ベートーヴェン(ベートーベン)の交響曲第9番といえば誰もが知っている名曲。
「Freude, schöner Götterfunken!」 (歓喜よ、神々の麗しき霊感よ)
ラストの追い込みをオーケストラに託し全ての声を振り絞ってその言葉を歌い終えた時、世界の人々は兄弟のように一つになったような、言葉では言い表せない感動を覚えます。何十年、何度きいても新たな感動を覚えます。
そこでクラシック愛好家はこう思うのです。
「他の盤の演奏も聴いてみよう」「カラヤン、フルトヴェングラー、ベルリンフィル、
ウイーンフィル・・・」「○○さんはこの盤が良いと言っている!フルヴェンこそ至高!!
あれは駄演?」等々。
これまで世界中で星の数ほどのベートーヴェン交響曲第9番のCDが市販されていますが
多くの人が人それぞれの十人十色の「これこそ決定盤」を主張しています。強者になると第9のCDだけで何十枚も持っている人もいます。もうオタクといえます。
そんな私もオタクのひとりです!
■ 目次
理屈はいらない!聴こう!
ではどの盤が決定盤なのでしょう?答えは出ないかもしれません。人それぞれの好みといってしまえばそれで終りですね。ここでは第9にまつわるウンチクやエピソードはナシで純粋に耳で聴いて「この盤のここがイイ!ここが他とは違う!!」という点を挙げていきたいとおもいます。なるべく専門用語もナシで純粋に感動できる第9について世界的な指揮者オーケストラ、そしてこの曲の最大の特徴である「声」それぞれの視点から私の独断と偏見で挙げていきます。それも「聴く」だけの立場からではなく「演奏する」側からの視点も織り交ぜていきます。
メロディーよりも下のパートが難しい!!
私自身この第9番交響曲は2回ほど演奏したことがあります。一つは合唱テノールとして。もう一つは第2番トランペットパートとして。実はこの曲演奏するとわかるのですがメロディーよりも対旋律などの下のパートが突然音が飛んだりと非常に難しいのです。第9だけではないのですが、たとえば旋律と同じ動きをしているのに急に1オクターブ以上離れたり、その楽器では出しにくい音域や指使いが要求されたり・・・もしかしてこの人楽器のことよく分かっていないのか・・!?
しかしそれが音になった時、あの神がかった重厚な音となるのです。
二つのタイプ
第9の演奏スタイルは大きく二種類に別れると思います。一つは楽譜通りにバランスよく演奏するタイプ。勝手に機能美タイプと名付けます。
もう一つ、楽譜に忠実というよりは曲の持つ内面的なパワーを重視した情熱タイプ。
それではこれを踏まえた上で私的名盤を紹介していきます。
究極の機能美
ゲオルグ・ショルティ/シカゴ交響楽団(1986年)この指揮者の2回目の録音で私が一番最初に買ったCDです。
オーケストラ、合唱、四人のソロ全てにおいて完璧な音色とバランスです。
この盤を最初に聴いて刷り込まれてしまうと他の演奏が少し雑に聴こえてしまうほどのアンサンブル力です。とくにトランペットとティンパニがうるさすぎずとても印象的です。
二楽章スケルツォのキレの良さ、四楽章の例の有名な合唱部では合唱とトランペットの掛け合いは見事でここの箇所ではこれ以上の演奏は無いと思います。こんな風にトランペットが吹けるようになりたい!バリトンのハンス・ゾーティンの素晴らしいこと!テノールはワーグナーを思わせる堂々さ。
一楽章と三楽章が極めて遅いテンポでどちらも20分近くかかります。ショルティは自伝で
フルトヴェングラーはテンポが遅すぎると言っていましたが自らも同じくらいのテンポのようです^_^
あくまで晩年のショルティらしく機能美を追求したもので、近い時期に録音したニュルンベルクのマイスタージンガーもそうですが 最後の追い込みなどに燃えるような演奏を求める人にはかなり物足りないかもしれません。
もう一つの機能美:対旋律、和音の機能美
フェレンツ・フリッチャイ/ ベルリンフィルハーモニー管弦楽団(1957年)この盤の特徴としてバリトンのフィッシャー・ディースカウが参加していること。恐らく唯一の盤と思います。
もう一つ、楽器の音が一つ一つ明確に聴こえてくるのがこの盤を忘れられないものにしています。三楽章などが特に綺麗な音色。四楽章の有名な歓喜の歌で五度の和音(音が五音離れた和音)の下のパートがこれほどしっかり聴こえてくる盤は他になく、二番トランペットを担当した私としても聴いていて気持ち良いものです^ ^
全体的な演奏はある意味これがノーマルなベルリンフィルの演奏なのかもしれません。(当時の)次のカラヤンは私は個性的な演奏スタイルの指揮者と思っています。
オケは機能美!合唱は情熱で歌い切れ!
ヘルベルト・フォン・カラヤン/ベルリンフィル(1963年他)☆ジャケットがフリッチャイ盤と間違えやすい!!
高校の頃に同じクラシックマニアの先輩とカラヤン盤とショルティ盤どちらが優れた演奏かで大いに語り合ったことがあります。先輩はカラヤンの第九を聴いて人生が変わるほど感動したとのこと。今となってはどちらも素晴らしいのですが当時の私はまだまだ耳が肥えてなく、カラヤン/ベルリンフィルは音が雑という印象がありどうも好きになれませんでした。
カラヤンの良さに気付いたキッカケはリヒャルトシュトラウスの交響詩を聴いてからです。そのオーケストラの素晴らしさに度肝を抜かれ、その後第九の演奏もシックリ耳に入って来たのです。
カラヤンの演奏は非常に個性的な音楽の運び方をしていると思います。何度か録音を残していますがどれも共通してオケはまとまった音を前に出して行く感じ。オケが分厚い音なのでパンチ力があるがテンポは軽やか。そして合唱が特徴的です。オケとは逆にどちらかというと綺麗なアンサンブルよりは曲の持つパワーを前に出して行く感じ。なので音程が乱れたりしますがそれもまたこの曲の持つ魅力なのです^_^
この1963年録音の盤で特に特徴なのはソプラノのクンドラ・ヤノヴィッツです。力みのない天から降ってくるような声!これは他の盤には決して無いものです。
また1977年の大晦日のライブが映像でありますがこちらは合唱は大変素晴らしく四楽章の前半、テノールソロの行進曲が始まる前までのグイグイ盛り上がっていく高揚感も他の盤にはありません。テノールのルネ・コロが後半間違えていますが堂々としているのであまり気にならないかも^_^
火の玉を思わせる第九
レナード・バーンスタイン /ウィーンフィル(1979年)ここから情熱タイプの演奏を紹介します。これも大変素晴らしい演奏で個人的には何か良いことがあったりこれから何か頑張ろうという時にこの盤を聴いてテンションを上げていました^ ^それほど要所要所で意図したパワーを感じる、しっかりコブシが入っている演奏なのです。
全体的な音としてはカラヤンのように一つの楽器が突出して聴こえてくるのではなくまとまった音ですが、随所でその場に相応しい楽器がグイグイ主張してきます。一楽章の再現部(最初の旋律がもう一度出てくる)でのトランペットの強奏はベートーヴェンらしさ満点。
四楽章の声楽の四人のソロはバランスが素晴らしく、ライブ録音でありながら最後まで乱れることはありません。合唱は録音のせいかもしれませんが少人数の感じがします。しかしそれが一人一人が全力て歌っている感じがしてパワフル感を強く感じます。
そして最後の部分ではトランペットが“ラ”の音を強烈に吹くのですが、これがまるで天に昇る火の玉のよう。そして終わりに向かって加速して大円団で終わります。こんな演奏が聴けるなんて、生まれてきてヨカッター^ ^
人々の願いが名盤を生む
ウィルヘルム・フルトヴェングラー /バイロイト祝祭管弦楽団 (1951年)他モノラルの録音は紹介しない予定でしたが第九を語る際避けて通れない演奏と思いました。
それはこの盤は究極の情熱タイプの演奏であるだけでなく、この演奏そのものも戦後バイロイト音楽祭の復活の記念の演奏だからです。演奏者だけでなく聴衆も情熱を持ってこのライブを聴いているからです。
しかし情熱タイプの演奏は四楽章からです。一〜三楽章までは非常に丁寧な演奏でテンポもゆっくりです。
四楽章から一転演奏スタイルは幅が広くなります。楽譜に表記されている強弱などの差も大きくそれは全て曲想に沿ったもの、またはシラーの歌詞に沿ったものです。歓喜の歌がコントラバスで最初に出てくる箇所は、緊張感のある弱音からの歓喜の歌の盛り上がりが素晴らしい。そしてラストの追い込みはアンサンブルが崩壊寸前まで超加速です!
ちなみにこの盤は二種類あって長年聴かれてきたものはリハーサルで近年正規盤とされるものも発売されています。そちらは最後の超加速はアンサンブルがあまり乱れません。どちらも良い演奏には変わりありません。しかしフルトヴェングラー自身はこの日の演奏はひどく不満足なものだったようです。
同じ指揮者でフィルハーモニア管弦楽団1954年の盤もあります。こちらはより乱れのない綺麗な演奏でフルトヴェングラーの意図が最もよくわかる盤です。
演奏そのものもその背景も記念碑的な盤で、これからも聴き継がれて行くでしょう。
その他 、ドイツの響き
他にもまだまだ紹介したい盤がありますがここでは特にドイツっぽい重厚な演奏を二つ紹介しましょう。・ギュンター・ヴァント /北ドイツ放送交響楽団 (1986年)
ブルックナーやブラームスもそうですがこのころの北ドイツ放送交響楽団は楽器一つ一つが鮮明に聴こえてきます。合唱が力強いです。
・ヘルベルト・ブロムシュテット /ドレスデン国立歌劇場管弦楽団(1979年)
私が個人的に最も好きなオケです。オケと合唱のバランスと音色が素晴らしい!盛り上がりの力強さではベストかもしれません。面白いのは四楽章で、収録時にファゴット奏者がマイクに近すぎたためかファゴットの音がよく聞こえます。なんとなく人間くさくて好きです^^
現代風の良さがある名盤としてさらに二つ
・パーヴォ・ヤルヴィ/ドイツカンマーフィル(2008年)
ピリオド楽器風の演奏ですがそれがとても力強い演奏になっています。四楽章のバスドラムが凄い!
・サイモン・ ラトル/ウィーンフィル(2002年)
これはとても変わった演奏です。ピリオド風というより指揮者の個性出しまくりである意味やりたい放題。こう来るか〜!!という感じ。合唱もアマチュアらしいですがこの点はカラヤンのように情熱的に歌う合唱を意図しているのでしょう。第九の固定観念をぶち破る演奏です。一聴の価値は大いにあります。
(追記・この記事を書いた後、改めて聴き直してみたら合唱、歌パートが非常に素晴らしい事に気付かされました。日々新たな発見と感動があります)
Alle CD warden berühmte Aufnahmer (すべてのCDは名盤となる)
まだまだ紹介したい盤はたくさんありますが現在出回って市販されているCD等に駄演は無いと私は思います。CDという商品として流通する以上演奏レベルもその水準だからです。しかもほぼ全てプロのオーケストラです。なのであくまでここでは私にとっての名盤の特徴を紹介してきました。第9のCDを買おうと思うけど誰の演奏がいいかな?という方の参考になれば幸いです。その人がどんな演奏が好みなのか、それに合ったものがその人にとっての名盤、決定盤となるのです。
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