クラシック曲の中でも日本人に好まれ、CMや電話での一コマで一度は聴いたことのある曲とも言える「愛の挨拶」。
もはや、ポピュラー音楽のように認知度の高い曲なので、ピアノの発表会や演奏会でも弾かれる方も多いのではないのでしょうか?
かくいう私も小学生の頃にこの曲を発表会で演奏しました。
今回は、ピアノ歴21年の私が、演奏を深めるために、この穏やかな曲に密かに込められた魅力、“あつい愛”をご紹介し、その表現について探っていきたいと思います。
■ 目次
婚約者へプレゼントした曲
まず、曲ができた背景からご紹介しましょう。
この曲は、イングランド出身のエドワード・エルガーによって作曲されました。
彼は、子どもの頃には、ピアノとヴァイオリンの教育を受け、ピアノ調律師であった父の元をついてまわり、演奏をしていました。
家族の後押しもあり、ヴァイオリンの演奏のみならず、作曲、編曲、オーケストラの指揮もしています。彼は、ワーグナーをはじめとするドイツ音楽への憧れを持ちながらも今までのイギリス作曲家がそうであったように、音楽家として生活していくことが難しかったようです。
そんな彼が29歳のとき、新しいピアノの弟子をとります。
名をキャロライン・アリス・ロバーツ、3年後、彼の妻となる人でした。
彼女は、エルガーよりも8歳年上で、更に、詩歌や散文の出版経験のある才女でした。
元来、内省的で孤独を好む彼が、アリスのために、婚約の贈り物として、ヴァイオリンとピアノのための小曲を彼女に捧げたものがこの「愛の挨拶」という曲です。
なお、原曲の楽譜にはキャリスへと献辞が書かれています。
これは、妻のキャロライン・アリスから名前をとった一人娘のことです。
※現在では妻のアリスへの献辞とする見方が主流のようです。下で解説しました。
実は元からアレンジがいっぱい
つまり、この曲は、元々、ヴァイオリンとピアノのためにつくられたのです!おそらく、プレゼントとしてアリスの前で弾くために、ピアノ独奏がつくられたのではないかと思われます。
彼にピアノを習っていたアリスとも弾けるように、ピアノとヴァイオリンで弾くことが主に想定されていたのではないのでしょうか。
また、この曲には、オーケストラのスコアも存在しています。
これは、エドワード・エルガーが後に、作曲家として名声をえた曲がオーケストラ曲であったことからもわかるように、エルガー音楽の曲づくりのイメージの中では、様々な楽器でのオーケストレーションの広がりがあったのではないかと思われます。
こちらの動画でバリエーションのちがいをお楽しみください。
ピアノver
ピアノとヴァイオリンver
オーケストラver
実はピアノ独奏曲としては不器用なでき?
原曲のピアノピースレベルでは、「C」とされています。現在では、簡単にされたアレンジもでており、移調されたものやアレンジによっては、バイエル初級程度の方でも弾きこなせるでしょう。そのため、難易度としては、さほど難しくはないといえるでしょう。
基本的には、左手はシンコペーションのリズムが繰り返されるので、右手と左手が別々の動きをすることができたらまずは弾くことができると言えます。
「ppp」まででてくるばかりか最初のテーマがでてくるところも「pp」であり、どこまで小さくひくのかと思わされます。
かと思いきや、テーマの中で繰り替えされるクレッシェンド、デクレッシェンドのセット。局部で突然のスフォルツァンド。彼の中のオーケストラの広がりを左手の和音やリズムでなく強弱のみで表現しようとしていることがこの譜面の不器用なところでもあるといえます。
つまり、耳にすっと残るのは、主旋律である右手のパートの部分の美しさともいえるのではないのでしょうか。なので、右手のメロディーが歌えるよう右手でオクターブが弾けたり、音の長さや強弱の変化がつけれるとなおいいでしょう。
どんな弾き方がいいの?
それでは、曲の理解も深まったところで、具体的な弾き方のコツを3つご紹介します。左手のシンコペーションを安定させる
テンポもさほど速くもなく、遅くもないことに加え、四分音符、八分音符で基本的には構成されているので、流れにのれば全体をさらいやすいです。特に、左手のリズムは、「タタータ」というシンコペーションが繰り返されます。そのため、これを安定して弾けるようになると全体を弾きやすくなるでしょう。
力をぬいてひこう
この曲が一見弾きやすいことを考えると曲の深みを引き出すために、右手は、弦楽器が歌うように弾けるとよいでしょう。すると、この曲の魅力である優美さがでます。そのために、手で弾くのではなく、健康骨から弾くイメージでまずは腕全体の力をぬいて弾くようにしましょう。
腕全体が肩から指先まで鞭のように一筋につながっているようにします。
まずは、脱力が大切です。
手はひらく形が多くでてきますが、たまご型が掌の中に空洞としてできるようにあくまでもうえから指がおされたイメージで弾きます。
鍵盤を音が鳴るポイントでうえからおしたあとは、弾いた指の力をぬきます。
そうすると次の音が弾きやすいです。
音の長さと強弱で感情を表現しよう
左手のリズムが安定している分、スラー、スタッカート、テヌートといった音の長さ、ふんだんに使われているクレッシェンド、デクレッシェンドでどう甘美さをつけていくか、それがこの曲に含まれる愛情として感情を表現するために重要になってきます。最初はメゾフォルテからピアニッシモでテーマのメロディーがはじまり、基本的には控えめなこの曲は、エルガーの内省的な部分を表しているだけでなく、スフォルツァンドやスタッカート、テヌート、リタルダントといった高鳴る感情がヴァイオリンを弾く彼の秘めた情熱を表しています。穏やかな中にある豊かな動きをぜひ表現してみてください。
私が発表したときは、小学生でさほど技術的には高くなかったのですが、メロディーラインの3つの同じ音がつづくところの音楽表現に強弱と音の長さの変化をつけて、山をつくって少し大げさに弾いたところ、全く初めてその場で演奏を聴いた楽器店の方に印象に残った演奏としてほめていただけました。
演奏した方の気持ちが伝わる演奏になるといいですね。
編集者による補足解説
曲の情報
- 曲名:愛の挨拶(あいのあいさつ/フランス語:Salut d’Amour/ドイツ語:Liebesgruss(Liebesgruß)/英語:Love’s Greeting)
- 作曲者:エドワード・ウィリアム・エルガー(Edward William Elgar/イギリス人)
1857年6月2日-1934年2月23日(76歳没)
作曲家・指揮者
- 献呈:後に妻となるキャロライン・アリス・ロバーツ(Caroline Alice Roberts/イギリス人)に婚約のしるしとして
- 曲の種類:ピアノ独奏曲
※他にも、ピアノとヴァイオリン、ピアノとチェロ、オーケストラなど、様々な版があります。 - 作品番号:Op.12
- 調:ホ長調 → ト長調 → ホ長調
- テンポ:Andantino
- 拍子:4分の2拍子
- 区分:ロマン派
- 発表年:1888年(作曲者は30~31歳)
- 演奏時間:約3分
曲名と献辞について
エルガーは、ドイツ語が得意なアリスのために当初はドイツ語の「Liebesgruss」というタイトルを付けて出版しようとしました。しかし、出版社のショットミュージック社からフランス語の「Salut d’Amour」に換えられてしまったようです。ドイツ語のタイトルは副題になりました。当時フランスが文化の中心地だったため、フランス語にしたことでこの楽譜はヨーロッパ全体でよく売れたようです。曲名については不本意だったかもしれませんが、楽譜が売れたことはエルガーにとってもよかったことかもしれません。
当時の楽譜はこのようになっています。
左に「à Carice」と書かれていますが、これは「キャリスへ」という意味のフランス語の献辞です。
キャリス(Carice)はエルガーの娘の名前ですが、キャリスが生まれたのはこの曲が発表された2年後なので、キャリスへの献辞とするとつじつまが合いません。このため発表時ではなく娘が生まれたあとでこの楽譜に献辞が付けられたのではないかという説があるようです。
しかし近年では、妻の名前キャロライン・アリス(Caroline Alice)をつなげた言葉(Ca+lice → Calice → Carice)ではないかという説が主流のようです。
「愛の挨拶」の無料楽譜