皆さん練習曲は何を弾かれていますか?やはり多くの方がツェルニーでしょうか?
ツェルニーはたくさんの練習曲を書いており、初歩のものから上級のものまで幅広く作曲して作品を残してくれた作曲家ですが、練習曲を作曲したのはツェルニーだけではありません。
練習曲と言っても2つの種類があり、ツェルニーのような指の訓練のための練習曲もあれば、ショパンやリストなどの練習曲のように演奏会でも演奏できるものもあります。
今回は演奏会でも弾ける練習曲ではなく、指の訓練のために作られた練習曲について書いていきます。曲集については一般的によく知られているツェルニーの作品ではなく「クラーマー=ビューロー60練習曲」について書いていこうと思います。
■ 目次
クラーマ―=ビューロ―とは?
クラーマ―=ビューロー?聞いたことがないという方もいらっしゃるかもしれませんし、鋭い方は=は何だ?と疑問に思っている方もいるかもしれませんね。クラーマ―=ビューローと書いてあるのでフルネームだと思っている方もいるかもしれませんが、そうではありません。
実は2人の名前が書かれています。
◆クラーマ―
作曲したのはヨハン・バプティスト・クラーマー(1771-1858)です。父親が有名なヴァイオリニストという音楽家系の出身でドイツ生まれですが、3歳の頃にイギリスに移住しロンドンで活躍しました。
彼はピアニスト、作曲家としてだけでなく、教育家としての活動や楽譜の出版にも力を入れていました。
クラーマ―は父にピアノの手ほどきを受け、その後クレメンティに師事しました。10歳の頃には演奏活動を始め、ロンドンだけでなくヨーロッパの各地でピアニストとして活躍しました。
ウィーンではベートーヴェン(1770-1827)にも会っているようで、ベートーヴェンもクラマ―の演奏に注目をしていたようです。
ベートーヴェンは甥のカルルにもクラーマ―が作曲した練習曲を弾かせていたようなので、ピアニストとしてだけでなく、作曲家、教育家としても高く評価していたのではないかと思われます。
作曲家のクラーマーについてはわかって頂けたと思いますが、ビューローについて疑問が残っていますよね?ビューローとは何者なのでしょうか?
◆ビューロー
ビューロ―とはハンス・フォン・ビューロー(1830-1894)のことです。彼もドイツ出身の指揮者、ピアニストです。ピアノはクララ・シューマンの父であるフリードリヒ・ヴィークに学びました。
音楽は趣味程度にして欲しいという両親の強い希望から法律を学ぶために大学に通いましたが、音楽は学び続けました。
一流音楽家とも親交があり、リスト(1811-1886)からピアノを学び、ワーグナー(1813-1883)から指揮を学び、ピアニストとして、また指揮者としても大活躍しました。
彼はその後リストの娘であるコジマと結婚しますが、ワーグナーに奪われてしまい離婚します。心酔していたワーグナーに妻を奪われてしまったビューロー…かわいそう…。
さて、ビューローも音楽家だということはわかって頂けたと思うのですが、ビューロ―がクラーマ―の練習曲とどのような関わりがあるのでしょう?
◆=の謎
クラーマ―は多くの練習曲を作曲しており、作品番号をつけて曲集を発表していきました。中でも「ピアノフォルテのための練習曲」は彼の代表作と言われており、高く評価されています。1804年に「ピアノフォルテのための42の練習曲 作品30」を発表し、その後に続編である「ピアノフォルテのための42の練習曲 作品40」が発表されました。
クラーマ―はこの2つの曲集を合わせた84曲をまとめた練習曲集を改めて出版しなおしました。この他にも作品番号を変更したり、新たに16曲追加した練習曲集を出版したりと様々な改変を行いました。
ビューローはこの84曲のクラーマ―の練習曲を60曲に絞り込み、さらに曲順も変えて出版しなおしました。曲を絞って出版しなおしただけかと思われたと思いますが、実はそれだけではありません。
2人の生年月日を見比べてみて下さい。
クラーマー(1771-1858)
ビューロー(1830-1894)
だいぶ違いますよね。
クラーマーが主に活躍した時期は古典派の時代でビューローが活躍した時期はロマン派の時代です。この時期は楽器がかなり発達しましたし、弾き方もかなり変わっています。
ビューロ―はその点に着目し、指使いなどを変更しました。
曲順もオリジナルはほぼ作曲された順番だったのですが、ピアノ学習者にとってより取り組みやすいように彼なりの順番をつけて校訂しなおしました。
それが「クラーマ―=ビューロ―60の練習曲」です。
他の練習曲と違う点
練習曲は他にもツェルニーやクレメンティ、モシュコフスキーなどたくさんありますが、クラーマ―の練習曲の良い点はテクニックだけでなく表現するということにも重点を置いているというところではないでしょうか。
クラーマ―はとても優れたピアニストだったようなのですが、彼のピアノ演奏はとてもなめらかで繊細だったそうで特にレガートで弾くということが得意だったようなのです。
「なめらかに歌うように弾く」という彼の演奏上の特徴が楽曲にも表れているような気がします。クラーマ―の作品は音の響きや和音が素敵で、練習曲にありがちな退屈してしまうということがほとんどなく、どの曲も自然と表現したくなるように書かれていると私は思います。
クラーマ―は左手も右手とほぼ同じように動かせるようにしておくべきと考えていたのか、左手をメインで動かさなくてはいけない曲(第5,8,20,22,39,53番)が割と多いのも特徴だと思います。
その他は右手と左手の両方をまんべんなく動かす曲がほとんどなので、右手と左手をバランスよく練習できる曲集と言えるかもしれません。
「クラーマ―=ビューロ―60の練習曲」の難易度について
「クラーマ―=ビューロ―60の練習曲」はツェルニー「40番」、「50番」、クレメンティ「グラドゥス・アド・パルナッスム」と同じくらいのレベルと言われています。(中級~上級レベル)曲集を校訂したビューロ―はクラーマーの後に「グラドゥス・アド・パルナッスム」に進むのが良いとしています。
クレメンティと言うとソナチネを弾いたときに名前を聞いたなという感じかもしれませんが、「グラドゥス・アド・パルナッスム」という曲集は練習曲には珍しく対位法で書かれた楽曲も含まれており、そのような様々な様式で書かれている曲を練習することができるため、多くの作曲家やピアニスト達からとても高く評価されました。
クラーマー=ビューロ―は私も中学と高校の頃にたくさん練習しました。試験曲にもなっていたのでかなり必死で練習した記憶があります。
他にもツェルニー「50番」やモシュコフスキー「15の練習曲」などを練習しましたが1番好きだったのはクラーマーでした。テクニック的に弾くのがしんどいことはありましたが、単調過ぎて曲に飽きるということはなく、楽しかったのを覚えています。
ただ音を正しく弾くというのではなく、何を練習させたいのかを曲ごとの解説をよく読んで練習してみて下さいね。
私はこちらの全音の楽譜で練習しました。
普通同じ課題曲を弾く場合でも違う版を持っている人がいるものですが、みんな全音版を使っていました。これはクラーマ―=ビューロ―だけでなく、ツェルニーの練習曲が試験課題になった時も同じでしたね。
先生から受けた指摘など書き込んであることはそれぞれ違いますが、外見は同じなので開いてみないと誰のかわからないという状態になってしまうため、仕方なく楽譜に学籍番号と名前を書きました。本当は楽譜に余計なことを書くのは嫌だったんですけどね…。
楽器だけでなく、楽譜も大切にしましょうね。落書きはいけませんが弾く上での注意はたくさん書き込みましょう!
全音版しかないわけではありません。音楽之友社から出ている版はリニューアルしたようで、前よりも解説が丁寧に書かれていて読みやすくなっているそうです。解説をしっかり読みたい方はこちらの楽譜を使うのも良いかもしれません。
順番通りに60曲やるべきなのか
84曲をまとめた曲集の序文でクラーマー自身が10番までは順番通りに練習し、その後はどのような順番でも構わないと書いているようです。順番を特に決めなかった理由として、人によって弾きやすさや弾きにくさは様々なはずだから弾く順番は決めなくても良いと考えていたようです。
先ほども書いたようにビューロ―はその84曲から曲を選別し60曲に絞り、順番を並び替えたわけですから、彼はクラーマ―とは少し意見が違ったのかもしれません。
私の意見としては全てやる必要はないし、順番もどれからでも良いと考えています。しかし、クラーマ―がどんな曲を書いたのかを何も知らないまま後半の番号からいきなり練習するのは難しいのではないかと思います。
この曲集ではビューローによって並び替えられていますが、クラーマ―が言うように前半の曲を数曲順番通りにやってみてから飛ばしながら進めてみるというのが良いのではないでしょうか。
このような練習曲はそれだけで練習するものではなく、他の曲とセットで練習するものだと思います。現在弾いている曲の中で弾きにくい部分があるとしたら、その部分の動きに似ている練習曲を選んで練習するというのも1つの方法だと思います。
例えば左手がたくさん動く曲を練習するのであれば、左手の練習になりそうな練習曲を選んだり、連続して3度が出て来る曲を弾くのであれば、3度の練習ができそうな練習曲を選んだりというぐあいです。
練習曲は必ず最初から順を追ってやらないといけないという決まりはどこにもありません。このくらいまで弾けるようになっている方なら自分の得意、不得意が何となくわかっていると思います。
曲の中には色んな場面があり、その部分ごとで様々なテクニックが要求されますよね。その曲の中で弾き方やテクニックを学ぼうとするのは少々難しいのではないかと思います。
テクニック的に弾きにくさを感じる部分も出て来ると思いますが、練習曲と違い、曲の中ではほんの一部分しか出てきません。
そのほんの一部をできるまで根気よく練習することができるのであれば全く問題ありませんが、そのようにできる人はあまりいないでしょう。
どうして弾けないのか、何が原因なのかを突き止めるということをしないと弾きにくさの克服には至らないのですが、それにはまず何度も弾くという作業が必要です。このような弾きにくさは急に弾けるようになるというものではなく、弾いていく内にだんだんコツがわかってくるのです。
練習曲では1曲の中で何度も同じ動きを練習させられます。同じ音型がたくさん出て来るので1回通して弾けばその音型をかなり練習することになります。ちゃんと意識して練習すれば効果はとても上がります。
練習曲はそれ自体が目的ではなく、その先にある弾きたい曲を弾くためのものです。(ショパンやリストなどの練習曲はまた違いますが…。)
練習曲が弾けるようなることを目的にせず、上手く利用してレベルアップしていきましょう。
やっておいた方が良い曲
ビューロ―が絞ってくれた60曲はそれぞれ違いがあってどれもためになる練習曲ですが数がやはり多すぎるので、やっておいた方が良い曲を挙げてみます。1,2,3,5,8,10,13,18,20,21,24,27,28,33,34,35,38,40,42,46,48,49,54,60
どの曲も意味があるので絞るのが中々難しいのですが、このような感じでしょうか。
指を訓練するための練習曲ではあるですが、クラーマ―の練習曲は他の練習曲よりも指の訓練だけではないなと感じます。
それは例えば2番で感じることができます。
この曲は外声と内声を弾き分けなければならないのですが、指だけで弾こうとすると音が止まってしまい、動きを上手く表現することができません。手首やひじを上手く使って弾くと指で頑張って弾いた時とは比べものにならない良い演奏になります。
指でしっかり弾くということを小さい頃に習った私は脱力するということがとても難しいことでした。中学、高校で脱力することについて学んでいったのですが、弾き方を修正していくというのは中々大変でした。
力が入っていることが普通のことだったので、力で弾いているという感覚が全くなく、脱力するとはどうすることなのかがよくわからなかったのです。
先生の言われていることの意味や音の違いは聴けばわかるのですが、実際にどうやって弾くのかはよくわかりませんでした。
先生が弾いている様子を見て真似てみても何か違う。音が違う。
先生が私の腕の上で弾いて見せて下さると今までわからなかった指先の使い方や力の入れ具合や脱力の仕方が徐々にわかるようになり、弾き方を良い方向に改善することができました。
この2番は先ほども書きましたが外声と内声でタッチを変えて弾かなくてはいけない曲です。
弾くところ(この曲の場合は外声)はちゃんと弾かなくてはいけませんが、それ程必要ではないところは抜いて弾かなくてはいけません。私の場合は全てを指でおさえて一生懸命弾いていたのでこの曲は苦労しました。
この曲を練習したおかげで脱力についてや腕、ひじを柔らかくするということを学ぶことができました。
この他にも私にとって、勉強になったなと思うものはいくつかありこの曲集を練習して得たものはとても大きかったなと感じています。
この曲集の中には好きな曲でたくさんあるのですが、私が1番好きな曲を最後にご紹介します!
35番
練習曲はテクニックを鍛えるためにあるのですが、それだけではダメな気がします。この曲集はそのことにも気づかせてくれた私にとってはとてもよい曲集だったと思います。
皆さんにも「クラーマー=ビューロ60練習曲」に興味を持ってもらえると嬉しいです。練習曲ですが良い曲が多いので是非挑戦してみて下さい!
まとめ
◆クラーマ―=ビューロ―とは作曲した人と校訂した人の名前◆クラーマ―=ビューロの難易度は中級~上級レベル
◆順番通りにやる必要はない
◆飽きずに練習できる