ルーマニア民族舞曲は、元々は、ピアニストでもあったバルトークがトランシルヴァニアの各地で集めた、土地の生活に根付いたメロディーをまとめたピアノ曲です。通常、6曲(6曲目は2つの別々の曲をひとつにしたもの)の舞曲をまとめてひとつの作品として演奏されます。


バルトーク・ベーラ(Bartók Béla/1881-1945)

バルトーク・ベーラ(Bartók Béla/1881-1945)


バルトークと曲の歴史についてはこちらの記事で詳しく書かれていますので、併せてご覧ください。ピアノの視点で書かれていますが、曲を理解するのに役立ちますよ。曲の雰囲気をつかむためにもぜひオリジナルやほかのアレンジを聴いてみてください。
https://shirokuroneko.com/archives/12480.html

セーケイ・ゾルタン(Székely Zoltán/1903-2001)というヴァイオリニスト&作曲家がヴァイオリン用に編曲したものはピアノ、オーケストラ編曲のものと同様によく知られています。ヴァイオリンのことをよく分かった作曲家が編曲したものだけあって、ヴァイオリンで弾きやすいように調が変えてあったり、ヴァイオリンならではのテクニックが適度に入れてあったり、ヴァイオリニストにとって弾きやすく面白い曲です。

楽譜はこちらから
バルトーク: ルーマニア民族舞曲/ウニヴァザール社/ピアノ伴奏付バイオリン・ソロ用編曲楽譜


難しすぎて歯が立たないけれど“どうしても今弾きたい!”という人は、やさしい編曲のこちらもご覧ください。

バルトーク ルーマニア民俗舞曲 [ヴァイオリン版] 付・小品4篇


元々ピアノ用に作曲されているので、ピアニストにとっても弾きごたえがあって合わせるのも楽しい曲です。ぜひピアニストをつかまえて遊んでみてくださいね。ひとりで弾くより断然楽しいですよ。

難易度について

何を難しさの基準にするか?そもそも難易度とは何か?は人それぞれですから、純粋に技術的なことに限って言うと、全体をまとめて中の下くらい、というところでしょうか。

曲それぞれのチャレンジ点については後ほどご説明しますが、全体としてそんなに難しいテクニックは出てこないので、2から5までのポジション移動が“ある程度”スムーズにできて、ピアノに頼らずに音程をとることができて、譜読みも楽にできるようになってきた、くらいの人は弾けると思います。

独断ですが曲ごとに★3段階で難易度をつけてみると、こんな感じです。
1、4 ★
2、5 ★★
3、6 ★★★

モーツアルトやベートーヴェンなどをまじめに勉強する合間の気分転換にちょうどいいです。演奏会のちょっとした小品にぴったりの長さで、簡単なわりに難しそうに聞こえる曲なので、発表会にもいいですね。モーツアルトなんかは逆で、よっぽどうまくないと簡単そうに聞こえない、そのわりには“うわー!”という華やかさがない、という恐ろしさがあるので“難易度”を語ることはとても難しいものです。

ルーマニア民族舞曲の名演

まずは非常に“整った”印象のオイストラフの演奏をお聞きください。全体的に軽めにさらっとしている感じですが時折泥臭さがでてきて面白いです
Bartók – Six romanian folk dances – Oistrakh / Kollegorskaya

メニューインのこの演奏は哀愁漂ってきますね。ところどころに出てくる楽譜にはない“こぶし”のようなものがさすがです
Yehudi Menuhin, violin | 1944, Bartok Romanian Folk Dances

五嶋みどりさんがCD「アンコール!」に含めています。私はこれを聴いてやる気になったのを覚えています。オイストラフやメニューインと比べてかなりテンポが速くて荒れ狂うので、最初から真似しようとすると危険です!

五嶋みどり 「アンコール!」


弾き方のコツ

ここでは、それぞれの曲の練習ポイントと、いくつかのヴァイオリンのテクニックに絞って弾き方のコツをみていきたいと思います。


棒踊り(ルーマニア語:Jocul cu bâtă,ハンガリー語:Bot tánc)

Allegro moderato イ短調/A minor/ a-Moll

出だしの土っぽさというかベターっとした感じをどう出すかがこの曲のカギだと思います。右腕の重さをしっかり使ってG線をちょっとガリガリするかな?というくらい鳴らしてみたら雰囲気が出ますね。楽譜のテヌートやsfなどの記号に忠実に、というか大げさかな?と思うくらいやるといいですよ。

出だしは4小節目までピアノが雰囲気を作ってくれるので、そこで気分を合わせて乗っかればよくて、演奏会でもちょっと気分的に楽なんですよね。ピアニスト様様です。

帯踊り(ブラウル舞曲。ルーマニア語:Brâul)

Allegro  嬰ヘ短調/F♯ minor/fis-Moll
オイストラフの演奏で1:16から、メニューインの演奏で1:51から

●ソティエ/ Sautillé、スピカート/Spiccatoについて
スピカートは弓を弦から浮かせた状態から落とし、腕をきちんと使って弾き、弓を浮かせた状態で弾き終わる奏法です。

基本的にはスピカートが速くなって弓が勝手に跳ぶようになるとソティエになる、と考えていいようですが奏者やメソッドによって違うのであまりはっきりした区別はできないかもしれません。なぜかヴァイオリニストの間では通常イタリア語の“スピカート”とフランス語の“ソティエ”を使うんです。名前に統一感がなくて、奏法もあいまいなところがありますね。

この曲はそこそこテンポが速いのでスピカートとソティエの中間のような。。名前はともかく、弓を跳ばすように弾きます。弓の元を使ってゆっくりのスピカートで練習してそれから弓の中ほどを使って腕を少しリラックスさせて、少しづつテンポを上げていきます。弓を常にまっすぐに動かすこと、右腕は肩からではなく、肘から先だけを動かすことに注意します。

スラースタッカートやスラーとスピカートも交互にでてきますから右手のコントロールが試されますが、テンポはそんなに速くないのできちんとゆっくり練習すればできるようになりますよ。はじめは楽譜のとおりきっちりと弾いて、慣れたら少しリズムを崩しても面白いですね。

“Sautillé”の弾き方についてはJulia Bushkovaのレッスン動画を参考にしてください。素晴らしいレッスンです。

こちらの先生のレッスンもどうぞ。

踏み踊り(ルーマニア語:Pe loc,ハンガリー語:Topogó)

Moderato ニ短調/D minor/d-Moll
オイストラフの演奏で1:46から、メニューインの演奏で2:34から

この曲は6曲中で一番いやらしいですね。アーティフィシャルハーモニックスです。しかも装飾音符付きです。楽器によっては全然鳴ってくれません。何度やってもうまくいかないと、自分の技術不足なのは棚に上げて、もっといい楽器があればなぁと恨めしい気持ちになるものです。

●ハーモニックス/Harmonicsについて
開放弦で、指一本を軽く置いてだすナチュラルハーモニックスは比較的簡単に音がでます。
アーティフィシャルハーモニックスの場合、1の指は普通にちゃんとおさえます。4の指はおさえずに、弦の上に乗せる感じで置きます。指は少し寝かせ気味に平べったく置き、弓は駒寄りに置くと音がでやすいですよ。

1の指はきちんと押さえると同時に、ポジション移動がスムーズにできるようにリラックスしてなくてはいけません。1と4の指の間隔がふらふらしないよう固定させますが、ポジション移動と共にほんの少しだけ間隔が変わることも頭に置いておいてください。アーティフィシャルハーモニックスでは、ほんのちょっとだけずれるだけで音はでてくれないので、ぴったりのスポットが見つかるまで根気よく探しましょう。

発表会などステージで一発勝負の場合は“当たるも八卦当たらぬも八卦”のスリルが味わえます。。あたらないときはとことんあたらないので聴衆を苦しませることになりますが、その場合は開き直って次の曲を思いっきり歌わせることに集中しましょう!

角笛の踊り(ブチュム舞曲 ルーマニア語:Buciumeana,ハンガリー語:Bucsumí tánc)

Andante ハ長調/C major/C-Dur
オイストラフの演奏で3:06から、メニューインの演奏で3:47から

美しいメロディーですね。オイストラフもメニューインもとてもロマンチックです。
装飾音符は各音を長めに少し前に出し気味に弾くと泥臭さが強調されて味がでると思います。こういうところ、いわゆる“純クラシック”ではない自由さをだして平気です。どんどん好きなように弾いてみましょう。

ルーマニア風ポルカ(ルーマニア語:Poarga Românească,ハンガリー語:Román polka)

Allegro ニ長調/D major/D-Dur
オイストラフの演奏で4:48から、メニューインの演奏で5:23から

リズムが面白いですね。小指を伸ばす装飾音符がたくさんでてくるので、音程に注意します。
ポジション移動せずに小指だけ伸ばしてすぐに元に戻る場合、実際ほかの指はほとんど動かさないのですが、頭の中ではポジション移動させる気持ちで弾くと正しい音程を取りやすいですよ。ただ漠然とここら辺かな?という感じで小指を伸ばしていると音程が安定しません。

この曲と次の曲は重音の練習になります。この曲では主に下の音は開放弦なので、上の弦のフィンガリングに集中して音程をとります。重音について詳しくは後ほどご説明しますね。この曲と最後の曲はとにかく速く弾けるようになるよう、まずはゆっくり確実に音をとることが大切です。

速い踊り(マルンツェル舞曲 ルーマニア語:Mărunţel,ハンガリー語:Aprózó)

Allegro – Piu allegro ニ長調/D major/D-Dur, イ長調/A major/ A-Dur
オイストラフの演奏で5:19から、メニューインの演奏で5:55から

●重音/Double Stopについて
二本の弦を同時に弾くこと。初心者のときからチューニングを自分でやってきた人にとって重音そのものは難しいものではないのですが、“アクシデントで隣の弦にあたってしまった重音”ではない、安定したバランスの良い音をだすのはチャレンジですね。

右腕の角度に細心の注意を払って、弓が二本の弦にバランスよく置かれていることを確認しましょう。その角度を腕に覚えさせることです。弓元から弓先へと弓全部を使って安定した音がでるように練習します。毎回のチューニングをこうやってすれば、チューニングしながら重音の練習になって一石二鳥ですよ。

5曲と6曲ででてくる重音は、弓の真ん中あたりを短くべったりと使う部分と、元を使って短いスピカートで弾く部分が主ですね。弓の毛がたっぷり弦に当たるように手首の角度を調整して、腕の重みを適度にかけてやると弾きやすいと思います。

弓の毛が張りすぎていたり逆に緩すぎたりするとうまくいかないので、弾きにくいな、と感じたら弓の張り具合をチェックしてみてください。案外、こういうちょっとしたことで弾きやすさが変わることもあるんですよ。

高いポジションの重音、1の指で同時に二本の弦を押さえる重音、速いテンポで重音のポジション移動、などがでてきますが基本的な練習方法は同じです。
ゆっくり確実に弾けるようにしてからテンポを上げていきましょう。ゆっくり弾くときにはすべての音楽記号にも忠実に、大げさに練習します。

そうして音程と重音とポジション移動がスムーズになればある程度は勢いで速く弾いてもそれなりに聞こえます。でも“勢いで弾く”のと“ぐちゃぐちゃになる”のとはまったく別ものです。きちんと弾けてはじめて“勢いで”弾くことができるからです。

メトロノームを使ってテンポを上げていく途中で“ぐちゃぐちゃ”になっていることに気づいたら、そのひとつ手前のテンポでしばらく練習してみましょう。


あとは“終わり良ければすべて良し”の意気込みで勢いで弾ききってしまえばなんとか恰好がつく曲です。民族舞曲、民謡などは、庶民が一日の仕事を終えてお酒を一杯やりながら歌って踊る、というのがもとの在り方なので気負わず自由に楽しく弾いてくださいね!


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