泉鏡花『義血侠血』あらすじ・名言・感想~その約束は心の支え?たとえその先が血塗られた道だったとしても
あなたにとって約束とはどんなものですか?
ふわふわとして軽いもの?
重くて大切なもの?
大切な人と交わした約束は、時に心の支えとなることもあります。
私も、大切な人との約束に救われた経験が何度もあります。
しかし、その約束を守るために相手が罪を犯していたとしたらあなたはどう思いますか。

今回は、泉鏡花の『義血侠血(ぎけつきょうけつ)』をご紹介します。

(こちらの文庫本の中に収録されています)



『義血侠血』のあらすじ

『義血侠血』のあらすじ
『義血侠血』は、明治27年に執筆された泉鏡花の初期の作品です。
泉鏡花が師と仰ぐ、作家・尾崎紅葉による修正を経て、その年の讀賣新聞に連載されました。
また、2019年8月現在までに、延べ6回に渡り映画化されている大ヒット作です。

主人公は、旅芸人一座で水芸を披露している「滝の白糸(たきのしらいと)」。
白糸は、一座のなかでも美人太夫として評判の人物でした。
※「太夫(たゆう)」・・・遊女、芸妓の最高位


ある日、白糸は、“人力車より早い”という宣伝文句に誘われて、ある乗り合い馬車に乗り込みます。
しかしこのような宣伝文句に人力車の車夫たちは面白くありません。
白糸を乗せた馬車に競争心を抱き、数人がかりで人力車を引くという手段に出ます。
そして、次の瞬間あっと言う間に人力車は馬車を追い抜いていきました。

骨折り賃として余分に賃金を払った白糸は、馬車の馭者の青年に対し人力車を追い抜き返すように要求します。
すると馭者の青年は、白糸を馬車から下ろし、一頭の馬を馬車から解き放ちました。
そして白糸を馬に乗せると自分も馬に飛び乗って走り出したのです。

あまりに突然の出来事に、馬の上で気を失ってしまう白糸。
青年は白糸の介抱を茶店の店主に頼むと、そのまま立ち去ってしまいます。


ある晩。
白糸は、橋の上でいびきをかいて気持ちよさそうに眠る男性に遭遇します。
なんとそれは、例の乗り合い馬車の馭者の青年だったのです。
偶然の再開に驚く白糸。
目を醒ました青年は、白糸に、自分自身のことを話し始めました。

「東京で法律の勉強をしたいけど金がない」という青年。
そんな青年に対し白糸は、「私が仕送ってあげよう」と驚きの提案をします。
これには、青年も呆れて物が言えません。
すると白糸は、
「わけも何もありはしない、ただお前さんに仕送りがしてみたいのさ」
と何とか青年を納得させ、自分は青年の志が叶った暁には生涯親類のように暮らしたいと望みを告げました。
「そうなれば、けっしてもう他人ではない」
と白糸に告げる青年。
青年は名を村越欣弥(むらこしきんや)といい、この時の年齢・26歳。
白糸は、24歳でした。


こうして、欣弥の世話女房となった白糸は、無駄遣いもせず、熱心に働き些細なことにも気を配るように生活していました。
白糸は、欣弥との約束の責任を果たしつつ、欣弥への仕送りを続けていました。
そして気づけば3年の時が過ぎていました。

しかし見世物という職業は、春夏は非常に儲かるのですが、秋冬はあまり儲かりません。
とうとう白糸から欣弥への仕送りも足りなくなってしまいます。
良心と悪意の狭間で悩みながらも、とうとう白糸は強盗殺人を犯してしまったのです。


世間で騒がれた「滝の白糸」の公判は、大変な話題となり、傍聴席は人の山と成していました。

判事たちが部屋に入ってきても臆せず顔色ひとつ変えなかった白糸でしたが、最後に部屋に入ってきた検事代理を見るやいなや、みるみる顔が蒼ざめていきます。
その俊爽なる法官は白糸が3年もの間、待ち焦がれていた相手、村越欣弥その人だったのです。

欣弥の眼は密かに終始、頬がこけ、髪の乱れた恩人・白糸の姿に注がれていました。
白糸は、その立派になった検事代理・欣弥のために喜んで自分の罪を自白しました。
それが罪を犯した白糸が、欣弥のためにできる唯一のことだったのです。
裁判長は、白糸に死刑を宣告しました。

そして、村越欣弥もまた恩人の後を追うように自殺という道を選んだのです。

『義血侠血』の名言

縁というものも始めは他人どうし。ここでおまえさんが私の志を受けてくだされば、それがつまり縁になるんだろうじゃありませんかね

あれ、そんなこわい顔をしなくたっていいじゃありませんか。何も内君おかみさんにしてくれと言うんじゃなし。ただ他人らしくなく、生涯親類のようにして暮らしたいと言うんでさね


親も、親類もない白糸が何故、縁もゆかりもない欣弥に仕送りをさせてくれと頼んだのか。
それは、欣弥に恩を売りたいとか、感謝されたいという気持ちでは決してありませんでした。
一人で生きてきた白糸は、心の支えが欲しかったのではないでしょうか。

欣弥を立派な人間にして、その志が叶った暁には、欣弥と親類のような関係になれるという希望が。
少し口ごもりながらも、心を決めたように「おまえさんにかわいがってもらいたいの」と口にした白糸。

「内君にしてくれと言うんじゃなし」と白糸は口にしていますが、本当は欣弥とそうなれればいいなあという淡い気持ちもあったのではないかと思います。

『義血侠血』の感想

『義血侠血』の感想
最初この作品に出会った時、正直、すごいタイトルだな…と思いました。
しかし作品を読んでいくに連れ、このタイトルに納得する気持ちが強くなっていくのを感じました。
“義血”とは、物事の道理を重んじ、人のために尽くす精神のこと。
そして“侠血”とは、おとこ気のこと。
白糸の生き様そのものだと思いました。

しかし、現代と同じような感覚で考えるのは間違っているのかもしれませんが、24歳のいち女性が、26歳の男性のために仕送りをするなんてすごい決断だと思いました。

たしかに白糸が犯した罪は重いです。
でも、立派な法律家になったものの恩人を裁く結果になってしまった欣弥が、最後に自殺するというこの結末はとても考え深く、白糸と欣也の3年間はいったい何だったんだろうと、切ない気持ちになってしまいました。

おそらく白糸は、欣弥と共に馬に相乗りした時から彼への恋心を抱いていたのだと思います。
そして再会し、欣弥の力になりたいという気持ちが生まれた。
私は、この物語は悲しい恋の物語だと感じました。

約束は守らなくてはいけません。
ひとつの約束が、その人の大きな心の支えとなることもあります。
しかし、この世には守られなかった約束が存在するのも事実です。
今の世の中が、この物語のように悲しい運命を辿る人が少ない時代であることを心から祈っています。