それは結婚式前夜のことでした。ロベルトシューマンは妻になるクララに、究極の歌のラブレターを捧げました。その名も「献呈(君に捧ぐ)」。美しい愛の歌です。
この歌は、友人リストの手のよって、難易度の高いピアノソロ曲にもカバーされ、コンサートで華麗に演奏されるようになりました。二人の曲がみんなのものになったのですね。
シューマンとクララ、二人にとって、「献呈」とは、なんだったのでしょう。
ピアノ弾きのみなさん、歌の世界にようこそ!
惜しみない愛の曲から、歌心の弾き方、考えてみませんか。
■ 目次
歌の心の弾き方って?
「もっと歌って弾いて」とか「歌心のあるピアノはいいね!」って、よく言われるけれど、それってどう弾けばいいの?そんなふうに思ったら、ほんものの「歌」を弾いてみよう!シューマンがクララに贈った歌曲集「ミルテの花」より、第1曲「献呈」の前半の歌詞を訳してみます。
きみは僕の魂、僕の心。
きみは僕のこの上ないよろこび、そして痛み…。
きみは僕の世界、その中で僕は生きている。
きみは僕の空、その中で僕は飛んでいく。
ああ、きみは僕の墓の下に、
永遠に僕の悲しみをほうむった。
(詩/フリードリヒ・リュッケルト)
こんなに情熱的すぎる詩を、素直に聴かせてしまうのが、歌のすごいところです!
では、ピアノで弾いたらどうなるのでしょう?
リスト編曲の「献呈」は、素敵だけど、ちょっとむずかしくて…というあなたにおすすめなのが、クララシューマン編曲の「献呈」です!
なんといっても、捧げられた本人がピアノソロに編曲してるのですからね。
私はこちらの版を、友人の結婚式で聴きましたが、とてもとても心に沁みました!
クララの「献呈」は、原曲の歌と伴奏を、ひとりで弾けるようにしたようなシンプルな編曲です。
ものたりないんじゃないかって?いえいえ、そんなことはありません!
だって、
ラブレターって、言葉巧みじゃないとだめですか?
そんなことないですよね!
ピアノも同じです。
技術に見合った楽譜を選んだ方が、心をこめやすいですよ。
特定の人にそっと贈るのに、そんなに饒舌じゃなくてもいいんです。
前奏はたった1小節。
春風か、はやる気持ちか、ウェディングベルか、と感じたのも束の間。
きみは僕の魂、僕の心、
きみは僕のこの上ない喜び、そして痛み…。
と始まるわけです。
歌を自分の体験に…!
さあ、どうしましょう。聞きました?
喜びであり、痛みなんですって…。
Schmerz〈痛み〉のところでは、翳ったようにマイナー和音が鳴るのです。
あなたならどう弾きますか、この「痛み」!
きっと誰にも経験のあるような思いが、ふと重なるでしょう…。
少し、そっといたわるように弾いてあげたい。
できれば誰にも気づかれないように、守るように。
たとえばそんな気持ちになるとして。
だんだんと、曲の感情を体験しはじめていきます。
では、どうやって音色にするの?
ちょっと現実的なはなし、ピアノの音色は・ 鍵盤を押す強さ
・ 鍵盤を押している時間
・ 鍵盤を押す速さ
の組み合わせで、だいたい決まっていくんです。
たとえば、内向的な音色を出すには、「鍵盤を押す速さ」は、少しゆっくりめがいいと思います。鍵盤の下の世界には、ピアノの弦と、それをたたくハンマーがついているのですが、そのハンマーがちょっとやさしめのたたき方をしてくれるよう、こちらもそういう指示を出すわけです。
ピアノは見えない心臓部に働きかける楽器なんですね。
そして、指の形やくせはひとりひとり違うので、鍵盤下への意志の伝え方は十人十色です。
「鍵盤を押す速さ」をゆっくりめにするバリエーションとして、
指をちょっと寝かせると、しっとりした響きがだせるとか、
鍵盤から指を離さずに弾くと柔らかく鳴る、とか。
鍵盤の奥の方を押すと、重めのアンニュイな指示が出せる、
指を外に倒すと、深くしなる音の指示が出せる、など
自分だけのノウハウをたくさん見つけていくことになります。
たいへんそう?
曲の感情が自分のものになりはじめたなら、きっと大丈夫!
自分の思いにしっくりくる音が聴こえてくるよう、やり方を探っていけばいいのです。
手探りだけど、それはとっても楽しいこと!
歌詞の世界を、音で生きてみる。
私たちは、現実の世界をからだで生きています。でも、またちょっと違う生き方もできるのです。このあとの続きも、鍵になる歌詞を拾いながら、私なりに、音を使って歌詞の世界を生きてみますね!
地上、空、墓
〈きみは僕の空、その中で僕は飛んでいる〉
Himmel〈天、空〉のところで、ふわっと転調しますね。
それまでの「きみは僕の世界(地上)」が「きみは僕の空(天)」に舞い上がっていくのです。
このHimmel〈天、空〉とschwebe〈浮かぶ、飛ぶ〉の音は、広がりながら飛んでゆきたい!
メロディーとバスが、天と地の空間を拡げていくように、ぐーっと外側にひっぱっていこう。
内声はその空間を飛ぶ鳥のように、はばたいてみよう!
そして、Grab〈墓〉にむかって、視線がぐっと落ちていきます。
でもそこは不穏ではなく、安らぎの墓。
なぜなら、きみが僕の悲しみを永遠に葬ってくれる、墓だから…。
そうだ、やさしく、ほっとする音を大切に置いていこう。
悲しみを葬った僕は…
そのあとの後半部分の訳です。きみは安らぎ、きみは和み、
きみは天から僕に授けられたもの。
きみが僕を愛してくれて、僕は自分の価値を知り、
きみのまなざしが、僕をかがやかせる。
きみが愛してくれて、僕は高められる。
僕の善良な守り神よ、
僕の、より良い自分よ!
…と、愛情によって自分を肯定していくのです。
「僕」は墓に視線を落とした祈りの形のまま、Ruh‘〈安らぎ〉とFrieden〈和み〉、天から授けられたもの、を想います。
歌の前半よりも、意識はもっと深く、呼吸も深く。四分音符は、鍵盤の奥深いところで安らぎに触れるように…。鍵盤から指を離さずに、安らぎに触れ続けよう。
そしてここから力強く
Dass du mich liebst, macht mich mir wert,~
〈きみが僕を愛してくれて、僕は自分の価値を知り〉~
Mein guter Geist, mein bess‘res Ich!
〈僕の善良な守り神よ、 ぼくの、より良い自分よ!〉
と、自信を得た、みなぎる生命力に続いていくのです。
そしてまた、〈きみは僕の魂、僕の心〉と繰り返すのですが、力を得た「僕」には、もう一度やってくる〈きみは僕の痛み〉も、もうあんなに切ないだけではないのかもしれないですね。
もしかしたら、きみの痛みも分かち合える、という響きがするのかもしれないのです。
言葉にできない感情
こんなふうに「歌」の意味を体験しながら弾いていると、歌詞のないピアノ曲にも、ものすごく複雑な感情が流れているのを感じるようになっていくんです。たとえば、「悲しくて、嬉しくて、あきらめて恐れながら、…希望にあふれている!」なんていう感情も、体験できてしまうのです!
言葉にできないような、感情の潮に巻き込まれるかもしれないけれど…。
どうですか…!わくわくしませんか…!
ここまでをふりかえってみます。
・ 歌心のあるピアノを分かりたいときは、ほんものの「歌」を弾いてみよう!
・ 技術に見合った楽譜で、心を伝えることができる。
・ 歌の感情が自分の体験になってくることを実感しよう。
・ その思いにしっくりくる音色を、探そう。
・ 歌詞の世界を、自分の音で自由に生きてみよう!
・ いつか、歌詞がない曲にも、音の中に深い感情を見出すようになる。
ふたりの物語。
さて、シューマンとクララの物語を少しだけ。
シューマンは、もともとクララの父にピアノを習っていた弟子でした。
クララの父は、大変厳格なピアノの先生で、クララのことも、素晴らしい女性ピアニストに育てあげました。
こうしてピアノを聴かせあいながら、シューマンとクララはお互いを意識するようになっていったのです。そしてついに、クララの父の反対を押し切り、明日の結婚式を迎えられることになりました。
花を贈られたら…花びんに生けてふたりで愛でるでしょう。
プレゼントを贈られたら…包みを開けてふたりで楽しむでしょう。
では、ピアニストが曲を贈られたら?
クララたちはきっと、その場で演奏したのでしょうね。
シューマンが伴奏を弾いて、クララがメロディを弾いたのかもしれないし、クララがピアノを弾いて、シューマンが歌詞を口ずさんだのかもしれない。
そうやって、ふたりでこの曲を分かち合ったに違いない、と思うのです。
シューマンは繊細な芸術家でした。
幸せな結婚生活の間にも、少しづつ心のバランスを崩し、精神を病んでいきます。
クララはそんなシューマンを支え、演奏活動とピアノ教師の仕事をしながら、7人の子を育てることになりました。
つらいとき、クララはきっと、シューマンから贈られた曲をそっと開いたのではないでしょうか。
惜しみない愛を捧げてくれた、ふたりの幸せな思い出を、そっと弾いたのではないでしょうか。
けれども、かつてのデュエットも、今の演奏はクララひとり。
今はもう、クララがひとりで弾く、「献呈」です。
夫が妻に捧げている愛の歌は、今度は妻から夫への捧げものになったのかもしれません。
わたしの友人は、花嫁の手紙の代わりに、この曲をご両親に演奏しました。
「あなたの誕生は、私たちの魂。
あなたの誕生は、私たちの心。」
というご両親の愛を、そのまま、感謝の演奏で返しているようでした。
ピアニスト、ラン・ランさんは、東日本大震災で傷ついたすべての人々のために、リスト編曲版を演奏してくださっています。
惜しみない、与え合う愛の歌。
あなたは誰に、「献呈」しますか。
クララシューマン編曲「献呈」の無料楽譜
シューマンの献呈を初めて知った頃、
色々調べていてこの記事を読みました。
読んでいてほっこりするような記事で印象が強かったです。
献呈にもいくつかの編曲があり、クララシューマンの献呈良いいなと思いリピートして聴いてます。
自分も弾いていきたいです。
嬉しいコメントをくださり大変ありがとうございました!
ピアノを弾かれる方の直接の答えにはならないけれども、どなたかの引っかかりになるような記事を・・・と思いながら執筆させていただいています。
そのように思っていただけたなんて、とても嬉しいです。
先日、「献呈」を演奏しました。
大きいホールでのコンサートでしたので、リスト編曲の方を演奏しましたが、
こちらの作品はさいごに向けて期待通り盛り上がってこそ、お客さまにカタルシスを感じていただけるのだと思います。
ですが、クララの「献呈」はそういった展開をしないので、とても親密な気持ちをもって演奏できますね。
繰り返されるメロディも、音は変わらないのに表現は逆にひろがるようで、音楽は不思議だなあと思います。
若い頃のシューマンやクララの気持ちに少し近づけるような、クララの献呈、わたしもまた弾きたくなりました。演奏される機会が少ないクララ編ですが、ぜひご一緒に弾いていきましょう!
温かいお言葉をいただき、大変ありがとうございました。