ラヴェルといえば、「ボレロ」の印象が強いかもしれませんが、ピアノ曲にも素敵な曲が多くあります。
ラヴェルのピアノ曲の中で1番有名なのは「亡き王女のためのパヴァーヌ」でしょうか。
オーケストラ版で聴いた方もいらっしゃると思いますが、元はピアノ曲で、のちにオーケストラ用に編曲されました。
この「亡き王女のためのパヴァーヌ」と同じくらい有名なピアノ曲が「水の戯れ」です。
「水の戯れ」は中学の音楽の教科書にも載っているので、鑑賞の授業で習った方もいらっしゃると思います。
私はこの曲の音の響きがとても好きです。この曲は、3つの音(左手8分音符、右手16分音符)
から始まります。たった3つの音ですが、この最初の響きだけで音楽に引き込まれてしまいます。
この3つの音は控えめな音の響きでありながら芯はちゃんとあって、とても印象的です。
ラヴェルという人はとてもこだわりが強く、そして神経質な人だったようです。今回はラヴェルがどのような人だったのかにもふれながら、難易度と弾き方のコツについてお教えします!
■ 目次
ラベルじゃないよ!!ラヴェルだよ!!!
これは個人的に私が嫌だな、やめて欲しいなと思っていることなのですが…
コンサートではさすがにないのですが、発表会などで「ラベル」と表記されているのをたまに見かけます。Ravelが正しいスペルなので「ヴェ」で表記するのが正しいと思います。
ラベルだと何だかシールみたいで嫌です…。
ラヴェルはこだわりの強い人で、神経質な人だったようなんです。彼の身長は160㎝ほど(もっと低かったとも言われています)でした。そのコンプレックスからなのか、服装にとても強いこだわりがありました。
服装はいつも決まってスーツにネクタイ姿だったそうです。家に1人でいるときもスーツを着てネクタイをしていたそうなので、ちょっと変わりものです。
彼はピアニストとしても活躍していたのですが、その演奏旅行のたびに大量の衣装を持ち込んだと言われています。その衣装(多分全部スーツでしょう)はとても細かなところまで凝っていておしゃれだったそうです。(見せ物のようでたまらない、と言って演奏活動はその後やめてしまいますが…)
スーツといっても、どれも同じデザインではなかったようですね。
ラヴェルのこだわりは服装だけではありません。彼は化粧品を使ってお肌のお手入れなどもしていました。香水も多く所有していたようです!
鏡の前に化粧品、香水の瓶やハサミなどをきれいに並べて、そこで身だしなみを整えていたようです。
香水の瓶などが並べてある写真を見たことがありますが、左右対称になるようにきれいに置いてあり、こだわりの強さを感じました。作曲家の中で1番オシャレな人だったかもしれませんね。
他にもこだわりが強いんだなという、こんなエピソードが残っています。
代表曲である「ボレロ」の演奏時間に彼は異常なほどのこだわりがありました。
この曲は一定のリズムの中で曲が進むので、テンポが揺れることがありません。そのため最初のテンポ設定がとても重要になります。
彼はこの曲を17分で演奏すると決めていたようで、17分以外で演奏されるとひどく怒ったようなのです。
こだわりの強~い彼は、自分が思っている速さと違うテンポで演奏されると我慢ならなかったのでしょうね。
どうですか?ラヴェルの神経質具合に驚かれたのではないですか?
そんな、こだわりが強く神経質な彼なので、「ラベル」じゃなくて、「ラヴェル」って書いてあげないと多分怒りますよ!!
同じ時期に活躍したドビュッシーとの作曲方法の違い。
ラヴェルが活躍したほぼ同時期に13歳先輩のドビュッシーがおり、多くの影響をドビュッシーから受けました。しかし、ラヴェルはドビュッシーの追随者とされるのをとても嫌がっていました。彼は確かにドビュッシーから影響を受け、印象派的要素も持っていますが、ドビュッシーとは決定的に違うところがあります。
●ドビュッシーの音楽
響きの持つ色彩感が最も重要な要素ではっきりした輪郭を持たない。音の響きが全て。
●ラヴェルの音楽
斬新な和声を使うが、形式に重きをおいており、古典的な形式の中で音の響きを追求した。
ラヴェルは根底に形式性をおいており、古典的な厳格さを守ろうとしました。
形式に重きをおいた作曲方法は、ドビュッシーのように音を絵のように重ねていくのとは違い、思いついた素材をそのまま使うのではなく、形式に合うように磨き上げていかなくてはなりませんでした。
この形式という決められたルールの中で、できる限り自由に作曲するという方法は音楽の幅を狭めてしまう危険もあるので、苦労が多かったのではないかと思います。
ドビュッシーと音の響き自体は似ている部分もあるけど、ラヴェルの方がきちっとしているように聴こえるのはそのような作曲方法の違いからなのだと思います。
弾き方も違いがあると思います。ドビュッシーはある程度感情を入れて弾いても大丈夫ですが(ロマン派のもののようには弾いてはいけませんが…)、ラヴェルは常に冷静でないといけません。
どの曲もメロディーや音の響きは素敵ですが、客観的で少し冷たいというか淡々としている印象を受けるのがラヴェルの曲の1つの特徴ではないかと思います。
ラヴェルの好きな音はチェンバロの音??
ラヴェルは18世紀に活躍したフランスの作曲家クープランをとても尊敬しており、ランドフスカ(女性のチェンバロ奏者、ピアニスト)のクープランの演奏が大好きだったそうです。
彼はピアノの音よりも乾いた音であるチェンバロの音が好みだったようなのです。
ピアノに取り付けるとチェンバロのような音が出せる、「リュテラル」という装置に夢中になっていた時期もあったということです。
このようなことからラヴェルはあまりメロディックに弾かれるのは好きではなかったのではないかと私は思います。
本当のタイトルは「水の戯れ」じゃない!?
日本では「水の戯れ」というタイトルで親しまれていますが、原題の「JEUX D’EAU」の本来の意味は「噴水」です。
私個人としては「水の戯れ」の訳は曲の雰囲気に合っているし、上手く言葉に表していると思います。
しかし、水が海や川などの自然のものなのか、噴水ような人工的なものなのかは、このタイトルでは曖昧になってしまっているなとも思います。
ラヴェルはこの曲で自然の水の動きではなく、人工的な水の動きを表現しようとしました。
この曲は実は彼の初期の作品で、1901年(26歳)に作曲されました。
フランスの詩人アンリ・ド・レニエの詩からインスピレーションを受け、作曲されており「裸身をくすぐられる水玉にはしゃぎたまう河の神…」という詩が楽譜に書かれています。この曲は恩師であるフォーレに捧げられています。
初期の作品とは思えないほど、完成度の高い曲ですよね。
「水の戯れ」の難易度はどれくらい?
全音の難易度順では「水の戯れ」はF(上級上)となっていますが、私が最も難しいのではないかと考えている「ラ・カンパネラ」が難易度E(上級)…。どう考えても逆なような気がします。確かにテクニック的に難しいですが、「ラ・カンパネラ」ほどではないと思いますので、難易度は上級です。
楽譜を見るとわかると思いますが、この曲は楽譜の見た目がきれいです。図形のような音の並びです。図形のような音の並びということは、音が行ったり来たりして弾きにくいということでもあります。
「水の戯れ」をいきなり弾くのはなかなか難しいと思います。
まずは同じ印象派の作曲家で音の響きや弾き方が似ている、ドビュッシーの「子供の領分」や「アラベスク」をこなしてみてからの方が良いかと思います。
ラヴェルの曲でしたら「ソナチネ」を勉強されてからの方が弾きやすくなると思います。
この曲は水の音を表現した曲ですので、全体のタッチは軽く、しかし芯のある音でなくてはいけません。
特にこの曲は音の響きが重要ですので、自分が思い描いている音色と実際に出ている音色が一致しているのか、耳でよく聴き、弾き方をコントロールしていくという作業が必要です。
そのためこの曲を素敵に弾くには、音の響きを楽しみ、それを弾き分ける技術が必要です。
私が使用したのはこちらの楽譜です。私の持っている楽譜とは表紙のデザインが多少違います。デザインが変わるということは割とよくあることです。
それだけでなく出版社がなくなったり、合併したりと色々あるようで、自分が使っていたものが現在どのようになっているのかを知るのが難しい場合もあります。
こちらは同じ出版社のものを日本語訳したもののようです。先ほどの楽譜と値段があまりにも違いすぎて驚きです。
「水の戯れ」の弾き方のコツとは?
まずは曲について解説していきますね。この曲の特徴は不協和音の大胆な使用です。
解決しない長・短の七の和音、増4度を持つ九の和音、平行進行、全音階的なパッセージの使用など、それまではあまり使うことのなかった音を多く使用しました。
半音の音をあれだけぶつけているのに、汚いとは感じないのが不思議ですね!ラヴェルは本当に天才だと思います。「オーケストラの魔術師」と呼ばれるだけあって音の組み合わせ方が本当に見事です。
ラヴェルは形式に重きをおいたことを前に書きましたが、この曲は古典派の代表的な形式の1つであるソナタ形式で作曲されています。
これだけ音は自由なのに形式はカッチリしたソナタ形式だなんて驚きですよね。
◆それでは、「水の戯れ」を弾く際の全体的な弾き方のコツをお教えしますね。
この曲を素敵に弾くポイントは3つです。
弾き方のコツ① 指先をよく使う
指先というのは、第1関節をよく使いなさいという意味です。普段、指先まであまり意識して弾くことはないかもしれませんが、少し硬い芯のあるパキっとした音が必要な場合、指先を使うと良い音が出ます。
人によって打鍵の速さなども違うので、そんなことをしなくても音を出せる人もいますが…
ドビュッシーの弾き方と同じく、指の重みをかけず、指先をよく使って、できる限り短く切るスタッカートの練習をすることでこの曲にあった音が出せるようになると思います。
前に書いたようにラヴェルはチェンバロの音が好きだったので、この曲に合うと想像していた音もどちらかというとチェンバロのようなパキっとした音だったのではないかと思うのです。
もちろんペダルを使って演奏するので、まろやかな音にはなりますが、タッチ的にはその方が良いのではないかと思います。
弾き方のコツ② リズムで歌う
リズムの中でメロディーを歌うということです。最初の部分は右手を聴いて弾いてしまいますよね。そうするとどうしても速くなったり遅くなったりしてしまうんです。
逆に左手の8分音符の音の響きをよく聴き、リズムを刻んでいくと右手も一定の速さになり、弾きやすくなります。
メロディーで歌ってしまうと歌いすぎたり、変な歌い方になってしまっていたりすることがあるので、決まったリズムの中で歌うというのは結構重要かもしれません。
弾き方のコツ③ 急がない
とくに、この部分は2拍目と4拍目の裏が音型的にどうしても走りがちになってしまいますが、弾き飛ばしてしまわないようにすることが大切です。
全体的に速いパッセージが多いので急いでしまいがちですが、テクニックをみせびらかせたい訳ではなく、あくまで水の表現をしたいのです。
この曲は人工的な水の動きとはいえ、水のなめらかな動きを表現しているのですから、指示してある以外は一定のテンポをキープするべきです。
急がないためには、②で説明したリズムの中で歌うというのがポイントになってきます。
ここは重要なのでもう1度赤字で強調しますね。
指示してあるところ以外は一定のテンポをキープすること!!
後半になれば前に音楽を動かすようにaccelerandoの指示が出てきますので、ある程度許されますが、前半では常に冷静にテンポを一定にし、音の響きを楽しむ程度に留めておく方が良いと思います。
その方が後半の盛り上がりが際立つと思います。
◆次にこの曲の難所とその弾き方のコツについて書いていきますね。
難所① 4小節目
右手が地味に弾きにくいです。
スタッカートで練習したり、ゆっくり練習したりして、とにかくなめらかに弾けるようにしなくてはいけません。
アクセントがついたような弾き方にならないためのコツは、EからCisへの移動はスライドさせるように弾くことです。この部分はとにかく無駄な動きをせず、次の音の準備をしなくては遅れてしまいます。
ポジションを変えて弾きなおしては間に合わないので、弾きながら次の音へスライドさせ、次の準備をするんです。
速いパッセージはその音を弾くよりも前から準備に入るというのがコツです!!
難所② 同じ音型で2オクターブ上がっていく部分
この上がっていく部分も地味に弾きにくいです。
Fis、Hの重音は手のポジションを変えるので、重みがかかってしまい、よっこらしょ感が出てしまいがちですが、そうするととてもカッコ悪い!!
この部分に重みがかかると、どんどん重くなって弾きにくくなるんですよね。ここが弾きにくいと感じると次の駆け下りて上がっていく部分にも影響してくるので、要練習です!
コツはFis、Hを弾くときに第1関節をよく使い、指先で鍵盤を少し掴むようにして弾きます。鍵盤をたたいて音を出すのではなく、鍵盤から取り出すようにして弾くイメージです。
そして次のDの音(多分皆さん1の指で弾くのではないかと思います)とセットにして弾き、DからGis、Dにすばやく移動させましょう。
難所③ 駆け下りて上がっていく部分
先ほどの続きの部分です。
この部分、私にとってはそれほど難しい部分ではないのですが、苦労されている方もいらっしゃるので、私の弾き方を書いておきます。参考にされて下さい。
この部分を弾くときの私の手首の位置はかなり低めで、鍵盤に吸いつかせるようにしています。手首をほとんど動かないように固定した状態で指だけ動かし、横移動させています。(力が入らないように気を付けて下さい)
このとき重要なのは、降りてくるときの1の指と上がっていくときの4の指です。
両方ともくぐらせるのが必要な指です。これがスムーズにできるかどうかがここのポイントです!
くぐらせるのが必要なところに来たときになってから準備したのでは、もう遅いんです。そのパッセージの弾き始めから徐々に指を寄せていき、準備しながら次の音を弾き進めていかないと上手くいきません。
この部分が弾きにくい方は挑戦してみて下さい!
難所④ 黒鍵のグリッサンド
私は今までグリッサンドを使った曲を弾く機会が多くありました。今では弾き方のコツを掴んだので、簡単にできますが、始めは手の角度が悪くて爪に上手く当てられなかったため、内出血することが多々ありました。
今回は黒鍵のグリッサンドですね。白鍵のグリッサンドはよくありますが、黒鍵はあまり出てきません。
個人的には白鍵よりも黒鍵のグリッサンドの方が難しいような気がします。
グリッサンドを上手く、痛くなく弾くコツは、とにかく力を抜くことです。そして弾くときに怖がらないことです。
私はこの部分を1の指の爪になるべく当たるように弾いていますが、人によっては指に当てて弾いている人もいます。慣れるしかありません。
難所⑤ 最後のページの3段楽譜
3段になっているここの部分は指示通り、右手で1番上の段を弾き、下2段を左手で弾きます。
その次の2段になっている楽譜ですが、ト音記号パートを私は右手と左手に分けて弾いています。
H、Gis、E、Cisまでを右手で次のH、Gis、E、Cis、H、Cis、E、Gis、Hまでが左手、その後はまた右手へと分けて弾きます。
この部分のヘ音記号パートは8分音符ごとに左、右、左、右と持ちかえます。
この弾き方をする場合の注意点は、手を変えて演奏しているというのが聴いている人に伝わらないようにすることです。
上手くつながっていないと持ちかえたのがバレバレになりますし、音がつながっていないと曲のイメージとはかけ離れてしまいます。
そこがクリアできれば、この弾き方のほうが断然弾きやすくなりますので試してみて下さい。
まとめ
●ラヴェルはこだわりの強い人で、神経質な人だった●形式に重きをおいており、古典的な形式の中で音の響きを追求した
●ラヴェルはピアノの音よりも乾いた音であるチェンバロの音が好みだった
●本来の意味は「噴水」
●難易度は上級
●弾き方のコツは①指先をよく使う②リズムで歌う③急ぎすぎない
●難所は5つ
「水の戯れ」の無料楽譜
- IMSLP(楽譜リンク)
本記事はこの楽譜を用いて作成しました。1907年にシャーマー社から出版されたパブリックドメインの楽譜です。
あくまで個人的な意見ですが、
難所の②と④は大した難所ではないと思います。ですが、68〜69小節の7連符が個人的には難しかったです。
少し参考にしてくれれば嬉しいです。
難所についてのご意見ありがとうございます。
7連符が難しかったとのこと。確かにそこも難しいですね。
私はこのような音型が比較的弾きやすい方なので難所から外してしまいました。
指はあまり動かさず、手首を少し回転させてシールをはがすような、またはページをめくるようなイメージで弾いていくと、この部分にふさわしい音が出せるのではないかなと思います。
下野さんがおっしゃる通り、難しさというのは個人差があると思います。
人それぞれ骨格や筋力、手首やひじなどの柔軟性がちがうので、その人にとっては難しいと感じるところであっても、他の人にはそうでもなかったりすると思います。
曲に興味を持たれて挑戦してみようと思われている方々にとっては色んなアドバイスがあった方がいいと思いますので、今回ご意見を頂いて記事がより充実したのではないかなと思います。
私の記事を読んで難所について考え、コメント下さりありがとうございました。
こちら拝見して、かつて弾いたときのことを思い出しました。
個人的には指がパラパラ動く方ではなかったので、グリッサンド前の細かいパッセージが長く続く部分、泣きそうになりながら練習していました。笑
ですが、一番難しいのは、音色の出し方だったような気もします。納得のいく音、多彩な音色がなかなか出せなくて、先生にネチネチやられました。。
はるきさんコメントありがとうございます!
ネチネチやられましたか(笑)
はるきさんの言われる通りだと思います!
この曲の最大の難しさは音色作りだと思います。
音色まで指導してもらえるはるきさんはかなりの腕前ですね!!
弾くのが精一杯の人には音色の指導はできません。
ある程度のレベルになっていくと先生の指導もより専門的になっていき、
1小節も弾かせてもらえないときってありますよね。
ひどいときは1音で止められることも…。
音色を学ぶというのはなかなか難しいですね。
何度弾いても「ちがう!」「ちがう!」と言われて…。
その音が良かったと言われた次に弾いた音はまた「ちがう!」と言われてしまう…。ほぼイジメです…。
これは専門的に習っている人達のあるあるでしょうね。
コツを掴むまでは大変だったと思いますが、
一生懸命に練習し曲と向き合ったことでそれ以前よりもきっとレベルアップしたと思います。
先生のネチネチによって曲や音に対してより深く考えることができたと思って
先生を許してあげて下さい(笑)