私たちの身近にあるグラスを使っています。この楽器の音の響きは「天使の声」のようだと絶賛され、多くの人々を魅了しました。
多くの人々を魅了した楽器なのに現在ではあまり知られていませんよね?なぜ知られていないのでしょう?
今回はその理由にも触れながらグラス・ハープとグラス・ハーモニカについて書いていきたいと思います。
■ 目次
グラスを使った楽器の歴史と原理
ミュージカル・グラスとグラス・ハープ
グラスを使った楽器というのは様々な国々で存在しており、複数のグラスを使って叩く演奏方法などは古くからありました。ガラスや陶器などでできているコップなどをこすったり、叩いたりして音を出す楽器のことを総称してミュージカル・グラスと呼ぶそうです。
しかし、一般的にはミュージカル・グラスと言うとワイングラスのふちを水で濡らした指先でこすって音を出す楽器のことを指すんだそうです。
ワイングラスなどの椀形のグラスのふちを水で濡らした手でこすって音を出す楽器の呼び方はミュージカル・グラス以外にもエンジェリック・オルガン、セラフィムなどがあるようです。
名前がありすぎて混乱しますね…。
グラス・ハープが出てきませんでしたね。グラス・ハープというのは一体何なのでしょう?
ミュージカル・グラスはのちに改良されて18世紀頃にヨーロッパで大流行するグラス・ハーモニカへと発展するのですが、この楽器はその後いろんなことが重なり衰退していきます。
グラス・ハーモニカが発明された後もミュージカル・グラスは楽器として存在し続けるのですが、グラス・ハーモニカと同じくこちらも忘れ去られてしまいそうになります。
20世紀に入りブルーノ・ホフマンによってワイングラスを使った演奏が復活されます。ホフマンはグラスを響板の上に並べるという工夫をし、それをグラス・ハープ(ドイツ語だとグラス・ハルフェ)と命名しました。
音楽辞典にはミュージカル・グラスとグラス・ハーモニカしか載っていない場合が多いようなのでミュージカル・グラスとグラス・ハープはほぼ同じものと捉えても差し支えないと思いますが、厳密に言うと全く同じではなく「グラス・ハープはホフマンによって作られたミュージカル・グラスの呼び方である」という書き方がしてあるものもあります。
グラス・ハープ(ミュージカル・グラス)とグラス・ハーモニカ
グラスを叩くなどの演奏の仕方もありましたがヨーロッパでは指を水で濡らしグラスのふちをこするという演奏方法が確立されていきました。その音の響きはとても魅力的だったためこの楽器のために作曲をする作曲家も現れるようになります。楽器に注目が集まるようになるとその楽器をより良くしようという思いや、もっとできることを増やしたいなどという気持ちも芽生えてきますよね。そして改良されてできた楽器がグラス・ハーモニカです。
グラス・ハーモニカはベンジャミン・フランクリンというアメリカの政治家が1761年に発明しました。これまでできなかったことが改良されたことによってできるようになりました。
グラス・ハープ(ミュージカル・グラス)が最初に存在していて、それをヒントに改良されたものがグラス・ハーモニカです。グラス・ハープには演奏する時に様々な苦労がありました。
まず1つ目は音程の調整をしなくてはいけないということです。音程はワイングラスの大きさやワイングラスに入れる水の量で調整します。それを音階順に並べる作業をしていきます。
とても大変そうですよね…。演奏中にアクシデントがあってグラスを倒してしまった場合はもう演奏できないわけです。
そして2つ目は常に指先を乾かないようにしておかなくてはいけないということです。指先が濡れていないと音がならなくなってしまうので演奏の途中で指を湿らせる動作が必要です。
これもタイミング良くやらないといけません。演奏する場所やその日の気温、季節、自分の手の状態などで多少変化すると思うのでこれもなかなか難しいのではないかなと思います。
そして最後にこのグラス・ハープは音が変わるときは触るグラスを変えなくてはいけないのであまり速い動きは不得意な楽器で、1人で同時に出せる音も限られてしまうというのが欠点だと思います。
これらの欠点をグラス・ハーモニカは改良しました。
改良されたことによりワイングラスに水を入れて音程を調整する必要がなくなり、楽器自体が濡れている状態になるためわざわざ指先を濡らす必要もなくなりました。(楽器の作りによっては濡らす必要があります。)そして複数の音を同時に出すこともできるようになり速い音型も演奏可能になりました。
どのような方法で解決したかというと、なんとワイングラスを使うのをやめたのです。
ワイングラスを使っている限り問題は解決しないので、大きさの違う半球状のガラスの中央に穴を開けて組み合わせ、軸に通して箱の中へ横にしてセットします。軸は足踏みペダルと連動しており、ペダルを踏むとガラスが回転する仕組みになっています。(現在ではモーターで動くものもあるようです。)
箱の中は水をはれるようにしてあるようです。そのため回転したガラスが常に濡れている状態を作り出すことに成功しました。(箱の中に入っていないものや濡らすようになっていないものもあるみたいです。その場合はグラス・ハープと同じように指先や楽器をしめらせながら演奏しなくてはいけないようです。)
同じガラスだとどこが何の音かわからなくなるためガラスが色分けされており、その色で音を見分けているそうです。演奏の仕方はピアノを弾いているような感じで1本の指で1つの音を演奏することが可能になっています。
この楽器を発明したフランクリンは「アルモニカ」と名付けましたが、グラス・ハーモニカまたはグラス・アルモニカと呼ばれることが多いようです。
グラス・ハーモニカはなぜ衰退したのか
この楽器の音にヨーロッパの人達は魅了され「天使の声」だと賞賛し、この楽器のための作品が多く作曲されたり、この楽器の演奏者が現れたりととても流行しました。
しかしこの楽器を演奏したことで体調が悪くなったと訴える人が多く出始めたのです。楽器を演奏する時に常に指先をガラスに触れさせているため、それが神経障害を起こさせるのではないかと噂が広がりました。
他にもいろんな説があるようですが、原因が本当に楽器のせいだったのかは解明されていません。
1度そのような噂が広まると恐ろしい楽器だと思われても仕方ありませんよね。「天使」ともてはやされていたグラス・ハーモニカは一転「悪魔の楽器」と呼ばれてしまうまでになってしまいます。
ドイツでは楽器を演奏することが禁止されたそうです。このような経緯があったためグラス・ハーモニカは衰退していきました。
グラス・ハーモニカやグラス・ハープの音を聴いてみるととても魅惑的だと私は思います。揺らいだ音を聴いていると癒されるということもあるのですが、ずっと聴いていると何だか洗脳されてしまいそうなちょっとした怖さがあるような気もします。
この楽器を演奏した人が全てそのような神経障害や精神疾患になったわけではありません。実際に体調が悪くなった方々もいたのでしょうが、たくさんの噂からの心理的なものが大きく作用しているのではないかと私は思います。
でもちょっと怖いですよね…。
グラス・ハーモニカに魅せられた作曲家たち
グラス・ハーモニカのために作曲された作品は400曲くらいあったのではないかと言われています。最も有名なのはモーツァルトの作品だと思います。「グラス・ハーモニカのためのアダージョ ハ短調」K.356(617a)
ピアノver.
グラス・ハーモニカver.
音の響きや雰囲気がかなり違いますよね!
モーツァルトはこの他にも「グラス・ハーモニカ、フルート、オーボエ、ヴィオラ、チェロのためのアダージョとロンド ハ短調」K.617を作曲しています。
これらの作品はマリアンネ・キルヒゲスナーのために作曲したと言われています。彼女はグラス・ハーモニカの名手だったそうです。
この楽器に魅せられた作曲家は他にもベートーヴェン、ドニゼッティ、R・シュトラウス、サン=サーンスなどの大作曲家たちがいます。わざわざこの楽器を指定して作曲しています。
本来はグラス・ハーモニカで演奏するところを現在は代わりの楽器で演奏されることが多いのですが、2017年にドニゼッティのオペラ「ルチア」を本来の音で演奏するという取り組みが行われました。
グラス・ハーモニカを演奏する方々も増えてきているようでCDも発売されています。
グラス・ハープとグラス・ハーモニカの音の違い
同じように水で指先を濡らしてこするように演奏する楽器ですが、音にはやはり違いがあります。同じ曲を聴き比べてみましょう。グラス・ハープver.
グラス・ハーモニカver.
いかがでしょうか?本来はチェレスタで演奏されるのですが、グラス・ハーモニカで演奏するとかなり響きが残っているように感じます。そのためかなりあやしい雰囲気になったなと私は感じました。
グラス・ハープの方はチェレスタやグロッケンに似た音だなと感じる部分が時々あって面白いです!演奏はとても大変そうですが触れ方、こすり方でこれほど表情をつけられるとは驚きです!!
演奏しやすいグラス・ハーモニカが発明されたにも関わらず、グラス・ハープが楽器として生き残っているのはグラス・ハーモニカよりも表情豊かに演奏できることにあるのかもしれません。
改良したからできるようになったこともあれば、改良したからできなくなったこともあるんだなとこの2つの楽器を聴き比べてみて思いました。
多くの人々を魅了してきた楽器はいろんな噂によって一時は衰退しましたが、現在はまた徐々に演奏され始めています。
大作曲家たちをも魅了した音ですから、演奏される機会が増えてくればきっと多くの人の耳に残るはずです。演奏される機会がもっと増えますように!