人を好きになり、想い合い、結ばれ、幸せな時を過ごす。
その一瞬、一瞬の輝きは何と素晴らしいことでしょう。
しかし、静かに忍び寄ってくる別れの足音。
私自身も、年齢を重ねるにつれ、大切な人と別れなければならないことが増えてきたように思います。
悲しいことですが、これは誰もが経験することで、どうしようもないことです。
しかし、最後の一瞬まで、また、この世を去った後も相手のことを想い続けることができるということはどんなに尊いことでしょう。
苦しくも悲しい結末をたどる物語もこの世にはあります。
今回は、小泉八雲の『破られた約束』をご紹介します。
(この文庫本のなかに収録されています)
小泉八雲とは?
小泉八雲(パトリック・ラフカディオ・ハーン/Patrick Lafcadio Hearn/1850-1904)
まずは作者の、小泉八雲についてご紹介します。
その名前から、彼が生粋の日本人だと思っている方もいらっしゃるかもしれません。
小泉八雲は、1850年ギリシャのレフカダ島でアイルランド出身の父親と、ギリシャ人の母親との間に生を受け、本名をパトリック・ラフカディオ・ハーンといいます。
1890年(明治23年)にアメリカの出版社の通信員として来日した八雲は、日本で英語教師となり、松江の士族の娘・小泉セツと結婚します。
その後、1896年(明治29年)に日本国籍を取得、「小泉八雲」と名乗るようになったというわけです。
「八雲」という名前は、島根県松江市に在住していたことから、旧国名・出雲国にかかる枕詞の「八雲立つ」にちなんでいると言われています。
日本各地につたわる伝説や幽霊話に独自の解釈を加えた文学作品を多く残しており、1904年(明治37年)に発表された「怪談(Kwaidan)」は特に有名です。「耳なし芳一」などの話も「怪談」で取り上げられたことで広く知られるようになりました。
また、どのような土地に生まれようとも人間の本質は同じであるという強い確信のもと、アイルランド、フランス、アメリカ、西インド諸島、日本と放浪を続けていたとのこと。
ちなみに、八雲の写る写真はそのほとんどが、顔の右側のみをカメラに向けるか、うつむくような姿勢をとっています。
これは16歳のとき怪我が原因で左眼を失明した八雲が、白濁した左眼をコンプレックスとしていたからだと言われています。
『破られた約束』のあらすじ
この物語は、1901年(明治34年)に『日本雑録(A Japanese Miscellany)』という作品集の中の1編として発表されました。ある武士とその妻をめぐる恐ろしくも悲しい物語です。
病に侵された妻は、自分の命がもう長くはないことを悟っていました。
死が迫りつつあるなか、妻は、ある恐ろしい考えに怯え、苛まれていました。
自分が亡くなった後で夫が自分の知らない女を愛し、後妻としてこの家に迎え入れるのではないだろうか。
妻はそれだけはどうしても許せなかったのです。
そして妻は、そのことを夫に伝えます。
日に日に弱っていく妻を目の当たりにしていた夫は、妻のために、「決して再婚などしない」と約束を交わしました。
そして妻は夫に感謝しながら、静かに息を引き取りました。
自分の遺体を庭の木の下に小さな鈴と一緒に埋めてほしいと言い残して…。
妻の遺体は彼女の願い通り、庭に植えられた木の下に小さな鈴と一緒に埋葬されました。
それから一年の月日が流れました。
夫は、亡くなった妻のことを忘れたことはありませんでした。
しかし夫と妻の間には子がなく、跡取りもいませんでした。
しかも夫が身をおく武士社会では、妻がいないことは昇進にも響きます。
周囲の勧めもあり、夫はとうとう後妻を迎えることにしました。
しばらくして、家に若い後妻がやって来ました。
夫婦は幸せでした。
しかし、結婚から七日目の晩、その幸せを脅かす出来事が起こったのです。
その晩、夫は勤めで家を空けることになりました。
夜、一人残された後妻は、言いようのない不安を感じて目を覚ましました。
外で鈴の音が鳴っているのです。
そして奇妙なことにその鈴の音は、徐々に近づいてくるではありませんか。
使用人に助けを求めようにも、体が言うことをききません。
後妻の前に現れたのは、死に装束をまとい、ひどく腐乱した女の幽霊でした。
そして手には、鈴を持っていました。
幽霊の正体は、この家の先妻だったのです。
先妻は、すぐにこの家から出ていけと後妻のことを脅しました。
そして、「今夜あったことを誰かに話せば、お前を八つ裂きにしてやる」と言い残して消えていきました。
翌日、後妻は勤めから帰宅した夫に、どうか理由を聞かないで自分を実家に帰らせてほしいと泣きながら懇願しました。
優しい夫は、訳を話してくれないかと後妻に訊ねます。
後妻はことの顛末を夫に話します。
その後で、「きっと私は殺される」と泣き崩れます。
夫は、後妻は夢でもみたのだろうと、そう考えていました。
できれば後妻の傍にいてやりたい。
しかしその日の晩も勤めにでなければならなくなった夫は、怯える後妻の護衛を二人の家来に命じて家をでました。
そして再び夜がやってきました。
二人の家来は碁を打ちながら、寝ずの番をしていました。
すると深夜、昨晩と同じく、徐々に近づいてくる鈴の音に後妻は目を覚ましました。
後妻はあまりの恐ろしさに悲鳴をあげ、家来に助けを求めましたが、護衛してくれるはずの家来たちは、まるで時が止まってしまったかのように、ぴくりとも動きませんでした。
明け方、夫が帰宅すると、無残な姿となった後妻の遺体を発見します。
家来たちは、夫の声でやっと目を覚ますことができたのです。
血だまりのなかに横たわる後妻の遺体には首が無く、血痕が庭へと続いていました。
一同が急いで庭に出ると、なんと腐りかけた体の先妻が後妻の首を持って恨めしそうにこちらを見つめていました。
その様子をみた家来が、先妻を刀で切りつけました。
先妻は崩れ落ちましたが、最後まで後妻の首を引き裂き続けることを止めようとしませんでした。
『破られた約束』の名言
「その死者の復讐だけど、それをもし、やるにしたって、それは、夫に対してなされるべきだろうに」
彼は、答えた。
「そうだね。『男たち』は、そう考える。しかしね、『女というもの』は、そうは考えない」
成程、彼の言ったことは正しかった。
これは、物語の最後に収録されている小泉八雲と、その友人によるこの怪談話の感想です。
最初は、八雲の意見とこの友人の意見が異なっているものの、最後に八雲が納得しているのが、面白いと感じられると共に、なんだかその納得する気持ちが少し恐い気もしますね。
『破られた約束』の感想
物語全体を通して、男と女の考え方の違いを垣間見ることのできる作品だと思いました。
もちろんすべての男女に当てはまるというわけではありませんし、昔と今では価値観も変わっています。しかし現在でも十分に納得できる部分があるということはたしかです。
死してなお夫のことを愛し、その一方で、やむにやまれず後妻の無残な姿を夫に見せつけてしまう。
どちらにしても、夫は重い十字架を背負うことになったと思います。
本当に恐ろしい話です。
夜には、思い出したくないたぐいの話ですね。
もともと各地で古くから伝わっていた怪談話。
八雲の加えた解釈によって、この物語の人間臭さや、生々しさが際立ったと考えると、八雲の作家としての力にも驚くばかりです。
こんばんは。はじめまして。
八雲さんは大ファンです。
この話に感心する点が、「守られた約束」と対になっているところなんです。
守られた方は、男同士の友情と仇討ちのストーリーで、
対になっているのが、男女の愛と裏切りのこの話。
これは、偶然なのでしょうが、
忠臣蔵と四谷怪談 がセットで上演されていた事を連想させます。
ユーモアと構成のセンスが素晴らしいと感じます。
コメントありがとうございます!
そうですよね。
八雲ファンなら、「守られた約束」と対になっている所に、やはり注目して読み込んでしまいますよね^ ^
宮本さんの八雲愛が伝わってきます。