もし、知っている音楽家の名前を挙げて下さいと聞かれたとしたら誰を答えますか?
ベートーヴェンやモーツァルトと並んでバッハと回答する人が多いのではないでしょうか。

バッハの名前は誰もが知っていますよね。

バッハは敬虔なプロテスタント信者で信仰が深く、とても頑固な性格だったそうです。

バッハの最も有名な曲といえば、一般的には「メヌエット」でしょう。他にも「G線上のアリア」などが有名ですよね。

でも、たくさんの大曲があるのにこれらの曲が有名というのは、彼にとってはもしかすると不本意なことなのかもしれません。
それに、「メヌエット」については、近年の研究でクリスティアン・ペツォールトの曲であったと修正されているようです。

そんなバッハですが、今回はバッハの活躍した時代やその時代の調律方法について触れながら「平均律クラヴィーア曲集」の難易度と弾き方のコツについて第1巻3番を例にして書いていきたいと思います。

バッハっていつの時代の人?



音楽室の壁に音楽家の絵が貼ってありましたよね!絵を見て髪型が気になったことはありませんでしたか?同じような髪型や服装の人がいるなって思いませんでしたか?

とくに、左のバッハと右のヘンデルは、似ていると思われたのではないかと思います。

実は、彼らはカツラを被っているんです!

バッハやヘンデルが活躍したバロック時代~古典派時代の途中までの音楽家たちは宮廷や教会などに仕えており、宮廷や教会では、きちんとした正装をする必要がありました。

その正装した姿というのが、絵のようなカツラと服装だったのです。
バッハの本当の髪型がどんな感じだったのかは、残念ながらわかっていません。

髪型の話はこれくらいにして、バッハが活躍した時代について書いていきますね。

バッハはバロック時代に活躍した、ドイツの作曲家です。

それまで音楽の中心は声楽曲だったのですが、この時代になると弦楽器や鍵盤楽器の作品も重要なものとして多く書かれるようになりました。

バロック時代というのは、和声的音楽がだんだんと主流になっていく時期でした。
バッハの音楽の特徴は、教会などの声楽曲から発展してきた多声音楽を主として書かれていることだと思いますが、実はこの作曲方法は少し時代遅れになっていたんです。

バロック時代ってどのくらい昔なのかピンと来ませんよね?同じ時期、日本がどのような時代だったのか照らし合わせてみましょう。

バッハの活躍していた頃を日本の時代でいうと江戸時代です。江戸時代に流行っていた芸術は主に歌舞伎です。音楽でいえば長唄などです。
西洋音楽と日本の古典芸能や音楽は、全く違うものですが、どちらも素敵ですよね!!

西洋音楽が本格的に日本に入って来たのは明治に入ってからで、西洋音楽の本場、ヨーロッパの国々からは、かなり遅れてからのスタートでした。
しかし、最近では有名なコンクールで日本人が優勝したり、入賞したりと話題になることがどんどん増えてきましたよね!

かなり遅れてからのスタートというハンデはありましたが、コンクールの結果をみると日本人がどれだけ頑張って西洋音楽を学んで来たかがわかりますね。

バッハはどんな人?

バッハの家系には200年に渡って50人もの音楽家がいました。すごいですよね!

50人ものバッハ家の音楽家の中で1番有名なのは、やはり私たちがよく知っているバッハです。彼のフルネームはヨハン・セバスティアン・バッハ(J.S.バッハ)です。

彼は2度結婚しており、子供の人数はなんと20人!
生まれてすぐに亡くなっている子供も多くいて、20人の子供のうち成長できたのは半分の10人でした。10人の子供の中にも音楽家として活躍した人がいます。

【音楽家として活躍したバッハの子供】

ウィルヘルム・フリーデマン・バッハ
カール・フィリップ・エマヌエル・バッハ
ヨハン・クリスティアン・バッハ


バッハはドイツから外へ出ることはなかったのですが、1つの場所にとどまっていたわけではありません。
彼の活躍は、場所によって4つの時代に区分されています。

◆修業時代(1685-1708)

アイゼナハ→オールドルフ→リューネブルク→アルンシュタット→ミュールハウゼン

この修業時代は各地を転々としている。
彼は9歳で母、10歳で父を亡くしており、その後は14歳年上の兄に引き取られる。

◆ワイマール時代(1708-1717)

宮廷オルガニストとして活躍。オルガン曲を多く作曲。

◆ケーテン時代(1717-1723)

世俗的な器楽曲を多く作曲。
平均律クラヴィーア第1巻はこの時期に作曲。

◆ライプツィヒ時代(1723-1750)

教会カンタータや主要なクラヴィーア作品を作曲。
眼の手術を2度受けるも失敗に終わり、後遺症などにより65歳で亡くなる。

眼の手術が成功していたらもっと長生きをし、もっと多くの曲を残していたんでしょうね。とても残念です。

バッハはとんでもなく頭が良かった!?

バッハのIQはとても高かったのではないかと言われています。

音楽の作曲方法は主に2つの方法があると思います。

●メロディーに和声をつけるという作曲方法
●2つ以上の声部で音楽作っていく対位法という作曲方法(バッハは主にこの方法で作曲)

この2つのうち、対位法の方が圧倒的に作曲方法としては難しいです。

おおざっぱに言ってしまえば、違う旋律を組み合わせて曲にしているようなものです。それを違和感なく組み合わせるのは、とても難しいことです。

大学時代に対位法を学びましたが、理解したとは決して言えません。何となくはわかりますが、実際に対位法で作曲をしろと言われると私にはちょっと無理ですね…

楽譜を見ただけでもバッハの頭の良さは何となくわかります。本当に尊敬します。

バッハは忘れられた存在だった!?


実は、バッハは現在のようにみんなが知っている作曲家ではなくなっていた時期がありました。

完全に忘れ去られてはいませんでしたが、ロマン派の時代にはほとんど演奏されることのない作曲家になっていました。

その理由はバッハがピアノを想定して作曲していないことや作曲方法が古いことなどが挙げられるのではないかと思います。

そんなバッハの音楽を復興したのは、ロマン派の時代に活躍したメンデルスゾーンでした。

メンデルスゾーンはバッハと同じくドイツ出身の作曲家です。彼は作曲家としてだけでなく指揮者、ピアニスト、オルガニストとしても活躍していました。

メンデルスゾーンがバッハの音楽を復興する最初のきっかけは、14歳のときに「マタイ受難曲」の楽譜をプレゼントされたことだったのかもしれません。

実際にバッハ音楽の復興のための公開演奏で演奏された曲も少し手を加えた「マタイ受難曲」でしたので、メンデルスゾーンはこの曲に思い入れがあったのでしょう。

この演奏会によりバッハの作品は見直され、再評価されることになりました。

メンデルスゾーンがバッハの音楽を復興していなければ、バッハはそのまま忘れられた存在になっていたかもしれません。

「平均律クラヴィーア曲集」の平均律って何?

平均律とは「1オクターブ(半音ずつで12の音)の音程を均等な周波数で分割した音律」のことです。現在聴いている楽器の音はこの平均律によって調律されたものです。

バッハはなぜ「平均律」という言葉をわざわざ入れた曲集を作ったのでしょうか?

それはバロック時代の調律方法の主流が「平均律」ではなく、「純正律」や「中全音律」といった調律方法だったからです。

「平均律」と「純正律」の違い


《純正律》
音程の周波数が簡単な整数比になっている

長所→
主要三和音(Ⅰ、Ⅳ、Ⅴ)はとても心地良い響きになる
短所→純正音程(響きの良い音程)から外れると響きが悪くなるため転調や移調ができない

《平均律》
12音の音程を平均的にしているため比率が複雑

長所→
転調や移調を自由にできる
短所→オクターブ以外は簡単な比率になっておらず、純正音程になっていないため音がひずんでいる

とても難しいのでちゃんと理解するのは容易ではありませんが、特徴としてはそのようなことが挙げられます。

平均律が主流になっていったのは、転調や移調ができるという点が大きいと思います。

あらゆる調で弾ける曲集!

平均律クラヴィーア曲集の原題は「Das wohltemperierte Klavier」です。wohltemperierteとは「よく調整された」という意味です。

つまり、あらゆる調で弾くことが可能な調律方法をとった鍵盤楽器のための曲集ということです。

あらゆる調で弾けるということは、純正律ではなく、平均律ということになりますね。

当時は平均律以外にも、平均律と同じようにあらゆる調で弾くことが可能な調律方法があったようなので、バッハは必ずしも平均律で調律されたものを想定して作曲をしていなかったかもしれません。

平均律に慣れてしまっている私たちにとっては、現在聴いている音のどこにひずみがあるのか全くわかりませんよね。

平均律で調律したピアノと純正律で調律したピアノの聴き比べができる動画を見ましたが、私は平均律の音の方が良かったです。

純正律の方は音が低く、調律されていないピアノのような感じがしました。

それだけ平均律に慣れてしまっているということなんでしょうかね。

クラヴィーアって何?

クラヴィーアとは鍵盤楽器の総称です。

バロック時代の鍵盤楽器は主にオルガン、チェンバロ、クラヴィコードの3つでした。

鍵盤楽器と聞くとピアノをイメージされたと思いますが、現在のピアノの元となったピアノ・フォルテは発明されて間もない頃で、まだまだメインの楽器ではありませんでした。

ピアノで弾くことを想定し、ピアノで作曲をし始めたのは、ベートーヴェンくらいからです。

バッハの「平均律クラヴィーア曲集」は楽器の指定が特にされておらず、クラヴィーアとなっているので、オルガン、チェンバロ、クラヴィコードのどの楽器で弾いてもよい曲ということになります。

バッハはクラヴィコードがとても好きだったようなので、クラヴィコードで弾いて欲しいと思って作曲していたかもしれません。

現在はピアノで弾いていますが、バッハはピアノで弾かれることになるとはあまり想定していなかったでしょうね。

BWVって何?

バッハの楽譜に書いてあるBWVって何だろうと思ったことはありませんか?

Bach-Werke-Verzeichnis」の頭文字を取ったもので、バッハ作品目録という意味です。
ヴォルフガング・シュミダー(音楽学者)が1950年に提唱したもので、彼がつけた番号を他の音楽家や音楽学者も採用しました。

作曲された順にただ通し番号をつけたのではなく、ジャンルごとに番号を分けてあるのがこの作品番号の特徴です。

BWV 1 から始まるのですが、例えば鍵盤楽器の番号でいうと、

BWV 525~ オルガン曲
BWV 772~ オルガン以外の鍵盤楽器

このようになっています。

作品番号の数字を見るだけでどんな楽器が使われているかが、だいたいわかるようになっているということです。

平均律クラヴィーア曲集の難易度は?

平均律クラヴィーア曲集は第1巻と第2巻があり、第1、第2巻ともプレリュードとフーガの2曲をセットにし、24曲ずつ入っています。

この24曲は同じ調が1つもありません。

24曲もあれば同じ調が1つくらいあっても良い気がしますが、この曲集は同じ調は使わないというコンセプトで作曲されています。

先ほど平均律について書きましたが、平均律で調律することによってあらゆる調で弾くことが可能になったため、バッハは全調(24調)で作曲し、曲集にまとめることにしたんです。

その曲集が「平均律クラヴィーア」です。

調の順番は1番Cdur、2番cmoll、3番Cisdur、4番cismoll~となっています。長調のあとに短調(同主調)が来るようなっており、そして半音ずつ上がっていきます。

「平均律クラヴィーア曲集」のことがだいたい理解できたと思いますので、この曲集の難易度について解説していきますね。

初めて弾くバッハの曲は多分皆さん「メヌエット」だったのではないかと思います。

私の場合、この曲は初歩のお子さんの発表会の曲として渡すことも多いのですが、左手も結構動くのでなかなか難しいようです。

その次はインヴェンション(2声)やシンフォニア(3声)ではないかと思います。

バッハの曲を弾くときの難しさは、右手も左手も対等に扱わなければならないことです。どちらがメロディーでどちらが伴奏というのではなく、どちらも重要な声部の1つです。

平均律クラヴィーアを弾くには、シンフォニアまで弾いていないと厳しいと思います。

平均律クラヴィーアのプレリュードはそれほど難しくはないのですが、フーガは多いもので5声を弾き分けなければいけません。

弾き分けるのはとても大変です。

この曲集を弾くには、1本1本の指が独立して動かせること声部がどのように動いているのかという楽譜を読む力、そして、それぞれの声部ごとの音を聴き分けられる耳が必要です。

きちんと声部ごとに音を聴いて弾くのはかなり難しいとは思いますが、そこまででなくても楽譜が読めてそれなりに弾けるようになるのは中級レベルくらいからだと思います。

この第1巻で有名なのは、1番と2番だと思いますが、今回は私の好きな3番のプレリュードとフーガについて解説していきます。

3番は特に弾きにくいという感じはあまりないと思いますが、調号がシャープ7つと多いことやダブルシャープが多く出てくるという点で譜読みが多少難しく感じるかもしれません。

平均律クラヴィーア曲集の弾き方のコツは?

バッハの弾き方には2タイプあると思います。

●当時の楽器のことをイメージし、強弱をほとんどつけず、あまり抑揚もつけずに弾く
●現代のピアノで弾くのだから強弱をつけてペダルも使い、ピアノの良さを出して弾く

コンクールなどでは、どちらかというと抑揚をあまりつけない弾き方の方が評価が良いようです。

大学時代、バッハが課題曲になった試験がありましたが、やはり抑揚をあまりつけない弾き方をした人の方が点数が良かったです。

私は強弱をつけてペダルも使って弾いた方なので、あまり点数は出ませんでしたが、この弾き方の方が素敵だと個人的には思っています。

ブライトコップ社のムジェリーニ版は、テンポ指定や強弱、トリルの入れ方など細かく書いてあるので、とても勉強になります。



◆第1巻3番プレリュードの弾き方のコツ


3拍子をしっかり意識することです。
バッハ「平均律クラヴィーア曲集第1巻第3番嬰ハ長調BWV848」ピアノ楽譜1
最初の右手の16分音符1つ1つの音をメロディーだと思って弾くと重く、野暮ったい感じになります。ここは左手でリズムをしっかり刻んで弾いていくつもりの方が良いと思います。

両手とも1拍目を少し強調するようにし、音が上がるに従ってクレッシェンドしていくと上手に聴こえます。
バッハ「平均律クラヴィーア曲集第1巻第3番嬰ハ長調BWV848」ピアノ楽譜2
途中、音型が入れ替わります。この部分は先ほどの弾き方を逆にして下さい。右手でできていても、左手となると難しいかもしれません。左手だけよく練習しましょう。

バッハ「平均律クラヴィーア曲集第1巻第3番嬰ハ長調BWV848」ピアノ楽譜3
この部分は音型がガラッと変わり、弾き方も変わります。

この部分の聴かせたい音は右手の2コ続きの16分音符と左手の8分音符3つです。ここも1拍目を強調し、後は軽く弾きます。

右手の16分音符のGisは左手の8分音符の音よりも大きくなるとカッコ悪いので、重みをかけず機械的に動かし、リズムを刻むだけになるように注意しましょう。

◆第1巻3番フーガの弾き方のコツ


フーガを素敵に弾くには、それぞれの声部がどのような動きをしているのかをちゃんと理解しているかがポイントになります。

バッハ「平均律クラヴィーア曲集第1巻第3番嬰ハ長調BWV848」ピアノ楽譜4
楽譜を見ているだけでは声部の動きがなかなかわからないので、書き出してみることをおススメします。

バッハ「平均律クラヴィーア曲集第1巻第3番嬰ハ長調BWV848」ピアノ楽譜5
3番のフーガは3声なのでソプラノ(S)、アルト(A)、バス(B)の3声部になります。

書き出す時の注意点は、縦の線を必ず揃えることです。

そうしないと弾く時にとても弾きにくいですし、どこでどの音が一緒に鳴るのかが見ただけではわからなくなってしまいます。

●自分で書き出した楽譜を使い、まずは1声部ずつ弾いてみましょう。
●次は2声にしてみましょう。S-A、S-B、A-Bの3種類の組み合わせで練習しましょう。
どの声部の音もよく聴いて弾けるようになりましょう。

誰かにもう1声部弾いてもらいながら弾く練習が良いのですが、無理な場合は、1声部弾いたものをあらかじめ録音しておいて、2声にするという方法が良いと思います。

Aパートは右手で弾いたり左手で弾いたりしなくてはいけないので、よく練習しましょう。

●2声が弾けるようになったら3声にしてみましょう。

このような段階を踏んでいくと、どの声部の音も聴こえてくるようになります。

書く作業はとても大変ですが、素敵に弾くために必要な作業だと思って書き出してみて下さい!!

まとめ

◆バッハはバロック時代に活躍した、ドイツの作曲家
◆バッハの家系は200年に渡って50人もの音楽家がいた
◆バッハのフルネームはヨハン・セバスティアン・バッハ
◆バッハは一時期忘れられていた
◆バッハの音楽を復興したのは、メンデルスゾーン
◆平均律とは1オクターブ(半音ずつで12の音)の音程を均等な周波数で分割した音律のこと
◆クラヴィーアとは鍵盤楽器の総称
◆難易度は中級レベル
◆3番プレリュードの弾き方のコツは3拍子をしっかり意識すること
◆3番フーガの弾き方のコツはそれぞれの声部がどのような動きをしているかを理解すること



「平均律クラヴィーア曲集BWV846~893」の無料楽譜
  • IMSLP(第1巻BWV846~869)
    第1番BWV846~第12番BWV857(楽譜リンク)第13番BWV858~第24番BWV869(楽譜リンク)本記事はこの楽譜を用いて作成しました。1894年にシャーマー社とブライトコプフ・ウント・ヘルテル社から共同出版され、後に再版されたパブリックドメインの楽譜です。第3番BWV848は最初の楽譜の16ページからになります。
  • IMSLP(第2巻BWV870~893)
    第1番BWV870~第12番BWV881(楽譜リンク)第13番BWV882~第24番BWV893(楽譜リンク)1915年にブライトコプフ・ウント・ヘルテル社から出版されたパブリックドメインの楽譜です。

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