ベートーヴェンというと、どんなイメージをお持ちでしょうか?学校の音楽室に貼ってあった、あの、いかついお顔?それとも、「運命」に象徴されるような重厚な音楽?
実はそのベートーヴェン先生、軽やかでおもしろい作品もあります。それがこの、「ロンド・ア・カプリッチョ(Rondo alla ingharese quasi un capriccio)ト長調Op.129」。奇想曲風ロンドという意味です。速度にもよりますが、5分半~7分半程度の曲です。
ベートーヴェンが1795年(25歳のころ)に作曲したものの、左手部分はほぼ空白のまま放置され、ベートーヴェンの死後に別人により加筆されたと言われます。「失われた小銭への怒り(Die Wut über den verlorenen Groschen)」という副題もこの時に付けられたようです
まずはちょっと聴いてみましょう。
すごく速く弾く方もいれば、そうでもない方もいます。この演奏は標準といえるかもしれません。
速く弾く方が難しいかというと、おそらくそうだと思います。しかし速く弾けばよいのかというと、必ずしもそうではありません。どこにどんなテーマが出てきていて、どんな繫がりで音楽が続いていくのか理解した演奏であれば、多少ゆっくりしていてもすっきり聴こえます。
また、一番難しいところが弾ける速さで弾き始めなければ、途中で速度が落ちてしまうことになります。それは絶対に避けたいところ。なぜなら、
「私はここが弾けません」
と公言することになってしまうためです。
全音のピアノピースでは、難易度Cです。音の数がそれほど多くないのも、取り組みやすいポイントかもしれません。よって、中間部くらいに出てくる『左手の』難しいポイントさえクリアできれば、この曲をものにできるということです!
どんなイメージで弾きますか?コロコロ転がっていく小銭?それとも、かわいい子犬がクルクル回ったりしながら駆けていく様子???
私のおすすめ楽譜はヘンレ版のこちら。
ベートーヴェンというと、分厚くて重~い楽譜のイメージがあったのですが、こちらは1曲だけ収録されているので持ち運びに便利なのもいいところです。
曲の分析♪
曲の構成を分解していきましょう。当然のことながら、弾き始めのところに一番言いたいメロディー、主題が出てきます。
(動画0:03~0:08)
ここの右手です。このすぐ後の部分は、これに相槌を打つ感じのメロディーになっています。
(動画0:08~0:14)
左手はひたすら和音を刻みます。小節の頭の音にアクセントをつける、という方法もありますが、やりすぎると全体が重くなってしまうので、この曲の場合は和音が変化したなぁ、と自分の耳で感じる程度でよいと思います。
なにしろ3つとか4つの音の和音ですので、音が大きくなりすぎると、せっかくのメロディーが聞こえなくなってしまいます。軽やかさをイメージして、右手と左手を別々に練習しましょう。できれば左手だけを弾きながら、右手パートを歌ってみてくださいね。
続いてまた最初に登場していた主題が、左手を一オクターヴ下にし、4つの音の和音にすることで重みを増して再現されます。
(動画0:14~0:20)
ディナーミクもピアノ(p)からフォルテ(f)に変更されていますが、音の数が増えていますので、特にがんばって強く弾こうとする必要はありません。むしろ一番下の音がしっかり聞こえていれば、ほかの音は軽めで構いません。
気になる次の展開
最初の部分では、「あっ、小銭を落としちゃった」くらいの感じでした。コロコロ転がるのを拾おうとしてこちらが踊らされてしまう感じです。しかし次の場面では、小銭が本格的に走って行ってしまいます。つかまえたと思ったら、思わず手からするりと抜け落ちてコロコロ転がっていってしまいます。若干深刻になり、「えっ、ちょ、ちょっと待ってよ」という感じでしょうか。
(動画0:20~0:32)
ここからは、もともとのト長調の関係調であるホ短調になります。短調になると、深刻な感じがしますね。黒鍵が増えて右手は少し弾きにくいかもしれません。はじめは右手と左手を別々に練習します。もちろんゆっくりから。
指使いは4つずつの塊として考えればそれほど難しいことはありません。この図の1小節目の2拍目から5小節目の右手は、
1-2-3-1 2-3-4-2
の繰り返しでいけます。単純ですよね。
2つずつ繰り返す練習をするとよいです。
シラシラソファソファミファミファソミソミ という風に。
ただし、音は重ならないようにしてください。本物の音の塊になってしまうと美しくありません。
それから付点音符にして。
シーラソーファ(♯)ミーファ(♯)ソーミ
と、
シラーソファー(♯)ミファー(♯)ソミー
これで1セットです。
単純に和音の連続だった左手は、ここから何かを語り始めます。小節の最初の音にややアクセントを付けると感じが出てよいでしょう。全体を固いけれども軽い音でパリッと弾くのが私は好きです。イメージとして、
パパッパ パパッパ パパッパ パパッパ
です。右手と左手のリズムはビシーーーッと合わせてくださいね。
その後は、また前の部分に戻って、転がり続ける小銭を表現します(動画0:33~0:50)。
あれ、演奏開始からまだ1分も経っていない!?でも、ずいぶん遠いところまで来てしまったような気がしますね・・・
いよいよ深刻に!?
(動画0:50~1:02)この、赤い四角で囲った部分からは転調します。ト長調からト短調に(赤い矢印の部分)。そしてすぐに、変ロ長調になります(緑の矢印部分)。
なかなか捕まえられない小銭にちょっと怒ったと思ったら、追いつけそうになって安心したり、という心の現れかもしれません。急激な変化の連続になりますが、それを楽しんでください。
繰り返す、というのもほんのわずかな心情の変化を表現するのによいのかもしれません。
(動画1:02~1:14)
この部分は、右手に変化があります。上からくる形になっていますね。私には坂の傾斜の変化のように感じます。いかがでしょうか?
左手もオクターヴの長い音符になり、これもまた違いを表していますよね。繰り返す場合は2回目を静かに弾くのもいいですね。
(動画1:14~1:20)
ここはメロディーが左手から右手へバトンタッチされます。面白いですね。でもよく見ると、ちょっとずつ変わっています。
つまり、右手のおしまい2小節
レド(♯)レド(♯)⇒レド(♮)レド(♮)※赤い丸で囲んだところ
ソ⇒ラ ※青い四角で囲んだところ
です。こういう些細な変化と思えるところもしっかり耳で聞きとって、面白がって弾きましょう。そうすると、聴衆にもそのおもしろさが伝わりますよ。
(動画1:20~1:26)
またはじめのメロディーが出てきました。が、後半は装飾音が付いて、かわいらしくなっています。飾りは大きく弾く必要はありません。あくまでもテーマをよく聴いてください。
(動画1:32~1:38)
この部分はますます右手が変化していきます。道の細かな凹凸によって、小銭がはじけ飛んだりしているのでしょうか。左手は相変わらずの刻みで、走り続けている様子が表現されています。右手は決して重くなることなく、そしてリズムに遅れないように弾けるといいですね。
そのためにはやはり、ゆっくりから、何度も練習することが大切です。
次の部分は雰囲気ががらっと変わります。
(動画1:38~)
ここはどんな場面でしょうか。少し太い道?
でも続いて小さな段々をちょんちょんと小銭は転がり続けます。それが次の部分。もしかしたら、どこからともなくしずくがぽとぽとと落ちてくるような小路かもしれません。
(動画1:50~)
また同じメロディーが出てきたかと思ったら、後半部分が違いました。なんとなく次へのつなぎとなっている感じ。
(動画2:02~)
通路のようになっていた道からまた太い通りに出て、やれやれと思ったところでしたが、次の場面ではまたガラッとかわって、左手の見せ場がやってきます。
(動画2:06~)
ここからはきっと、車がすごいスピードで走る通りなのではないでしょうか。脇を駆け抜ける何かの様子を左手で表現します。
この16分音符を何食わぬ顔で弾きながら、右手のメロディーは、前に出てきた時と同じように弾けないといけません。
特に、左手の親指で弾く音は、1小節の中に4つも鳴らすことになります。これは手が軽く鍵盤に当たる程度で十分な音量となります。左手だけを、まずは、
ソ レ ソ レ ソ レ ソ レ ソ レ ファ(♯) レ ソ レ ファ(♯) レ
と思いながら練習します。滑らかに、スピードを上げて弾けるようになったら、左手を弾きながら右手パートを歌ってみましょう。
(動画2:23~)
この部分は淡々と転がり続ける小銭(または走り続ける犬)の描写と思いますが、
(動画2:29~)
この途中から♭が出てきて、雰囲気が変わります。そしてついに転調(矢印部分から)。今度は変イ長調ですね。なんだかあたたかい感じがしませんか?
(動画2:47~)
ここからは、坂を下ったり上ったり、というのを繰り返していきます。左手の音は2小節分、右手は1小節なり1拍分ずつを1つの和音にして弾いてみると、進行がよくわかると思います。
右手の細かい音は軽やかに、そして音一つ一つが同じサイズの粒になるように訓練が必要です。アルペジオは親指にほかの指の下をくぐらせたり、親指から小指などへの指使いを工夫して、自由自在に動くまで練習します。
メインは左手のメロディー。最初のテーマが音を変え、進行を上から下からと変えて出てきているのです。大切な主題です。
(動画2:53~)
ここからは右手と左手の役割が交代します。右手は途中から和音になりますが、中の2つの音もきちんと聞こえるように、指先に意識を行き届かせることが大切です。ただし重くなりすぎないように。
続く長い右手のスケールを経て、今度はまた違う景色が現れます。少しのんびりした感じがします。牛が草でも食んでいるのでしょうか。
(動画3:11~)
その景色を見ながらしばらく進んでいくと、また小銭は転がり始めます。正確には、まだ止まっていなかったのかもしれませんが。あるいは子犬がちょっと寄り道して、花の匂いでもかいでいたのかも。
(動画3:39~)
音の数が変わったり、ちょっと半音ずれてみたりしながら経過するとまた急斜面に出ます。
(動画3:51~)
左手はさきほどのところで練習したのと似ていますが、細かく変化していますので、これも正確に弾きたいですね。右手は半音階と細かい音符が交互に出てきておもしろいですね。
(動画3:57~)
ここはpp、leggiermente(小声で)なので静かに入りますが、どんどんクレッシェンドしていきます。一番の山場、この曲の中でも最も盛り上がるところが次の部分ではないでしょうか。
(動画4:05~)
右手がスケールになっているところ以外は、毎小節sfが付いています。左手の音と合わせて、しっかり和音の変化を感じましょう。
ただし、右手の裏拍の音は、1小節の間ずっと同じ音ですので、それはあまり大きく弾く必要はありません。
(動画4:20~)
こういうのも前に出てきましたよね。
♩ ♫ ♫ ♩
の形の部分がメロディー、16分音符は駆け回る様子を表現しているのでした。ので、ffでもありますから、思いの丈をここで発散してみましょう。
(動画4:40~)
この形も前に出てきていますが、なんとなく雰囲気が変わっていませんか?散々駆け回ってきた後なので、ちょっと落ち着いて、四分音符はしっかり長さをキープしましょう。
転調により雰囲気を変えつつ次の場面に移行していきます。
(動画5:05~)
この右手は、四角で囲ったところの前に急いで用意する必要があります。メロディー(一番上の旋律)が繋がるイメージで弾きましょう。
左手の和音は後打ちですね。4つの音がありますが、これもまた軽やかに弾きましょう。
そのままするすると転がりきった小銭。最後はなんとか捕まえられたようです。
動画5:23~からは、なんとなくおしまいに向かってのまとめの雰囲気です。いやいや、よく走って追いかけたね、と思い返してみましょう。もしかしたら、夢の中でも走っているのかもしれません。
手中に収めました!
いかがでしたか?曲のイメージはできましたか?もう一度言いますが、最初から速く弾こうと思うと挫折しますよ。指を正確に速く回せるようになれば、とても気持ちよく演奏できます。
どうぞ焦らずに、右手と左手別々にゆっくり、何度も練習してから、徐々に速度をあげていってくださいね!楽しく演奏できますように♫
「ロンド・ア・カプリッチョOp.129」の無料楽譜
- IMSLP(楽譜リンク)
本記事はこの楽譜を用いて作成しました。1880年頃にブライトコプフ・ウント・ヘルテル社から出版されたパブリックドメインの楽譜です。