横溝正史金田一耕助シリーズ「三つ首塔」は昭和30年に書き上げられた作品です。長く続くシリーズの中ではまだまだ初期段階にあたります。この作品は、ヒロインである「音禰(おとね)」の視線で進行します。以前取り上げた「夜歩く」と同じですね。

作中、ヒロインの音禰は金田一に対して恐れにも近い嫌悪感を抱きます。第一章の中に“金田一耕助とのたたかい”という項があるほどです。いつも人懐っこくて、にこにこしている金田一耕助が、ここまで嫌われるのは珍しいことです。

クライマックスに、金田一からこんな名台詞が飛び出します。「君はぼくが金田一耕助であることを忘れたのかね。」かつて、金田一がこんな台詞を吐いたことがあったでしょうか。
あらゆる作品の中で「異色」との評価を受けている「三つ首塔」に迫っていきます。

舞台は岡山県・・・?

これまで、「金田一シリーズ・岡山編」を何度かご紹介しましたが、今回の「三つ首塔」の舞台となるのは岡山県から離れて、すこし都会的な雰囲気を持つ作品になっています。しかし、「三つ首塔」の置かれている地域は、どうやら岡山に近いことを匂わせる一文があります。

そこはあたかも播州平野のはずれにあたっており、山陽線からはもちろんのこと、姫路から津山へぬける支線からもとおくはなれて、どの駅から自動車をとばしても、一時間以上もかかるというへんぴな山奥の一部落だった。

津山、とは岡山県津山市のことです。(B’Zの稲葉さんの出身地で知られています。)

津山からとおくはなれて、とありますが津山市は姫路市から岡山に入って程ないところにありますので、そこからさらに山奥へとなると「岡山県内」である可能性が高いです。
「兵庫県が舞台だ!」という主張もありますが、私は岡山県であると主張します。

津山市は横溝正史とは切っても切れない縁があります。なぜなら「八つ墓村」は、歴史上で1、2を争う凶悪犯罪「津山30人殺し」が起きた岡山県津山市の村を作品の舞台として取り入れているからです。どうしても物語に岡山を絡めたい、岡山愛が伝わります。

この作品の名前どおり、「三つ首塔」が物語のキーになるわけですが、後半にならないと三つ首塔そのものは姿を現しません。そこに至るまでのプロセスを十分に楽しんでから、ようやく「三つ首塔」でクライマックスを迎えます

あらすじ


少女時代に両親をなくし、大学教授を務める伯父に育てられた宮本音禰。大学を卒業し花嫁修業をしながら穏やかな日々を送っていた。そんな音禰に、100億円という巨額な遺産の相続話を持った弁護士が突然やってくる。

100億円を相続するためには、音禰はおろか伯父すらも知らない、謎の男「高頭俊作」と結婚するという条件がある。遺産の相続をしたいという人物が遠縁にあたる1人の老人ということしか分からない、謎だらけの遺産話である。

遺産話から数日後、伯父の還暦祝いのパーティーが華やかに執り行われた。その会場となったホテルで、1人の男が遺体となって発見される。遺体となった男の腕には「おとね しゅんさく」と刺青が入っていた。調べによってこの男が「高頭俊作」であることが判明する。

相続の条件である、音禰の結婚相手が殺されたことをきっかけに、遺産相続の話は次の段階へと進められる。老人の遺言書には「音禰が条件を満たさなければ、親戚で平等に配分すること」と書き記されていた。その遺言どおり、老人が”親戚“と名指しした7人の者を集め、遺産相続に関する話し合いが行われた。


集まった者はどの人物も、令嬢として育った音禰とは別世界の、いわゆる“いかがわしい”人物ばかりで音禰は面食らう。その話し合いの場に、遅れて1人の男が現れる。「堀井敬三」と名乗る、弁護士事務所の関係者であった。その男の顔を見た瞬間、音禰は怯える。伯父の還暦を祝ったあのホテルで、音禰はこの男に乱暴されていたのである。

100億円という相続の額に、集まった人は驚きながらも本音は隠せない。そこで発せられた1人の言葉で、場の雰囲気が冷たく変わる。

「ここにいる七人のうちのひとりでも欠けたら・・・ひとりでもふたりでも、死ぬようなことがあったら・・・?」
「そのときは・・・それだけのこりのかたがたの取りぶんが増えるわけです」

集まった親戚たちそれぞれの心に芽生えたのは、初対面の同族への親近感ではなく、「猜疑心」と「欲望」であった。

高頭俊作の不審な死の事情聴取に、警察と金田一耕助が毎日のように自宅を訪れるようになってから、音禰の心はどんどん疲弊していく。音禰は、弁護士事務所で会ったあの男に乱暴されたことを、誰にも話していないのである。

隠しごとをもつ音禰を、金田一の視線が追い詰め、限界を感じた音禰はやがて家を飛び出してしまう。音禰の失踪中、遺産相続対象の親戚が1人ずつ何者かによって殺害されていく。
その時、音禰は自分を犯した堀井賢三の家で身を潜めていたのであった。

潜伏期間中、堀井は“親戚たち”の真実の姿を見せるために、変装した音禰を連れていかがわしい親戚たちのもとを訪れる。仲の良い父娘だと思っていた者たちのいかがわしい関係や、セクシャルなショーの踊り子を務める双子姉妹など、音禰が目を背けたくなるような者たちばかりであった。

親戚たちの真実の姿を確認した後に、その人物が次々と殺されていく。音禰は自分のそばにいる堀井賢三に、殺人の疑惑の目を持つ。それと同時に、堀井に惹かれていくのであった・・・

突拍子もない展開に「???」


今回は私、ちょっと辛口です。もともとこの「三つ首塔」は賛否両論に分かれる作品ですが、私は否定派です。

とにかく、遺産全額を音禰に相続させなければハッピーエンドになりませんから、どんどん人が死んでいきます。しかしその殺され方が横溝正史お得意のトリックがあるわけでもありません。音禰が逃げ回っている間に、好都合といえるタイミングで死んでいきます。

また、音禰が乱暴されたことについても異論があります。伯父の祝賀パーティーで、具合を悪くした音禰が仮眠をとっている部屋に、男がいきなり入ってきて乱暴を働きます。

冒頭からやや暴力的なシーンで展開されますが、いきなり音禰が乱暴される必要があったのか、読了した今でも分かりません。どんなに好意的に考えても、深窓の令嬢が失踪するまでの心境になるための、小さな1つの要素にしかならないのです。

「三つ首塔」の現れるタイミングも、不自然

音禰が失踪中、親戚たちが次々と殺害されます。次は自分が命を狙われる番ではないかと音禰は怯えます。生き残っている親戚が、いかがわしい父娘の「佐竹由香利」だけになった頃、ようやく「三つ首塔」の正体が判明します。

作品の後半の後半あたりでようやく姿を現す三つ首塔ですが、後半まで引っ張る必要があるのでしょうか。

最初に「三つ首塔」の正体がいくらか分かっていれば、誰かが出し抜いて三つ首塔に行かないとストーリーが不自然になってしまいます。それで後半になるまで待たないといけなくたったのかもしれませんが、そもそも「親戚の人数を多くしすぎた」のが失敗だったんじゃないかと私は思います。

若い女性視線ならではの・・・

この作品は音禰の視線で書かれた、音禰の手記によって進行されます。つまり、犯人だと疑われる人も、真犯人への疑惑も、音禰の手記だけが読者が得られる情報です。それを読み進めていくのですから、なかなか真犯人を追及することができません。

つまり、ことの次第のなりゆきを見守るしかできない作品なのです。しかも音禰は、大学を卒業したばかりのお嬢様。世間知らずのお嬢様が見聞きした作品です。「堀井賢三」の言うことを疑いはするものの、愛が壊れることを恐れて真実の姿を暴こうとしません。

自分を犯した男を愛してしまった罪悪感、しかも遺産目的で殺人を繰り返しているかもしれないという疑惑、男が自分といる理由は遺産のため・・・こんな思いを持った若い女性が書いている手記ですから、とにかくとても頼りないのです。

男の正体が暴かれる・・・しかし・・・

音禰と男は遠い記憶を辿って「三つ首塔」に向かいますが、そこで最後に残された「佐竹由香利」から命を狙われます。追い詰められ、万策尽き果てたと思われたころ、堀井はある秘密を音禰に話します。

その秘密を知った音禰は驚くとともに歓喜に打ち震えることになります。それは全て、「堀井賢三」が話すことによって判明します。堀井は「堀井賢三」などではなかったのです(ここでほぼネタバレですね)!そう、堀井賢三こそが・・・だったのです!!

さあ、ハッピーエンドの幕開けかと思いきや・・・(私的にはここまでの真実を金田一に暴いてほしかったです)まだまだ物語は続きます。


まだまだ続く!「お腹いっぱい感」あり!

もういいだろうと言う頃合に、ここでまた1つ過去の真実が暴かれます。追い詰められ命の危険から救い出された音禰に、襲い掛かる「佐竹由香利」とその一味。その一味とされる人物にまつわるエピソードが、吐き気を催すようなもの。

これまでも十分に男と女の変なところが延々と描かれていましたが、今度はそう来たか!という新たな展開です。

結局、佐竹由香利もその一味も命を落とします。佐竹由香利は、やっぱり誰かに殺されます。
最後に残った由香利が殺されるということは、真犯人は別にいることになります。しかし音禰という娘は、自分の幸せに浮かれちゃってるのか、「誰か他に殺人犯がいる!!」なんていうことにすぐにはピンとこないのです。

連続殺人事件の真犯人は、音禰を陰ながら愛してきた1人の男性でした。それなのに、幸せモード全開の音禰ときたら「あの人が、私のこと愛してただなんて信じられなーい」の一言で片付けてしまいます。

音禰は、これまでさんざんショッキングな場面ばかり目撃して、心が麻痺してしまったのでしょうか。図太くなることは素晴らしいことですが、もう少し音禰の心境が聞きたかったです。

この作品で、金田一がとった行動は・・・

今回の金田一耕助さん、音禰に嫌われているだけあってほとんど登場しませんでした。「君はぼくが金田一耕助であることを忘れたのかね?」と言いたくなる気持ち、よく分かります。

「ぼくに暴けない事件はない!!」という意味での台詞ですが、「あの~、僕を忘れてない?」と音禰の一人称でストーリーを書き上げた、横溝正史への恨み言にも聞こえます。

登場しない間に、金田一耕助がなにかの伏線を張っていたわけでもありません。今回金田一耕助がとった行動は、
・音禰の不審な態度をいぶかしんだこと。
・三つ首塔の場所を見つけて、音禰と堀井を助けたこと。
・三つ首塔に隠された、遺産に関わる重要な「証拠」を見つけ出したこと。
・証拠の突合せをして、堀井の真実の姿を知らしめたこと。
・・・以上です。

金田一耕助が音禰たちに「君はぼくが金田一耕助であることを忘れたのかね」と台詞を吐いた時点で、10人ちかくがすでに死んでいます。金田一耕助が殺人を未然に防ぐことは、基本的にありませんが(!?)ここまでの人数を死なせてしまうのも珍しいことです。

まとめ


今まで金田一耕助シリーズの記事を書かせていただきましたが、この「三つ首塔」ほどまとめにくい作品は他にありませんでした。

まとめにくい原因は、「人生経験が少ない、音禰目線で描く一人称の作品」であることに尽きます。若い女性の限られた狭い世界の出来事ですから、まとめるにも“ネタ”が集まらないのです。

むしろ、それこそが横溝正史の思うツボなのかもしれません。よく考えてみたら、当時50代の横溝正史が、はたちそこそこの深窓の令嬢の気持ちで書いたのですから、横溝正史の技量に感服します。

この作品は、トリックもないですし金田一の明晰な頭脳もほとんど披露されない、本当に「異色」の作品です。愛の逃避行的な、横溝正史のラブロマンス作品として読むのが最も相応しいのではないでしょうか。


三つ首塔 (角川文庫)
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